2026/09/18 - 2026/09/18
2049位(同エリア4077件中)
ROSARYさん
- ROSARYさんTOP
- 旅行記917冊
- クチコミ442件
- Q&A回答137件
- 1,110,117アクセス
- フォロワー61人
この旅行記スケジュールを元に
2026年9月。シルバーウィーク直前の京都。ホテルオークラ京都に宿泊し、ノープランで歩き回りました。
その2は、ちょうど9月18日からはじまった特別公開の角屋2階を見に島原へ。島原の街並みと角屋の建物をじっくり見て回りました。
・市バスで五条壬生川へ
・島原大門から、かつての花街に入る
・一軒だけ残っている置屋・輪違屋(外観)
・元揚屋を改築したきんせ旅館の1階にある、カフェ・アウスガングでベーグルサンドの昼食
・こちらも揚屋だった、角屋もてなしの文化美術館の1階を見学
台所や網代の間、松の間から見る臥龍の松
・事前予約していた特別公開の角屋2階の見学
・東鴻臚館址、住吉神社、大銀杏を見ながらバス停へ
表紙写真は、大正ロマンあふれるカフェ・アウスガングの店内
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
京都には数えきれないほど通っていますが、島原に来たのは初めて。
市バス32番で五条壬生川まで来て、壬生川通りから花屋町通り、そして島原大門へ。島原大門 名所・史跡
-
そもそも「島原」は通称で、正式の地名が西新屋敷、ということも知りませんでした。江戸初期の1641年に、六条坊門からこの場所に移ってきたそうです。
そして「島原」と呼ばれる所以が、「島原の乱」からきていることも。 -
消火用の水でしょうか。
後ろに見えるのは、「出口の松」。手前の垣は「さらば垣」。 -
島原周辺の案内図。
島原の区域は、大門から西は千本通、中央卸売市場の南端から南は正面通りの一筋南まで。200m×250mくらいの、狭い範囲です。 -
さっそく、島原大門をくぐりましょう。
-
大門を入ってすぐの路地を右に行くと「輪違屋」。
現在も太夫一人を抱える置屋です。輪違屋 名所・史跡
-
案内板が立っていますが、「観覧謝絶」の札も。
内部の一般公開はされていないようですね。特別公開の予約制のツアーなどで訪れることができるようです。 -
輪違屋のトレードマーク、重なった二つの輪っかが描かれたランプ。
瓦には、ご当主の姓から「高」の文字が描かれています。 -
門灯の文字はかすれています。
-
奥の方からも一枚。
-
島原大門からの道に戻り、右手に行くと見えてくるのが「きんせ旅館」。
-
こちらもかつては「揚屋」だったところ。
二階の窓ガラス、楕円形なのが面白い。 -
きんせ旅館の正面。
現在はAirbnbとして、一日一組、宿泊客をとっているようです。きんせ旅館 宿・ホテル
-
屋根の上には鍾馗さん。
-
イチオシ
一階は、朝7時から14時まで、カフェとして営業されています。
玄関を入ったところ。レトロなランプにステンドグラス。フロアの泰山タイルも素敵!
