2015/08/08 - 2015/08/10
14904位(同エリア30133件中)
熱帯魚さん
3週間ぶりの台湾です。
今回の旅の目的のライブも見終わり、
とうとう滞在最終日。
城中市場でB級グルメを楽しんだ後
台北の町歩きを続けました。
地図を広げると、
中山堂というのが気になったので
早速行ってみました。
ちょうど、ボランティアの方が時間があるからと
館内をあちこち案内してくださいました。
台北公会堂は日本統治時代に市民の集会所として
建てられたそうです。
1945年の日本降伏調印式は、公会堂内のホールで
行われ、内部は今もその面影を残しています。
その後、国民政府によって台北中山堂と名前を替え、
現在はその歴史を伝える場所として、
また各種イベントの会場として、使用されています。
今まで近くを通ったことは何度もあったのに、
歴史的にこんなに重要な建物があったことに
全く気付かずじまいでした。
ボランティアの方のおかげで、調印式に使用された
ホールも見学でき、意外な発見のできた町歩きでした。
★★ 台風に泣いた台湾旅8/7?8/10旅行記 ★★
01★香港から台北へ!出発編
http://4travel.jp/travelogue/11041671
02★とりあえず町ぶら 桃園空港?ホステル?西門町(幸春三兄妹・紅樓・西本願寺跡)
http://4travel.jp/travelogue/11046156
03★衝動的に行っちゃった台南(台風近づいてたのに…)
http://4travel.jp/travelogue/11046773
04★シンチャオ!ベトナム風な台南の夜(昼間は暴風雨でどこにも行けなかったけど)
http://4travel.jp/travelogue/11047235
05★台風の爪痕残る台北(買い物ついでに散歩してみたけど)
http://4travel.jp/travelogue/11047768
06★バンドとB級グルメを楽しんだ超犀利世界好大[足八](1日しか行けなかったけど)
http://4travel.jp/travelogue/11048337
07★ひとりでも行っちゃうよ♪ちょっとディープな城中市場で豆花と牛肉麺と西瓜鳳梨汁
http://4travel.jp/travelogue/11048458
08★台北にある日本統治時代の建物めぐり 日本が降伏文書にサインした場所 中山堂(旧 台北公会堂)
http://4travel.jp/travelogue/11048784
09★台北にある日本統治時代の建物めぐり 総統副総統文物館@國史館(旧 台湾総督府交通局逓信部) そして お買い物
http://4travel.jp/travelogue/11048875
10★再見臺灣!桃園から香港へ
http://4travel.jp/travelogue/11048889
11★MTRとバスで香港空港から荃灣経由深センへ 帰宅編
http://4travel.jp/travelogue/11048947
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
中山堂っていうのが気になります。行ってみよう〜
歩いていると、漢方薬のにおいが漂っていました。 -
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昨日は倒れまくっていたスクーターがしっかり綺麗に並んでいました。
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中山堂付近にあったパネルの写真。
1945年、日本の降伏式典が行われたのがここらしい!!!この写真を見てもわかりますが、中山堂の前には多くの市民が訪れていたそうです。歴史的な場所だったんですね。 -
○ 清台湾巡撫衙門跡
中山堂のあった場所は、清の時代「欽差行台」があった場所だったそうです。「欽差行台」というのは、台湾に視察に来る官僚が休憩したり宿泊したりするための施設で、1894年に建てられました。
日清戦争後、台湾が日本に割譲されると、日本軍は台北に入城、「欽差行台」を台湾総督府としました。1919年まで台湾総督府として使われていました。 -
そのころの写真。
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ちょっとした公園がありました。台風で落ちた葉っぱが地面に散乱していました。
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ん?あの後ろ姿は孫文(孫中山)っぽいです。
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1936年に竣工が正式発表された「台北公会堂」は井出薫の設計でした。市民の集会所に展覧ホールを付設した建築で、その規模は東京、大阪、名古屋公会堂とほぼ同規模でした。
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1945年10月25日、台湾総督安藤利吉が公会堂の2階の「光復庁」で中華民国政府に降伏文書を渡し、日本の台湾統治は終わりを告げました。同年12月19日、公会堂は正式に「中山堂」と改名されました。
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日本統治時代の表町(現 館前街)の風景。ちょうどホステルがあるのがこの館前街だったので思わず写真を撮ってしまった次第です。
