2026/06/23 - 2026/07/23
3436位(同エリア6009件中)
姫紅小松さん
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅
青い海と豊かな自然を求めて、最初に石垣島を訪れ、波照間島、西表島、沖縄本島、そして座間味島を巡る旅へ。
日本最南端の有人島・波照間島では、どこまでも続く美しい海と島ならではのゆったりとした時間を満喫のはずが雨の日もありました。
天候だけは思うようにいきません。
西表島では、台風9号に遭い船浮に行き予定がキャンセルになり、それでも亜熱帯のジャングルや野鳥との出会いを楽しみながら島の自然を探索しました。
沖縄本島では街歩きや沖縄ならではの食文化にも触れました。さらに慶良間諸島の座間味島では、透明度の高い海に潜り、色鮮やかな魚やサンゴ礁の美しい水中世界を堪能。
それぞれ表情の異なる5つの島と沖縄本島を巡りながら、青い海、豊かな森、野生動物、そして島で出会った人々や風景をカメラに収めた旅です。
2026年6月25日。この日は石垣市立八重山博物館を訪れ、八重山諸島の歴史と文化をじっくりと見学した。石垣島は雨や曇りの時間帯があり、風もやや強く、前日までの南国らしい青空とは少し違った空模様。そんな天候もあり、この日は屋内で八重山の歴史を学ぶにはちょうどよい一日となった。
館内には、先史時代の考古資料から、八重山の人々の暮らしや信仰、伝統文化、漁業や農業に関する資料まで、島々の歴史を物語る貴重な資料が並んでいる。これまで石垣島や西表島、波照間島などで実際に見てきた風景と重ね合わせながら展示を見ていくと、八重山の自然だけでなく、そこに暮らしてきた人々の歴史や文化にも興味が深まっていった。
そして6月26日。石垣島での時間を過ごした後、15時00分発の船で波照間島へ向かった。
石垣港を離れると、次第に島影が遠ざかり、青い海の向こうへと進んでいく。波照間島は、日本最南端の有人島。これまで訪れた島々とはまた違った、静かで独特な島時間が待っている。
夕方の船で向かう波照間島。昼間とは少し表情を変えた海を眺めながら、これから始まる島での時間に胸を膨らませた。八重山の歴史を学んだ一日から、今度は日本最南端の島を歩く旅へ――旅の舞台は再び海の向こうへと移っていった。
https://youtu.be/q7iWo0aUPvM
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 船 レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2026年06月25日
上原ベーカリーで購入したパン。 -
宿で朝食を頂きます。
-
八重山博物館
石垣島では台風7号の影響で雨が降っており八重山博物館を見学しました。 -
台風7号は「宮古島の南約160km」
中心気圧985hPa、最大風速30m/s、最大瞬間風速40m/s
まで接近して石垣島は「雨時々曇」最高気温30.0℃、最大瞬間風速20.4mでした -
エントランス
-
民具・アンツク
-
アンツクの作り方
-
完成したアンツク
-
八重山博物館の入口を入って最初の展示物
-
くり舟
-
下田原期
沖縄・先島諸島の先史時代の文化を指す言葉です。
特に石垣島・宮古島など八重山・宮古地域で使われ、今からおよそ4,000~3,000年前の時期にあたります。
石垣島の下田原貝塚が代表的な遺跡で、「下田原期」の名前の由来になっています -
轟川流域出土のシカ化石
-
鈴帯(丸鞆)
-
古代の日本や東アジアで使われた帯の装飾具(帯金具)の一種です。
-
磨石と石皿
磨石
手に持って、石皿の上に置いた植物の種子などをすりつぶしたり、磨ったりするための石です。表面が滑らかになっているものが多く見られます。
石皿
食材などを載せて、磨石ですりつぶすための平たい石製の道具です。表面には使用による磨耗や凹みが見られることがあります。 -
下田原式土器
下田原式土器
今から約3,000年以上前の石垣島に暮らしていた人々が使っていた土器です。
下田原貝塚などから出土したこの土器は、石垣島を中心とする「下田原期」を代表する文化財。煮炊きや食物の加工など、日々の暮らしに使われていたと考えられています。
何千年もの時を越えて残された一片の土器から、文字も記録も残っていない遠い昔、石垣島で自然と向き合いながら暮らしていた人々の生活を想像することができます。 -
新里村期
下田原期に続いて、石垣島では「新里村期」と呼ばれる時代を迎えます。
この時代にも土器や石器などが使われており、出土品から当時の人々の暮らしや自然との関わりを知ることができます。 -
カムィヤキ&ビロースクタイプ白磁椀
-
フルスト原遺跡出土遺物
石垣島南部、大浜地区の高台に残るフルスト原遺跡。琉球石灰岩を積み上げた石垣や、いくつもの郭状の区画が残り、かつてここが人々の暮らしと政治の拠点であったことを感じさせます。
遺跡からは14世紀後半から16世紀前半にかけての土器や陶磁器などが出土しており、八重山が海を通じて周辺地域と交流していたこともうかがえます。 -
中森式土器
-
中森期
展示されていた「中森式土器」は、石垣島を含む八重山諸島の先史文化を伝える土器です。
当時の人々が土をこね、形を整え、焼き上げて作った土器からは、数千年前の島の暮らしを知ることができます。食物の調理や保存など、日々の生活の中で使われていたと考えられ、素朴な土器の姿からも、自然の恵みを利用しながら暮らしていた人々の姿が想像されます。
下田原式土器などとともに、八重山諸島独自の先史文化を物語る貴重な資料です。 -
中国産青磁器
-
中森式土器そのものの「器の完成形」ではなく、土器の底部・破片を集めた展示
13~17世紀ごろの中森期を代表する土器です。
一見すると素朴な土器ですが、鍋や壺として実際の生活に使われていたもの。
写真に並ぶ土器の底部や破片からも、当時の人々がこの島で暮らし、食事を作り、日々の生活を営んでいた様子が想像できます。
下田原式土器から始まるはるかな先史時代を経て、やがて中森式土器の時代へ。
石垣島の歴史が、こうした小さな土器の一片からもつながって見えてきます。 -
パナリ期
中森期に続く17~19世紀の八重山は、「パナリ期」と呼ばれています。
この時代を代表するのが、石垣島の南西に浮かぶ新城島で作られたパナリ焼。
貝殻を混ぜた土を使い、ろくろを使わず手びねりで作られる独特の焼き物です。
