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四十四番札所大宝寺の参拝を終え、名切橋に戻り、そこから内海川左岸沿いを下流へ向かい、次の45番札所泉蔵院方向に目指しました。<br />今回はそのルート沿いで見かけた入見神社を掲載します。<br />鎮座地は名切橋から二つ目の橋を渡った正面に鎮座します。<br />&#8203;&#8203;大宝寺から距離1.7km・時間約25分程の内海川右岸に鎮座します。

知多四国巡拝 郷社 式内 入見神社

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2025/09/30 - 2025/09/30

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旅行記グループ 知多半島の社寺巡り2

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azusa55さん

四十四番札所大宝寺の参拝を終え、名切橋に戻り、そこから内海川左岸沿いを下流へ向かい、次の45番札所泉蔵院方向に目指しました。
今回はそのルート沿いで見かけた入見神社を掲載します。
鎮座地は名切橋から二つ目の橋を渡った正面に鎮座します。
​​大宝寺から距離1.7km・時間約25分程の内海川右岸に鎮座します。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
1.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
私鉄 徒歩
  • 四十四番札所大宝寺の参拝を終え、名切橋に戻り、そこから内海川左岸沿いを下流へ向かい、次の45番札所泉蔵院方向に目指しました。<br />今回はそのルート沿いで見かけた入見神社を掲載します。<br />鎮座地は名切橋から二つ目の橋を渡った正面に鎮座します。<br />??大宝寺から距離1.7km・時間約25分程の内海川右岸に鎮座します。<br />内海川左岸から対岸の入見神社社叢の眺め。<br />河口から約800mと近く、真水と海水が混じる汽水域で、カニやボラ、亀に鯉など、海水と真水の生きものが共存しています。

    四十四番札所大宝寺の参拝を終え、名切橋に戻り、そこから内海川左岸沿いを下流へ向かい、次の45番札所泉蔵院方向に目指しました。
    今回はそのルート沿いで見かけた入見神社を掲載します。
    鎮座地は名切橋から二つ目の橋を渡った正面に鎮座します。
    ??大宝寺から距離1.7km・時間約25分程の内海川右岸に鎮座します。
    内海川左岸から対岸の入見神社社叢の眺め。
    河口から約800mと近く、真水と海水が混じる汽水域で、カニやボラ、亀に鯉など、海水と真水の生きものが共存しています。

  • 橋を渡った先の杜の入口に内海護国神社の鳥居の前で左に曲がれば入見神社社頭になります。

    橋を渡った先の杜の入口に内海護国神社の鳥居の前で左に曲がれば入見神社社頭になります。

  • 神明鳥居とその右に「式内 郷社 入見神社」の社号標が立てられ、鳥居の先で一対の狛犬が守護しています。

    神明鳥居とその右に「式内 郷社 入見神社」の社号標が立てられ、鳥居の先で一対の狛犬が守護しています。

  • 個性的な面構えの狛犬は、地元内海の石工職人の手によるもの。

    個性的な面構えの狛犬は、地元内海の石工職人の手によるもの。

  • 手水舎から社頭の眺め。<br />入見神社は海岸に近い国道247号線の北側の平坦な場所に鎮座していますが、往古は海を行き交う船の山立てにもなるような山の上に鎮座していたと伝わります。

    手水舎から社頭の眺め。
    入見神社は海岸に近い国道247号線の北側の平坦な場所に鎮座していますが、往古は海を行き交う船の山立てにもなるような山の上に鎮座していたと伝わります。

