2026/07/29 - 2026/07/30
13位(同エリア296件中)
キートンさん
この旅行記のスケジュール
2026/07/29
-
船での移動
水上シャトル
-
船での移動
水上シャトル
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
イギリス&アイルランドの島国旅もあっという間に終わり、あとは日本に帰るだけ・・・
なんて旅程は組むはずもなく、当然のように寄り道観光を計画しております。
この旅の復路で立ち寄るのは、アムステルダム・スキポール空港。
空港から観光可能な時間は実質9時間程度。
その時間内で行きたいところを厳選した結果、オランダの代表的な風景ともいえる風車が残るキンデルダイク、そしてフェルメールの代表作を所蔵するマウリッツハイス美術館の2箇所にしぼりました。
マウリッツハイス美術館はこの夏改修工事で約1ケ月閉館する間、「真珠の首飾りの少女」を含む12作品が、なんと大阪中之島美術館に展示されるという。
日本で見れるのはおそらくこれが最後ともいわれ、チケットは入手困難な状況。
ならばこの機会に現地で見て帰ろうという考えに至りました。
キンデルダイクとマウリッツハイス美術館、決して近いとはいえないこの2箇所を満足に見学できるのでしょうか・・・
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エア・リンガス 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コーク発の704Xエアコーチは、2:30頃ダブリン空港ターミナル2に到着。
アムステルダム行きEI602便は6:15発で、エア・リンガスのチェックインカウンターは3時を過ぎないとオープンしなかった。 -
プライオリティパスで利用できるLiffey Loungeは4時にオープンで、4時過ぎに入場できた。
リフィー・ラウンジ 空港ラウンジ
-
料理の種類は多くはないが、物価の高いヨーロッパで好きなだけ食べれるのはありがたい。
-
早朝なのでラウンジは比較的すいていた。
モニターでは昨日起きた熊本地震のニュースが映されている。 -
前日に起きた熊本地震はBBC(英国放送協会)でも大きく取り上げられ、被害の様子や爆発事故の動画が流れていた。
-
6:15発のEI602便は30分近く遅延して離陸した。
1時間30分足らずの飛行中はほとんど寝ていた。ダブリン空港 (DUB) 空港
-
アムステルダム・スキポール空港では入国審査があり、なぜか自動化ゲートで通過できずに時間を要した。
2018年に取得したパスポートの写真と、ダイエットを実施した後の実物がかなり違うからかもしれないが、カザフスタンとウズベキスタンの入国審査を別にすると、こんなことは今までなかった。
そもそも、ともにEUのアイルランドからオランダの移動で入国審査があること自体が予想外だった。
よく調べてみると、アイルランドはEU加盟国ながらシェンゲン協定には参加していなかった。
というわけで、予定していたロッテルダム行のインターシティより約30分遅いインターシティに乗車することになった。スキポール空港 (AMS) 空港
-
スキポール空港からインターシティで30分弱、10:20前にロッテルダム中央駅に到着。
ここからメトロE線でLeuvehavenへ移動する。地下鉄 (ロッテルダム) 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
-
Leuvehavenから徒歩10分弱でErasmusbrugという船着場に到着。
ここからキンデルダイクへは水上シャトルが出ているが、10:20発をのがしてしまったので、11:30発まで1時間近く待つ待つことになった。
気候が良ければこの間街歩きをするところなのだが、本日はたまたま35℃近い猛暑になったので、陰で休憩していた。 -
11:30過ぎ、キンデルダイク行きの水上シャトルが入ってきた。
キンデルダイクまで往復で19.5ユーロ(3,770円)で、チケットは乗船後に周って来る乗務員から購入する。 -
