2026/03/12 - 2026/03/12
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mom Kさん
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身体の芯から温まりたい。寒風の夕暮れ時、銭湯に出かけた。帰宅して、ぽかぽかになった身体がうれしくて与那国の泡盛“海波”を取り出した。ドーナツが二個残っている。今夜の夕食はこれがいい。温かいままの身体でbed in するなり、眠りこんだ。
目が覚めたら、まだ3時前。ぐっすりだったから、もう眠れそうにない。お布団の中で今日のシュミレーションをしていた。大和路快速かあ。
天王寺―奈良間は、見慣れない景色。先月はずっと車窓から眺めていた。「王寺」駅名に降りてみたくなったもの。今日は、奈良でランチとパン屋さんに寄るつもり。・・・「王寺」も歩いてみるかなあ・・・
ああ、そうだった。法隆寺もあの辺り。最後はいつだったかなあ。確か40代、過激に働いていた頃。いや、病気をした直後か。途方に暮れて境内を歩いていたような・・・・五重塔・・・夢殿・・・・・
ん、閃いた。「法隆寺」に行こう。夜中に起きたのもきっと何かのお導き。すでに朝が始まっていた。今日も体感気温1℃。の表示。早めに家を出た。
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JR天王寺駅改札口正面に見えた。この時間帯、誰も並んでいない。一瞬心が動いたけれど、却下。
9時30分発奈良行き「大和路快速」乗車りくろーおじさんの店 JR天王寺駅店 グルメ・レストラン
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次は、この「王寺」駅に降りてみよう。停車して扉が開いた瞬間激写。
今日は風もなく、春が感じられる日和。よかったあ。王寺駅 駅
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次の停車駅が「王寺」よりもひっそり感のある「法隆寺」駅。時計は9時50分。
法隆寺駅 駅
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車中大声で話していた若者三人組も前を行く。改札口で戸惑っているので、私同様“法隆寺”参詣かなと思ったが、行先表示に向かわず逆方向に歩いて行った。
法隆寺駅 駅
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エスカレーターの手前、インフォメーションの小さなボックスに人はいたが、寄らずに壁際のスタンドの地図だけを手にする。
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駅舎を出ると、左手すぐに曲がり角。一本の桜が満開。春にようやく会えた。
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そのまま進んで30メートルほどで、「町の洋食屋さん」の文字が衝立看板に添えられている。この時点で奈良ランチは、却下。
準備中の札がかけられた横のサンプルショーケースの前に立って、見つめる。今日のお昼はアレかな。
中華そば580円からステーキ1600円まで、どんな人の好みも大丈夫、そして美味しそう。自然とコック帽の初老店主を想像してしまう。
お向かいに渡って、写真を撮っておこう。若竹 グルメ・レストラン
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短い商店街を通り抜ける。お米屋さん店頭の陳列の仕方にも見とれて、自動車道路に出た。
以前、京都から和歌山へ奈良をドライブがてらに通り過ぎようとしたら、わりと楽しめない幹線道路が続いたことを思い出した。それに渋滞の多さも。
あら、さっきの若者たちが追い越していく。そして、立ち止まっている。
これだった。 -
新興道路の横にも趣のあるおうち。瓦はまだ新しいが建具は古く、平屋。裏側を見てもきちんとお暮しの様子が伝わる。
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そのお隣は、和菓子屋さん。ほっとする。また看板にすり寄り、帰りにここを通れば、これとあれをひとつずつと算段。
そのお隣は、なんとたこ焼き屋さんでした。それもチェーン店の派手な看板の。御菓子司 田鶴屋 本店 グルメ・レストラン
