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大徳寺

寺・神社・教会

今出川・北大路・北野

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大徳寺 https://4travel.jp/dm_shisetsu/10002055

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クチコミ 14ページ目(271件)

  • 龍寶山 大徳寺

    • 4.5
    • 旅行時期:2011/11(約13年前)
    • 0

    臨済宗大徳寺派の大本山。一休和尚ゆかりの寺。山門に利休が自分の像を置いたのを秀吉が意怒り、利休に自決を命じたので有名。
    ...  続きを読む本坊の方丈の庭園は枯山水の特別名勝。塔頭がいくつかある。そのひとつ総見院には織田信長の墓がある。高桐院はそのアプローチのすばらしさで人気がある。  閉じる

    投稿日:2011/12/01

  • 利家とまつ

    • 3.5
    • 旅行時期:2011/05(約13年前)
    • 0

    芳春院という名前を聞いて歴史好きの人の中にはピンとくる人もいるかもしれませんが、大河ドラマ「利家とまつ」にもなった前田利家...  続きを読むの正室のまつの出家してからの名前を芳春院と言います。その芳春院た創建したお寺が大徳寺内にある塔頭で、そのままお寺の名前も芳春院となっています。本堂前の枯山水の庭園や飽雲池という池のある日本庭園など庭がきれいなお寺です。毎年行われる特別拝観の時期は一般観光客も見学できるのでその時はぜひ訪れてください。
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    投稿日:2012/08/07

  • 一休さんも

    • 3.5
    • 旅行時期:2011/05(約13年前)
    • 0

    大徳寺は臨済宗大徳寺派の本山で境内には20以上の塔頭(たっちゅう)という関連寺院を持つとても大きなお寺です。また国宝の唐門...  続きを読む、方丈、重要文化財の勅使門、三門、仏殿、法堂など見どころが多いです。その中で仏殿の扉は開放されており、中の仏像まで自由に拝観することができました。この仏殿は応仁の乱で焼失後、「一休さん」で有名な一休宗純(大徳寺の住職だった)も尽力し再建されるも再び焼失、現在あるものは1665年に建てられたものです。同じときに造られたものなのか仏像も年季が入ったものでした。
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    投稿日:2012/08/06

  • 駐車場を利用なら

    • 2.5
    • 旅行時期:2011/02(約13年前)
    • 1

    今宮神社からも歩いてもそんなに遠くありません。
    今宮神社の有料駐車場に停めて、歩きました。
    帰りに今宮神社を参拝&あぶ...  続きを読むり餅をいただくと駐車場の優待があるのでお安くすみました。
    総見院ではボランティアガイドさんがいて、茶室・信長の墓碑なども案内してくれました。天気がいいと比叡山も見られますよ。  閉じる

    投稿日:2011/06/21

  • 大徳寺内にある

    • 4.5
    • 旅行時期:2010/12(約13年前)
    • 0

    大徳寺内にある塔頭のひとつ.入れたり入れなかったりする.戦国時代に織田信長が,父信秀のために橋場秀吉に命じて作らせたものら...  続きを読むしい.内部には雪舟による有名な水墨画が展示されているらしいが入ることはできなかった.  閉じる

    投稿日:2013/11/16

  • 京都を代表する禅寺

    • 5.0
    • 旅行時期:2010/12(約13年前)
    • 0

    京都を代表する禅寺.暑い時期に行くと,びしっとした空気を感じることができるし,寒い時期に行くと寒さが身に染みてどの時期に行...  続きを読むっても楽しい.秋には銀杏が色づいてくる.
    仏殿や仏殿の天井画,山門,どれをとってもハイクオリティ.  閉じる

    投稿日:2013/11/16

  • 真珠庵は、臨済宗の大本山、大徳寺の塔頭

    • 4.5
    • 旅行時期:2010/11(約14年前)
    • 0

    真珠庵は、臨済宗の大本山、大徳寺の塔頭。通常は非公開なのですが、今回は特別公開で。さて、一休さんは大徳寺の第47代住持に任...  続きを読むぜられ、応仁の乱で荒廃した大徳寺を再興しています。ですので、大徳寺全体が一休さんのゆかりの地なのですが、それでもこの真珠庵は一休さんの命名。一休さんが開基でもあり、特にゆかり深い寺院です。ただ、この真珠庵は、一休さんが亡くなってから、10年後に、堺の豪商、尾和宗臨によって再興されたもの。少し、間があいています。
    今回、印象に残ったのは、真珠庵で最も古いとされ、侘び茶の祖である村田珠光作と伝わる枯山水の「七五三の庭」。石の組み合わせが絶妙で、ハッとさせられるような輝きがありました。



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    投稿日:2012/07/24

  • 大徳寺は大きなお寺です

    • 4.5
    • 旅行時期:2010/11(約14年前)
    • 0

    塔頭がたくさんあります。

    投稿日:2010/12/03

  • 総見院は普段は非公開なのですが、春秋に公開します。総見院は、本能寺の変で亡くなった織田信長の菩提を弔うため、豊臣秀吉が建立...  続きを読むした寺。信長の葬儀はここで盛大に行なわれたといいます。のちに、豊臣秀吉が催した「大徳寺大茶会」も、総見院であったとされているようです。
    さて、この表門と周囲の土塀は、創建当時のものらしいのですが、境内の雰囲気は本堂はじめ新しい感じ。本堂の内陣正面中央に木像の織田信長座像が安置されていまして、これが一番の見どころだと思います。本堂横には加藤清正が朝鮮から持ち帰った石で造られた、掘り抜き井戸があって、覗いてみることができます。割と大きいです。


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    投稿日:2012/07/26

  • ○ 臨済宗大徳寺派大本山 龍寶山 「大徳寺」 

    • 3.0
    • 旅行時期:2009/06(約15年前)
    • 0

    鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超禅師が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。

    ...  続きを読む桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立、併せて寺領を寄進。それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めました。

    七日間にわたる大葬礼を取り仕切ることで、信長亡き後の天下人をアピールしました。そのことは、同時に大徳寺に対する、武士の尊宗を一気に高めることとなり、大徳寺に塔頭寺院をもつことは、戦国武将のステータスシンボルになったそうです。


    京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で、境内には仏殿・法堂をはじめとする中心伽藍のほか、20か寺を超える塔頭が立ち並んでいます。

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    投稿日:2011/03/11

  • 40数年前の高校の修学旅行(グループ見学)の時に印象に残っていたお寺です。
    当時は、南側の庭はロックガーデンのようになっ...  続きを読むていて、桔梗の花が有名でした。またその頃は一年中拝観可能となっていました。
    しかし、その後、桔梗の庭から枯山水の石庭へとすっかり様変わりしてしまい、また、特定期間(2013年は、11月10日~30日)のみの「定期拝観」となり、かつ、庭や建物の撮影
    は禁止されてしまいました。
    ですので、ここでは、入口までのエリアの写真のみアップいたします。

    ちなみに、京都市中心部は平らなように見えますが、ここの枯山水庭園の標高は東寺の五重塔のてっぺんと同じ高さであると案内されます。



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    投稿日:2013/11/14

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