Erasmusbrugを出てロッテルダムを流れるニューウェ・マース川を遡っていく。
片道30分ちょっとのクルーズ。
ロッテルダムは風変わりなビルが多いが、それが見られるのもこのクルーズのメリットである。 -
右に見える昇開橋は、通称デ・ヘフと呼ばれているコーニングスハーフェン昇開橋で、オランダの国定遺産にもなっている歴史的建造物らしい。
2022年、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが所有する高級カスタムスーパーヨットが通過できるようにするため、部分的に撤去すると発表されたため物議をかもしたが、最終的に解体計画は不要であることが判明したという。 -
左に湾曲した屋根を持つビルが4棟と風力発電の風車。
オランダで見たい風車はこれではない。 -
左に奇妙で巨大な木造船が現れた。
オランダ人の実業家が聖書の記述に基づいて建造した原寸大のノアの箱舟だそうだ。
船首付近にキリンが見える。
これだけのものを造っておきながら、一般公開はされていないらしい。 -
12時過ぎにキンデルダイクの船着場に到着し、ビジターセンターまで約300m歩く。
ここで風車の入場とボート乗船がセットになったチケット21.0ユーロ(4,060円)を購入。 -
ビジターセンターから南東方向に19基の風車が残っている。
最初の風車が近くなってきた。 -
イチオシ
19基の風車のうち、2基の風車の内部が見学可能となっている。
ビジターセンターから2基目の風車は、ネーデルワールト保存風車と呼ばれ、見学可能となっている。跳ね橋を渡ると改札がある。 -
改札を通過すると小さな畑の先にその風車。
-
風車の建築は縦長なので、内部は狭そうな想像をしていたが、思った程狭くはない。
-
梯子のような急な階段を上る。
上り用と下り用で階段が分かれている。
狭いので大きめのバックパックを背負った状態では動きにくい。 -
見学可能な最上階は、木製の巨大な水平の歯車と回転を下に伝える垂直軸が見える。
風車の回転軸は水平に近いので、それを垂直軸の回転に変換する仕組みを見て理解するほど余裕がなかった。 -
1階に下りると住人の生活の部屋があった。
部屋の奥には狭いベッドがある。 -
風車の羽根に近づくと、その巨大さに圧倒される。
-
風車のほかに、小さな小屋と家畜小屋がある。
-
小さな小屋の中は、木工などの作業場となっていた。
-
ひとつ目の風車見学を終えて先に進む。
園路は歩行者のほかに自転車も走行しているので注意が必要。 -
イチオシ
風車とボート、絵になる。
-
6基目の風車がブロクヴィール保存風車と呼ばれる、もうひとつの内部見学可能な風車である。
-
キンデルダイクの風車は、高さが15~20m程度、1枚の羽根の長さは10m以上であるらしい。
風力発電の風車に比べると比較にならないほど小規模だが、近くで見上げると結構巨大に感じる。 -
1階の平面図。
ほかの風車は円形に近い平面形状をしているが、この風車はほぼ正方形をしている。 -
1階のダイニングキッチン。
狭さは感じられない。外側の柱が斜めなのが特徴。 -
キッチンの流しがレトロ。
-
外側の柱が斜めなのが特徴のダイニング。
-
1階には居間兼寝室もあるが、こちらは窮屈な感じ。
この風車の内部は、1階のみで上層階の見学はできない。 -
収納スペースの上のベッド。
足の方の上部にベビーベッドが取り付けられ、空間を上手く利用している。
オランダ人は世界で最も平均身長が高いといわれ、日本人より10cm以上高い。
このベッドでは狭すぎるように感じる。
しかし、200年前のオランダ人はヨーロッパでも身長の低い部類で、今の日本人より低かったらしい。
戦後生まれのオランダ人が急激に身長が伸びたのだという。
つまり、オランダ人の身長が伸びたのは、遺伝的な要因より食や生活環境の変化が要因になっていると考えられている。 -
風車の背後に羽根の方向を風向きに合わせて回転させるための舵輪がある。
直線状の部材の先を足で踏んで回転させることにより、鎖を巻き取ると方向が変わるようだ。 -
干してある洗濯物が生活感を演出している。
-
水辺に食器洗い場?