壺や鉢などの日用品だけでなく、骨壺としても使われました。
素朴な姿の中に、八重山の島々で育まれてきた独自の文化が息づいています。
下田原式土器から始まった八重山の長い土器文化は、やがてパナリ焼へと受け継がれ、現在の八重山の暮らしへとつながっていきます。 -
沖縄産陶器椀&中国産青花椀&本土産染付碗
-
徳之島産カムィヤキ
徳之島で11~14世紀頃に生産された焼き物で、硬く焼き締められた灰色の器が特徴。
壺や甕などが多く、徳之島だけでなく奄美群島から沖縄諸島まで広い範囲に運ばれていた。
海を越えて流通したカムィヤキは、当時の南西諸島に広がっていた交易と交流の証でもある。 -
骨製ヘラ状製品
動物の骨を削り、薄く平らなヘラ状に加工した道具。
用途は一つに限定できないものの、皮革や植物などの加工に使われた可能性があり、当時の人々が身近な動物資源を巧みに道具へ利用していたことを伝える出土品です。 -
骨製垂飾品ほか
動物の骨を削り、穴を開けて紐などを通せるようにした装身具。身を飾るだけでなく、当時の人々の精神文化や社会的な意味を考える手掛かりとなる貴重な出土品です。
当時の人々が動物資源を食料だけでなく装身具などにも利用していたことを示す資料です。 -
シャコガイ製貝錘&有孔のヤコウガイとホラガイ
海に囲まれた島々では、貝は食料としてだけでなく、道具や装身具の材料としても利用されていました。
シャコガイの殻を加工した貝錘はシャコガイの厚い殻を加工して作った「おもり」。
穴を開けたヤコウガイ・ホラガイなどからは、豊かな海の資源を巧みに利用していた当時の人々の暮らしと、装飾文化の一端がうかがえます。 -
石斧
石を加工して作られた斧形の石器。
木を切ったり削ったりするために使われたと考えられ、下田原期の人々が石器を巧みに利用しながら、島での暮らしに必要な道具を作っていたことを伝える出土品です。 -
パナリ製勾玉
「パナリ」と呼ばれる新城島に由来する石材などを加工して作られた勾玉。
穴に紐を通して身につけた装身具と考えられ、島々を越えて運ばれたとすれば、先史時代の八重山における人々の交流や交易を物語る貴重な資料です。 -
本土産陶磁器&中国産青花椀
-
年号が記された八重山焼き
八重山で作られた陶器の中には、器に年号などが記されたものもあります。
年代を示す文字が残されているため、八重山の陶器生産や人々の暮らしを具体的に知ることができる貴重な資料です。
何気ない一片の焼き物にも、当時の八重山の歴史が刻まれています。 -
青銅製かんざし&キセルの雁首ほか
どちらも八重山の近世~近代の暮らしや文化交流を知ることができる金属製品です。
青銅製のかんざしは、髪を飾る装身具として使われ、キセルの雁首は刻みたばこを詰めて火をつける部分。
こうした金属製品の出土からは、当時の八重山の人々の暮らしだけでなく、琉球や本土などとの交流を通じて新しい生活文化が伝わっていたこともうかがえます。 -
龍蝋燭の下図ほか
龍を意匠とした蝋燭を作るために描かれた下絵。
龍は中国で古くから権威や吉祥を象徴する存在で、琉球王国と中国との交流を通じて八重山にもその文化が伝わりました。
一枚の下図からも、海を越えて行き交った文化の広がりを感じることができます。 -
黒漆家紋入帕箱
黒漆で美しく仕上げ、家紋を施した収納箱。実用品でありながら家紋によって家の格式や由緒も表されており、八重山の人々の暮らしの中にあった漆器文化と家の歴史を伝える資料です。 -
権現堂 鬼面
-
石垣島の桃林寺に隣接する権現堂に伝わる鬼面。迫力のある表情には、邪悪なものや災厄を追い払い、人々を守るという意味が込められています。
海を越えて伝わった仏教文化と、八重山独自の信仰が交わりながら育まれた、石垣島の歴史を感じさせる文化資料です。 -
藁算
藁などを結んだり編んだりして、数量や情報を記録した昔の「記録道具」。
文字を書く代わりに結び目の数や形などを使って人や物の数を表しました。
八重山では貢納などの数量管理にも利用され、文字だけでは残らない当時の暮らしや社会制度を今に伝えています。 -
板証文
紙ではなく木の板に文字を記した証文。
土地や財産、契約などに関する重要な事柄を記録したもので、八重山の人々がどのような社会の仕組みの中で暮らしていたのかを伝える貴重な歴史資料です。
藁算とともに、文字と結び目という異なる方法で情報を残していたことも興味深いところです。 -
瓦証文
瓦に文字を記した珍しい記録資料。
紙が貴重だった時代の八重山では、身近にある素材も情報を残すために利用されました。
瓦に残された文字から、当時の人々の暮らしや社会の様子を知ることができます。 -
風水指南針
風水で方位を判断するために使われた羅盤。
土地や建物の向きなどを決める際に用いられ、中国から琉球を経て八重山にも伝わった風水思想を物語る道具です。
海を越えて伝わった文化が、島の住まいや集落のあり方にまで影響を与えていたことを感じさせます。 -
唐尺ほか
中国で使われた「尺」を基準とするものさし。
長さを測るための道具ですが、単なる計測器ではありません。
中国や琉球との交流によって伝わった度量衡や技術文化を知る手掛かりとなる資料で、海を越えてさまざまな文化を受け入れてきた八重山の歴史を感じさせます。 -
風水書
方位や地形、土地の吉凶など、風水の知識を記した書物。
中国から琉球を経て八重山にも伝わった風水思想は、家や墓、集落の位置や向きを決める際にも取り入れられました。
風水書と風水指南針からは、海を越えて伝わった中国文化が、八重山の人々の暮らしや土地との向き合い方にまで影響を与えていたことが分かります。 -
八重山島農務帳
1768年、琉球王府によってまとめられた「与世山親方八重山島農務帳」は、当時の八重山における農業のあり方を細かく記した農業行政の書物である。
サツマイモや豆類、苧麻、糸芭蕉、藍などの栽培方法だけでなく、肥料の作り方や土地の利用方法、雨による土壌流出を防ぐための排水溝の設置など、八重山の自然環境に適応した農業の知恵も記されている。
そこには、限られた土地を利用するだけでなく、「地面格護」という考え方のもと、土壌を守りながら農地を維持しようとした当時の人々の姿が見えてくる。
18世紀の八重山の農業と暮らしを知るうえで、非常に貴重な歴史資料である。 -
系図家譜
祖先から子孫までの家系や人物の経歴を記録した歴史資料。
琉球王国では士族の家系を記録する家譜が作られ、八重山にも多くの家譜が残されています。
