2026/07/11 - 2026/07/19
624位(同エリア822件中)
らぱぱ代さん
憧れのヴァレッタ観光です。自分もその1人なんですけど、観光客が多かったなぁ。
ヴァレッタ旧市街は、シティゲートから島の先端の聖エルモ砦まで、徒歩約20分の小さな街ながら、歴史的建物が多くあり、「ヴァレッタ市街」として街自体が世界文化遺産に登録されています(1980年)。
写真は、聖ヨハネ大聖堂内部。
7月11日 羽田出発
7月12日 イスタンブール乗継、パレルモ到着、パレルモ観光、アグリジェント泊
7月13日 アグリジェントの神殿の谷、ピアッツァアルメリーナのカサーレの別荘、カターニャ観光、タオルミーナ泊
7月14日 タオルミーナの古代劇場と旧市街、カルタジローネ、シラクーサ泊
7月15日 シラクーサのネアポリス考古学公園、オルティージャ島、ラグーザの旧市街、
夜ポッツァーロ港からフェリーでマルタへ、マルタ島泊(3連泊)
7月16日 ブルーグロット、ハジャーイム神殿、ヴァレッタ
7月17日 ゴゾ島観光
7月18日 スリーシティズ、イムディーナ、マルタ空港出発
7月19日 イスタンブール乗継、 羽田帰国
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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独立記念碑。イギリスから独立した1964年9月21日の日付が入っています。
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トリトンの噴水へと続くプロムナード。
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シティゲートの手前の広場にあるトリトンの噴水。
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ヴァレッタのシティゲート。ヴァレッタは城壁に囲まれた街。
ハチミツ色の建物が並ぶ街の観光の始まり、始まり。 -
城壁の外側。左側です。
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右側。堀の中は公園になっていて、何かのイベントの準備がされていました。
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左手にはカトリック教会。
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右手は勝利の聖母教会。勝利の聖母教会はバレッタの旧市街の入り口に位置する教会です。16世紀に建てられたマルタ最古の教会で、現在は聖ヨハネ大聖堂に移されましたが、かつては聖ヨハネ騎士団長の棺が埋葬されていたという歴史もあります。
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アッパー・バラッカ・ガーデン。この公園は、イタリア人騎士団のために造ったもので、18世紀までイタリア出身の騎士団員の憩いの場でした。19世紀にフランスに支配されたのを機に一般開放されました。
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17世紀の柱廊が残っています。
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ここからは、グランドハーバーを行き交う船を見ることができ、対岸には明後日訪問予定のスリーシティーズが見えます。
下には500年もの歴史ある大砲が見え、正午12:00と16:00に港に向かって空砲が発射され時報を知らせるそう。あいにく、その時刻にここにいることはできなかったので、その場面には遭遇していませんけど。 -
スリーシティズを眺めるワタクシ。
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聖ヨハネ通りと聖パウロ通りの角にあるレストランで昼食です。レストランはこの角の建物の3階にありました。
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入口。急な階段を上がっていきます。
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店内。
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前菜、野菜のスープ。
メイン、ブラジオリ。ハンバーグのような種を牛肉で巻いて赤ワインとハーブ、トマトソースで煮込んだマルタの伝統料理です。
デザート、アップルパイ。
ごちそうさまでした。 -
レストラン2階の窓から外を眺める。
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グランドハーバーへ下っていく聖ヨハネ通り。ヴァレッタの街といえば、張り出し窓が特徴ですね。ほとんどは木製で、この通りでは渋い色調ですが、赤・青・緑とカラフルだったり。
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さて、ヴァレッタの目玉である聖ヨハネ大聖堂です。
外観は、マルタ特有の蜂蜜色というかクリーム色の石灰石で造られたシンプル、あっさり、謹厳実直な感じです。
ファサードには3つの時計がついています。真ん中の一番大きいのが時刻表示、左下が日付表示、右下が曜日表示です。曜日表示の言語はマルタ語ですかね。
聖ヨハネ大聖堂(正式名称は「聖ヨハネ准司教座聖堂」)は、16世紀後半に聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)によって建てられました。彼らはもともとエルサレムで活動していたカトリックの騎士団で、オスマン帝国との戦いに破れロードス島を追われてマルタ島に拠点を移した歴史を持ちます。このヨハネは、十二使徒のヨハネではなく、ヨルダン川でキリストに洗礼を与えた人物。この騎士団の守護神。 -
ところが、1歩中に入ると、別世界です! これほど豪華絢爛に装飾された教会は見たことがありません。16世紀後半に建てられたこの聖堂は完成から100年ほどは簡素な内装をしていましたが、17世紀に華麗なバロック様式に改装され、金色に輝く装飾が天井から壁、柱、床の隅々まで施されています。空間全体がまるで応接間や美術館のよう。