向かって左のドアからカフェに入ります。 -
イチオシ
揚屋だったころは台所として使われていた場所。大正時代に改築されたそうです。
向かって右のドアから入ってきました。
ステンドグラスは昭和初期のものとのこと。雰囲気いいですね。 -
あいている席にどうぞ、とのことだったので、ホールの一番奥へ。
そこから隣の部屋、カウンターが見えます。 -
猫関連のものがたくさん。
カウンターの奥にある3匹の猫の絵が気になります。 -
イチオシ
さっそくランチを。
クリームチーズにキノコのマリネがのったベーグルサンド。
ベーグルはちょっと苦手なのですが、こちらは外がカリカリでとってもおいしかった。
一緒にいただいたハートランドビールも、お店の雰囲気に良く合っています。 -
もう一人は、フムスとベーコンのベーグル。
-
たくさんあるステンドグラスの中でも、特に気に入ったのがこちら。
菊のステンドグラス。 -
バーカウンターのある部屋。ここにも猫グッズ。
-
カフェのスペースを出て、玄関の奥を見た所です。
こちらは、昔の旅館、という風情ですね。 -
きんせ旅館の前の道をそのまま進むと、角屋のある一角に出てきます。
-
「長州志士 久坂玄瑞の密議の角屋」という石碑が立っています。
久坂玄瑞や西郷隆盛などの勤王の志士を追って、新選組も足しげく訪れたそう。 -
角屋の建物。ポスターが掲げてある、真ん中あたりが本来の門口です。
移転当初の間口は5間だったそう。そのあと、北側、南側が増築されました。角屋もてなしの文化美術館 名所・史跡
-
揚屋としての角屋の説明。
揚屋というのは、今でいう宴会場のようなところ。一階で料理を作り、二階の座敷にお客を「揚げ」て、食事を出したそうです。
角屋は明治5年まで揚屋として、その後、お茶屋(料理を作らず仕出しをとる)としては昭和60年まで営業されていたとのこと。 -
角屋一階の見取り図です。鍵付きのロッカーに荷物を入れて、展示室でしばし待機。
-
展示室奥にあった岸駒の「龍虎図屏風」。
そろったようで、一階のガイドツアーが始まります。団体さんと一緒のツアーになりました。 -
こちらの裏側が、さきほど通ってきた門口になります。
角屋の家紋「蔓三つ蔦」を染め抜いた暖簾。 -
暖簾を背に、正面を見ると、2階の窓が。
人の顔にも見えて、面白い。 -
右手には玄関。
お客はここで駕籠を下りて、中にはいったそうです。
玄関の奥には中庭が見えています。 -
ここの柱には、新選組の刀傷がついています。
-
台所に戻ります。
手前には火と竈の神「三宝荒神」が。
こちらは飾りのかまど。 -
奥には、実際に使ったかまどが5つ、並んでいました。
-
50畳もあるという台所。
手前の桟があるところが帳場です。
ここでのお金のやり取りはなく(すべて「つけ」)、いつ誰が来たかの記録を取っていました。
左に見えるのは「八方行燈」。幅広く照らすことができたそうです。 -
かまどの上の天井は高いですね。
靴を脱いで、台所に上がります。 -
布袋様。
-
西郷隆盛が行水につかった盥。
昭和20年に、空襲による延焼を防ぐため、角屋も取り壊しの対象となっていました。市の担当者にこの盥を見せて、歴史ある建物だから、と再考してもらっている間に終戦となり、取り壊しを免れたとのこと。 -
台所の奥には、二階に続く階段。
左の箱階段は従業員用。 -
こんな階段を、食事をもって上り下りしていたなんて!
-
お客は、ここで刀を預けて、別の階段から二階に上がりました。
横暴な新選組は刀を預けずに座敷に上がり、暴れてつけた刀傷が二階の柱にも残っていました。 -
中庭と、右手は網代の間。
-
ちょうど玄関に面しています。
玄関から外を見た所。井戸がありますね。
二本の槐の木は、枯れてしまったそう。
このあと、与謝蕪村の「紅白梅図屏風」などの展示室に入りましたが、そちらは撮影禁止でした。 -
28畳の「網代の間」に入ります。
天井が網代に組まれているところから名付けられました。 -
床の間には「寒山拾得」の掛け軸。奥の花頭窓もいいですね。
-
この部屋は中に柱が一本もなく、天井の長さ4間の竿縁だけで、二階を支えているのです。
煤で真っ黒だった壁は、洗って塗りなおして、元の赤壁の色が見えますが、右の襖はすすけたままですね。 -