そこには人物の名前や親子関係、役職などが記され、八重山の社会がどのように成り立っていたのかを知る貴重な手掛かりとなっています。 -
八重山島諸村公事帳
琉球王国時代の八重山では、各村の暮らしや行政を維持するため、さまざまな公的な負担や役務が定められていた。
「八重山島諸村公事帳」は、こうした村々の公事や諸規則を記した行政文書である。
年貢や貢納をはじめ、公用の労働、船や馬の提供、道路や水利施設の維持、村役人の役割など、当時の村人たちが担っていた仕事や負担を知る手掛かりとなる。
「八重山島農務帳」が農業や土地利用の実態を伝える資料であるのに対し、「八重山島諸村公事帳」からは、琉球王国の支配のもとで八重山の村々がどのように運営され、人々がどのような公的負担を担っていたのかを読み取ることができる。 -
八重山島諸締帳
「八重山島諸締帳」は、琉球王国末期の八重山における行政や村の運営に関する規則をまとめた重要な古文書である。
諸事の倹約や無駄な経費の削減、役人の不正の禁止、上納米の積み出しなど、当時の八重山を適切に統治するための具体的な決まりが記されている。
もともとは1840年に作成され、その後何度か改定され、1875年に「富川親方八重山島諸締帳」として布達された。
農業を扱った「八重山島農務帳」や、村の公的な仕事を記した「八重山島諸村公事帳」とともに、琉球王国時代の八重山社会の仕組みを知ることができる貴重な資料である。 -
久米島紬
久米島で古くから受け継がれてきた「久米島紬」。
蚕から取った絹糸を使い、糸づくりから染色、絣の加工、機織りまで、昔ながらの技法によって一枚の布が仕上げられる。
車輪梅などの植物染料や泥を使って染められた糸は、深みのある黒褐色や茶褐色に染まり、素朴で落ち着いた風合いを生み出す。
細かな絣模様も久米島紬の大きな魅力だ。
琉球王国時代には、久米島紬は王府への貢納品として納められていた。
島の自然から得た染料と、島の女性たちが受け継いできた織りの技術が、一枚の美しい織物に凝縮されている。
現在も伝統技術が大切に守られている、沖縄を代表する染織文化のひとつである。 -
八重山上布の絣文様
白地の布に、十字や菱形、短い線などを組み合わせた独特の絣文様が描かれている。
これは八重山で古くから受け継がれてきた上布の文様資料。苧麻の糸に紅露(クール)などの植物染料を用い、絣を染め分けて織り上げる八重山上布は、涼やかな白地と素朴で力強い絣模様が特徴である。 -
沖縄の島々に伝わる伝統織物の見本。
八重山では苧麻を用いた上布が発達し、細かな縞や絣模様には、それぞれの島の染織文化が表れている。 -
久米島紬
草木染めの糸を使い、絣模様を織り出す久米島の伝統的な絹織物 -
沖縄は古くから「染織の宝庫」と称されるほど、地域ごとに多種多様な布文化が発展してきました。
画像にある黄色い紙に描かれた幾何学模様は、王府が絵師に描かせた織物のデザイン図面(御絵図)です。 -
御絵図に描かれた絣(かすり)模様は、首里城の絵師が描いたものであり、必ずしも「織りやすさ」を考慮して作られたわけではありませんでした。
当時の島の織り手たちは、この複雑で美しい幾何学文様を忠実に再現するため、凄まじい技術と労力を注ぎ込んで布を織り上げました。 -
墨染の版木
細やかな山水画や植物の文様が風雅に彫り込まれています。
これらは当時の宮廷絵師(八重山蔵元絵師など)による下絵の技術や、それを木に写して彫り上げた職人たちの驚くべき手仕事の細かさを物語っています。 -
唐人墓碑陶製
-
石垣島の唐人墓に建つ、中国人苦力の犠牲者を慰霊するための墓碑。
1852年、ロバート・バウン号事件によって石垣島へ漂着した中国人たちをめぐる悲劇を伝えている。
華やかな中国風の装飾が施された墓碑は、八重山が古くから中国や東南アジアとの海上交流の舞台であったことを物語る史跡でもある。 -
説明文
-
組踊の図
琉球王国時代に生まれた伝統芸能「組踊」の舞台や演者の姿を描いた図。 -
組踊の図
組踊は、台詞・音楽・歌・舞踊を組み合わせて物語を表現する琉球独自の舞台芸術で、1719年に玉城朝薫によって創作された。
冊封使を歓待する宮廷芸能として発展し、現在まで受け継がれている。 -
閻帝王
死者の生前の行いを審判する冥界の王です。
沖縄・八重山の民俗資料では、地獄や死後の世界に関する信仰を示す図像として登場することがあります。 -
登野城の大胴・小胴
石垣島・登野城に伝わる伝統的な太鼓。
大きく低い音を響かせる大胴と、小気味よい音を奏でる小胴を組み合わせ、地域の祭りや伝統芸能を彩ってきた。
八重山の祭祀と芸能に息づく、地域に根ざした音の文化を今に伝える民俗資料である。 -
八重山上布の拓本
菱形や絣(かすり)の緻密なグラフィックのような模様がとても美しく、昔の職人さんの技術の高さに感動しました。 -
渋張り三線
蛇皮が高価でまだ広く普及していなかった時代、和紙に芭蕉の渋汁を塗って何枚か張り合わせた渋張り三線が用いられた。
三線は八重山の民謡や祭祀、芸能に欠かせない楽器であり、この渋張り三線からも、島の暮らしと音楽文化の歴史を感じることができる。 -
紫微鑾画 久場島 清輝
石垣島・宮良で活躍した画家、久場島清輝が描いた「紫微鑾駕」の画稿。
獅子のような動物にまたがる神像が描かれ、八重山の民家に伝わった「天官賜福 紫微鑾駕」の信仰と深く関わる。
中国の道教思想を背景に、家に福をもたらし、災いから守る神として信仰された図像で、八重山における中国文化の影響を今に伝える貴重な資料である。 -
八重山歌節組
八重山に古くから伝わる民謡・節歌を集めた歌謡資料。
三線や笛などの伴奏に合わせて歌われてきた八重山の歌を、節名ごとに記録している。
島の暮らしや祭祀、恋愛、自然など、人々のさまざまな思いが歌に込められており、八重山の豊かな音楽文化を今に伝える貴重な資料である。 -
鯉・キジ図 久場島 清輝
石垣島・宮良村を拠点に活躍した画家・芸能家、久場島清輝が描いた「鯉・雉図」。
久場島清輝は1866年に那覇で生まれ、沖縄芝居の巡業をきっかけに八重山へ渡り、その後、宮良に定住しました。
舞踊や三線などの芸能に秀でる一方、村々から依頼を受けて掛軸や仏画なども制作しました。
久場島の絵には、既存の絵を写した下図や、動植物などの部分図を組み合わせて新たな構図を作る独特の制作方法が見られます。
「鯉・雉図」も、八重山に伝わった絵画文化と、久場島清輝独自の表現を知ることができる貴重な作品です。 -
