2026/08/09 - 2026/08/09
24位(同エリア712件中)
+mo2さん
ペルーの首都リマにある、モチェ文化、ナスカ文化などの遺物を紹介する「ラファエル・ラルコ・エレラ博物館」。ラファエル・ラルコ氏が個人で収集した黄金の装飾品、土器など、約4万点を超える収蔵品が展示されています。また昨年、森アーツセンターギャラリーで開催された「マチュピチュ展」では、「ラルコ博物館」が所蔵する貴重な文化財約130点が披露されました。是非、来たかった博物館ですが、今回念願かなって訪れることができました。写真たくさん撮ってしまったので旅行記を分割します。また作品については、博物館のHPを参照しましたが、わからないものもたくさんあります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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「チャンカイ文化の布製の人形」ペルー中央海岸、紀元後13世紀- 16世紀前半
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「チムー文化の綴織」」ペルー北海岸、紀元後13世紀- 16世紀前半
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「モチェ文化・ワリ文化の綴織」ペルー北海岸、紀元後8世紀-13世紀
素材は、平織部分は木綿、装飾部分は染色されたラクダ科動物の獣毛。技法は、平織、文様部分は縫取。一部綴織。横を向き、権力者のシンボルである杖を持つ人物が表現されています。ペルー中部海岸地方のカスティーリョ・デ・ワルメイに由来すると考えられています。 -
「ナスカ・ワリの上衣」ペルー南海岸、紀元後8世紀-13世紀
素材は、木綿と鳥の羽根。技法は、平織の基布に羽根を縫い付けています。袖なしの上着(貫頭衣、ウンク)。羽根装飾のない縦方向の部分が肩のライン、中心部横方向のラインが貫頭部となります。 -
「キプ・インカ」シエラ・スール、西暦1300年-1532年
綿繊維のクイプ。このロープは119本のハンギングロープと2本のトップロープを備えた一次コットンロープを特徴としています。 -
「チンチャ文化の織物」ペルー南海岸、紀元後13世紀- 16世紀前半
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「ゴルゴタの丘」チャチャポヤス、18世紀
ゴルゴタの丘におけるキリストの磔刑。周辺には受難のシンボルが描かれています。18世紀、チャチャポヤスにて布教活動を行っていたイエズス会に由来するもので、聖週間(イースター)の際礼拝に使用されました。画中において、イエズス会士らは十字架に立てかけられた梯子に立っており、イエスを十字架から降ろした人物として描かれています。上方には太陽と月が描かれているほか、レタブロ(箱型祭壇)をはじめとする初期のペルー民衆芸術が象徴的に描かれています。 -
イチオシ
「火縄銃の天使」クスコ派、18世紀
17世紀末以降のクスコ派の絵画では、ヨーロッパの宗教芸術に由来しない「火縄銃の天使」が描かれるようになりました。インディアス(新大陸)の年代記作者らによれば、初期の征服者らが使用していた火縄銃の銃声を聞いた先住民達は、金属の軍装を身に付けたスペイン人らは天から降りてきた(先住民自身の)神であると考えました。 -
「聖母カンデラリア」クスコ派、17世紀
聖母は耳飾り、真珠、絹の帯等で盛装し、幼子イエスを抱いて火の灯った蝋燭を手にしています。一部の美術史家は、聖母の衣装の形を、アンデス信仰における聖なる山或いはアプスに関連付けています。 -
「断崖から突き落とされる生贄」紀元前後-800年頃
モチェ文化、生贄は神の目の前で山頂から突き落とされました。 -
イチオシ
「モチェの戦士」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
儀礼の戦いに備える戦士の様子。社会的身分の高さを表す頭飾りや羽根飾り、耳輪、胸当て、首飾り、腕輪、装飾付上着、腰当て等を身に着けたほか、顔に化粧を施しガラガラ等の楽器を携えました。さらに、盾やポーラ(棍棒)、槍、投槍器等で武装しました。 -
「敗者の武器や衣装が縛られた様子」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化の生贄の儀式」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
自然界において死は生へとつながる重要なプロセスです。この器で表される人身供犠は、冬から春への移行を示す春分に関係していると考えられます。農業の営みにおいて、雨期の始まりを意味する春分は重要でした。 -
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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イチオシ
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェに見られる敗者の生贄の様子。山における儀式では生贄は断崖から突き落とされました。 -
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、儀式用ナイフ」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
銅製のガラガラ付きナイフ。ガラガラの各面に、生贄の儀式の場面が描かれています。 -
「モチェ文化、斬首の神々」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェの芸術では、神々が他の神や超自然の存在、人間と戦う様子が表わされています。戦いの最後には、敗者の斬首が行われました。 -
「モチェ文化、斬首の神々」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、トゥミ」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
神々は半月状の刃を持つナイフ「トゥミ」と共に表現されています。 -
「ネコ科動物として象徴された勝者が敗者を打ち負かす様子」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェ文化 -
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「擬人化されたイグアナ」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェ文化 -
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「敗者となった戦士」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、生贄の血が注がれた器を受け取る光の神」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、御輿(みこし)」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、ネコ科動物を表す壺」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、擬人化された鳥の戦士」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「光の神に仕える犬」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「戦いの終わりと敗者の行列」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
モチェの戦士たちはポーラ(棍棒)と盾を使って戦いました。 -
「戦いの終わりと敗者の行列」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
