2026/07/19 - 2026/07/19
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メキシコシティで18時間のトランジット!で35年ぶりにメキシコシティ観光。
市内はワールドカップ決勝で大騒ぎ!
35年前は、貧富の差と治安の悪さで印象悪かっだけど、すごくいい街になってた!路上のマーケットとか発展途上国の活気はありつつ、全体に豊かになって、みんな人生楽しんでる感じ。少なくも観光地や中心街は、怖い感じは全くなし。これならまた来てみたいわメキシコ!
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早朝にメキシコシティに到着。成田行きは夜遅くなので、朝を待ってメキシコシティ観光
メキシコのトランジットの仕方は変わっている。行きも帰りも、一度メキシコに入国審査をし、再度出国する。特に帰国便では、チェックインラゲッジを一度ターンテーブルで受け取り、それを再度預けなおす。初めての経験。しかも、行きはその必要はなかったので、実に紛らわしい。
事前にチラっと聞いていたが、リマの空港で、成田までスルーでお預かりしますね~って言われたので、受け取りの必要はないと思い込んでいた。たまたま機内放送で荷物を一度受け取れ、と言っているのに気づき、確認したら必要とのこと。いやー危なかった。そのまま通り過ぎてたら、私たちの荷物はどうなっていたことか・・・ -
空港の朝ごはん。モーニンbグバーガー、ハンバーガーにハッシュブラウンポテトとベーコン、ハッシュブラウンポテトがサクサクして美味しい~
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チーズバーガー、レタスがパリパリで美味しい!
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空港の待合室で朝を待つ
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早朝で人気の少ない空港
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グアダルーペ寺院。年間20万人がおとずれる、メキシコ随一の聖地。
1531年、インディオの老人・ファン・ディエゴの前に聖母が現れ、ここに聖母の大聖堂を築くように司教に伝えるように、その験として花を持っていくように伝えた。ディエゴは花をマントに包み、司教館に運び、花を届けると、マントには聖母の姿が映し出されていた。これが現在崇拝されているグアダルーペの聖母像。
35年前ここに来た時、私は衝撃を受けた。
もともとここ、テペヤックの丘は、カトリック教会は、グアダルーペの聖母への信仰が、キリスト教が入る以前のアステカの女神、トナンツィン信仰の中心地だった。教会はインディオ達がキリスト教を受け入れさせるために、ここに奇跡を起こし、聖堂を作り、彼らが受け入れやすい「褐色の肌の聖母」をプロモートしたのだ。
35年前当時、私はメキシコシティにいい印象を持たなかった。貧富の差が激しく、白人系とインディオ系の間には明らかに格差があった。おしゃれなレストランの二階テラスから花の咲き乱れる広場を見下ろすと、ボロをまとった物売りや物乞いが物陰にうずくまっていた。治安も悪く、夫は地下鉄で財布をすられた。
そしてグアダルーペ寺院にむかう長い坂道の参道で、何人ものインディオが、両手とひざにボロ布を巻き、五体投地のように這いつくばって祈りを捧げながら、聖堂に向かっていた。祖先の信仰の聖地を「奇跡」によって塗り替えられ、アステカの神への信仰をカトリックにすり替えられた人たち。そしてそれは植民市統治の強力なシステムだったのだ。私はメキシコにいい印象を持つことができず、もう二度と来ることはないと思っていた。
今回偶然訪れたメキシコシティで、私の気持ちは一変した。全体的に経済の発展もあるのだろう、なんとなく皆楽しそうだし、治安の悪さを感じないし、路上のマーケットは活気があって。治安の悪い場所にいけば印象は違うのだろうが、運転手さんに聞いても、経済は悪くないし、メキシコ人はハッピーピープルなんだ~って返事。
メキシコは、人口の6割が混血のメスティーソ、先住民インディヘナが約2割、ヨーロッパ系が2割弱。今も大企業の多くはヨーロッパ系が支配しているし、経済や教育、医療アクセス等の格差はなくなっていないが、経済発展や最低賃金の引き上げ、貧困層への現金給付などにより、全体状況はかなり改善してきているよう。
何よりも人々の顔が明るく活気があって、わぁいい国になったなぁ、また遊び聞きたい!と心から感じた。
ところで、1537年、ローマ教皇パウルス3世は、インディオは理性ある人間として扱われるべきという回勅を発し、植民地におけるインディオへの迫害を禁じたそう。つまり、つまり、聖母と出会った時のファン・ディエゴは、人間扱いされてなかったのね… -
大聖堂の中。2万人収容の聖堂は超満員、1時間ごとに次々にミサが行われ、みんな真剣に祈っている。遠くに小さく見えるのが聖母像。
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祭壇の下の動く歩道で聖母を近くから拝める
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ファン・ディエゴのマントの実物と言われる、浅黒い肌の聖母像。
祖先からの聖地の丘に「奇跡」をおこし、インディオに似た風貌の聖母像で原住民の信仰を獲得する。新大陸を武力で征服し、宗教で支配する。政教一体植民地支配のお手本。 -
参考 日本に帰ってから街で偶然見かけた。グアダルーペ聖母シャツ!なぜに?
