2026/01/02 - 2026/01/03
1055位(同エリア1066件中)
ハンマークラヴィーアさん
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【旅程】
12月28日 10:35 羽田→ 17:25 デリー(ANA)
デリー泊
12月29日 14:00 デリー→15:20 バラナシ(インデ
ィゴ航空) バラナシ泊
12月30日 バラナシ観光 バラナシ泊
12月31日 バラナシ観光 バラナシ泊
1月1日 16:50バラナシ→翌6:35アグラ
(Marudhar express)
★1月2日 6:35 アグラ着 アグラ伯
★1月3日 17:35アグラ→19:30デリー
(Gatimaan express) デリー泊
1月4日 18:55デリー→翌5:55羽田(ANA)
旅の本命バラナシを終え、デリーに帰る道すがら、アグラに1泊することにしました。
もともと「ザ・世界遺産」みたいな触れ込みにまったく食指が動かないので、アグラはパスすることも考えましたが、まあ初インドでタージ・マハルを見なかったというのもなんだか味気ないので、とりあえずアグラに1泊し、タージ・マハルとアグラ城を見学することに。
列車の中で「地球の歩き方」をぱらぱらとめくっていたら、目を引く遺跡がありました。
ファティープル・スィークリー。世継ぎに恵まれなかったアクバル帝が、のちの第4代皇帝となるジャハーンギールを恵まれたことに感謝して遷都し、たった14年間、ムガル帝国の帝都として存在させた、蜃気楼のような都。アクバルが生涯追求した、ヒンドゥーとイスラムの融合が体現された都だという。
素晴らしい。これぞインドである。
今日1月2日の目的地はここに決まりました。
【用意したもの】
タージ・マハルとアグラ城 日本語ツアー(約7000円)
Get your guideで事前手配。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- Agoda
-
1月2日。
100ルピーでいい、といったオジのことを最初は疑っていたが、英語も上手だし、話題が豊富だ。
「バラナシとアグラは、街の雰囲気が全然違うだろう。バラナシはヒンドゥー教の王が支配した街、こちらはムガル帝国の本場だからね」
なるほど。 -
降りるときに100ルピーを渡すと、本当にそれ以上要求してこなかった。
代わりに名刺を渡され、「ツアーなら何でもやるから任せとけ」。
要するに営業の一環だね。
The taj tour&travelという会社を運営しているらしいので、縁があったら利用してあげて欲しい。 -
この日泊まる宿は「Gupta villa homestay」というホテル。
タージ・マハルから徒歩圏内なのだ。 -
オーナーのGupta氏は英語も堪能。
「今日の予定は?」と聞かれたので
「何にも決めてない。腹が減ったので何か食べ物はないですか」と聞いたところ、
何と250ルピーで朝食を採らせてくれることになった(*^▽^*)
お腹を満たし、
「明日はタージ・マハルの1日ツアーがある。出来れば今日、ファティープル・スィークリーに行ってみたいのだけど」
と相談。
「いい場所だ。往復2000ルピーでタクシーを呼んでやるが、どうする?」
ほー。地球の歩き方の5年以上前のものとほぼ同じ値段ですか。
Gupta氏からは商売の匂いをあまり感じないので、お言葉に甘えて手配を頼む。 -
この宿に限らないが、この辺の多くのホテルは屋上からタージ・マハルが見えるのだ。
-
鉄道で1泊した後だから、こういうホテルらしい部屋は本当に落ち着く。
-
トイレとシャワーは同じ部屋だが、広さも特に文句なし。
ちゃんとお湯も途切れることなく出ました。 -
12:30、ドライバーが到着。品のよさそうなインド人らしい顔立ちの紳士だ。
Gupta氏から「別料金でガイドを手配できるがどうする?」と聞かれたので、
「ありがとう。でも、自分で自由に回りたいからガイドは要らないよ」と返答。
Gupta氏は全く押し売りっぽくないのがいい。
「わかった。それもいい。ゆっくり見ておいで。
ただ、一つだけアドバイスをしておく。
ファティープル・スィークリーの道は分かりやすいからまっすぐ進めばいい。
1回だけバスに乗るだけだ。面倒なことはない。
絶対に、誰の言うことも聞くな。話しかけられたら、耳が聞こえないか、言葉が分からないふりをしろ。一度でも相手をすると、ずっとついてきて困った状況になるぞ」
うん、肝に銘じておく。インド人が言うからには間違いないんだろうな('Д') -
アグラはかなり広い。そしてやはりオートリキシャが移動手段としてよく使われています。
-
1時間30分ほどでファティープル・スィークリーに到着。
ドライバーと待機場所を確認して、いざバス乗り場へと。
言われたとおり、日本人とみるやどこかへ連れて行って土産を買わせようとする客引き多数。 -
こちらから25ルピーでミニバスに乗って、入口へと向かう。
