2026/05/08 - 2026/05/10
3773位(同エリア4180件中)
古川大輔さん
①、②に続き、改めて馴染みの名所をおさらい観光。本日はホテル目の前の出島を中心に周辺を散策し、羽田に戻ります。
今回のフライトを取った時はまだ飛行機初心者感覚で、何故か早めの便にしてしまったため、少々後ろ髪を引かれる帰路とはなりましたが、気持ちよく楽しいフライトでした。
長崎バスターミナルホテル
https://www.nbth.co.jp/
庄屋
https://www.sho-ya.co.jp/brand/shoya/grand-menu/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
一番船船頭部屋(出島電停側、水門から入りすぐ左)
1階:倉庫
2階:オランダ貿易船一番船船長の部屋、オランダ商館員の部屋 -
出島にある建物には1階が倉庫になっているものが多く、貿易品類を保管するためのものになっていました。一番船船長部屋の1階には、重さを量るための天秤と分銅、木炭や不良品の砂糖などを保管していたそうです。
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2階が船長部屋と商館員の住居で、写真は一番船船長の部屋です。
オランダ船が最初に長崎に来航したのは、1609年の平戸港来航に始まり。平戸にオランダ商館が建てられました。1636年の鎖国により、出島に収容されていたポルトガル人に国外退去命令が出されると、江戸幕府はオランダ人に出島への移動を命じ、オランダ商館も出島に移転しました。
オランダの貿易船は毎年8月に来航し11月まで滞在、基本的に2隻の船が来航し、その一隻目の船長がこちらの部屋で滞在期間を過ごしたそうです。 -
オランダ商館の事務官が過ごした部屋。
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家具や備品は、当時の記録や資料をもとに製作、再現されたものです。一番船船長の部屋は、アセンデルフト・デ・コーニング船長の「私の日本滞在記」、商館員の部屋は一等書記のヘルマヌス・スミットの遺品を競売にかけた時のリストを元にしているそうです。
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ヘルト(次官商館長)部屋(手前)
カピタン(商館長)部屋(奥)
手前がヘルト部屋で、奥に見える三角階段が、カピタン部屋の2階大玄関となります。肝心なヘルト部屋の三角階段の写真を失念・・・(._.)
ドイツ語で英雄を意味する″ヘルト″は、オランダ商館の次席商館長を指し、ポルトガル語でキャプテン(隊長)を意味する″カピタン″は商館長を指しています。
ヘルト部屋の1階は主に商館員の食糧を貯蔵する倉庫として使用、また一部は東南アジアからの使用人が使用していたそうです。2階は次席商館長の住まいである他、商館長に仕える一部日本人の使用人も使用していたそうです。 -
港の様子を見るための物見台と、そこにアクセスする階段が、港の施設という雰囲気を醸し出しています。なお、現在のヘルト部屋は1階がミュージアムショップ、2階はイベントスペースとして使われています。
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カピタン部屋とヘルト部屋は一体でL字型を形成し、出島の建物の中で最も重厚かつ大規模です。
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ヘルト部屋2階から、カピタン部屋の2階へアクセス。
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青緑色のアクセントは他の居留地の建物と共通、しかし床は畳で和風造りというのが、良い意味で違和感満点。
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ヘルト部屋2階の部屋を順に巡ります。
こちらは執務室とされており、商館長のオフィスとして使用されていたものと考えられています。 -
大玄関のすぐ横に位置している「17.5畳の部屋」、位置的に商館の主要事務や通詞、いわゆる江戸幕府公式の通訳と日本の役人との商談などが行われていたとされています。
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17.5畳の部屋の正面の「15畳の部屋」、前者と同じく、事務室として使われていたようです。
中央に時計が置かれているのは、1822年、商館長が日蘭貿易が実現した御礼のために江戸へ旅に出る「カピタン江戸参府」に先立ち、献上する時計を改めている様子を再現しているとのこと。 -
鳩の装飾の付いた照明が印象的な「玄関の間」、いわゆるホールであると考えられ、中央に玉突台いわゆるビリヤード台が置かれていたそうです。
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華やかで格式高いこの部屋は「大広間」で、会食や日本側の役人を応接する部屋として使われていたそうです。商館員は昼と夜の2回の食事を、皆でカピタン部屋に集まってとる習慣があり、その会場がこの部屋だったそうです。
クリスマスの祝宴とされる「曼荼羅冬至」の様子を再現し、テーブルにはろうそくが並んでいます。 -
大広間の写真向かって左に隣接する「客間」。
こちらでは、召使いによる楽器の演奏などが行われたそうです。 -
「涼所」、かつてはここから、長崎港の眺望が見られたそうです。
大広間、客間が宴会場で、飲み疲れしたらここで涼んでいる夏の夜を想像・・・贅沢ですね。 -
「居間」
長崎市築町出身の画家で、出島の専属絵師であった「川原慶賀」は、海を望む窓を背景に商館員や役人が酒杯を傾ける風景を描いています。その場所がこちらの「居間」であると推察され、日常的にサロン(応接間)として使用されていたようです。 -
「図書室」