福禄寿・恵比寿 久場島 清輝
場島清輝は、村々で舞踊を教えるかたわら、依頼を受けて床の間に飾る掛軸や仏画などを制作しました。
福禄寿は「福・禄・寿」を象徴する中国由来の吉祥神、恵比寿は豊漁や商売繁盛、福徳をもたらす神として親しまれてきました。
異なる文化圏に由来する福の神を一つの画面に描くこの作品からは、中国・琉球・日本の文化が交わりながら形成されてきた八重山独自の信仰と美術の一端を感じることができます。 -
ヤマカシラ
八重山の祭りで掲げられる「ヤマカシラ」。
集落を象徴する大きな旗頭で、祭礼の際には人々がこれを担ぎ、豊作や豊漁、集落の繁栄などを願います。
華やかな装飾が施された旗頭は、単なる祭具ではなく、集落の誇りや共同体の結びつきを表す重要な存在です。
八重山独特の祭り文化を今に伝える民俗資料として、石垣市立八重山博物館にも展示されています。 -
旗頭(はたがしら)の飾り
八重山諸島の伝統行事(豊年祭=プーリィなど)で掲げられる、波と太陽のモチーフが印象的な旗頭の飾り。 -
翁&媼
八重山の旧盆「ソーロン」に行われる伝統行事「アンガマ」。
その主役となるのが、翁(ウシュマイ)と媼(ンミー)です。
二人はあの世(グソー)から訪れた祖先の使者とされ、子孫を意味するファーマーを引き連れて家々を巡ります。
仏壇の前で歌や踊りを披露して祖先を供養し、子孫繁栄を願う一方、八重山の言葉「スマムニ」によるユーモラスな珍問答で人々を楽しませます。
博物館に展示されている「登野城のアンガマの面」は、1844年に黒島良慶が制作したと伝えられる貴重な面。
八重山に今も息づく、祖先供養と芸能が結びついた独特の文化を伝えています。 -
波照間島前村の弥勒面
波照間島の旧盆行事「ムシャーマ」に登場する、弥勒(ミルク)の面。
ミルクはニライカナイから訪れ、五穀豊穣と幸福をもたらす来訪神とされています。
ムシャーマでは、ミルクを先頭にミルクンタマーと呼ばれる子どもたちなどが行列をつくり、島をあげて祖先を供養するとともに、豊作と島民の安全を祈願します。
この面は「波照間島前村の弥勒(ミルク)面」として石垣市立八重山博物館に収蔵されているもの。波照間島に今も受け継がれる、祖先信仰と豊穣祈願が結びついた独特の祭祀文化を伝える貴重な民俗資料です。 -
西表島網取村の獅子頭
西表島の網取村で、豊年祭や節祭の獅子舞に使われていた獅子頭。
1888年(明治21年)に、石垣島の大川村に住んでいた大浜宣寛によって制作されたと伝えられています。
この獅子頭には、歯が欠けて修理された跡も残っています。
獅子舞の指導中、ほかの獅子頭とぶつかって歯が欠けたという伝承も残されており、実際の祭りで長く使われてきたことを物語っています。
豊年祭や節祭で舞い踊る獅子は、災厄を払い、五穀豊穣や集落の繁栄を願う存在。網取村の獅子頭は、廃村となった集落の祭祀文化と、かつての西表島の暮らしを今に伝える貴重な民俗資料です。 -
波照間島前部落の獅子
ムシャーマは旧暦7月14日に行われ、祖先を供養するとともに、豊作と島民の安全を祈願する行事です。
島全体を「東・前・西」の3組に分け、それぞれが多彩な芸能を披露します。
その中でも、各組の一対の獅子による乱舞が祭りのクライマックスとなります。 -
波照間島の旧盆行事「ムシャーマ」で使われる獅子。
波照間島最大の祭りです。
博物館に収蔵される「波照間島前部落の獅子」は、こうしたムシャーマの伝統と、島の人々の祖先への祈りや豊穣への願いを伝える貴重な民俗資料です。 -
八重山の獅子舞
八重山の獅子舞は、五穀豊穣や集落の安泰を願い、悪霊や災厄を追い払うために行われてきた伝統的な祭祀芸能です。
豊年祭では御嶽に獅子舞を奉納し、来夏世の豊作を祈願します。
また、波照間島では旧盆の「ムシャーマ」で獅子舞が披露され、祖先供養と豊年祈願を結びつける重要な役割を担っています。
島や集落によって獅子頭の形や舞い方、登場する祭りも異なります。
石垣島、西表島、波照間島などに残る獅子頭や獅子は、それぞれの集落が守り伝えてきた祈りと祭りの歴史を今に伝える貴重な民俗資料です。 -
八重山焼
八重山諸島で作られてきた焼物。
なかでも代表的な古陶が、パナリ(新城島)を中心に作られた「パナリ焼」です。
素朴な焼締めの器には、壺や甕などの日用品だけでなく、骨棺など葬送に関わるものもあります。 -
釉薬に頼らず、土そのものの風合いを生かした焼物からは、八重山の自然環境と、そこに暮らした人々の生活や信仰を感じることができます。
石垣市立八重山博物館には、パナリ焼の壺や骨棺などが収蔵・展示されており、八重山独自の陶器文化を今に伝えています。 -
黒漆捌箱(くろうるし・さばちばこ)ほか
黒漆で美しく仕上げられた「捌箱」は、櫛などの髪結い道具を収めるための伝統的な化粧道具箱です。
沖縄では「サバチ」が櫛を意味し、サバチ箱は女性の身支度に欠かせない道具を納める大切な調度品でした。
引き出しや仕切りを備えた箱に、櫛などを整然と収納します。
特に婚礼の際には新調して持参する習慣もあり、実用品であると同時に、女性の暮らしや婚礼文化を象徴する品でもありました。
黒漆の艶やかな表面からは、沖縄・八重山に受け継がれた漆器文化の美しさを感じることができます。 -
漆器
八重山では、漆器は日常の道具であるだけでなく、人をもてなす場やハレの日を彩る大切な調度品でもありました。
深みのある漆の光沢からは、琉球から八重山へ受け継がれた漆器文化の美しさを感じることができます。 -
シャクシメー
八重山地方に伝わる、蝶の形をした伝統的な仕掛け凧「シャクシメー」。
普通の凧とは違い、単独で空へ揚げるのではなく、先に揚げた凧の糸に取り付け、風を受けながら糸を伝って空へ舞い上がります。
空中で蝶のように羽を広げる姿が特徴です。
夏至の頃に吹く季節風「カーチーバイ」に乗せて凧を揚げる八重山の風習とも深く結びついており、自然の風を巧みに利用した、八重山ならではの遊びと民俗文化を今に伝えています。 -
仕掛網
魚を捕らえるために仕掛けて使う、八重山の伝統的な漁具「仕掛網」。
魚の通り道や潮の流れを利用して網へ誘い込み、効率よく魚を捕獲する工夫が施されています。
海に囲まれた八重山では、漁業は島の暮らしを支える重要な生業でした。
一見すると素朴な道具ですが、そこには魚の習性や潮の動きを知り尽くした島の人々の知恵が詰まっています。
仕掛網は、八重山の海とともに生きてきた人々の暮らしを伝える貴重な民俗資料です。 -
ピキダー
八重山地方に伝わる伝統的な凧「ピギター」。