キッチンに水道の蛇口とシンクがあったので、少なくとも飲料水は水道から供給していたはず。
洗濯や食器洗いはここでしていたのかもしれない。 -
イチオシ
川沿いに並ぶ風車。
これらの風車が建設されたのは1740年代で、主目的は低地が水没しないように、低地の水路から上の川へ排水(揚水)することだった。
2基の風車を内部まで見学したものの、結局どのような仕組みで揚水を行ったかを理解する視点が抜けていた。
暑さと寝不足のせいか、頭がぼ~っとしていたようだ。
理系男子としては痛恨のミス。 -
キンデルダイクに到着してから、ビジターセンターと2つの風車を徒歩で見学すると2km以上歩いたことになる。
ボートはビジターセンターと2つの風車の近くの3箇所から乗船できる。
概ね40分毎の運行で、意外とタイミングを合わせるのが難しい。
次の便は13:20発。
これでビジターセンターまで戻ろう。 -
ボート内は席が概ね埋まるくらいの混み具合。
-
水上から見た風車群。
少し先に進んでUターンする。 -
プライベートのボートも結構行き来している。
-
15分ちょっとのクルーズでビジターセンター近くの乗り場に到着。
ビジターセンターでは屋上に上がることができた。 -
ビジターセンターの屋上には、この付近のジオラマが展示されている。
赤い矢印がビジターセンター。 -
イチオシ
ビジターセンターの屋上からは、南東方向にキンデルダイクの風車群が一望できる。
国土の 1/4 程度が海面よりも低いオランダにおいて、排水システムは最も重要な課題であった。
干拓地に過度の水が入らないように大規模な運河を掘り、風車網を建設し、水面がある一定の高さに到達した際に風車をポンプの動力源として水面の維持を図った。
そもそも、そこまでして海面下の土地に住もうという発想が理解に苦しむ。
今のヨーロッパを旅行して見る限り、大都会以外では土地が不足している感じはしないし・・・キンデルダイク=エルスハウトの風車群 文化・芸術・歴史
-
西方向の運河。
-
よく見ると、運河で遊泳する人がいる。
-
ビジターセンターから水上シャトル乗場までの途中に、ネーデルワールト排水機場があった。
-
ネーデルワールト排水機場のスクリューポンプ。
産業革命以降、蒸気、電気、石油などのエネルギーの進歩発展に伴い、19世紀中頃の最盛期には約1万基あった風車は急激に姿を消していった。
しかし、キンデルダイクに残った風車群は第二次世界大戦下のエネルギー不足の際に、復活使用されたこともあるという。 -
14:25発の水上シャトルの便まで約30分待ち時間があったが、暑いので散策する元気もなく日陰で待った。
持参の食料は結構あったが、飲み物がなくてしかたなくビジターセンターで500mlで4ユーロ(770円)もするミネラルウォーターを購入するしかなかった。
水上シャトルが出航すると、右に教会のある街を見ながらニューウェ・マース川を下っていく。 -
ニューウェ・マース川には所々に砂浜があり、水浴をする人々が見られた。
-
右に見えてきた円形の目立つ建築物は、歴史的な給水塔なのだという。
-
レンガ造りの古い工場の建物の上に、デ・ブリュッグ ( De Brug)と呼ばれるガラス張りのオフィス棟が架かるように建てられている。
-
Erasmusbrugの船着場の近くに架かる、非対称の斜張橋は1996年に開通したエラスムス橋。
-
ErasmusbrugからメトロのLeuvehavenへと向かう。
-
15:15頃、Leuvehavenからデン・ハーグ行きの列車に乗車。
この列車は途中から地上に出たが、車内は冷房が効いてなく、西日が差し込んで暑かった。
夏でも通常は問題ないのだろうが、この日に限って高温だった。 -
15:50過ぎ、デン・ハーグに到着。
駅は結構混んでいた。
アムステルダム、ロッテルダムに次ぐ、オランダ第3の都市というだけはある。 -
一目散に徒歩でマウリッツハイス美術館へと向かい、16:05頃に到着。
-
チケットは16時入場のものをウェブ予約していて、21ユーロ(4,040円)だった。
クロークに荷物を預けて早速見学。 -
マウリッツハイス美術館は17世紀半ばに建てられたもので、オランダ古典様式建築の代表作とされる。
コレクションはオランダ総督ウィレム5世と、その子のオランダ初代国王ウィレム1世の収集が中核となっている。
美術館の規模は大きくはないが、オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで知られる。
中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち3点を見ることができる。
作品の展示は主に2フロアで、最上階のRoom9から見て周ることにした。 -
「テュルプ博士の解剖学講義」(1632年)レンブラント・ファン・レイン
早速この美術館の代表作。
描かれているのは、ニコラス・テュルプ博士が腕の筋肉組織を医学の専門家に説明している場面である。
死体は、その日の午前に凶器強盗の罪で絞首刑になった人物である。
アムステルダム外科医師会では、年に1体、処刑された犯罪者の遺体を使った公開解剖が認められていた。 -
