2026/05/14 - 2026/05/14
9265位(同エリア10382件中)
まつこさん
この旅行記のスケジュール
2026/05/14
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気仙沼市水産情報発信施設
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気仙沼の旅も4日目です。最終日なので、午前中は今まで気仙沼で行きそびれた場所に行き、食べそびれた食材を味わいます。
朝イチで魚市場を2階から見学し、続いて「水産情報等発信施設」を見てから、「海の市」内の「シャークミュージアム」、「氷の水族館」に入り、海産物のお土産を買い求め、「いちば寿司」でフカヒレセットを食べました。
午後からは仙台空港に向かって海岸沿いに寄り道をしながらゆっくり車を走らせ、奈良時代の東北の国府であった多賀城跡を見学してから空港に着きました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- ANAセールス
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気仙沼の旅の最終日。今日こそ魚市場を見学します。
2階にある見学デッキへの入口がよくわからない。 -
ようやく見学デッキへの入口を見つけました。
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「海の市」の建物から繋がる2階の入口。
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既に9時なので魚市場の業務も終盤のようですが、
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まだ時折、新しいトロ箱が運び込まれ、買い付け人が欲しいトロ箱に値札?を静かに入れていきます。セリのような賑やかな状況を想像していたけれど、実際の買い付けはもっと静かでスピーディ。
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作業を進める人間の横で、カモメやカラスがおこぼれの争奪戦を繰り広げていました。
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ここから「水産情報発信施設」へ。無料でフリーパスで、清掃作業をする人以外は誰もいません。
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漁の様子を記録した映像を觀ます。
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網を投入して漁をするデジタルなゲームがあり、
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気仙沼から世界の海に出かけるスケールの大きな地図があったり。
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漁船の操舵席には様々な機器が並んでいます。
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気仙沼を象徴するご当地キャラの「ホヤぼうや」が貼られたフォークリフトにも乗れる。
漁業という仕事の凄さを感じ、漁師さんに尊敬の念を抱いて、水産情報発信施設を出ました。 -
魚市場の前には「みしおね横丁」という、漁師さん御用達の飲食店や銭湯のあるスポットがあります。もちろん観光客も利用OK。あと1日あるなら行ってみたかった。
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それからまた「海の市」2階にある「シャークミュージアム」に入りました。
サメシアターでいろいろなサメの生態を学んだり、 -
沖縄から来た巨大な「ウバザメ」のオブジェに驚いたり、
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ホホジロザメの身体の特徴をまじまじと観察。
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ホホジロザメの実際の歯が細かくノコギリ状になっているのを見て怯えたり。
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続いて1階に下りて「氷の水族館」に入ります。
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中は零下20度なので、入館前に防寒用のコートを借りてから入ります。
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照明がたまたま青くて見にくいけれど、零下20度。
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魚たちが氷に閉じ込められていました。
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ライトの色が様々に変化。
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寒すぎて長時間居られないので、大人の方は滞在時間は長くないとのこと。
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水族館を出た1階で海産物のお土産を買って、もう一度2階に上がり、
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いざ、念願の回転寿司「いちば寿司」でご当地名物のフカヒレを食します。
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開店と同時に入店したので、一番乗りでした。
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左から、「炙りモウカサメ」、「ふかひれ錦糸」、「ふかひれ」、「フカの生ハム」
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やはり三陸に来たらカツオとめかぶの味噌汁は食べないと。
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こちらは「ふかひれセット」です。ふかひれの茶碗蒸し、ふかひれスープ、メカジキのフライが付いています。
ふかひれにはこれといった味は無くて、食感を楽しむ物かと。さすが気仙沼、他の魚介類も美味しかったです。 -
夕方のフライトまでは時間があるので、海沿いの道をのんびり走って仙台空港に戻ることにしました。国道を走って改めてわかったのは、昨日乗ったBRTはほぼ国道と並行していることと、遠距離を行くには三陸道が比べ物にならないくらい便利なこと。
ここは志津川近くの海岸。沖に見える島は「荒島」らしいです。 -
道路沿い、海沿いに立つホテルの横に残っていた筒状の廃虚のような建物の中に、津波の引き波で絡まったようなワイヤーがびっしり詰まったままでした。ここだけ時間が止まっています。
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海面からはかなりの高さがあるのですが、それでも津波は押し寄せたのでしょうか。
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一般道を走ると、海岸や川に沿ってすごく遠回りに走る事になりました。
そんな道の途中で通りかかった「道の駅津山もくもくランド」は木工品でいっぱいでした。 -
珍しくて買った「醤油パウンドケーキ」は、しっとりと柔らかく甘いパウンドケーキで、ほんのりと醤油の香ばしさが感じられてなかなか美味しいものでした。
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ここからは意外と早く松島まで進んでしまったので、地図で見つけた「多賀城」に寄ってみることにしました。
「多賀城」と言えば、歴史の教科書に出てきた征夷大将軍、坂上田村麻呂が活躍した場所では?蝦夷との闘いに使われた砦、と勝手に理解していたけれど、このガイダンス施設に入ってそれが大きな間違いだったことがわかりました。 -
奈良時代の衣装を身にまとって出迎えてくれたマネキンさん達は、紛うことなく大和朝廷のお役人ではありませんか。
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この「多賀城ガイダンス施設」は、令和7年の「多賀城南門」復元工事の完成に合わせて造られたデジタルミュージアムです。
多賀城の歴史や文化財をCG等を使って紹介しています。
それによると多賀城とは約1300年前に陸奥国を統治するたてに設置された国府であり兵士の駐屯地でもあったこと、平安時代の貴族たちはここを「みちのく」と憧れ幾人もの歌人達が歌を詠んだ地でもあったという事です。 -
これが復元された南門。
まるで奈良の平城宮跡のようです。 -
国宝「多賀城碑(壺碑)」を納めた小さな建物ですが、中には、
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141文字が刻まれた碑が立っています。
それによると都からの距離、大野東人が多賀城を762年に多賀城を創建し、藤原朝狩が修繕したことなどが記されています。
松尾芭蕉は奥の細道の旅の途中にここを訪れて涙を流すほど感動したことを記しています。 -
南門を潜ってさらに進むと、更に発掘の成果を示す遺跡がたくさんありました。
これは排水を良くするために造られた石を詰めた排水桝を再現したもの。 -
復元された官衙主屋の構造。法隆寺食堂を参考にして再現したそうです。
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中央広場の東西には南北に床張りの建物が4棟建っていたそうです。
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手前が政庁復元模型。
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南門跡
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こちらは正殿跡
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建物の外側には塀に沿って排水のための溝も掘られていました。
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正殿のあった小高い丘から復元された南門を見下ろすと、この多賀城が単なる軍事的な砦ではなく、奈良時代から平安時代にかけての東北を支配する政庁であったことが実感できました。ちなみにこの丘は古代には仙台平野まで見通せたようです。
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今回の宮城県の旅はここで締めくくりです。
気仙沼は活気を取り戻しつつ美味しく楽しかったけれど、多賀城を訪れたことで気仙沼だけでなく東北の歴史の深さを知れて良かったです。
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旅行記グループ 花も団子も、気仙沼
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