沖縄の郷土玩具の一つでもあり、八重山の人々に親しまれてきた凧遊びの文化を伝えています。
八重山では、季節の風を巧みに利用したさまざまな凧が作られてきました。
素朴な材料から作られた凧には、島の自然とともに暮らしてきた人々の知恵や、子どもたちの遊びの文化が息づいています。
石垣市立八重山博物館に展示されるこうした民具は、祭祀や生業の道具だけでなく、八重山の人々の日常の遊びや暮らしまで伝える貴重な資料です。 -
漁具
海に囲まれた八重山では、漁業は島の暮らしを支える重要な生業でした。
博物館には、魚を捕るための網や浮、舟など、かつて実際に使われていたさまざまな漁具が収蔵されています。
こうした道具には、魚の習性や潮の流れ、島々の海の地形を知り尽くした人々の知恵が詰まっています。
素朴な漁具からは、八重山の人々が豊かな海の恵みを得ながら暮らしてきた歴史を感じることができます。
西表島で使われた刳り舟などもその一例で、漁具は単なる道具ではなく、八重山の海とともに生きてきた人々の生活そのものを伝える民俗資料です。 -
水中眼鏡
八重山の海で行われてきた潜水漁に使われた「水中眼鏡」。
サンゴ礁に囲まれた島々では、漁師たちが海に潜り、魚や貝など海の恵みを採って暮らしてきました。
水中の様子を見ながら獲物を探すために使われたこの道具からは、豊かな海を生活の場としてきた八重山の人々の知恵と、昔の漁の姿をうかがうことができます。 -
石製錘
石を加工して作られた「おもり」で、漁網などを水中に沈めるために使われたと考えられている。
八重山の遺跡からも出土しており、古くから海と深く関わって暮らしてきた島の人々の漁撈文化を伝える資料である。 -
農具
畑を耕したり、作物を収穫・加工したりするために使われた道具。
石斧や石器、石皿・磨石などがあり、八重山の人々が植物資源を利用しながら暮らしていたことを伝える生活資料である。 -
八重山上布
八重山地方に伝わる伝統的な麻織物。
苧麻(ちょま)の繊維から作った細い糸を使い、絣の模様を織り出す。
白地に赤褐色の絣模様が特徴で、軽く涼やかな風合いは、亜熱帯の八重山の気候に適した織物として親しまれてきた。 -
紅露
八重山に自生する植物で、その根を染料として利用してきた。
赤褐色から茶褐色の色合いが得られ、八重山上布の絣糸を染める重要な植物染料として知られている。
島の自然と伝統工芸が結びついた、八重山ならではの染料である。 -
黒朝衣
琉球王府時代に用いられた黒色の礼装。
格式の高い儀礼や公的な場で着用された衣服で、色や仕立てに当時の身分制度や儀礼文化が反映されている。
琉球王国の服飾文化を伝える貴重な資料である。 -
紅型
沖縄を代表する伝統的な染色技法。
型紙を使って布に鮮やかな色彩と大胆な文様を染め出す。
花鳥や草木、流水などを描いた華やかな意匠が特徴で、琉球王国時代には王族や士族の衣装にも用いられた。
沖縄の豊かな自然と、海外との交流によって育まれた染織文化を今に伝えている。 -
胴衣
琉球の伝統的な衣服の一つで、上半身に着用する上着。
素材や色、文様には身分や着用する場面が反映され、琉球王国時代の服飾文化を知る手がかりとなる。 -
苧麻
茎の皮から繊維を取り出して糸を作る植物。
沖縄の伝統織物には欠かせない原料で、八重山上布や宮古上布などにも用いられている。
細く丈夫な繊維から作られる糸は、さらりとした涼やかな麻織物を生み出す。 -
すだれ編み機
竹や葦などを編んで簾(すだれ)を作るための道具。
強い日差しを遮る簾は、沖縄の暮らしに欠かせない生活用品の一つだった。
すだれ編み機からは、島の自然素材を利用した昔ながらの手仕事と生活文化を知ることができる。 -
田舟
水田や水路で、稲や農具などを運ぶために使われた小型の舟。
水田の多い地域では、収穫物を運搬する重要な農具の一つだった。
八重山の水田農耕と、島の水辺の暮らしを伝える民俗資料である。 -
農具
畑や水田を耕し、作物の栽培・収穫・運搬などに使われた道具。
八重山の農具には、島の自然環境や農業の特色が反映されており、昔の人々の農耕生活を知ることができる。 -
馬具
馬を農耕や運搬、乗馬などに使うための道具。
鞍や轡、手綱などがあり、かつての八重山では馬が農作業や荷物の運搬を支える重要な働き手だった。
馬具は、島の農業や人々の暮らしを伝える民俗資料である。 -
サバニ舟
沖縄・八重山で古くから使われてきた木造の小型漁船。
櫂や帆を使って海を進み、魚を捕る漁船としてだけでなく、島と島を結ぶ交通や物資の運搬にも利用された。 -
苧桶
苧麻から取り出した繊維を水に浸したり、作業の途中で保管したりするために使われた桶。
苧麻から糸を作り、八重山上布を織り上げるまでの伝統的な製作工程を支えた道具である。 -
苧麻箱
八重山上布の原料となる苧麻の繊維などを入れておくための箱。
苧麻から繊維を取り出し、細く裂いて糸にする伝統的な作業に用いられた。 -
地機
床に近い低い位置に据えて使う伝統的な機織り機。
織り手が座り、経糸を操りながら布を織り上げる。
八重山の伝統織物の製作にも用いられ、昔ながらの手仕事による織物文化を伝える道具である。 -
八重山式高機
八重山上布などの伝統織物を織るために使われた機織り機。
苧麻から作った細い糸を経糸と緯糸に用い、絣模様などを織り出す。
八重山に受け継がれてきた高度な染織技術と、上布づくりの工程を伝える重要な民具である。 -
筵打機(むしろうちき)
藁などの植物繊維を使って筵を作るための道具。
筵は床に敷いたり、収穫した穀物を乾燥させたり、荷物を包んだりするなど、農作業や日常生活で幅広く利用された。
昔の八重山の暮らしと手仕事を伝える民具である。 -
墓前燈籠
墓の前に置き、灯りをともすための燈籠。
祖先を供養する墓前祭祀と結びついた道具で、八重山における墓制や祖先崇拝の文化を伝える民俗資料である。 -
天蓋(てんがい)
仏像や祭壇などの上部に設けられる装飾的な覆い。
仏を荘厳し、尊い存在を示す意味を持つ。
八重山に伝わる天蓋は、琉球の仏教文化や寺院における信仰・装飾の様子を伝える資料である。 -
葬輿(そうきょう・がんきょう)
昭和初期頃まで使われていたという「葬輿」。
かつてはこれに棺を納め、担ぎ手たちが列をなして墓地や火葬場へと運んでいたそうです。
近づいて見ると、色鮮やかな蓮の絵が描かれた板や、寺院建築のような屋根の装飾が細部まで凝っており、当時の職人技が光ります。