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イチオシ
○ 孫中山銅像
著名な彫刻家蒲添生の作品。1924年、長崎で演説している孫文の写真をもとにつくられました。台湾で初めて戸外に設置された孫文全身像です。銅像の高さは3m、土台をあわせると高さ10m、重さ720?。1949年(民国38年)10月10日、台湾省省席陳誠が司会を務めた除幕式で、中山堂の広場の脇に設置されました。 -
有名な孫文の遺言
革命いまだ成らず… -
○ 抗日戦争勝利 と 台湾光復記念碑
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中山堂広場に面する町並み。
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イチオシ
そして…
○ 中山堂 (旧 台北公会堂) -
イチオシ
早速中に入ってみます。
アーチが美しいです。
なぜに老夫子がここに??? -
建物の中に入る前にある蛇口。あとでボランティアの方に教えて頂いたのですが、日本統治時代、台北公会堂として使用されていたときには、ここで手足を洗ってから、中に入らなければならなかったそうです。
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日本語、中国語、英語のパンフレットがあったので、日本語のパンフレットを手に取り、中へ。
すると、ボランティアの方に英語で声をかけられました(日本語のパンフレット持っていたので)。建物を案内してくださるということだったので、有り難く案内して頂きました(^o^) -
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2階へ。
○ 光復廳
1945年、日本が降伏文書にサインした場所。
内部を見学させて頂けることになりました(^o^) -
イチオシ
アラブ風の窓が特徴だそうです。社交場として使われていて、階段をあがると食事する場所になっています。
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ここが1945年の降伏調印式の時に、調印台が置かれていた場所です。
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調印式時の会場の様子。
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アラブ風の窓と、2階と3階の間の緑のタイルが特徴です。
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イチオシ
今も当時のまま残されている光復廳。
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あんなところに果物籠と鳩。
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○ 水牛群像
2階から3階にあがる中央階段に掲げられた彫刻。もとは「南国」と名付けられていた、彫刻家黄土水の作品。黄土水の作品は日本帝展に4度入選しましたが、「水牛群像」がそのうち最大の作品で、彼の遺作ともなりました。彼の死後、夫人廖秋桂女史が石膏の原作を台北市役所に寄贈しました。「水牛群像」は台北市文化局に「古物」と認定され、行政院文建会は民国98年(2009年)「国宝」だと発表されました。
ボランティアの方によると、この彫刻は台湾にとって非常に重要な彫刻だそうです。 -
3階にやってきました。
戦後70周年記念の展示。 -
先ほどの光復廳の写真です。1945年の日本降伏調印式の時のもの。
右がホールへの入り口。左がホール内の調印式台。 -
外観はこのように飾られたそうです。
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台湾総督だった安蔵利吉が降伏文書にサインしている様子。
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お茶を飲んだりできるそうです。
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○ 保壘廳@中山堂
今はレストランになっていますが、見学させて頂きました。食事をされている方がいらっしゃったので、部屋の中の写真は撮っていません。 -
レストランを出ると、ベランダがあります。
ここから蒋介石が広場に向けて挨拶をしたりしていたそうです。 -
案内してくれた方。素敵なおば様でした。
この壁の線の数にも意味があるそうです。 -
ベランダからの風景。
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ベランダからの風景。
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ベランダからの風景。
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1階に戻ってきました。
案内して頂いて、とても勉強になりました。 -
なお、土日には10時、11時、14時、16時にガイドツアーがあるそうです。
音声ガイド(中国語、台湾語、客家語、日本語、英語)の貸し出しもあるそうです。
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