2025/10/21 - 2025/10/21
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前回までは58番から63番札所 大善院を札所順に巡ってきました。
今回は本来の64番札所を目指すルートから逸れ、先に65番札所 神護山 相持院に向かう事にします。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
前回までは58番から63番札所 大善院を札所順に巡ってきました。
今回は本来の64番札所を目指すルートから逸れ、先に65番札所 神護山 相持院に向かう事にします。
大善院の門前から右に続く上り坂があるので、こちらを進みます。
この坂を上りきり、「とこなめ陶の森資料館?」の西側の尾根沿いの道を北に向かい、700㍍先の常滑市千代丘地内の65番札所 神護山 相持院までは15分ほどです。 -
尾根の外れから北を眺めると、北側に丘陵地が現れ、相持院の寺叢が見えています。
65番札所 神護山 相持院の門前、ここから山門をくぐり本堂までは長い石段が続いています。 -
相持院山門。
入母屋瓦葺の平入の四脚門で前後に軒唐破風が付く。 -
この山門そのものは比較的最近に作られたものですが、木鼻や透かし彫りの意匠には手間が掛けられている。
-
門前からは石段が続きます。
-
相持院へは今回で2回目の参拝となり、前回の記事リンクは最後に貼っておきます。
この石段を登れば境内ですが、長い距離を歩き足取りが重たくなっているところに、この勾配はとてもきつく感じます。 -
石段を上り切ると、静かな境内に入母屋瓦葺の落ち着いた佇まいの本堂が姿を現します。
右側には願掛六地蔵尊、水子地蔵尊、左側の祠の後方には弘法大師像が安置されています。 -
境内右の「延命の鐘」。
吊られている梵鐘は知多半島でも最大級の大きさを誇るもので、100円で突くことが出来、一突きすれば寿命が延びるそうだ。 -
常滑観光協会の解説によれば、相持院の草創は南北朝期(1336~1392)頃とされ、当初は真言宗に属していましたが、永禄3年(1560)に曹洞宗天沢院の末寺となりました。
明治初年には神明社と分離し、隣寺の宝全寺と合併して一時廃寺となりましたが、明治36年(1903)に静岡の西光寺から寺号を譲り受けて再興、大正10年(1921)に「相持院」と改称し、昭和23年(1948)に現在地へ移転しました。
鐘楼は北叡山をモデルに建立され、知多半島随一の大きさを誇る梵鐘が吊られています。
境内には陶芸家の作品が安置され、四季折々の景観とともに「陶都の趣」を感じさせます。
『尾張徇行記』では、相持院は「神古山」と号し、曹洞宗天沢院の末寺で、開山は恵杉和尚、境内には観音堂や秋葉社があったと記されています。
常滑市誌によると、相持院は明治10年(1877)に廃寺となり宝全寺に統合されましたが、前身の西光寺が明治36年に常滑へ移転して説教所を開設し、明治39年(1906)に「西光寺」と号しました。
大正10年(1921)に「相持院」と改称し、戦後に現在地へ移転。
本尊は地蔵菩薩で、天沢院の末寺でした。
なお、西光寺自体は寛文2年(1662)に創建されたとされています。
地元では「西光寺さんと呼ぶ時もある」とする記事も見られます。
もともと南北朝から相持院だったのか、創建時期がいつか、これらでははっきりしない。
ただ現在の相持院伽藍は明治中期になってからのようです。 -
本堂延命殿前の香炉。
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本堂に掲げられている「延命殿」の額。
本尊は1336年~1392年頃に作られたとされる延命地蔵尊。 -
本堂左の大師堂、当日は御覧のように戸が閉じられていました。
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境内左の稲荷社。
創建等の詳細は不明、本堂前の狛犬同様に狐達も陶製です。 -
知多四国巡拝 65番札所 神護山 相持院・贄代稲荷大明神・阿弥陀堂
宗派 / 曹洞宗
創建 / 不明(現在地へは明治中期移転)
開山 / 恵杉和尚
開基 / 養春上人
本尊 / 延命地蔵大菩薩
札所 / 知多四国霊場65番、常滑郷廿一大師17番、南知多七福神(布袋尊)、くるま六地蔵4番
所在地 / 常滑市千代丘4-66
大善院から相持院 / 大善院から北に向かう、「とこなめ陶の森資料館」西側を経て?0.7km、約15分。