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まだ行く手は真っすぐで、若者たちは消えている。向こうに見えるのは、法隆寺境内だろうか。
ようやく交差点に着いたら、まだ左向こうだった。ふらふら歩きでは、20分で到着できるはずがありませんね。 -
ここからは現代の参道です。
「聖徳宗」… 存じませんでした。法隆寺 寺・神社・教会
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ためらったけれど、そう、ここは神社ではありません。真ん中、真っすぐ。
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自動車通路を挟んで両方に見えるお屋敷も景観と一体。
私は、キュロットスカートに、ショートコートに合わせたベレー帽。 -
境内の参道が続きます。
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揮毫平山郁夫。シルクロードへとつながる。瀬戸田の美術館界隈は檸檬が溢れている頃だろうなあ。
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拝観料は、大人2000円。現金のみというのがいいですね。すぐに五重塔の前に出た。
参詣者の妨げにならないところを探した。見つけた段差の角っこに座って、うっとりしていた。もうここだけで私はよいくらい。
すると、横から「10歳の時に兄に連れてきてもらって以来なんです。美しいですねえ。」と、頭を五重塔に向けたまま声をかけてきた女性。振り向いた私に、また「美しいですねえ。」と感に堪えたようにつぶやく。「お兄さんとお二人で?」と私。「はい、ワタシより10歳上の兄で、今はもう70を過ぎていますけれどね。」と言って笑った。「良い思い出ですね。」♀「はい。」
今回のお連れはお兄様でなく、別のご家族のようでわざわざ紹介してくださった法隆寺 寺・神社・教会
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(同じ場所からの二枚目の写真に、このあとお話を聞くことになったガイド氏が写りこんでいることに帰宅して気づいた。)
私の座っている近くに制服を着ている職員の方が来られ、「今からご説明させていただきますので、よかったらお集まりください。10分ほどの時間です。どうぞご参加ください。」と周りの観光客に呼びかけ始めた。30人ほどがあっという間に周りに集まってきた。
なんて、運が良いこと。私はそこに座ったまま待っていたら、始まった。法隆寺 寺・神社・教会
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五重塔についての説明:
一番上の壁の幅と一番下の壁の幅の対比。1:2
木造の屋根に見える部分は、庇であり、雨が入りこまないように建物が傷まない工夫。「相輪の下の部分に鎌を付けています。雷除けとも厄除けとも言われています。」「肘木は雲の形で飛鳥時代の特徴です。」
この建物は大講堂。僧の学問所であった所。コインブラ大学より400年前に“大学” が日本でも生まれている。美しいのは同じ。唐招提寺のそれにつながる。
大宝蔵院に展示安置されているものの説明。金堂と夢殿に置かれているものの案内もされて、ガイドは終わった。夢違観音様のお話は心に残り、大講堂でお守りを購入。御朱印をいただく受付だった。
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昔はこれほどまで美しさに感じ入ることはなかった。年を重ねることの良さ。この配置、この高さとバランス。何も知識を持たない私にまで迫る美。きりりとさせる学び舎が醸し出す崇高さ。そして飛鳥びとと百済びとが重なる。
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昭和の大修理からもうすでに70年は過ぎている。解体して多くの部分は1300年前のヒノキ材そのままを使われたという。西岡常一の言葉は建築のことを語っているだけなのに、いろいろな事柄に思いを運んでくれる。
塔の傍らでそんなことを思うのも楽しい。春の日にここに立てる幸せ。 -
大講堂の回廊に座って、反対側から塔を眺めていた。この画は建物を背にして右手。
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さあ、百済観音さまにお会いしに行こう。と思って塔のそばを戻っていたら、ガイド案内がされている。先ほどの方と違っていたので、後ろの方に立って聴いていた。