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聖堂の床は約400枚の騎士たちの墓碑(tomb slabs)で埋め尽くされていますです。大理石の墓碑には、それぞれの騎士の名前、紋章、そして象徴的な彫刻が青・赤・白・金といった鮮やかな色彩で施されています。
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天井はマティア・プレッティが聖ヨハネの生涯を18場面に分けて油絵の具で描きました。素養が無いので、どの場面なのかわかりませんけど。
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主祭壇。
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主祭壇には、ローマの彫刻家ジュゼッペ・マッツォーリによる大理石彫刻『キリストの洗礼』が飾られています。
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マルタ十字は、騎士団員の8つの出身地(ドイツ、イタリア、フランス、プロヴァンス、イングランド、オーベルニュ、アラゴン、カスティーユ)を表現しています。身廊の両側には、それぞれの出身地別の礼拝堂があります。順に見ていきましょう。
どの礼拝堂も、競争心の賜物かほかに負けないように豪奢さを競っています。
ドイツの礼拝堂。主祭壇は「東方三博士の礼拝」。 -
一面金ぴかの装飾ですが、他の礼拝堂のような大団長の墓碑はありません。
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イタリア礼拝堂。壁面の地色は渋い緑色。NとCやRとCを組み合わせた模様は何のシンボルなのでしょうか。
主祭壇画は「聖カタリナの神秘の結婚」。大団長グレゴリオ・カラファの霊廟もあります。霊廟の上の灰色の壁は、もともとカラヴァッジョの「執筆する聖ヒエロニムス」が飾られていた部分です。 -
フランスの礼拝堂。
主祭壇画は身廊の天井画を描いたマティア・プレッティの「聖パウロの回心」。 -
壁面は青く、フランス王室の百合の紋章があしらわれています。また、大団長エマニュエル・ド・ロアン=ポルドゥクの記念碑やフランス王(フランス革命後の7月王政で)ルイ・フィリップの弟であるルイ・シャルルの大理石彫刻があります。
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プロヴァンスの礼拝堂。プロヴァンスは地中海に面したフランス南東部です。主祭壇画は「大天使ミカエル」。大天使ミカエルが悪の象徴である竜を倒す姿が描かれています。
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大団長アントワン・ド・ポールの墓碑。
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プロヴァンスの礼拝堂には、歴代大団長が眠る「大団長の地下聖堂」の入口があり、階段を下るとのぞくことができます。聖ヨハネ騎士団を率いてオスマン帝国の猛攻を防ぎ、首都ヴァレッタの名の由来となった英雄ジャン・パリソ・ド・ラ・ヴァレットもここに眠っています。入口からのぞけるだけで、どれがそうなのかは不明ですが。
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イングランドの礼拝堂。元々は聖遺物の安置所でした。主祭壇画は「聖カルロ・ボッロメーオが聖母マリアに謁見される場面」。
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聖母フィレルモの礼拝堂。一般客は立ち入り禁止。
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オーベルニュの礼拝堂。オーベルニュはフランス中南部の高地地方です。主祭壇画は「聖セバスティアヌスの殉教」。プロヴァンスの礼拝堂もねじれ柱があったけど、オーベルニュにも。
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アラゴンの礼拝堂。アラゴンはイベリア半島北東部ですね。主祭壇画はマティア・プレッティによる「馬上の聖ゲオルギオス」。
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アラゴンの礼拝堂にある大団長ニコラス・コトネルのひときわ豪華な大理石墓碑。足元には、支えている2人の奴隷(トルコ人とアフリカ人)。勝利の天使のラッパが壁に食い込んでいるのが勢い余ってのことか、製作段階での単なる計算ミスか。
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カスティーユ・レオンの礼拝堂。イベリア半島中央の地方ですね。主祭壇画はマティア・プレッティによる「聖ジェームズ」。
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そして小礼拝堂にはガラヴァッジョの「洗礼者聖ヨハネの斬首」。361㎝×520㎝の大作です。ガラヴァッジョはこの絵で正式に騎士団への入会が認められました。この大聖堂にふさわしい迫力ある絵です。
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ここにはもう1点、ガラヴァッジョの作品があります。もとはイタリア礼拝堂に飾られていましたが、今は地下の特別室にある「執筆する聖ヒエロニムス」。聖ヒエロニムスはラテン語訳聖書を完成させた人です。
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次は、騎士団長の宮殿。中庭です。この建物も蜂蜜色の石灰石で造られています。修復がだいぶ進んで美しさを取り戻してきたとか。
1574年に完成し、歴代騎士団長の公邸として利用され、英国統治時代には英国総督官邸として使われ、現在も政府機関として使われています。
聖ヨハネ騎士団がここマルタに来るまでいたロードス島でも騎士団長の宮殿を見ましたが、こちらは時代がかなり後だし、それ以降の利用方法も異なるし、で、断然こちらの方がゴージャスです。 -
ここの時計は4つありますね。時刻と日付けはわかりますが、あと2つは何だ?