  • 拝殿正面の眺め。<br />鳥居が示す様に社殿は神明造のもので、社殿の左右に境内社が祀られています。<br />入見神社は尾張国式内社121座の知多三座(阿久比神社・羽豆神社・入見神社)のなかの一座。<br />愛知県神社名鑑(1992) では入見神社を以下のように伝えています。<br />『八等級 入見(いるみ)神社 旧郷社<br />鎮座地 知多郡南知多町大字内海字中之郷二三番地<br />祭神 天忍穂耳尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫命、市杵島姫命、湍津姫命<br />由緒 <br />この神社の創建時期ははっきりしていません。<br />昔、内海庄が開かれた際の地主神として、比森山に祀られました。<br />その後、村の八神山に祭られ長い間その地に鎮座していましたが、約500年後、時期は不明ながら中之郷村へ遷座しました。<br />元禄9年(1696)12月に社殿が建てられ、正式に遷宮が行われました。<br />文久2年(1862)12月には社殿が再建され、再び遷宮が行われました。<br />現在の社殿はこの時のものとされています。<br /><br />『尾張志』によると、入見神社は中之郷村にあり、内海庄の十ヶ村の氏神で、本国帳には「従二位 入見天神」と記されています。<br />ただし、緒川にも入海神社があるため、どちらが正しいかは定かではないとされています。<br />現在は「八王子社」と呼ばれ、五男三女の神々を祀っています。<br />明治5年9月には郷社に列格されました。<br />例祭日 旧八月十七日<br />社殿 本殿 神明造、幣殿、拝殿、社務所、神庫<br />特殊神事 三月十日厄祓祭、(神賑行事)棒の手・大名行列・里神楽・里神楽<br />宝物 狛犬<br />氏子数 四百十戸』<br />とある。<br /><br />『尾張志(927)』に「延喜式に記されている」とあることから、内海入江神社は平安時代にはすでに創建されていた古社であることがうかがえます。<br />また、海に面したこの地域では、冨具神社のように山立てに利用される場所に神社が鎮座する例も見られます。<br />海上を行き交う船から神社が見えると、船人たちは帆を下げて帆礼を行ったと伝えられています。<br />このように、里から離れた山の上に神社が祀られていても不自然ではなく、むしろ里に下りてきたことの方が不思議に感じられるかもしれません。

    拝殿正面の眺め。
    鳥居が示す様に社殿は神明造のもので、社殿の左右に境内社が祀られています。
    入見神社は尾張国式内社121座の知多三座(阿久比神社・羽豆神社・入見神社)のなかの一座。
    愛知県神社名鑑(1992) では入見神社を以下のように伝えています。
    『八等級 入見(いるみ)神社 旧郷社
    鎮座地 知多郡南知多町大字内海字中之郷二三番地
    祭神 天忍穂耳尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫命、市杵島姫命、湍津姫命
    由緒 
    この神社の創建時期ははっきりしていません。
    昔、内海庄が開かれた際の地主神として、比森山に祀られました。
    その後、村の八神山に祭られ長い間その地に鎮座していましたが、約500年後、時期は不明ながら中之郷村へ遷座しました。
    元禄9年(1696)12月に社殿が建てられ、正式に遷宮が行われました。
    文久2年(1862)12月には社殿が再建され、再び遷宮が行われました。
    現在の社殿はこの時のものとされています。

    『尾張志』によると、入見神社は中之郷村にあり、内海庄の十ヶ村の氏神で、本国帳には「従二位 入見天神」と記されています。
    ただし、緒川にも入海神社があるため、どちらが正しいかは定かではないとされています。
    現在は「八王子社」と呼ばれ、五男三女の神々を祀っています。
    明治5年9月には郷社に列格されました。
    例祭日 旧八月十七日
    社殿 本殿 神明造、幣殿、拝殿、社務所、神庫
    特殊神事 三月十日厄祓祭、(神賑行事)棒の手・大名行列・里神楽・里神楽
    宝物 狛犬
    氏子数 四百十戸』
    とある。

    『尾張志(927)』に「延喜式に記されている」とあることから、内海入江神社は平安時代にはすでに創建されていた古社であることがうかがえます。
    また、海に面したこの地域では、冨具神社のように山立てに利用される場所に神社が鎮座する例も見られます。
    海上を行き交う船から神社が見えると、船人たちは帆を下げて帆礼を行ったと伝えられています。
    このように、里から離れた山の上に神社が祀られていても不自然ではなく、むしろ里に下りてきたことの方が不思議に感じられるかもしれません。