リアルに描かれた左手の筋肉や腱。
レンブラントがこの知識をどこで得たかはわかっておらず、解剖学の教科書から詳細を写し取った可能性がある。
しかし近年、オランダの研究者が男性の遺体を使って場面を再現したところ、レンブラントが描いた左前腕に、実際の遺体と比較して矛盾する点のあることが明らかになったという。 -
「自画像」(1669年)レンブラント・ファン・レイン
レンブラントが没した1669年に制作した、自身最後の自画像である可能性があるもの。
レンブラントは美術史上ほかに類例がないくらい数多くの自画像を制作し、すべて売却用であったという。
それら自画像を購入した収集家たちは、著名な画家の作品と肖像を入手するという一石二鳥の特典を得ることができたことになる。 -
「若い牡牛」(1647年)パウルス・ポッテル
牛や馬といった動物を多く描いたことで知られるオランダの画家ポッテルの代表作である。
ほぼ実物大で描かれているため、235.5cm × 339cmとかなり大きな作品である。
ポッテルは1654年に30歳になる前に亡くなり、絵画は18世紀と19世紀に非常に高く称賛された。 -
Room12の天井画は、「九人のミューズに囲まれたアポロ」(1743年)ジェイコブ・デ・ウィット。
もともとライデンにあった邸宅の天井画として作られ、1912年からこの美術館に移されたのだとか。 -
「笑う少年」(1625年)フランス・ハルス
ハルスはレンブラントと同時代で、オランダ絵画の黄金時代を代表する画家のひとりである。
人々の生き生きとした表情を捉える描写力においては卓越していて、笑っている人物画を多く描いたことから「笑いの画家」と呼ばれている。
この作品はその典型だが、特定の人物を描いたわけではないようだ。 -
「ゴシキヒワ」(1654年)カレル・ファブリティウス
カレル・ファブリティウスはレンブラント・ファン・レインのもっとも才能ある弟子のひとりだった。
1654年10月12日、弾薬庫が爆発しデルフト市街の4分の1が破壊され、数千人が負傷し死者100人以上が出る大惨事が起こった。
ファブリティウスの工房も爆発に巻き込まれ、32年の短い生涯を閉じ、彼の作品の大半が失われたという。
今に残るファブリティウスの貴重な作品のひとつである。 -
「親に倣って子も歌う」(1665年)ヤン・ステーン
ステーンは17世紀のバロック期に活躍したライデン生まれの画家である。
様々なジャンルの作品を800点ほど制作したが、農民を描いた風俗画がよく知られている。
この作品は、オランダの家族の3世代の休日の情景を描いており、親の振る舞い、悪徳、影響に関する寓意となっているという。
この作品の題名は諺にちなんでいて、若者の悪徳は年長者の振る舞いから学ばれるというものである。 -
「真珠の耳飾りの少女」(1665年)ヨハネス・フェルメール
言うまでもなくフェルメールの代表作で、この美術館の顔ともいえる名作。
これは肖像画ではなく、実在しない想像上の人物を描いているといわれる。
少女の特徴であるターバンは全く異国の風俗で、オランダのファッションとは無縁であるなど、時代から隔絶した趣が強いという。
フェルメールは1675年に43歳で破産同然で死去し、残された作品も競売にかけられるなどした。
1881年にハーグのオークションでは、わずか2ギルダー30セントでこの絵が売買されたという。
マウリッツハイス美術館に収蔵されて以降、美術館による宣伝効果もあり、CNNの調査によれば本作品は世界で有名な絵画のひとつとなった。
日本にも過去3回展示される機会があったが、2014年にマウリッツハイス美術館はこの作品を美術館の外に一切出さないという決定を下した。
この夏美術館の改修期間に合わせて、特例として日本の大阪中之島美術館に貸し出されることとなり、この展示は最後の来日といわれている。 -
下唇を明るく光らせ、上唇の輪郭をぼかすことで若々しく瑞々しい質感が出されている。
少女が頭に巻いているターバンの鮮やかで印象的な青は、西アジア原産のラピスラズリという宝石から作った非常に高価な絵の具を用いたもので、フェルメールブルーとよばれることもある。 -
「ディアナとニンフたち」(1655年頃)ヨハネス・フェルメール
ディアナはローマ神話に登場する、狩猟、貞節と月の女神で、ニンフはギリシア神話に登場する精霊(下級の女神)である。
中央に黄色のドレスまとったディアナ、その左右に4人のニンフ、左下に犬が描かれている。
ディアナとニンフを描いた作品はそれ以前にいくつかあったが、それらの作品とはかなり趣が異なっているという。 -
「デルフト眺望」(1660年頃)ヨハネス・フェルメール
フェルメール作品のほとんどが室内画で、わずか2点しかない風景画のうちのひとつである。
フェルメールは自身が暮らしたデルフトを題材とするにあたり、生涯に関わる建築物を一望するように描いたのだという。
余談だが、この作品の写真を撮るのにかなり時間を要した。
作品の前で何枚も写真を撮りながら、なかなかそこを離れない客がいたのだ。
そういう迷惑な客もたまにはいるよなといつもならあきらめるところなのだが、それが日本人だったので余計に不快になった。