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旧カテドラル。地盤沈下で傾いて、1970年代に新カテドラルに移転
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ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世。2002年にファン・ディエゴを聖人に列した
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テペヤックの丘の上のチャペル。ファン・ディエゴが聖母に出会った場所だとか
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丘の上から新旧の聖堂とメキシコ・シティ市街地
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祭壇には聖母像 こっちはコピー
壁面はファン・ディエゴと聖母の奇跡が描かれている -
聖母から花を受け取る、ホアン・ディエゴ
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聖堂を後にし、旧市街の中心、セントロへ。一帯がユネスコの世界遺産。
今日はサッカーワールドカップの決勝。中心広場のソカロを閉鎖してパブリックビューイング、そこに市民が殺到して大変な騒ぎ。スペイン対アルゼンチンだけど、大方の人はメキシコチームの緑のシャツ -
旗売ってたり
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スペイン応援団 なぜかペルーではアルゼンチン、メキシコではスペイン応援する人が多かった希ガス
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この奥が広場・ソカロ、巨大スクリーンの向こうにカテドラル・メトロポリターナ
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メキシコのプロレス、ルチャ・リブレの宣伝
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国民的人気エンタメ格闘技、らしい
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コロナビールの直営飲み屋、サロンコロナへ。このあたりにいくつもある
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おお!肉肉
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店の中にはテレビが何面もあって、サッカーワールドカップ決勝スタート
タコスとビールとレモネード最高 -
メッシ!
気づいたらお店の前は長蛇の列。試合全部見る時間はないので、次の人に席を譲って退散 -
仕上げはアイスクリーム マンゴーとパイン、だったかな?めちゃウマ
でもここの店でおつり間違えられそうに。あぶないあぶない -
カテドラル・メトロポリターナ。メキシコカトリック教会の総本山。この一帯にあったアステカ時代の神殿を取り壊し、その石材で建てられた
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壮麗な内装。よく見ると、地盤沈下で柱がかなり傾いている。
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側面のエントランス、ファサードがすごい
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アステカ戦士?
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テンプロ・マヨール。アステカ王国の首都・テノチティトランの中央神殿があった場所。これは神殿の再現模型。
テノチティトランの中心部には壁で囲まれた25ヘクタールほどの聖域があり、テンプロ・マヨールはその中心的な建物だった。
階段ピラミッドの上には、アステカの守護神である軍神と、アステカ以前から信仰されている雨と豊穣の神を祀る2つの神殿。が並んでいる。2つの神殿は真西から7度南を向いて建てられており、春分に2つの神殿の間から太陽が昇るように設計されているという。
テンプロ・マヨールは14世紀に創設され、歴代の支配者にうよって次々と拡張されてきた。古いピラミッドの上に新しいピラミッドを築き、現在までに7層が確認され、最終的に高さ4、50メートル、底部は約82メートル四方だった
この神殿の周囲にはほかにもたくさんの神殿、球戯場、頭蓋骨置き場、学校などがあったそう
16世紀にやってきたエルナン・コルテスおよテンプロ・マヨールは破壊された -
古代の敷石
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出土品 かわいー
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水路
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供物の台
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古い色彩が残る
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頭蓋骨置き場。周りが頭蓋骨の彫刻の石でできた構造物
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遺跡には猫です
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球技に使った石のボール
古代アステカではサッカーみたいな球技があって、捕虜が命をかけて戦ったとか -
高台に建つチャプルテペック城に向かう。周りはチャプルテペックの森という大きな公園。これは1840年のメキシコとアメリカの戦争で亡くなった士官候補生を追悼するモニュメント。
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広い公園は観光客や親子連れでいっぱい。出店も一杯
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屋台カラフルな謎の飲み物・デザートを売ってる
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スナックもカラフル
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プロレスのマスク 国民的人気スポーツ
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公園にはあちこちにこのサルのぬいぐるみが売ってる。チャンギート・ミオン、と言って、直訳すると、おしっこする子ザル、だそう。チャプルテペック公園の名物お土産だって。