終わって立ち去ろうとしたら、「二度目でしたね。」と声をかけられた。結構大勢の人が集まっていたのに、よく目を留めてくださったもの。「はい、少しお話が違っていましたので、また新しいことが分かりました。ありがとうございます。」
♂「良かったです。予約されると、ボランティアさんが境内を案内してくれますよ。」と教えてくださった。もうお二人のお話とこの風景に私の頭と心は溢れそうです。 -
300年に一度の大改修を繰り返したきたという。次の改修時には、どれほどの宮大工がいてくれるのだろう。
西岡常一は言う。「飛鳥の工人が最も優れている。」
仕事の跡を見てわかったという。 -
奈良はいいなあ。
と、また唐突に思った。
聖徳太子のお顔の時代ごとの違いに驚いた。奈良時代のお顔が逸話と重なる気がする。鎌倉時代もなかなか。江戸時代や大正(紙幣の顔)時代のは、?になってしまった。阿修羅像に似たお顔はやはり惚れ惚れする。聖徳太子様のほうが怒っておられる。 -
金堂
西院伽藍に存在するこの三つの建造物が飛鳥時代のもの。 -
西院伽藍から出て平成に建造された大宝蔵院へ。
百済観音さまにお会いし、扶余を思い出していた。
ふと百済は奈良で、新羅は京都と思ったり。
広目天像には東港の屏東懸王船文化館の像の表情や体つきと重なる。
そのはず、ルーツはきっと朝鮮半島。そんな空想も楽しい。
今の時代の人間よりこのころの人々は、国境などなくもっと世界への広がりとつながりを感じていた気がする。 -
この東大門をくぐって、ずっと向こうに東院伽藍。夢殿があります。昔、探しあぐねたことを思い出した。
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横に集落に続く道が伸びていた。軽トラックがこちらにやってくる。
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桜の頃は、大勢の人ににぎわうことだろう。まだ小さめの木ですね。飛鳥の頃はこの辺りはどうだったのかなあ。野原に野道に畑や田の所々に草葺きの慎ましい家・・・
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東院伽藍の入り口が四脚門。西院伽藍から訪れるとうんと狭く思える。
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夢殿
聖徳太子の住まいだったこと。彼の息子も住み、蘇我入鹿に消失させられた。
天平11年、僧行信が聖徳太子の遺徳を偲んで建立したのが今の夢殿。
回廊のこの位置で参拝者の案内をされていた職員の方に「なぜ夢殿というのですか」と尋ねた。すると、それだけでなく上記のこともスルスルと説明してくれた。
あちらこちらで案内されているみなさんはやや年配の男性、法隆寺の生き字引さながら。私は、直接人から教わるのが好きです。トリセツやインターネット頼みは、苦手です。
それにしても行信さまのお顔は惹かれました。「ついていきます」と、私言い出しそう。 -
法隆寺境内では珍しい新しい説明版。
読んで驚いた。大仏建立と教科書で習った聖武天皇の夫人・橘古那可智(たちばなのこなかち)の住居を移築改造したものとある。仏堂に改造されているそうだが、中には入れない。 -
全体像も屋根の形も見えにくい。夫人の存在が登場しただけでも少し発見気分。
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ぐるりまわりこんで中宮寺につながる。
時計を見ると12時はとっくに過ぎていた。 -
四脚門を出て左右を見る。左はJRの方向。人が歩いていく。
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右。誰もいない。向こうに感じの良いおうちが見える。
集落を通って戻ろう。 -
突き当りにでた。右の土壁の向こうは中宮寺辺りだろう。
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両側のどのおうちも、植栽は植木屋さんの手が入っている風情。真っすぐでないのも昔の道筋の感じがする。この辺りの家々は今も法隆寺と一体となっての暮らしと見える。道はここで終わり。新しい通りを挟んで、新興住宅地に急変する。
思い起こせば、昔はJR駅から田畑を見ながら法隆寺にたどり着いた気がする。 -
新しい道の終わりは、産直市場だった。
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トマトの種類が多い。大きさも様々でよく熟れて美味しそう。
