2013/11/09 - 2013/11/09
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ドクターキムルさん
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横浜市戸塚区原宿3にある大雲寺は浄土宗のお寺で唐澤山大雲寺という。芝増上寺の末寺である。相模風土記によれば、大運寺の創建は慶長元年(1596年)となっている。本尊は木造阿弥陀如来立像で、両脇侍には、木造勢至菩薩立像と木造観音菩薩坐像を祭る。本尊の阿弥陀如来立像は南北朝時代の作とされ、高さは146cm、光背高は196cm、台座高は63cmの寄木造の玉眼で、肉身部は漆箔され、着衣部の彩色は剥落している。また、両脇侍の勢至菩薩立像は高さ81.1cm、観音菩薩坐像は高さ63.3cmであり、両脇侍が立像と坐像(膝まづき左膝を立てる変則的な半跏形式)であるのは珍しいとされる。他に、本堂には石造地蔵菩薩坐像と木造青面金剛立像も安置されており、本堂の四隅を護る四天王像がある。
大運寺浅間堂が鎌倉郡三十三箇所観音霊場の第28番札所になっているが、住職の話では、寺には鎌倉郡三十三箇所観音霊場の札所であったという記録も伝承も観音さまもないという。脇侍には観音菩薩坐像があるが、観音霊場の札所のものではないようだ。ただし、古くには観音堂があったという伝承は残っているようだ。
しかし、「大運寺浅間堂」とあるように、観音さまを祭った「浅間堂」は創建が大雲寺より古い浅間神社に由来するもののようにも思われる。寺の観音堂ならただ「大運寺」と記載されたであろう。あるいは、富士信仰が盛んになり、観音堂が原宿一里塚横の浅間神社境内に移されたのかも知れない。鎌倉郡三十三箇所観音霊場の札所を巡るとそうした看板が掲げられて寺が多く残っている。高々100年も経ないで鎌倉郡三十三箇所観音霊場の札所であった記憶が大雲寺から消え去ってしまうことは非常に不自然である。明治維新の際にでも「浅間堂」が破却され、観音さまも何処かに移られたのであろうか。
(表紙写真は大運寺本堂)
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大雲寺掲示板。
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大雲寺参道。
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「交通事故死者供養塔」。
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「義挙記念碑」(昭和30年(1955年)銘)。
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法然銅像と九重石塔。
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法然銅像。横浜市内の浄土宗寺院では法然上人800年大遠忌に合わせて建立された銅像が多くある。
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法然銅像。
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九重石塔。
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庚申塔。
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地蔵堂。
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地蔵堂のお地蔵さま。石像だ。
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「大雲寺本堂客殿建立寄付者御芳名」(平成10年(1998年)銘)。
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手水舎。
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手水舎。
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手水鉢。
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「二宮金次郎之像」。真新しい石像だ。
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2基の戦死者石塔。
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銀杏の木の根元。
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根上がりの木。
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勢至丸像。横浜には法然像と勢至丸像の両方を建立している寺が何寺かある。
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「月かげの いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」(法然上人御成)。
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大雲寺本堂。平成10年(1998年)の再建。
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大雲寺本堂前の銀杏の木。
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大雲寺本堂。
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大雲寺本堂。
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大雲寺本堂。
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大雲寺本堂に掛かる「大雲寺」の扁額。
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大雲寺本堂向拝。
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大雲寺本堂。
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大雲寺本堂前の銀杏の木。
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大雲寺本堂前の高野槙か。
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子供の石像。
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仏が彫られた石塔。
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大雲寺客殿。
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大雲寺客殿玄関。
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大雲寺庫裡。
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