  • 拝殿額は「入見神社」。

    拝殿額は「入見神社」。

  • 拝殿・幣殿・本殿と続く社殿の眺め。

    拝殿・幣殿・本殿と続く社殿の眺め。

  • 拝殿左の境内社。

    拝殿左の境内社。

  • 江戸時代に寄進された常夜灯の左手に八百萬の神を祀る八百萬社。

    江戸時代に寄進された常夜灯の左手に八百萬の神を祀る八百萬社。

  • 正面の三社は左から御鍬社・熊野社・津島社が祀られています。

    正面の三社は左から御鍬社・熊野社・津島社が祀られています。

  • 境内左の大楠の御神木の脇に神庫のような蔵造りの建物がある、常夜灯に松尾大明神とあるが自信はない。

    境内左の大楠の御神木の脇に神庫のような蔵造りの建物がある、常夜灯に松尾大明神とあるが自信はない。

  • 社殿左側から後方の神明造の本殿を眺める、鰹木の数や千木の削ぎは樹々に隠れ確認できなかった。

    社殿左側から後方の神明造の本殿を眺める、鰹木の数や千木の削ぎは樹々に隠れ確認できなかった。

  • 境内北側の脇参道に元文三年(1738)9月に寄進された明神鳥居。

    境内北側の脇参道に元文三年(1738)9月に寄進された明神鳥居。

  • 続いて、本殿右側の境内社。<br />この辺りの常夜灯も江戸時代に寄進されたものが見られ、ここには三社祀られています。

    続いて、本殿右側の境内社。
    この辺りの常夜灯も江戸時代に寄進されたものが見られ、ここには三社祀られています。

  • 入って右側の粟島社。

    入って右側の粟島社。

  • 写真左から白山社・洲原社。

    写真左から白山社・洲原社。

  • 更に右側に金刀比羅社。<br />覆屋の中の本殿は檜皮葺の流造です。

    更に右側に金刀比羅社。
    覆屋の中の本殿は檜皮葺の流造です。

  • 右隣の本宮山社。

    右隣の本宮山社。

  • 稲荷社。

    稲荷社。

  • 内海護国神社。

    内海護国神社。

  • 狛犬が守護する本殿は銅葺屋根流造、地元出身の英霊を祀る。

    狛犬が守護する本殿は銅葺屋根流造、地元出身の英霊を祀る。

  • その右に大山祇神を祀る山神社。

    その右に大山祇神を祀る山神社。

  • 内海護国神社と境内社に続く参道。<br />ここから先は・・・虫よけ必須エリア。

    内海護国神社と境内社に続く参道。
    ここから先は・・・虫よけ必須エリア。

  • 内海護国神社社頭。<br /><br />後開催第七回歩いて巡拝 知多四国 郷社 式内 入見神社<br />創建 / 不明<br />祭神 / 五男三女神<br />境内社 / 八百萬社・御鍬社・熊野社・津島社・松尾社・粟島社・白山社・洲原社・金刀比羅社・本宮山社・稲荷社・内海護国神社・山神社<br />例祭 / 4月第1日曜日<br />氏子域 / 南知多町内海<br />所在地 / 知多郡南知多町内海中之郷23-3 <br />大宝寺から入見神社 / 名切橋から内海川左岸沿いに下流へ向かい、二つ目の橋を渡った正面。移動距離1.7km・時間約25分。<br />参拝日 / 2025/9/30

    内海護国神社社頭。

    後開催第七回歩いて巡拝 知多四国 郷社 式内 入見神社
    創建 / 不明
    祭神 / 五男三女神
    境内社 / 八百萬社・御鍬社・熊野社・津島社・松尾社・粟島社・白山社・洲原社・金刀比羅社・本宮山社・稲荷社・内海護国神社・山神社
    例祭 / 4月第1日曜日
    氏子域 / 南知多町内海
    所在地 / 知多郡南知多町内海中之郷23-3 
    大宝寺から入見神社 / 名切橋から内海川左岸沿いに下流へ向かい、二つ目の橋を渡った正面。移動距離1.7km・時間約25分。
    参拝日 / 2025/9/30

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