2026/03/29 - 2026/03/29
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kirinbxxさん
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西安、かって「長安」と呼ばれた中国の古都は唐の時代には世界有数の大都市として栄えました。当然ながら見所がとても多い一大観光都市であり、現在も1300万人以上の人が住む大都市です。公共交通は発達しているようですが、英語がどこでも通じるわけでもなさそうだし、滞在日数は短い上に土地勘もなし。あまり方向感覚に優れない二人だけで動くのは大変そう・・・
ということで、限られた時間で効率よく見学するために、陝西友聯国際旅行社というところでプライベートツアーを組んで貰いました。
1日目は7時半から18時半まで。兵馬俑、秦始皇帝陵、麗山北麓、華清宮を見学し、市内で城壁を見学しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝食付きで予約してあったので、ホテルの食堂へ。西洋式のパンやフルーツなども少しありました。注文に応じて作ってくれる麺があるのはありがたいことです。
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2人でこんな朝食をいただきました。
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予定通り7時半にホテルに日本語ガイドさんが迎えに来てくれました。男性のガイドさんに女性のドライバーという組み合わせ。では早速出発です。城壁の前を通って。。。
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ときどきニュース番組などで見かける、中国幹線道路沿いに沢山ある超高層住宅群、いやはやとんでもない高さです。外出中に停電でもしてエレベーターが停まったらもう家には帰れませんねぇ。。。
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連霍高速道路 (G30)という、江蘇省の連雲港から新疆ウイグル自治区のホロゴス(霍爾果斯)まで、中国を東西に横断する全長約4,395kmの主要な国家高速道路だそうです。
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来西安自由行(西安へ自由旅行に来よう)というのは、この交通の要衝である灞橋料金所に掲げるにはいい文句ですね。
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すぐにのどかな風景が広がりました。
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25kmほどの道のり、大型連休だったりすると1時間以上かかることもあるそうですが、この日はスムーズに20分もかからず、目的地に到着しました。
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1993年に建造された始皇帝像、花崗岩(御影石)で作られており、台座を含めた総重量は約数十トンもあるそうです。
秦始皇帝陵博物院 (兵馬俑) 史跡・遺跡
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さすがに沢山の人が訪れています。
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博物館の敷地にはいる手間にあるこれは???コルテン鋼(耐候性鋼)なる素材で作られたモニュメントがありました。
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西安市公安局管轄の観光専門パトロール部隊の、電動パトカー。
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それでは入場です。
現在は兵馬俑への入場は完全予約制で、事前にオンラインで実名予約が必要になっています。チケットの現地販売はありませんし、入場時にはパスポートなど身分証が必要です。ガイドさんが空いている列を探し、パスポートを預かり、といたれりつくせり。カート利用料も込みで1人140元でした。入り口は北門だけです。 -
敷地内への入場ゲートの手前にある観光センター。現地集合タイプのグループツアーの集合場所によく使われる場所です。
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エントランスエリアから、メイン展示館まではおよそ1キロ、電動カートがあります。有料ですから若い人は歩くでしょうが、私達はプライベートツアーの料金に含まれていました。
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長安で春の花と言えば、やはり桃。手間の真っ赤なのは木瓜だそうです。
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ここには、4つの展示館があります。
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それではいよいよ兵馬俑とご対面。世紀の大発見として日本でも毎日報道されていたのが1975年、いつかは見なければと思ったものです。なんと半世紀たってしまいました。確か大阪に一部が展覧会のために来たことがありましたが、大行列で行く気がしなかったような・・・
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入ってみると、そこは体育館のような建物でした。
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これが「一号坑」と呼ばれる、最大規模の抗です。
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東西230mの長さ、幅は62m、総面積は14,260平米、阪神甲子園球場のグラウンド面積とほぼ同じ。現在までに発掘されたのはその3割にも満たないのに、2000体ほどの兵馬俑、20台の木製戦車が出土しているそうです。
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元々はどれも鮮やかな色で塗られた兵士俑は、軍における様々な役割や位を表していて、顔の形も身に着けているものも一体一体異なっているというのだから、驚きます。元々は鮮やかに彩られていましたが、空気に触れてこのとおり。現在も色が残っている物はいまだ「どうやって色を保存するか」決めかねて土の中にいれたままのものもあるとか。
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四方ともびっしりと見学者が。要所要所に警備の人も立っていますが、あまり細かく注意をしたりはしていませんでした。
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ほとんどの兵士俑は、高さ180cm、重さが約200キロ。近寄ってよく観察すると、髪形や顔の形、リアルな服のしわ、顔料の残留物など、細部にもこだわりが見られます。将軍とみられる俑は200cm近くあるものも。
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上から見下ろすと、土の壁(仕切り壁)の上の部分に、丸太の形に沿って土が波打つように窪んでいる場所や、木が燃えて黒くなった土の層が見られます。
兵馬俑はただ穴を掘って並べられたわけではなく、堅固な地下宮殿のような構造で作られたと考えられています。始皇帝の死後、楚の項羽が兵馬俑抗を暴いて火を放った、という説があります。その真偽はともかく、長い年月の間に天井を支えた木材そのものは腐食したり燃え尽きたりしてしまいましたが、その重みや燃え殻が周囲の土に「型取り」された状態(土層の痕跡)として、奇跡的に現代まで残った遺跡です。 -
資料整理区と名付けられた区域にある俑の横には白い箱が。まだ嵌め込まれていない破片入れ?