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お野菜も健康そう。「わさび菜」も元気。トマトでタガが外れた。買わずにはいられない。
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レジの明るい女性に、「駅の近くで“町の洋食屋さん”を見かけたのですが、どちらに行けばいいですか。」と尋ねた。「ああ、定食の若竹ですね。有名ですよ。人気ですよ。もう少しあっちの方に行って、方向はこうです。」と腕で指し示して教えてくれた。広い店内、豊富な魅力的な食材が多いのに、お客さんはまばらでレジはお姉さん一人。現金のみというのも賛成。生産者さんが大切。
それにしてもあのお店に「定食」ってサンプルあったかなあ。 -
あの自動車道路を避けて戻れそう。和菓子は諦めよう。
細い道に入るとミニバスが後ろから追い越していく。すると、今度は前から76番「法隆寺参道前」表示のミニバスがやってきた。ここを通っていくのですか。 -
三台目72番は、この交差点で曲がって去っていった。案外、本数多く活躍しているようです。
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読めないなあ。古い地名なのだろう。コミュニティバスなんですね。
「いかるが不動産」「いかるが車輌」の看板を見る。なんだかドラマの中の名前のように思えてしまう。斑鳩は歴史の中の地名で入っているものだから。 -
誰にも尋ねず、案外迷わず「若竹」に到着。
扉を開けたら、思いもよらない若者が入り口のレジに戻ってきたところ。少しドキッ。店員さんではない。と思う。服装が、身ごなしが、話し方が違う。
「今満席なんですが、(店内を見まわす)・・・お座敷でもいいですか。」私は、にっこり良いお返事をした。なんだか戸惑う自分が恥ずかしい。「片付けますから、こちらでお待ちください。」すぐそばのテーブルを見ると、日替わり定食のお客さん。扉の前の手書き黒板に“魚のムニエルとメンチカツ”と書かれていたメニュー。
道々決めていたハンバーグを変更。「今日の定食をお願いします。」と注文した。
お水を一気に飲み干す。すぐに運ばれてきた。お味噌汁のお味噌は気になるお味。ライスはたっぷり。テーブルの端に福神漬けの入れ物。
「イタリアンスパゲッティ」「ハンバーグ」・・・「ハンバーグは少しお時間かかりますが、いいですか。」と、オーダーの声が飛び交っている。今、1時20分。
これからは奈良に途中下車ランチでなく、このお店に決まりです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- クラウディアさん 2026/03/14 15:47:56
- 法隆寺
- こんにちは。
奈良いいですね。
随分昔、奈良を巡っていたときがあり、その時「Google mapもない時代に、遣隋使は何で長安/西安まで辿り着いたんだろう」と中国の旅をしていた時期がありました。一気に行くことはできず、分割して何度にも分けて。寧波から西安、洛陽までは無事に辿り着き阿倍仲麻呂の偉大さを知りました。
ペトロ岐部カスイじゃないですが、河西回廊を通り、ローマへと思っていましたが⋯コロナ禍で蘭州手前で停まったままでした。再開せねば。
きっかけは、聖徳太子さまだったのですよね~。
この旅行記を拝見して、ちっとも理解が足りていませんでした。
奈良にも行かねば。日本人として。
どうもありがとうございました。
- mom Kさん からの返信 2026/03/16 11:04:29
- 蘭州ですか
- おはようございます、クラウディアさん。京の都は刻々と桜の開花が近づいている陽気です。
ニンポーですかあ。一時憧れていた地名登場で、アモイとこの街だけは行きたい気持ちが今も少し残っていると、クラウディアさんのお便りで気づきました。シルクロードへの夢を忘れないというのが素晴らしいですね。
昔、二度中国へ入ったことがありますが、いずれも短い旅の上、他の国ほど魅力を見いだせず、この地を旅する野心も根性もないと分かりました。
歴史的には、朝鮮半島の方が気になって仕方がないのです。
だから、クラウディアさんのような大陸への熱い思いは少しうらやましい。魅力に気づけない自分には残念な気持ち。
星野博美「愚か者、中国をゆく」は愛読書。彼女の著書で私の会いたい中国を味わっています。
いつもエールをありがとうございます。
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