だったら注意すれば良いのだが、それができない自分もどうかとは思うが・・・ -
最上階はひと通り鑑賞して、Room16から下の階に移動。
マウリッツハイス美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
「人間の堕落のあるエデンの園」(1615年頃)ピーテル・パウル・ルーベンス、ヤン・ブリューゲル (父)
バロック期のフランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスとヤン・ブリューゲルが1615年頃に制作した油彩絵画である。
主題は旧約聖書の創世記で語られている人類の祖アダムとイヴの堕落の物語から取られている。
フランドルでは複数の画家が自分の得意分野を生かし、作品を共同で制作することは普通に行われ、両者は本作品の他にもいくつかの作品を共同で制作している。
構図を担当したのはヤン・ブリューゲルであり、最初にルーベンスが筆を入れて、アダムとイヴ、知恵の木、馬、蛇を薄い絵具で描いた。
その後にヤン・ブリューゲルが動植物を正確かつ緻密に塗り上げた。 -
「カンパスペを描くアペレス」(1630年頃)ヴィレム・ファン・ハーヒト
このような芸術作品の収集室や多数のコレクションの様子を描いた作品(画中画)をロンドンのナショナル・ギャラリーで見たことがある。
ヴィレム・ファン・ハーヒトはその類の作品(画中画)で最もよく知られているバロック期のフランドルの画家である。
室内を隅から隅まで飾っているのは、すべてフランドル、ドイツ、イタリアの実在する絵画である。
彫刻も有名な古代ギリシャ・ローマ時代の作品である。 -
例えば、最下部の中央に描かれているこの作品は、「狩りに出発するディアナとニンフたち」ルーベンスとヤン・ブリューゲル(父)の共作 である。
40を越える絵画をひとつひとつ手抜きなく詳細に描いているのは、気の遠くなるような作業だろう。 -
「ろうそくを持つ老婆と少年」(1616~1617年頃)ピーテル・パウル・ルーベンス
暗がりの中、ろうそくの火を少年のロウソクに移す様子を、明と暗のコントラストで上手く描写している。
ルーベンスはこの絵を売るために制作したのではなく、自分の手元に残した。
アトリエの弟子たちの教材として使ったとも考えられている。 -
「聖母被昇天のための下絵」(1622~1625年)ピーテル・パウル・ルーベンス
ルーベンスは「聖母被昇天」という名の作品を複数残している。
これは、アントワープのノートルダム大聖堂の巨大な祭壇画のために、その下絵として制作したものである。
発注者に全体像を見せるためものだが、もはや完成品として十分なクオリティに見える。 -
「キリストの哀悼」(1460~1464年頃)ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
ロヒール・ファン・デル・ウェイデンは初期フランドル派の画家で、キリスト教的主題が描かれた祭壇画と肖像画を多く残している。
国際的な名声を得て、当時最も成功していた画家である。
亡くなったイエス・キリストのそばにひざまずくマリア、それを囲むキリストの弟子たちが嘆き悲む様子を色彩豊かに描いている。
祭服を身にまとった司教が、この祭壇画を発注した司教であるという。 -
17時前にマウリッツハイス美術館の見学を終え、デン・ハーグ中央駅へと急ぐ。
大きな美術館ではなかったので、50分程度の滞在でもそれほど時間に追われた印象はなく、ある程度見たい作品はじっくり見ることができた。 -
アムステルダム・スキポール空港まで直通の列車には間に合わず、インターシティをライデンで乗り継ぎ空港に向かった。
デンハーグ中央駅 駅
-
市街地を抜けると、車窓には広大な農耕地が見られる。
-
18時前にアムステルダム・スキポール空港に到着し、ウォーターサーバーで喉を潤した。
手荷物検査と出国審査を抜けると、ウォーターサーバーが見つからず、やむなく売店で4.5ユーロ(870円)もする500mlのミネラルウォーターを購入。
その直後にウォーターサーバーを発見した。
本日はたかが飲料水1lのために1,600円以上使った。
搭乗口の待合室は西日が差し込み、結構暑かった。
昨日まで涼しい日が続いていたので、本日の暑さは結構こたえた。スキポール空港 (AMS) 空港
-
アムステルダム・スキポール空港20:15発上海浦東国際空港行きMU772便は、約11時間のフライト。
約半分は寝て、残りは主にソリティアをして時間をつぶした。
機内食は2回出て、可もなく不可もなくという印象だった。 -
上海浦東国際空港では約4時間の乗継時間があるので、プライオリティパスで利用できるターミナル1のVIPラウンジ36で2時間過ごした。
-
久しぶりの中華料理。
豆板醤入れ過ぎてむせた。 -
そういえば上海浦東国際空港ってこんな感じだったなというインテリア。
最後のフライトは17:25発MU729便。上海浦東国際空港 お土産店
-
同じ中国東方航空の機内食でも、日本に近いフライトほど美味く感じるのは気のせいか?