襖絵は長谷川等雲の「唐子の図」。
じっくり見ると、子どもの姿が。 -
このあと、廊下を通って「松の間」へ。
襖絵は岸連山の「金地桐に鳳凰の図」。とてもゴージャス。
松の間は大正時代にボヤで焼けてしまったのですが、この襖絵は火災を免れたのだとか。 -
床の間には「山水図」。
この「松の間」は、新選組の芹沢鴨が暗殺される直前に、宴会を開いていたところなのだとか。 -
「松の間」の命名の理由は、庭に植えられている「臥龍の松」から。
ガイドさんから説明を聞きます。 -
臥龍の松。
-
本来は一本の松でしたが、残念ながら枯れてしまい、新しく植えなおした二本の松で、それらしい形にしているのだとか。
-
奥に、枯れた松の幹が残っていました。
-
庭の右手には2つのお茶室。曲木亭と、茅葺きの清隠斎茶席。
-
松の間にあった、岸良の「布袋図」衝立。
周囲は琉球螺鈿です。 -
磨きこまれた廊下を、網代の間のほうに戻ります。
-
奥からみた台所。この左手から、2階の特別公開へ。こちらは予約制で、撮影不可。見学者は3人のみ。
上がったところが「翠簾の間」。左手が網代の間の上にあたる「緞子の間」です。
「緞子の間」は立ち入り禁止。下に柱が一本もないんですからね。襖や障子の腰に緞子が貼られていることから、名付けられました。釘隠しのブルーの七宝がきれい。
「翠簾の間」は、御簾の襖絵と、本物の御簾がかかった二間続きのお座敷です。床の間の紫檀の曲木や金が刷り込まれた虫喰丸太など、贅を凝らした作りでした。
その奥(一番南側)は「扇の間」。天井、欄間、襖の引手など扇尽くし。この部屋には一番奥に高座があり、浄瑠璃などが語られていたのだとか。この部屋の壁はブルーグレーの九条土。
この4つの座敷は襖を取り払うと一つのお座敷としても使え、遠くからも見えるようにと高座が仕立てられているそうです。そして4つの部屋とも、通り側の障子の桟が五本と三本の吹き寄せで統一されていました。
とはいえ、別々の部屋として使うばあいは、お客同士が顔を合わせずにすむよう、裏に部屋(草花の間)や隠し廊下が付けられています。
奥には小さなお座敷がいくつか。
「馬の間」は丸山応挙の「少年行の図」の襖絵。
「孔雀の間」は江村春甫の「孔雀に牡丹・海棠の図」の襖絵。
一番奥は「青貝の間」。壁にも建具にも螺鈿がはめ込まれた、一番ゴージャスな部屋です。本来は「扇の間」と同じブルーグレーの九条土の壁でしたが、煤で真っ黒に。螺鈿が施されているので洗うことができず、黒のままになっているのがかえって強烈な印象を残します。障子の松皮菱組も凝った造り。露台(ベランダ)があって、臥龍の松を見下ろせるようになっていました。
この部屋の柱には、新選組の狼藉による刀傷が2つもついていました。
最後は「檜垣の間」。この部屋の障子は、縦が波型で、見る方向によって手前に飛び出したり、引っ込んだりして見えるのが面白かった。 -
台所に戻り、靴を履いて外へ。
最後に見たのは、江戸時代の冷蔵庫。井戸水を浸すことで食材を冷やしていたそうです。かなり深いですね。 -
角屋の見学は以上です。
一階、二階ともツアーの時間が決まっているので、ホームページで確認の上、お出かけください。二階は事前予約のみ。一階、二階あわせて、大人一人2000円でした。 -
島原には、ほかにも揚屋建築が残っていました。現在は普通のお宅のようですね。
-
角屋の北側を通って・・
-
東鴻臚館址の石碑。朱雀大路の東西にあったものですよね。
地図の位置はちょっと間違っています。東鴻臚館跡 名所・史跡
-
島原住吉神社
島原住吉神社 寺・神社・教会
-
住吉神社の説明。
-
そのすぐ脇には、「島原西門碑」。
-
山陰本線の高架沿いの道を北へ。
島原大銀杏弁財天社。もとは住吉神社の境内にあった大銀杏だそう。大銀杏 名所・史跡
-
大銀杏の石碑。
このあと、京都リサーチパーク前からバスで祇園方面に向かいました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
きんせ旅館
3.05
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2026年9月の京都
0
68