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チケットには、「golf cart」とあるとおり、ゴルフカートのような電動カートで入口まで約5分。
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こちらがファティープル・スィークリーの入り口をくぐったところ。
入場料は600ルピーで、オンライン決済可能。
思ったよりもだいぶ広い。 -
こちらの門をくぐって右手が有料の宮廷エリア、左手が無料のモスクエリア。
建築が面白いのは断然宮廷エリアなので、料金を支払って入ることをお奨め。 -
右手の宮廷エリアはチケットチェックあり。
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ここに住んでいたのは、アクバル帝と妃のジョド・バーイー。
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イスラム建築とは全く違う、ヒンドゥー教徒の古来の建築技法が美しい。
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この遺跡の目玉的建物、パンチ・マハール。要するに五重の塔建築。なかなか珍しい構造である。
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柱の模様は1本1本違うようで興味深い。
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内部の壁・柱には、花や果物をあしらったきめ細やかなレリーフが目を引く。
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このパンチ・マハルの前の庭は、皇帝がハレムの女性を並べ、チェスの駒に見立てて遊ぶために利用されたものであるとか。
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色とりどりの花が咲き誇る花壇。
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採光のための窓もよく保存されている。
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天窓のレリーフも保存状態が良く、精巧。
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黒ずんで変色した天井のモチーフも、歴史をしのばせて見ごたえがある。
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ところで、インドを旅行していると、若い人を中心に
「一緒に写真撮ってくれない?」という人が時折いる。
アイドルにでもなった気分だが、単に日本人の平たい顔が珍しいのかもしれない。
ここでも頼まれ、4人で記念写真を撮った後、
「僕も君たちを写真に撮りたいのだけど、いいかな?」
と言ったら快諾してくれた。
インドの未来を担う若人たちである。 -
内部のレリーフも精緻で見ごたえがある。
-
最盛期のムガル帝国の都には、ここに何人ほど住んでいたのだろうか。
分からないが、さすが都なだけあって、面積はかなり広大である。 -
宮廷につきものの、庭も整備されている。
水をたたえた優美な池である。 -
「宝石箱」と呼ばれる、小さいながらもバランスが取れた作りが美しい「廷臣ビルバルの館」。
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宮廷の心臓部にあたるディワーネ・カース(謁見の間)。玉座がおかれていたという。
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ディワーネ・カースの屋根の造りも、ネパールなどでよく見るヒンドゥー建築の特徴がよく出ている。
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ディワーネ・カース内の、吹き抜けの柱。
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宝物殿も残っていて・・
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よく再建されている。赤砂岩が美しい。
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宮廷エリアから、モスクエリアまではけっこう歩きます。
なお、モスクエリアのさらに北にはヒラン・ミナールという特徴的な尖塔がありますが、モスクからは見えないうえ、かなり歩くそうです。
今回は見逃した。 -
モスクエリアに到着。重厚な南の門。
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ここから先は、一応靴を脱いで、素足で回ることになる。