一対一の勝負は、海岸地帯の砂漠等広い場所を舞台としたようです。 -
「戦いの終わりと敗者の行列」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
勝負では、相手の兜を取り髪を掴んだ側が勝者となりました。敗者は装身具を奪われ、武器や衣装と共に縛られました。 -
「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、儀礼の戦い」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
トルコ石を嵌め込んだ石箱。儀礼の戦いや敗者の行列が描かれています。 -
「ネコ科動物の頭部を持つ蛇」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「モチェ文化、その他の生贄」ペルー北海岸、紀元前1世紀-紀元後800年
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「チムー文化、儀式用脚付杯」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
これらの銀器には、古代アンデスにおけるほぼ全ての冶金技術が用いられています。 -
「チムー文化、儀式用脚付杯」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
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「チムー文化の偶像」ペルー北海岸、紀元後13世紀-16世紀前半
チムー文化の重要人物を表した木像。デスマスクを着け、儀式用の器を手にしています。チムー文化の都市における主な広場にはこのような木像が設置され、木像に表される重要人物がチムー社会の主要儀礼を司る意味合いが持たせられていました。 -
「モチェ文化、皿/鉢」ペルー北海岸、紀元後1世紀-紀元後8世紀
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「チムー文化、儀式用容器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
人間の顔を表現した銀器 -
イチオシ
「儀式用容器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
金製の容器 -
「シカン文化、儀式用容器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
ネコ科動物の牙とつり上がった目を持つ神の顔が、容器の上下と逆向きに表現されています。 -
「チムー文化、儀式用容器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
打ち出しや彫り等の高度な技術によって加工された銀器。 -
「チムー文化、儀式用容器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
打ち出しや彫り等の高度な技術によって加工された銀器。 -
「儀式用銀器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
神や祖先を祭る儀礼・祭典の際に使用された銀器のセット。金や銀の器は、儀礼の際に為政者や神官によって使用されました。 -
「儀式用銀器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
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「儀式用銀器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
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「儀式用銀器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
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「儀式用銀器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
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「トゥミ(儀礼用ナイフ)」北海岸
儀礼用ナイフのトゥミは、儀礼の戦いの場面で、超自然的な存在が敵の斬首に使用したものです。儀礼用ナイフの形は、時代と共に様々に変化しました。柄の部分を動物や人物、儀式を象形的に表現したものもあります。これらのナイフは、蝋型や鋳型によって作成されました。 -
「儀式用銀器」ペルー北海岸、紀元8世紀-13世紀
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土器
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「ポーラ(棍棒状武器)の頭部」北海岸 、紀元前13世紀半 ?紀元後8世紀
ポーラは、古代アンデスの戦闘や儀礼等において最も多く使用された鈍器でした。ポーラの持ち手部分は木製です。一方、頭部は木製や石、金属製の場合もあり、形状も円盤、歯輪、星形と様々で、中にはサボテンや擬人化された動植物の頭部を表すものもあります。 -
「腰当て」ペルー北海岸、紀元後1世紀-8世紀
モチェ文化の戦士たちは、腰部分に装身具を身に付けていました。モチェ文化の図像では、この装身具が尾てい骨付近を覆うように表されていることから、「尾てい骨防具」(protector coxal)とも呼ばれています。腰当ては、儀礼用ナイフの形に類似して鋭利であり、使用跡があることから、実際にナイフとしても利用された可能性があります。装身具の上部は、ガラガラになっており、生贄や豊穣の儀礼に関係の深い果実であるウユチュが表現されています。戦闘の装束の一部として、腰から吊り下げる様々なデザインのガラガラも存在していました。 -
「銅のガラガラ」ペルー北海岸、紀元後1世紀-8世紀
モチェ芸術では、様々な楽器が詳しく表現されています。楽器は、主に戦闘の儀礼や死者の踊り等の場面に登場しています。特に舞踏の場面では、深く乾いた音によって、劇的な音響効果を作り出したガラガラの使用が際立っています。これらのガラガラは、戦闘準備の儀礼に参加した人々の墓から発見されたもので、本来は、儀礼の戦いと生贄に関連する赤銅色をしていました。これらの楽器には、たこ、アネモネ、フクロウその他神話上の存在の顔が表現されています。 -
「銀の上衣」北海岸 、紀元後9世紀-16世紀初頭
金属箔(スパンコール)で覆われた上衣は、北部地方の支配者にとって重要な衣装の一つでした。為政者らは、儀礼の際、太陽や月の如く輝く姿に身を装いました。銀は為政者を、月や星、即ち天上或いは神々の世界の住人と結びつける役割を果たしました。 -
土器
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土器
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土器
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「ミニチュアの葬儀用品」ペルー北海岸、紀元後14世紀-16世紀初頭
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「ミニチュアの葬儀用品」ペルー北海岸、紀元後14世紀-16世紀初頭
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「ミニチュアの葬儀用品」ペルー北海岸、紀元後14世紀-16世紀初頭
このミニチュア葬儀用品は、チムー文化の日干し煉瓦都市、チャンチャンに埋葬された若く高貴な女性の墓から出土したものと考えられます。ミニチュア群は、繊細な装飾を施した銀の箱に納められていました。
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