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階段を上がって2階へ。
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兵器庫。新装されて、所蔵しているものを全て展示したんじゃないか、と現地ガイドさんのコメントがありましたが、同感です。
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スターウォーズのC3POそっくりの仮面があったり、甲冑に精巧な模様が施されているのにびっくりしたり。そりゃ、下っ端ではなく、騎士団長が着用したモノですから美術品と見まごうような素晴らしい細工です。でも、全部着用すると相当な重量でしょうね。
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中央回廊。大理石の床や天井画が美しい。
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東回廊。こちらも同様に美しいです。
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騎士団長の寝室。
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騎士団長の間。それぞれの部屋の壁上部一面にはフレスコ画が描かれていますが、何をテーマとしているのか、説明があったのかもしれませんけれど、残念ながら覚えていませんね。騎士団の活動を讃えるテーマだと思います。
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給仕の間。
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大使の間。赤いタペストリーが特徴的。
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タペストリーの間。17世紀後半にペレコス騎士団長が寄付したゴブラン織りのコレクションを展示。
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回廊の上の絵画に面白いところがありました。
女性2人が、黒いマスクをしている!
コロナ禍の最中の補修の際に、描かれたものだそうですが、百年後、二百年後には、歴史の証拠として語られるのかも?! -
最後に回廊の床にあしらわれていたマルタの国章。
左が1975年~1988年のもの。太陽と、伝統的な手こぎボートダイシャ、そしてうちわサボテンがあしらわれています。
右は1988年に制定された現在のもの。中心部は盾で、赤は純真、白は信仰心を象徴し、左上には、マルタがナチス・ドイツと闘った栄誉を讃えて1942年にイギリス国王ジョージ6世から贈られたジョージ・クロスがあります。盾の上部に飾られている城砦冠はオスマン帝国による侵攻の際に籠城して奮戦した要塞都市であるバレッタを象徴しています。マルタ語で「マルタ共和国」という国名を記した白いリボンで結ばれたリースは、左が平和を表すオリーブで、右が祝福を表すナツメヤシです。 -
街中にお祭りの飾り付けがされていました。像が飾られている台座は大理石のように見えますが、張りぼてのフェイク。
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ここでフリータイムになりました。数軒お土産物屋さんを見た後、暑さで、カフェ・コルディナで休憩。
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暑いため、外のテラスに座る気は全く無く、室内のエアコンの効いたところで、パフェ、アイスコーヒー、ビールで涼みました。16ユーロ。
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アモリーナのジェラートも食べたかったな。(店名が、庇で隠れてしまっている(>_<))
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ホテルへ戻り、シャワーで汗を流したあと、地中海でびゅーをしました(*^^)v
この日も自由夕食でしたが、昨晩の睡眠時間が短くて疲れていたこともあって、食べに出かけるのはやめて、パーチャヴィルの街のスーパーで、サーモンとアボガドのポケ丼と生ハムを買い、昨日の赤ワインと併せて、部屋食しました(写真撮り忘れ)。
本日、6日目、7月16日、19,298歩、13.8㎞。
おやすみなさい。
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