-
7月30日21時、関西国際空港に到着。
この旅の最大の目的は達成できたし、本格的な雨にも合わなかった。
しかし、ここぞという時に冴えない空模様だった印象がぬぐえない。
訪れた海岸の風景は期待通りの美しさだったが、やはり天気によって印象に差が出た。
スケリッグ・マイケルに関しては、単純に史跡や風景だけではなく、たどり着くまでの旅程も含めて最果て感が深く心に深く刻まれた。
今回は都市観光はメインではなかったが、ゴールウェイやキラーニーは地方の小都市ながら街並みや活気など魅かれるところが多かった。
帰国後に為替介入により円高に振れたが、旅行中は円安のピークでもあり、今までの旅でも最も割高の旅になった印象が残った。関西国際空港 空港
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
北大西洋 島国海岸紀行 2026
-
北大西洋 島国海岸紀行 2026 /1日目(7/22)
2026/07/21~
その他の観光地
-
北大西洋 島国海岸紀行 2026 /2日目(7/23)
2026/07/23~
バース
-
北大西洋 島国海岸紀行 2026 /3日目(7/24)
2026/07/24~
ドゥーラン
-
北大西洋 島国海岸紀行 2026 /4日目(7/25)
2026/07/25~
北アイルランド
-
北大西洋 島国海岸紀行 2026 /5日目(7/26)
2026/07/26~
ダブリン
-
北大西洋 島国海岸紀行 2026 /6日目(7/27)
2026/07/27~
その他の観光地
-
ちょこっと寄り道オランダ 2026(7/29)
2026/07/29~
ロッテルダム
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (2)
-
- Mollyさん 2026/09/20 08:01:14
- なつかしいKinderdijk
- キートンさん、
おはようございます。Mollyです。
キンデルダイクのきれいな写真を
拝見しました。
私が訪れてから53年たちますが
相変わらずきれいに保存されていますね。
なんてったって世界遺産ですものね。
ネットなどで見たら相変わらず訪問するのには
不便なようです。
私もロッテルダム駅から
バスを2回ほど乗り継いで行った記憶が
あります。
今はキートンさんが利用したようなきれいな
船があるようですが...。
ロッテルダムはGoogle Mapの
ストリートビューで見ると昔の
面影は全くないですね。
パリと違って新しくするのに
気にかけないのかな。
オランダへはいくつもある美術館へ再訪したいなあ。
でも最近は数日の国内旅行をしても
だいぶ疲れてしまう年齢になってきたし
あきらめるしかないかな。
以下は大昔のオランダの写真です。
かろうじて少し残っています。
https://4travel.jp/travelogue/10524016
これからもよろしくお願いします。
Mollyより
- キートンさん からの返信 2026/09/20 09:19:25
- Re: なつかしいKinderdijk
- おはようございます、Mollyさん。
書き込みありがとうございます。
53年も前にオランダ旅行をされていたとは凄いですね。
私には、海外といえばせいぜい「10問正解して、夢のハワイへ」くらいで、庶民にはほとんど無縁の時代だった気がします。
キンデルダイクへは、今ではロッテルダムからバスを乗り継ぐか、水上シャトルが一般的のようです。
水上シャトルの方が割高ですが、道中で景色が楽しめるのでクルーズを選びました。
ロッテルダムは近代的で風変わりな建築物が多く、半世紀前とは街並みが変わってきているのかもしれませんね。
キンデルダイクは魅力的な観光地でしたが、珍しくこの日は35℃近い暑さで体力を消耗しました。
円安で海外旅行がしづらい状況ですが、エコノミークラスの長距離フライトにいつまで耐えれるかわからないので、行けるうちに遠方へは行っておこうと思っています。
ただ、海外に何度か行ってみると、日本がいかに観光資源に恵まれているかもわかってきました。
日本は国内だけでも質の高い旅行が可能な国なので、無理のない範囲で楽しんでくださいね。
では、また。
キートン
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
ロッテルダム(オランダ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 北大西洋 島国海岸紀行 2026
2
90