手前に飾られた紙や木でできた供花(削り花)とともに、静けさの中に故人への祈りが込められているのを感じました。 -
アンツク
月桃やアダンの気根などの植物繊維を職人が手作業で縄に綯い、繊細に編み上げた袋・かごバッグです。
かつてはお弁当や道具を入れて海や畑へと持ち運ぶ生活必需品で、手仕事のぬくもりと素朴な造形美が漂います。 -
生活道具
昔の暮らしの知恵が息づく民具の展示コーナー。
丁寧に使い込まれた木臼や手挽きの石臼、竹細工の篭(かご)など、自然の素材を活かした道具たちが並んでいます。
プラスチックのない時代、手作業で作られ長年大切にされてきた道具には、どこか独特の存在感とぬくもりが漂っていました。 -
八重山諸島の暮らしを支えてきた昔の生活用具が所狭しと並んでいます。
炭を入れて使う昔のアイロンや石臼、ヤシの実を使った漬け入れ、豆腐箱など、本州とは少し異なる独特の文化や知恵が感じられてとても興味深かったです。 -
吊るされた籠が描く、美しい影と質感。
八重山の豊かな自然から取れる素材を使い、ひとつひとつ手作業で編まれた生活道具たち。
シンプルでありながら無駄のない美しさがあり、昔の島民の手仕事の丁寧さと温もりが伝わってきます。 -
昔の島民の「住まい」を再現したかのような空間も。
重厚感のある木製のタンスや長持(ながもち)、切り株を利用した火鉢、そして壁にはクバ(ビロウ)の葉で作られた素朴なほうきが掛けられています。
自然の素材を活かした家具や道具に囲まれた昔の島暮らし。
昔の人々の知恵と手仕事の温もりが感じられます。 -
昔の八重山の人々の、ちょっとした贅沢や日常のひとときを感じる民具たち。
木目が美しい漆塗りの弁当箱や、富士山のような意匠が施された煙草盆など、実用性の中にも細やかな遊び心やこだわりが散りばめられています。 -
「天官賜福」などの縁起の良い文字が墨書された立派な「棟木」が展示されていました。
家の建築時に魔除けや繁栄を願って飾られたもので、家屋を大切にする人々の強い思いが伝わってきます。
手前にかかるレトロな石油ランプやタンスの上の行李も味わい深く、昔の島民の家の中へとお邪魔したような不思議な臨場感がありました。 -
パナリ焼 蓋付骨壺
新城島(パナリ)で焼かれた陶製の骨壺。八重山の古墓などから出土し、遺骨を納めるために使われた。
独特の素朴な造形と焼成技術を持ち、八重山における葬送や墓制、パナリ焼の歴史を伝える貴重な資料である。 -
パナリ焼 箱型骨棺
新城島(パナリ)で作られた陶製の箱型の骨棺。
遺骨を納める葬送用の容器として使われた。
独特の形状を持つパナリ焼の骨棺は、八重山に伝わる古い葬送習俗や墓制を知る貴重な資料である。 -
素朴で独特の佇まいを持つ古陶器の数々。
八重山諸島で古くから作られてきた「パナリ焼(新城島焼)」をはじめ、骨壺として使われた厨子瓶(ずしがめ)や壺など、沖縄の伝統的な焼き物が並んでいます。
背後に掲げられた大きな紋様の布とともに、八重山独自の豊かな信仰や歴史文化の深さを感じられる見ごたえのある空間でした。 -
洗骨
遺体を埋葬した後、一定期間を経て遺骨を取り出し、骨を洗い清めてから改めて納骨する、沖縄・南西諸島に伝わる伝統的な葬送習俗。
八重山では、洗骨した遺骨を骨壺や骨棺に納め、墓に安置して祖先を祀った。
パナリ焼の骨壺や骨棺は、この伝統的な墓制を伝える重要な資料である。 -
かつての葬送儀礼で使われた民具の展示です。
背後には「諸行無常」から始まる無常偈が墨書された四つの幡(かんじょう)が掲げられ、手前には鮮やかな蓮の花が描かれた「ガン(葬送用の輿)」が納められています。
「南無阿弥陀仏」の紙札が下がるその姿からは、故人を送り出す八重山の人々の深い祈りと、仏教と島独特の信仰が融合した歴史の重みが伝わってきました。 -
弓と揺輪
八重山地方では、子どもが誕生した際に健やかな成長と魔除けを祈願して、これらの道具のミニチュア(模型)を家の軒下に飾る独特の風習があったそうです。
男の子には武士としての強さを願う「弓」、女の子には生活の手仕事を象徴する「揺輪」などを贈ったのだとか。
わが子の幸せや無事な成長を願う親の温かな祈りが感じられます。 -
八重山の花嫁行列人形
松竹梅や鶴亀が描かれた昭和11年の大きな幕と、ずらりと並ぶきれいな行列人形たち!お祝い事や伝統行事の華やかさが伝わってきて、着物の柄や提灯などの小物までじっくり眺めてしまいました。 -
花婿
-
花嫁
-
旧宮良殿内の模型
八重山の伝統家屋の骨組みを立体的に理解できる精巧な建築模型が展示されていました。
台風に耐えるための頑丈な木造骨組みや寄棟(よせむね)造りの屋根構造、風通しを考慮した間取りなどがひと目で分かります。
手前には図面や木材見本も添えられており、厳しい自然環境と調和しながら生きてきた島民の住まいづくりの知恵に感心させられる展示でした。 -
柱や梁(はり)、垂木(たるき)が整然と組み上げられた内部構造からは、職人の精密な手仕事と伝統美がダイレクトに伝わってきます。
風通しの良い解放的な間取りと、激しい台風に耐え抜く堅牢な木組み。
八重山の気候風土に応じた先人の「住み方の知恵」を間近で体感できるような展示でした。 -
石敢當
沖縄の集落や民家の入口、特に丁字路の突き当たりなどに置かれる魔除けの石標。
道から入り込む邪気を防ぐと信じられてきた。
中国から伝わった信仰が琉球・八重山の生活文化に取り入れられたもので、地域の民間信仰と文化交流を伝える資料である。 -
明石のあかし直売所に来ました。
石垣島の地元で採れた農産物や果物などが並ぶ「あかし直売所」。
島の農家が丹精込めて育てた新鮮な農産物を身近に購入できる、地域に根ざした直売所です。季節ごとに並ぶ品々から、八重山の豊かな自然と、島の人々の暮らしの一端を感じることができます。 -
次は大里売店
-
島の暮らしに寄り添う、昔ながらの小さな売店「大里売店」。
飲み物や食品、日用品などが並び、観光客向けの店とは違った、八重山の日常を垣間見ることができる。
集落を歩く途中に立ち寄れば、ゆったりとした島時間と、地域の人々の温かな暮らしを感じられる場所である。 -
なかよし食堂で遅い昼食
石垣市新栄町にある、昔ながらの雰囲気を残す「なかよし食堂」。
地元の人にも親しまれている町の食堂で、看板メニューの八重山そばをはじめ、しょうが焼きや豆腐チャンプルーなど、沖縄らしい家庭料理が味わえる。
飾らない店構えと気取らない料理に、観光地とは違う石垣島の日常を感じられる一軒だ。 -
八重山そば
-