部屋の作りから、本棚が並んでいる風景が想像出来る・・・
貿易目的だけではなく、西洋の最新知識を学ぶために多くの日本人も出島を訪問していました。商館員たちがその質問や要望に的確に答えるため、百科事典など豊富な書物が欠かせなかったそうです。 -
「女中部屋」
商館長に仕える日本人女性が使用したとされています。つまるところ、丸山町や寄合町の遊郭の遊女であり、出島に入ることが出来る唯一の女性であったそうです。 -
カピタン部屋のシメは、商館長の「寝間」、「女中部屋」の写真向かって左隣の部屋です。天蓋付きのベッドなどが置かれていたそうですが、それにしても女中部屋と商館長様の寝室がほぼ一体のような構図になっています(汗)いろいろ考えさせられました。
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長崎の有力町人から長崎奉行に選任され、日本側における出島の貿易事務、管理、監視などの実務を請け負った町人役人(地役人)かわ「出島乙名」です。
この建物は、オランダ商館員と同じく貿易期間中のみ使われたもので、乙名の住まいであった他、日本人の金庫番人の仕事場や見張り番人の詰所としても使われたそうです。 -
この建物だけは時代劇のセットの如く、完全に江戸時代の日本の町屋風建築となっています。
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乙名の住居として使われていた2階の和室。
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日本人役人の詰所。
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1階は執務室、仕事場として使用されていたそうです。
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オランダ商館員の住居のうち、筆者(書記)が暮らしていた「筆者蘭人部屋」。内部は4区画に区切られた長屋造りになっています。
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「一番蔵」
出島には、貿易品や備品などを保管するための倉庫が6つあり、花の名前の愛称がつけられていました。こちらの「一番蔵」は「バラ蔵」と呼ばれ、出島の絵図には「砂糖蔵」と記され、傷んださとうきびを収納していたとされています。商館時代の出島に最も多い建物は倉庫で、十九世紀の絵図には七番蔵までが描かれていたそうです。 -
「二番蔵」
花の名前は「チューリップ蔵」。
染料に使われるスオウの木の枝である「蘇木」や砂糖などの輸入品を収めていたとされています。 -
チューリップ蔵の中島川岸側。
このような大型の土蔵は、全国的にも非常に貴重な建造物だそうです。 -
「三番蔵」
花の名前は、フランス語でピンクのカーネーションを意味する「アニェリール」。
オランダ東インド会社自身が行う公式の貿易品を「本方荷物」と呼ぶのに対し、商館長を始めとする商館員や船員による個人貿易品を「脇荷」と呼びます。アニェリールにはこうした脇荷を中心に、輸入した砂糖などを保管していたと考えられています。 -
「アニェリール」中島川岸側。
海に面する立地ゆえ傷みが激しく、度重なる改修により羽目板張りの建物に変わったそうです。 -
「アニェリール」内部の様子。
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拝礼者蘭人部屋
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「新石倉」
1865年、慶応元年に建てられた石造倉庫で、1967年、昭和42年に長崎市が買い上げて、1976年に一部旧材を用いて復元した建物だそうです。1959年、日米修好通商条約によりオランダ商館が廃止された6年後に建てられ、翌年1866年に出島が居留地に編入されています。 -
「十四番蔵」(左側)
「乙名詰所」(右側)
「出島の大火」として有名な、1798年、寛政10年の火災以後に建てられた蔵で、輸入品の砂糖を保管していたとされています。前述の理由から、こちらは花の名称ではなく「再生」と呼ばれていたそうです。 -
こちらの乙名詰所は貿易期間外の冬から春にかけて、出島乙名が仕事をした場所です。表門の正面に位置し、関係者が出入りする表門の監視を行っていたそうです。
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「石倉」
安政の開国後に建てられた倉庫の西側半分を再現した建物。元になった石造倉庫は、大浦天主堂やグラバー邸、リンガー住宅、オルト住宅などを建設した、現在の熊本県天草出身の大工、小山秀之進による施工とされています。秀之進は長崎の象徴である天草石の石畳なども手掛けたとされています。 -
「長崎内外クラブ」
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トーマス・グラバーとグラバー・ツル(旧姓・淡路屋ツル)の長男である倉場富三郎、臼杵藩の出身で三菱財閥の実業家である荘田平五郎などを発起人として、長崎に暮らす日本人と外国人の交流の場として設立されました。
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建物は1903年、明治36年にフレデリック・リンガーによって建てられたものだそうです。
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現在は、資料館やレストランとして活用されています。
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旧出島神学校
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出島では現在、順に建物の改修工事を行っていて、この日は旧出島神学校が改修工事中で内部は見られませんでした。
