紅葉の古都 京都(奥嵯峨:祇王寺):comevaさんの旅行ブログ
落ち紅葉の祇王寺と言われ、個人的にもお気に入りのお寺ですが、簡単に見て周ろうと思えばほんの10分ほどあれば足りるほど本当に小さなお寺です。
今回11月23日、28日と続けてその紅葉狩りを楽しんできましたが、わずか5日間程で明らかにその落ち紅葉の量は違っていました。これが来年以降の訪問される方への参考になればと思います。
大覚寺の塔頭で真言宗のお寺、祇王寺(尼寺)は昔の往生院の境内であり、往生院は法然上人の門弟良鎮に依って創められたと伝えられ、山上山下に亘って広い地域を占めていたが、いつの間にか荒廃して、ささやかな尼寺として残り、後に祇王寺と呼ばれる様になった。
こちら祇王寺は巻頭の”祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・・でも御馴染みの「平家物語」にも登場!
いわゆる平清盛公を中心とした今で言う三角関係?から生じる悲恋の物語の尼寺として知られています。
○上巻 巻一 五 「祇王の事」より
その頃、都に聞えた白拍子の上手に祇王・妓女(ぎおう・ぎじょ)と言う姉妹がいました。近江の野洲江辺庄の生まれで母の刀自(とじ)とともに京都へ出て白拍子となり後に姉の祇王が清盛公の目にとまり、館で可愛がられる様になりました。
妹祇女も有名となり、母刀自にも家を作って与え毎月百石百貫の手当てもあり、気楽に暮らしていました。
或時清盛が祇王に、何か欲しいものがあるかと尋ねると、祇王は、自分の生国は水の便が悪く毎年旱害を受け、一庄三村は飢餓に苦しんでいるから願わくば、水利を得させて頂きたいと願った。清盛は早速、野洲川から三里の溝を掘らせ水を通した。里人はこれを徳とし溝を名づけて、祇王井川と呼び今に至っている。
ところがここにきて加賀の国の者で、仏御前と呼ばれる新たな白拍子の上手が現われ、西八条の清盛の館に行き、舞をお目にかけたいと申し出た。清盛は
「神とも言え、仏とも言え、祇王があらんずる所へは叶うまじきぞ、とうとうまかり出でよ」・・と門前払い
このまま門前払いにしておけばこの祇王寺はなかったと思いますが、祇王本人がやさしく取りなし呼び入れ、今様を歌わせたばかりに、清盛は仏御前の舞や歌のうまさに心を奪われたちまち仏御前に心を移しました。
これまでの愛情は何処へやら、祇王は直ちに館を追い出される派目に・・せめてもの忘れ形見にと障子に
萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草
何れか秋に あはで果つべき
と書き残して去って行く。
あくる春になって清盛はいやしくも仏御前が退屈しているから舞を舞って仏をなぐさめよと使者をよこすと、祇王はもとより行く気がなかったが母の哀願に抗しかね、西八条の館へ出向き
仏もむかしは凡夫なり われらも遂には仏なり
いずれも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ
と歌い舞った。これには並み居る諸臣も、涙を絞ったと言う。
祇王は「かくて都にあるならば、又うき目を見むづらん、今は都を外に出でん」とて、祇王21歳祇女19歳刀自45歳の三人、髪を剃って尼となり、嵯峨の山里、この祇王寺の地に世を捨て、仏門に入る。
母子三人念仏している所へ竹の編戸を、ほとほとたたく音が・・昼間でも人の通わないこの山里へまして夜中に人が尋ねる筈もなくお釈迦様でも来たのかと思いきや出てみるとそこには、思いもかけぬ仏御前が剃髪の姿で立っていました。
祇王の不幸を思うにつれ、何れか秋に あはで果つべき、と書き残された歌を無常に感じ、今朝、清盛公に内緒でこっそり館を出てきたと言うのです。
仏御前17歳、浄土を願わんと深く思い込みその後は4人一緒にこの庵に籠って朝夕の仏前に香華を供え、みなそれぞれが極楽往生したと言われています。めでたしめでたし・・
尚、仏御前のお墓がここにないのは、その後出生地の北陸へ帰って極楽往生したと言うことです。
ちなみにこちらは春(3月29日)の祇王寺です↓
http://4travel.jp/traveler/comeva/album/10229525/
●祇王寺
拝観時間 9:00〜17:00(三脚及び大型カメラはお断わりします)
拝 観 料 300円
600円【大覚寺・祇王寺(2ヵ寺)共通拝観券】
◆◆◆comevaの紅葉マップ◆◆◆
http://waiwai.map.yahoo.co.jp/map?mid=6rGrC3PEmNGJX5W6e.CDezPy7FjltnhBeQ--