みそ汁定食
-
具だくさんのみそ汁
-
「やちむんと沖縄の手しごと」展
2026年6月、石垣市民会館の展示ホールで開催されていた、沖縄の焼き物「やちむん」と伝統的な手仕事を紹介する展示です。 -
会場には沖縄本島を中心に、約20の窯元のやちむんが集まり、器だけでなく、猫や魚などをモチーフにした作品も並んでいました。
-
沖縄各地の窯元から集められた個性豊かな「やちむん」が並び、素朴な器から遊び心のある作品まで、ひとつひとつに作り手の技と個性が感じられました。
-
沖縄の焼き物だけでなく、島々に受け継がれてきたさまざまな手仕事にも触れることができ、八重山の旅の中で、自然や歴史とはまた違った「ものづくりの文化」を感じられる展示でした。
-
やちむんの鈴
-
素朴な器
-
会場の中央には、職人さんたちが心を込めて作った器がテーブルいっぱいにずらりと並んでいました。
ぽってりとした温かみのある形や、沖縄らしい彩り豊かな絵付けが魅力的です。
奥の壁には美しい染物作品も飾られており、工芸品の魅力をじっくりと堪能できる心地よい空間でした。 -
テーブルの木目の美しさはもちろん、背もたれが印象的な椅子のデザインや、壁に映る影までアートみたいで素敵!クバの葉で編まれたナチュラルな小物との組み合わせも最高でした。
-
天然木の木目の美しさと質感がすごくて、置かれている茶器もおしゃれ!こんなステキな家具がある部屋で、ゆっくりお茶を飲みながら過ごしてみたいです。
-
広々とした空間に、器や木工家具、壁かけの絵や花器がたくさん展示されていて見ごたえ十分!スポットライトの雰囲気がとても素敵でした。
-
「ガーリックアイランドブッセ」で夕食
-
ガーリックを使うレストラン
-
アリオリソース
にんにくとたまごとオリーブオイルをベースにした、地中海沿岸で親しまれているソース。
濃厚なコクとにんにくの風味が特徴で、魚介料理や野菜、肉料理などによく合う。沖縄の料理でも、魚介などに合わせて使われることがある。 -
生ビールから
-
突き出し
-
石垣島産まぐろのカルパッチョ
-
オイルサーディン ガーリックソイソース
-
ハイボールを頂きます。
-
チーじゃがガーリック
-
にんにくたっぷりパスタ・ペペロンチーノ
-
2026年06月26日
本日の朝食 -
上原ベーカリーで購入したパン
-
サラダ
-
パスタ
-
ユーグレナモールへ
沖縄県石垣島にある日本最南端のアーケード商店街です。
お土産店や飲食店、雑貨店などが軒を連ね、石垣島ならではの特産品や沖縄の工芸品を探しながら、のんびりと街歩きを楽しめます。
モールの一角には石垣市公設市場もあり、島の食文化に触れられるのも魅力。
色鮮やかな島野菜や果物、海産物、石垣牛などが並び、店先を眺めて歩くだけでも南国の市場らしい雰囲気を感じられます。
離島ターミナルからも歩いて訪れることができ、離島巡りの合間や夕食前の散策にもぴったり。石垣島の「今」を感じながら、八重山の暮らしや文化に触れられる場所です。 -
ゴールドバレル
沖縄で生まれた高級パイナップル「ゴールドバレル」。
名前の通り、黄金色に輝く果肉と樽(バレル)のような丸みを帯びた形が特徴です。
一般的なパイナップルに比べて酸味が少なく、糖度が高くてとてもジューシー。
口に入れると、濃厚な甘さと華やかな香りが広がります。 -
朝なので混んでいません。
-
パッションフルーツ
南国の太陽をたっぷり浴びて育つ「パッションフルーツ」。
紫色の硬い果皮を割ると、黄色い果肉と黒い種がぎっしり詰まっていて、甘酸っぱく爽やかな香りが広がります。
果肉と種をスプーンですくってそのまま味わうのが定番。
プチプチとした種の食感と、濃厚な甘酸っぱさが南国らしい味わいを楽しませてくれます。 -
スナックパイン&ピーチパイン
スナックパインは、手で果肉をちぎるように食べられることからこの名前が付いたパイナップル。
甘みが強く、酸味が少ないのが特徴で、ひと口サイズにちぎりながら食べる楽しさも魅力です。
ピーチパインは、桃のような甘い香りが特徴。果肉はやわらかく、甘酸っぱくジューシーで、名前の通りほんのり桃を思わせる香りが楽しめます。 -
まだ営業はしていません。
-
石垣島共同売店
-
石垣市公設市場
店内には、石垣牛や島豚、鮮魚、島野菜、南国フルーツなど、八重山ならではの食材がずらり。
色鮮やかな魚や珍しい島の食材が並ぶ店先を眺めているだけでも、沖縄の市場らしい活気が伝わってきます。 -
お土産探しにも便利で、沖縄のお菓子や調味料、加工品なども豊富。
観光客だけでなく地元の人々も訪れる市場で、石垣島の日常にちょっと触れられるのが魅力です。 -
730記念碑
石垣市の中心部、「730交差点」に建つ「730記念碑」。
1978年7月30日、沖縄県内で自動車の通行方式が、それまでの「右側通行」から現在の「左側通行」へと変更されたことを記念して建てられた碑です。
この交通方式の変更は、沖縄が日本へ復帰した1972年から6年後に行われたもの。道路標識や信号、バス停などを一斉に変更する大規模な作業となり、当時の沖縄では大きな出来事でした。 -
警察官姿のぱいーぐる
石垣市公認マスコット「ぱいーぐる」
この人形のモチーフは、八重山諸島に生息する特別天然記念物「カンムリワシ」をモデルにした石垣市の人気キャラクター「ぱいーぐる」です。
普段は南ぬ島(ぱいぬしま)新石垣空港のPRなどで活躍していますが、ここでは凛々しい警察制服に身を包んでいます。 -
ユーグレナ石垣港離島ターミナル近くのポーク玉子おにぎり専門店
-
沖縄のソウルフードとして親しまれている「ポーク玉子おにぎり」。ご飯の上に、焼いたポークランチョンミートと厚焼き玉子を重ね、海苔で包んだボリューム満点のおにぎりです。
塩気の効いたポークと、ふんわりとした玉子、温かいご飯の組み合わせは相性抜群。シンプルながら食べ応えがあり、朝食や軽食としても人気があります。 -
沖縄では具材をアレンジしたバリエーションも豊富で、ツナマヨや油味噌、ゴーヤーなどを加えたものも。
コンビニや専門店でも手軽に購入でき、石垣島の街歩きや離島巡りのお供にもぴったりです。
沖縄に来たら一度は味わってみたい、素朴で懐かしい味わいの「島のおにぎり」です。 -
ユーグレナ石垣港離島ターミナル
石垣島と八重山の島々を結ぶ「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」。
竹富島、西表島、小浜島、黒島、波照間島などへ向かう高速船が発着する、