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寝かされているのは、まだ修復作業にかかる前のものでしょうか。
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その隣の区画に立つ、「青の6番」さん。
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こちらは保護修復区でした。
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赤、青、黄に分けられた修復待ちの俑たち。
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第一坑の展示館を出るとあちらこちらで春の花を愛でる人達が。人だらけの場所から抜けてほっと一息つけました。
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ガイドさんが次はこちら、と示したのは三号抗の展示館でした。
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およそ520平米のこじんまりした空間です。
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将領俑(高級将校)や、護衛を主任務とした武士俑、そして儀式や占いを行うための馬車などが発掘されたことから、どうやらここは軍司令部だったと考えられています。当然、1号坑よりは、「一般的なものより大きい」兵俑の割合は高く、2mほどのものが多いとか。当時の一般人の平均身長が1m65cmくらい、大きいことで有名だったという項羽の身長が195cmということなので、「ちょっと誇張」してあるのでしょうか。
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こちらは馬俑たちです。
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砕けたままのものが沢山ありました。
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まぁ、こちらは一号抗とは違い、数が少ないのですが・・・
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戦車は世界各地で古代から使われてきましたが、形も戦法もさまざまでした。ここに展示されているのは四頭立て、御者が一人とその後ろに三人という構成から戦車部隊の指揮車だった可能性が高い、という説明がありました。
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この展示館には、このような展示もいくつかありました。
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次に二号抗の展示館へ。
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二号坑は、まさに今も発掘が続いている場所で、現代的な考古学発掘の様子を間近に見ることができる場所でした。
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その代表がこれ。発掘現場に敷かれたレールの上を自走する「現場応急保護実験室(通称:デジタル方舟/方艙)」つまりは移動式ラボです。進んでますねぇ。
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上に乗っている4つの物体は、キャンピングカーなどにも使われる車載用高性能エアコン、これによって内部は「恒温恒湿」に保たれるそうです。
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兵馬俑は、地下から掘り出されて外気に触れた瞬間、わずか数分で表面の鮮やかな色彩が乾燥して剥がれ落ちてしまうという極めて深刻な課題を抱えていました。これまでは出土した陶片を約6時間かけて離れたラボまで運んでいましたが、この移動式ラボの導入により、発掘から1時間以内にその場での応急処置や高精度顕微鏡による詳細な分析が可能となりました。
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「中級軍吏俑」です。鎧の造りが1号抗にずらりと並んでいた一般兵士より精巧に作られ、頭にはおもしろい形のかぶり物。これは「双版長冠(2つの板状の飾りがある平らな冠)」という、中級将校のシンボルだそうです。今風に言うと佐官、あたりでしょうか。
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髭を蓄え、柔和に微笑んでいます。二号抗に展示されている将校たちはかっては木製や青銅製の武具を握っていたということです。長い年月の間にそれらは朽ちてしまったり、盗掘によって失われてしまいました。右手で握り、左手で支える、長い槍か矛でも構えていたのでしょうか。
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こちらも柔和に微笑む武人、口ひげは上に跳ね上げてより偉そうに見えますし、頭の被り物もより立派な鶡冠です。首元のリボンも結び方が違います。同じく柔和なお顔ですが、より威厳があります。
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これは「高級軍吏俑」、さらに上の階級、おそらくは将軍クラスなのでしょう。鎧も一段と立派になっています。
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つけている防具は魚のうろこのような形から魚鱗甲と呼ばれるもの。
特徴的なのはこの手の形です。これは、長剣を地面に突き立て、その柄を上から包み込むように握っていた姿とされています。小高い丘の上にでも陣取り、戦況を見つめているような姿です。 -
兵馬俑の凄いところは、細部まで丁寧に作り込まれているところ、といいますが、これが将軍俑ともなると際立ちます。後ろ姿にも一切手抜きがありません。
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「鶡冠(かっかん)」、中国に生息するミミキジ(ヤマドリの仲間)をモチーフとした戦場では最高位の冠だそうです。ミミキジという鳥は、非常に気性が激しく、外敵に襲われた際に死ぬまで勇敢に戦い抜く習性を持っているとか。その勇猛さにちなみ、古代中国では「決して敵に後ろを見せない勇気」の象徴として使われたようです。現時点では、この冠をつけた将軍俑は十数体見つかっています。
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