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みんなこうやって頭につけてる。ぬいぐるみには細い管と小さなポンプみたいなのがついてて、水をピュっと飛ばす仕掛けらしい。40年前くらいから売っていたが、近年TicTocなどで紹介されて、大ブームだって。
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鷲と蛇がメキシコのシンボル
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高台からメキシコシティの遠景。この周りはチャプルテペックの森と呼ばれる広大な公園
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チャプルテペック城。
ここはアステカ時代の聖地の丘で、スペイン植民地時代に副王の夏の住居として造られた。1841年から軍事学校、1864年から1867年までメキシコ第二帝政のマクシミリアンの皇宮、1884年から1935年までメキシコ大統領官邸、1940年代以降は国立歴史博物館。 -
夏の離宮ということで、全体に軽やか
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独立戦争や革命を描いた壁画がたくさん
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皇帝マキシミリアン。
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ一世の弟で、優れた軍人だったが、フランスのナポレオン3世と組んだメキシコ国内の保守派に招かれ、1863年にメキシコ第二帝政の皇帝となった。国内で共和派と保守派の対立が続き、後ろ盾だったフランスがメキシコ統治を諦めて軍隊を引き揚げた結果、保守派は破れ、マキシミリアンは拘束。1867年に銃殺刑となった。皇帝としてたった4年・・・
彼の妻で、ベルギー国王の王女だったカルロータは、支援を求めてヨーロッパを旅したが失敗に終わり、結果深刻な情緒の崩壊を起こし、2度とメキシコに帰ることはなかった。夫が処刑されたのち、彼女は隠遁生活を送り、最期まで夫の死を認めなかったという。 -
参考 マネ「皇帝マキシミリアンの銃殺」
兵士の制服がフランス軍のそれに酷似していることから、フランスがマキシミリアンを見捨てたことへの批判が込められてる、との説 -
貴石でできた玉座の飾り
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コルテスが掲げたという聖母の旗
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スペイン統治時代のメキシコシティ?
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コルテス率いる軍がアステカを滅ぼす場面
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アステカの王がキリスト教の洗礼を受ける
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カテドラル・メトロポリターナ、たぶん。
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皇帝マキシミリアン
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皇帝の食堂
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森の向こうにメキシコシティの新市街
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メキシコシティのシンボル、レフォルマ通り。城の建築とともに整備され、王妃の通り、と呼ばれたそう。ずっと先には独立記念塔、その先には日本大使館もあるそう。
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ディアス・コバルビアス 『メキシコ天体観測隊日本旅行記』
明治7(1874)年の日本に、英・米・仏・独・伊・露の金星観測隊に混り、ディアス・コバルビアス率いるメキシコ隊が、横浜の野毛山に派遣され、帰国後出版されたのが本書。観測だけでなく、明治の日本各地を旅行した記録を詳細に記した。これがのちに、メキシコ国への日本人移住と、日本が諸外国と初めて結んだ日墨対等条約の伏線となった。明治初期の日本を知る貴重な文献でもある。日本でも翻訳出版されているそう。 -
観光を終えて、メキシコシティの空港へ。お別れはインディオビールとテカテ・アイス
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メキシコビールと言えばドゼキ
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テキーラ!
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野菜スープと野菜色々
エアメヒコのラウンジはシャワーもないしご飯もしょぼいし。ビールだけは潤沢でした。 -
メキシコシティからモンテレイ経由成田行き。
成田→メキシコシティは直行だが、逆はモンテレイを経由する。その理由はメキシコシティの標高が2230mで、空気が薄く、飛行機が離陸時に十分な揚力を得にくく、特に燃料満載+乗客荷物満載で日本まで13,14時間飛ぶ長距離便は重過ぎる。このため、最低限の燃料で標高390mのモンテレイに行き、そこで燃料を積めば、荷物をいっぱい運べるのだそう。へええええええ!
また、モンテレイはメキシコ第三の大都市圏で製造業が強く、日本企業の工場も多いらしいが、このルート、2026年8月から海辺のリゾート都市、プエルト・バジャルダ経由に変更になるらしい。 -
アエロメヒコはアステカの神様に守られてる
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モンテレイの夜景
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モンテレイの空港で給油待ち
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機内食はタラの味噌煮、料理酒のアルコールが十分とんでなくて残念
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世界中抹茶スイーツ
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朝食はパンケーキ
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成田上空から緑の国土に癒される
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