八重山観光の重要な拠点です。
ターミナルに足を踏み入れると、これから離島へ向かう人々で活気にあふれ、船の出航を知らせるアナウンスが旅気分を盛り上げてくれます。
海の向こうには、それぞれ異なる魅力を持つ島々が待っています。 -
周辺には飲食店やお土産店、レンタカーや観光案内所なども集まり、離島巡りの起点としてとても便利。ここから高速船に乗り込む瞬間は、石垣島の街を離れ、いよいよ八重山の島旅が始まることを実感させてくれます。
-
ポーク玉子おにぎりを売っているお店も多いです。
-
船が出港すると閑散とします。
-
ポーク玉子おにぎり店で購入した物を頂きます。
-
エビタルのポー玉おにぎり
-
八重山観光フェリー
石垣島と八重山の島々を結ぶ「八重山観光フェリー」。石垣島のユーグレナ石垣港離島ターミナルを起点に、竹富島、小浜島、黒島、西表島、鳩間島などへ高速船を運航しています。 -
安栄観光
石垣港離島ターミナルを拠点に、八重山の島々を結ぶ「安栄観光」。西表島、竹富島、小浜島、黒島、鳩間島、そして日本最南端の有人島・波照間島まで、高速船でそれぞれの島へと渡ることができます。 -
遠くにはサザンゲートブリッジ。
-
具志堅用高像
石垣島出身の元世界チャンピオン・具志堅用高さんの像。
WBA世界ライトフライ級王座を13度連続防衛した名ボクサーで、「カンムリワシ」の愛称でも知られています。
故郷・石垣島に立つその姿は、八重山を代表するスポーツヒーローの偉業を今に伝えています。
石垣島を訪れた記念に、像と一緒に写真を撮るのもおすすめのスポットです。 -
台風7号の影響で午前便の欠航が多いです。
-
安栄観光の高速船
-
八重山観光フェリー高速船と大型船
-
奥にはフェリーよなぐに
-
安栄観光の「ぱいじま2」
-
この船に乗船して波照間島へ。
-
波照間島行きの2便は欠航しました。
-
ユーグレナ石垣港離島ターミナルの乗船口の屋根
-
星ノ海プラネタリウムもあります。
日本有数の星空を誇る石垣島を舞台に、八重山の夜空に輝く星々や宇宙の世界を、ドームいっぱいに広がる映像で楽しめます。
南十字星など、本土ではなかなか見ることのできない南の星々に出会えるのも石垣島ならでは。
昼間は離島への船旅を楽しみ、ここでは満天の星空に思いを馳せる――そんな八重山の魅力を感じられるスポットです。 -
とぅもーるショップ
八重山の特産品や沖縄ならではのお菓子、食品、飲み物などが並び、離島めぐりの途中でのお土産探しにも便利なお店です。
これから島へ向かう人、旅を終えて帰路につく人が行き交うターミナルで、八重山らしい品々を眺めながら最後の買い物を楽しみました。 -
抱き合わせで販売
-
泡波は波照間島外ではプレミア価格になります
-
波照間島で買えるといいなあ。
-
乗船時刻が近づきました。
-
ぱいじま2へ
-
乗船します。
-
大型船なので欠航率は低くなりましたが時間がかかり揺れも大きいです。
-
出港しました。
-
尖閣諸島問題があるので、海上保安庁の船が石垣港には停泊しています。
-
空いています。
-
前方は揺れが大きいので立ち入り禁止。
-
穏やかです。
-
波照間島に近づきました。
-
まもなく到着。
-
波照間島1日目
今日からの宿。 -
民宿うるま家
飾らない素朴な雰囲気が心地よく、八重山らしい島時間を感じながらゆっくりと過ごせる宿です。
ほっとひと息つける我が家のような安心感。
島旅を楽しむには、ぴったりの宿でした。 -
近所を散策。
-
集落の小道を歩いていると、緑の隙間から時を重ねた赤瓦の屋根が顔を覗かせました。
漆喰でしっかりと固められた瓦、力強く根を張る南国の植物、そして鮮やかに咲き誇る赤い花。
どこか懐かしく、優しい島風が吹き抜けるような沖縄の原風景に出会えた瞬間です。 -
ネコがのんびり。
-
こちらにも。
-
名石共同売店
島の暮らしを支える共同売店の一つで、飲み物や食料品、日用品などが並び、集落の人々にとって身近な存在となっています。
波照間島では、こうした共同売店が地域の日常を支える大切な役割を果たしてきました。
観光地の華やかなショップとは違い、島の暮らしをそのまま感じられる素朴な雰囲気が魅力です。 -
バナナが沢山
所有者がいるので、もちろん取ってはだめです。 -
ビール(アルコール)は夕食時に持ち込み可
共用の冷蔵庫があり冷やせます。 -
本日の夕食
お酒を飲むので炭水化物は頂きません。 -
茄子の味噌炒め
-
野菜とシーチキンの煮つけ
-
和え物&パイン
このあと、宿の宿泊客やご主人と「ゆんたく」へ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅
-
前の旅行記
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(6月23日・2...
2026/06/23~
石垣島
-
次の旅行記
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(6月27日~2...
2026/06/23~
波照間島
-
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(6月23日・2...
2026/06/23~
石垣島
-
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(6月25日・2...
2026/06/23~
石垣島
-
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(6月27日~2...
2026/06/23~
波照間島
-
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(6月30日~7...
2026/06/23~
波照間島
-
2026年06月23日から07月23日 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅(7月3日~7月...
2026/06/23~
西表島
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
石垣島(沖縄) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 石垣島・波照間島・西表島・沖縄本島・座間味島を巡る旅
0
217