2026/09/21 - 2026/09/21
5位(同エリア90件中)
+mo2さん
モンゴル5日間の旅3日目は、ブルドのツーリストキャンプから世界遺産「オル本渓谷の文化的景観」に位置するカラコルムへ向かいました。午前中は、遊牧民宅へ訪問し、馬追やチーズ作りなどを見学(旅行記(4))、16世紀創建のモンゴル最古の仏教寺院跡エルデネ・ゾーを見学(旅行記(5))しました。ランチ後は、世界遺産オルホン渓谷を望む丘や日本の協力で建設されたカラコルム博物館などに行き、ブルドのキャンプに戻りました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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エルデネ・ゾーを見学した後は、カラコルム市内にてランチ。
カラコルムでランチ by +mo2さんKharkhorin hostel ホテル
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サラダ
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ポーズは、モンゴルの伝統的な蒸し料理で小籠包を大きくしたようなものです。ホーショルは、揚げ料理で、揚げた衣で肉を包んだ食べ物です。
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馬頭琴の演奏を聞きました。馬頭琴は「草原のチェロ」と呼ばれる二弦からなる擦弦楽器です。ネックの一番上には必ず馬の頭の彫刻がついています。
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民族衣装「デール」を試着したり、写真のシャガイ(遊牧民の遊び)を体験したりします。
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ミニチュアのゲルの組み立て体験もします。先ほどのゲームもこちらも運転手のニレさんが大活躍。
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完成したゲルです。
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世界遺産オルホン渓谷を望む丘へ移動。
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モンゴル中央部を流れるオルホン川の両岸には、豊かな水と肥沃な土地に恵まれた渓谷が広がり、先史時代からモンゴル帝国の時代まで、さまざまな遊牧民がこの地を拠り所としてきました。
オルホン渓谷文化的景観 史跡・遺跡
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オルホン渓谷には、2000年以上にわたり培われてきた遊牧民の歴史の証として数多くの遺跡が点在し、2004年に一帯が世界遺産に登録されました。
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モンゴル帝国記念碑です。
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中央部は、オボーと呼ばれる「碑」だそうです。
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日本の協力で建設されたカラコルム博物館を見学します。
カラコルム博物館 史跡・遺跡
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ホールの床がガラス張りになっていて、窯の模型が見られます。2000年にドイツとの共同発掘調査で4基の楕円形の窯が見つかり、その復元です。13~14世紀初頭のものと考えられており、窯ではレンガだけでなく粘土細工も焼かれたのだとか。
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常設展示は石器時代,青銅器時代,古代都市時代及びモンゴル帝国時代という4部構成であり,モンゴル帝国成立までの歴史が順を追って理解できるようになっています。
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石碑
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壺、時代等はわかりません。
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土器(壺)
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瓦
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石像
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木製品
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古銭
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皿
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青磁の皿
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カラコルムの記念碑。トゴーントゥムル治世中、1347年にある記念碑がカラコルムの遺跡にある大きいな石亀の背中に設置されました。この記念碑の裏面にはモンゴル縦文字銘文、表面にはナンギアド語の銘文が あり、同じことが2つの異なる言語で書かれたのが研究者の調査で明らかになりました。1380年に明朝軍がカラコルムを攻撃する時、この記念碑は壊されたとみなされます。記念碑の銘文にはモンゴル帝国の首都をオルホン渓谷に建設するチンギス・ハーンの命令、オゴデイ・ハーンの命令による「トゥメンアムガラント」宮殿の建設など歴史的な出来ことが書かれています。
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壺
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印璽はカラコルムは博物館の貴重な展示物の1つです
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こちらも写真撮影は不可ですが、撮影券を購入すれば撮影できます。モンゴルの博物館はどこも同じシステムのようです。
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これは何かわかりません。
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1341年の石碑。エルデニ・ゾー寺院の敷地で見つかったもので、カラコルムの町や寺院のために寄付を行なった人とイスラム教の神への感謝がアラビア文字で刻まれています。
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ミュージアムショップで日本語のガイドブック探しましたが、売り切れたとのこと。
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アミタバの土製像。カラコルムの仏教寺院の発掘で数多くの土製仏像、小塔、建造物装飾が発見されたうち、阿弥陀仏の土製像があります。この土製像が見つけられた所で五智如来の彫像も出土しまいた。
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カラコルムの仏教寺院の発掘で数多くの土製仏像が発見されました。
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迦陵頻伽の粘土像
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グトグ帽子をかぶった女性の石像
古代の女王と思われますが女性の石像は珍しいそうです。 -
瓦かな?
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石碑、時代等はわかりません。
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遺跡の様子(写真)
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モンゴル帝国征服の結果、アジアとヨーロッパにまたがる偉大な帝国が創設されたことは世界の自由貿易地域の構築に大きな影響を与えました。チンギス・ハーンは貨幣製造の古代の伝統 を持つ国々を支配したことは、大皇帝達の名前が彫刻された硬貨発行のきっかけとなりました。2002年~2005年の間、カラコルムの周辺で300個以上の銀製硬貨が発見され、現在、これらの硬 貨は同博物館の中央ホールに展示されています。
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グユグ・ハーンの勅書。1245年にイタリアのプラノ・カルピニ修道士は教皇の使節としてモンゴルへ派遣されました。カルピニは1246年の秋、グユグ・ハーン(モンゴル帝国の第3皇帝)に謁見し、ローマ教皇の書簡を手渡しました。この書簡にはキリスト教への改宗を勧めていました。グユグ・ハーンの教皇あて返事は1246年11月初旬に用意され、ペルシア語とラテン語に翻訳され、2通ありました。カルピニの報告書によるとロシアの職人コズマ・ハーンは グユグに作成しあげた印璽の銘文はグユグ・ハ ーンからローマ教皇インノケンティウス4世に宛てたこの勅書にも捺印されているといいます。こ の勅書は横の長さ120cm、幅20cmのでんぷん紙に書かれており、グユグ・ハーン勅書のバチカン図書館に現在も保存されています。モンゴル・ イタリア外交関係樹立に当たり、勅書の写しはカラコルム博物館に譲渡されました。
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2011年に発見されたショローンブンバガル墓。
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墳墓の中から約90体の塑像が見つかっており、当時の遊牧民の服装を見てとれます。
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粘土なので線に温かみがあり、鮮やかな彩色と表情が結構かわいいですね。
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金細工
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馬、鳥、牛?など動物の土器
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特別展で鷹島海底遺跡パネル展が開催されていました。
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蒙古襲来絵詞から竹崎季長
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三人の蒙古兵
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カラコルム博物館を出てブルドに戻りますが、途中、ゴビ砂漠の砂丘に寄ります。
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ゴビ砂漠はモンゴルと中国にまたがり、面積は約1,295,000平方キロメートルに及びます。
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遠くに馬や牛などの動物が見えます。
ブルドに戻ります。本日は星空監察はせずに、すぐに寝ました。
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