天王寺
寺・神社・教会
3.44
クチコミ・評判 5ページ目
81~95件(全95件中)
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山門がお洒落です。
- 3.0
- 旅行時期:2013/11(約12年前)
- 0
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日暮里駅途中下車なら・・近い寺院スポット
- 4.0
- 旅行時期:2013/09(約12年前)
- 0
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奈良の十輪院を模した本堂。似てる?
- 3.5
- 旅行時期:2013/08(約13年前)
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谷中墓地に花見に行った時立ち寄りました。
- 4.0
- 旅行時期:2013/03(約13年前)
- 1
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谷中七福神のひとつ、毘沙門天をお祀りするお寺
- 4.5
- 旅行時期:2013/01(約13年前)
- 0
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毘沙門天様をお祀りしています☆
- 3.0
- 旅行時期:2013/01(約13年前)
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何か開かれた雰囲気のようなものもあります
- 4.0
- 旅行時期:2013/01(約13年前)
- 0
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谷中七福神の一つ。
- 4.0
- 旅行時期:2013/01(約13年前)
- 0
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谷中霊園そばのお寺
- 3.5
- 旅行時期:2012/09(約13年前)
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谷中霊園近くのお寺
- 3.5
- 旅行時期:2012/09(約13年前)
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入ってすぐに大仏さん
- 3.0
- 旅行時期:2012/05(約14年前)
- 0
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清々しい境内
- 4.0
- 旅行時期:2012/04(約14年前)
- 0
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谷中七福神の一つ
- 4.0
- 旅行時期:2010/08(約16年前)
- 0
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本像の由来は、日蓮宗感応寺建立で改宗前、天王寺大仏
- 5.0
- 旅行時期:2008/10(約17年前)
- 1
正式には、銅造釈迦如来坐像(どうぞうしゃかにょらいざぞう)と
いいます。
明治 41年刊『新撰東京名所図絵(しんせんと... 続きを読むうきょうめいしょずえ)』に
「唐銅丈六釈迦(からかねじょうろくしゃか)」と記され、東京のシンボ
リックな存在「天王寺大仏」として親しまれていた。
平成5年(1993年)に、台東区有形文化財に登載されました。
『武江年表(ぶこうねんぴょう)』元禄 3年(1690年)の項に、
「5月、谷中感応寺丈六仏建立、願主未詳」とある。
同銘文中には「日遼(にちりょう)」の名が見えるが、これは日蓮宗感応寺
(かんのうじ) 第15世住持のことで、同寺が天台宗に改宗する前の日蓮宗
最後の住職であると。
天王寺大仏
東京都台東区谷中7-14-8
03−3821−4474
日暮里駅下車
http://www.iwakisekizaiten.co.jp/jiin/tennoji.html
閉じる投稿日:2009/02/05
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数少ない江戸時代前の創建で、数奇な運命の、谷中天王寺
- 5.0
- 旅行時期:2008/10(約17年前)
- 1
天王寺と谷中霊園一帯は、江戸時代は、天王寺域であった。
しかし、天王寺の歴史は江戸以前で、鎌倉時代後期に、日蓮が宿泊し
... 続きを読む
住民教化の縁で、日蓮聖人に帰依した土豪 関長輝(ながてる)の
草創にかかるといわれており、もとは、長輝山感応寺と号した。
文久11年(1274年)創建。
寛永15年(1638年)、3代将軍家光鷹狩の折、将軍の帰依を受け、
同18年29、680坪余りを寺地として与えられた。
元禄11年(1698年)不受不施派であったため幕府の禁に触れ、
幕府の命で日蓮宗から天台宗に改宗、
さらに天保4年(1833年)にも、寺号も護国寺天王寺に改宗された。
明治初期に天王寺の広大な境内地は、一部を残して東京府に移管され、
共同墓地の谷中霊園となった。
明治24年(1891年頃)頃に、谷中霊園、天王寺前町屋、隣接する
銀杏横町、芋坂が合併され、谷中谷中天王寺町となったが、昭和42年
(1967年)の住居表示で現在の台東区谷中7丁目になった。
(下町まちしるべより)
東京都台東区谷中7-14-8
03−3821−4474
日暮里駅下車
http://www.iwakisekizaiten.co.jp/jiin/tennoji.html 閉じる投稿日:2009/02/05
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基本情報(地図・住所・アクセス)
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