宗教改革によってカトリック教会から分離したプロテスタント(新宗教)の現存する神学校の建物では最古のものだそうです。
以上、割愛もありましたが、出島の美しい建物をみてきました。 -
定宿の長崎バスターミナルホテル1階「庄屋」さんで本日のシメの昼食、しょうが焼き定食(写真うまく撮れずm(_ _)m)をいただきました。
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本来ならターミナルホテルさんの目の前から乗車すれば便利なのですが、人によってはGW最終日だったこともあるので混雑を考慮して、こちらの長崎駅前県営バスターミナルから乗車。
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一先ず長崎駅に別れを告げ。
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県営バスターミナルの長崎空港リムジンバス乗り場は4番、やはり列が出来ています。こちらからは、ココウォーク茂里町始発の出島道路経由ノンストップ便、当ターミナルが始発の長崎バイパス経由の両方を利用出来るので安心です。
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予定通り、13時15分発の出島道路経由に乗車、何とこの時点でピタリ満席!この便に乗りかけるも、乗れなかった人が1名、後続の長崎バイパス経由に乗車されたようです。長崎駅前県営バスターミナルであればこそそれが可能ですが、五島町、大波止、中央橋、新地中華街では20分後の便を待つことになります。この日も上記全ての停留所に乗客がおり、運転手さんがマイクで満席であることを知らせていました。特に最終停留所であるターミナルホテル前の新地中華街では20名ほどの人が積み残しになり、運転手さんが降りて人数確認を行っていました。GW関係によりさすがに非常事態だったのもありますが、やはり直行便だけにどちらかと言うと出島道路経由が人気のようなので、知っておくと安心です。
2026年5月10日
長崎空港リムジンバス(ココウォーク13:06発便)
長崎駅前県営バスターミナル 13:19発
五島町 13:22発
大波止 13:23発
中央橋 13:24発
新地中華街 13:27着 13:28発
長崎空港 14:08着 -
当日の車両
長崎県交通局大村営業所
登録番号:長崎200 か 451
社番:9E53
三菱ふそうエアロバス(ハイデッカー4列シート、正席43+補助10=53人乗り、化粧室無し、最前列ドア側に荷物置き場)
レシップ製2画面運賃表示器「OBC Vision」(放送機能内蔵)、運賃箱、クラリオン製音声合成放送装置「CA-8000」(バスロケ、配車システムの車両側端末として使用)、小田原機器製整理券発行器、JR東日本メカトロニクス製交通系ICカードシステム、矢崎エナジーシステム製デジタルタコグラフ -
長崎空港は元々、「箕島(みしま)」という島を丸ごと活用した世界初の海上空港で、1975年、昭和50年に開業しました。
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長崎空港から飛ぶのも、今回が初!
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成田、羽田、中部、伊丹、関西、神戸と、県内離島の福江、壱岐、対馬への路線が就航しています。
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憧れのボンバルディア機による五島福江行き、いつ見ても本当にカッコいい!!
ANAウィングスの飛行機で、機長さん、副操縦士さん、CAさんは、長崎空港を拠点とするオリエンタル・エア・ブリッジの方が担当する便です。また競合関係の垣根を越え、JAL、ANAが共同運航する路線の一つでもあり、離島の利便性確保に尽力しています。
ちなみにオリエンタル・エア・ブリッジのパイロットさん、CAさんは、同じくANAウィングス機使用による中部−秋田線の運行も担当されています。多分、中部−宮崎、中部−福岡、何れかと一体の行路になっていると思われますが、同社で唯一、東日本乗り入れ路線となります。自分の聖地だけに御縁を感じてしまいます。 -
本日のJAL612便は、ワイドボディ機のボーイング767-300様。
国内線有数の利用者数を誇る路線です。 -
JAL612便長崎NGS →羽田HND
ボーイング767-300
長崎空港2番
15:20 ドアクローズ
15:23 出発
15:32 離陸
17:11 着陸
17:17 到着
羽田空港T11-5番
(次の運用:JAL287便、出雲行き)
飛行高度:10668m(35000ft)
飛行速度:977km/h
東行きのおおよその飛行ルートは、愛媛→和歌山→伊豆下田→伊豆大島→館山→勝浦(千葉)→四街道→船橋という感じで、伊豆大島を南側からなぞるように左(北)へ急旋回、そのまま羽田・・・ではなく再び右(東)へ急旋回して外房側から東京湾に沿うように着陸しました。距離の割に飛行時間が長いと感じていましたが、やはり羽田への着陸順序の関係なんですね。 -
早めに着いたら羽田で飛行機ウォッチング!これも旅の続きです。
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折り返しJAL287便、出雲行きの運用に就きます。
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次回からは、夜までフルタイムで行きたいと思います。
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次回の長崎旅に期待!
ご覧いただきありがとうございました。
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