参拝日 / 2025/10/21 -
65番札所相持院、その境内からそのまま上にでて、通りを左に進み300mほど先の常滑市陶郷町地内で贄代稲荷大明神の前を通りかかり立ち寄ってみました。
今回はこちらを掲載します。
陶郷町4の「あみだ堂」全景。
相持院からは正面の道を歩いてきました。
外観は特に神社・仏閣らしい趣は感じられませんが、境内に堂らしき建物が見え、この石段を上ってみました。
かみさんには例によって「パッパッと見て来るから待っててね」お願いし駆け足で境内を散策。 -
境内に向かう石段の眺め。
鎮座地の常滑市陶郷町は、奈良時代から平安時代は知多半島の根元から先端の全域を尾張国智多郡と記され、但馬・贄代(にえしろ)・番賀(はが)・英比(あぐい)・冨具の5郷があった。
『和名抄』や木簡資料にもその郷名が見え、時代と共に漢字を変えながら、一部はそのまま地名として今も残っている。
社名の「贄代」は、その頃の郷名を誇りとして継承したものと思われる。
武豊町観光協会の伝承によれば、贄代の由来は天照大神の御神託を受けた倭姫命が社地を探す旅の途上、この知多半島の地に仮殿を建て、大神に供物を奉ったことから「贄代郷」と呼ばれるようになったとされる。
「贄代」の名は、神に捧げる供物を奉る土地を意味するといわれ、倭姫命が建てたと伝わる「仮殿」は、現在の知多市新知(旧・朝倉村)にある「知里付神社」がその比定地と考えられ、知里付の「チリフ」は古語で「イケス」を意味し、供物奉献地としての性格を裏付けている。 -
石段の先の境内。
入口に陶製狛犬一対が守護しており、右手に阿弥陀堂、その先の朱の鳥居と社が主なもの。 -
狛犬の吽形は角もあり凛々しい姿をしています。
陶製狛犬からみる神社の創建時期の考察。
この陶製狛犬は、常滑を代表する陶彫作家 片岡静観(1910~1988)が制作したもので、昭和期に数多くの陶製狛犬や仏像を制作した作家。
彼の作品は、地域の寺社や祠に奉納され、常滑焼の伝統と信仰文化が融合した造形として今も残されている。
常滑郷土文化会『つたえたい常滑』には、以下のような記述がある。
「狛犬は昭和17年制作されたもので、この狛犬の他に贄代稲荷大明神の狛狐も彼の作品。
静観の父が阿弥陀堂再建の世話人を務めたことから、阿弥陀堂の天井絵、欄間の木彫なども静観が手掛けたという。」
この記述から、阿弥陀堂の再建が昭和期に行われたこと、その際に静観が複数の造形を手掛けたことが分かる。
贄代稲荷大明神の陶製狛狐も同時期に制作されたとすれば、祠の建立自体もそれほど古いものではないかもしれない。
今昔マップで明治期まで遡っても堂や鳥居の記号が見られないことからも、贄代稲荷大明神は近代以降に地域信仰の中で祀られた小祠であると思われます。
地名「贄代」の由来や、倭姫命の仮殿伝承といった古代の記憶を背景に、近世以降の稲荷信仰が重なって成立した祠で、陶製狛犬・狛狐という常滑ならではの寄進物が奉納されており、地域の信仰と焼き物文化の融合を象徴するもので、片岡静観の作品がその記憶を形として残している。 -
境内全景。
右手の寄棟瓦葺の建物が昭和に入り再建された阿弥陀堂、堂は戸が閉じられ内部の意匠は見られなかった。
左の鳥居が贄代稲荷大明神となります。 -
鳥居の先のふたつの社。
右手が「贄代稲荷神社」で、左手が「三頭黒龍神社」。
狛狐も片岡静観の手によるもので、右手の石標には「平成7年建立60周年記念」と刻まれていました。
このことから、昭和10年(1935)が建立時期かもしれません。
稲荷神は五穀豊穣を司る宇迦之御魂神を祭神とし、各地に広がった信仰である。
常滑は焼き物の町であり、「贄代稲荷大明神」は土地の古い郷名と商工業繁栄を祈る形で祀られたものかもしれない。
阿弥陀堂の情報は掴めなかった。 -
贄代稲荷大明神が鎮座する高台から、西側のやきもの散歩道方向の眺め。
常滑の街には最盛期は数百を超える煉瓦煙突が聳えていた、今では減少の一途を辿り数えるほどになり、焼き物の街の風情が薄くなっている。
知多四国巡拝 65番札所 神護山 相持院・贄代稲荷大明神・阿弥陀堂
贄代稲荷大明神
創建 / 不明(昭和10年か?)
祭神 / 宇迦之御魂神(?)
所在地 / 常滑市陶郷町4-54
相持院から贄代稲荷大明神 / 相持院を北へ、通りを左に進み300m進むと贄代稲荷大明神。0.3km、約3分。
参拝日 / 2025/10/21
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