★comevaさん
お久しぶりです。houjun2です。
「モリアオガエルは水面上にせり出した木の枝などに粘液を泡立てて作る泡で包まれた卵塊を産みつけるのが特徴。
これを『祇王寺』で観ることができる」
と新聞に出ていたので「モリアオガエルの卵塊」見学に行ったことがあります。
残念ながら、その時は見ることができませんでした。が
哀らしい「門構え」や「月見の窓」をしげしげと眺めていました。
母が。30年も前のことです。
私たちが説明を受けた、控の間の大きな窓「月見の窓」と云うのは
正式には「吉野窓」とか「虹の窓」と呼ぶんですね〜。
30数年ぶりの呼称変更となりました。
h2

houjun2さん
おはようございます〜
ご無沙汰でした。
祇王寺にはなかったのですが、直指庵のパンフレットなどに寄りますモリアオガエルが生息する小さな池があり、初夏から夏にかけて池の周囲の樹木に卵を産み付けるようです。
別名延命小袋と言われるそうでそれを見ると寿命が延びると言われているそうです。
祇王寺の別名月見の窓「吉野窓」と言われる窓はあちらこちらにあるようですが、元祖は東山のねねさんのお寺で有名な高台寺の茶室、遺芳庵とか・・今回訪れた中では他に東福寺の塔頭光明院にも吉野窓がありました。同じ東福寺の塔頭雪舟寺の吉野窓も美しさには定評があるようです。
comeva

さすが古都 京都
どれももしっとりした華やかさがありますね。
東北の豪快さと対をなしているように感じました。
関西方面は長浜近辺の紅葉しか見たことがないので、一度生で見てみたいです。
東北地方の場合と同じように、本当にいい時期は短期間なんでしょうかね〜。
堪能させてもらいました。
obaq

obaqさん
こんばんは〜
obaqさんの東北(紅葉)シリーズとは約1ヶ月半ほど違いますが、京都の紅葉づけエンジョイしてきました。
東北の紅葉(自然)も定評がありますが、京都の場合はお寺を中心とした名所が狭いエリアにたくさん詰まっているのが特徴かと思います。
そして同じ塔頭でもそれぞれ顔が違いその境内の広さや紅葉の鮮やかさ、アクセスの良さ悪さそして知名度等で訪れる観光客の数にも随分と違いを感じました。
> 東北地方の場合と同じように、本当にいい時期は短期間なんでしょうかね〜。
今回、2週続けて訪れましたが、いわゆる京都(紅葉)で言うトップシーズンと言われる時期が丁度この時期にあたります。
もちろん場所によってはこの前後で見られる場所も多くありますが、今回は主に市内だけにターゲットを絞りました。
それでも名所、全て訪れるのは容易ではなくオーソドックスな所を中心に無理なく周りチャンスがあれば今年行けなかった所へ来年も行けたらと思っています。
この古都の紅葉シリーズ、ブログ作成が遅れて完全に年を越えてしまいそうですが、まだまだありますので又御訪問頂ければ幸いです。
コメント有り難うございました!
comeva
高瀬川沿いの桜がすばらしいので、ゆっくり1日眺めてきました。...(by かめさんの旅行ブログ on 2010年06月20日 19:42)