霊廟が一望できる中庭。 -
内部に入るとまず目を引く白いドーム。サリーム・チシュティー廟は、アクバル帝に、世継ぎの予言をした聖職者の名前を採られたモスク。
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霊廟の中には美しい透かし彫り。
しかし、ここで話しかけてくる人当たりのよいスタッフには要注意。 -
小さな霊廟の中を、回りながらお参りしていると・・・
-
優しそうなシーク教徒らしい格好の青年が話しかけてくる。
最初は順路や参拝の仕方を教えてくれるが、だんだんと距離を詰めてきて、
「スマホを貸して」と言って、モスク内からこんな写真を撮ってくれる。
ただのいいひと、と思うのは早計。 -
色々と写真を撮った後は、
「もっといい景色を見せてあげるよ」と、屋外へ連れ出そうとする。
こうなると完全に要注意。 -
案の定、別の場所で友人らしきグループが待っていて、物を買わせようとする。
「要らないよ」というと、
「じゃあ、チップよこせ。さっき写真も撮ってやったし、ガイドもしてやったろ」
と態度を豹変させる。
はー、やっぱりこうなるのか・・・
頭に来たので完全無視に徹して立ち去ったが、ここでGupta氏の言葉が思い出される。
「話しかけてくる奴は無視しろ。一切誰の話も聞くな」である。
インドの観光地を一人で回るときの鉄則なのである。 -
アクバル帝のクジャラート地方制圧を祈念して作られたという勝利の門。金曜モスクと並んでも全く見劣りしない、堂々たる門だ。
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勝利の門は、赤砂岩に白大理石の象嵌を施した、印象的な作り。
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ここから外を臨めば・・
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周囲の市街地が見渡せる。
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こちらがジャマー・マスジッド(金曜モスク)。インドでも最大級のモスクなのだそう。
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金曜モスク内のミフラーブは美しい眺め。
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横にあるイスラーム・カーン廟の中には、多数の石棺が。
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遺跡の周辺の様子。
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ここは日没が近くなると、たった14年だけムガル帝国の最盛期を支えることを許された、独特の寂寞感を漂わせる。
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19時、アグラに戻ってきた。
ドライバーはゲストハウスまで送るというが、今日は有名なレストランで外食をしたい。
そう伝えると、ドライバーがGupta氏に連絡を取ってくれた。
Gupta氏からは、「うちでホームパーティーやるんだけど来る?500ルピー貰うけど」ということだった。
ちょっと魅力的だが、旅の目的が
食>海>観光
の順の私としては、外食を優先することにした。
その前に、手持ちのルピーが心もとなくなってきたので、評判のよいという両替商のもとを訪れる。 -
こちらの雑居ビルの2Fに両替商がいる。
10000円が5600ルピー、20000円だとちょっとオマケして11500ルピー。
翌々日に出国するので、10000円だけ両替に留めておいた。
ただ、このレートだと、キャッシングと大差ない。
違いはATM利用手数料がかかることくらいか。 -
ともあれ、現ナマが入るとまるで給料日のカイジの(略
さあ、今日は豪遊しよう。 -
今日の夕食は、こちらに決めている。
アグラでも一番の名店らしい。 -
インド随一の観光地を要するアグラでも一番人気の店だけあって、さすがに観光客ばかり、そして日本人の旅行者も多い。
当然、何も言わなくてもアルコールメニューが出てくる。 -
ワインリストやシグニチャーカクテルリストもある。
ビール1杯を頼める店を探すのに苦労したバラナシとは別世界のようだ。 -
パパドも付け合わせのアチャールやソースも美味。
この店はライタ(ヨーグルトサラダ)の種類が多く、「パイナップルライタ」というものを試しに頼んでみたが、甘々なデザートヨーグルトであった。これは失敗。 -
アグラは、シャー・ジャハーンがデリーに遷都するまでムガル帝国の首都として栄えた街。
なので、当然料理はオーソドックスな宮廷ムガル料理。
つまるところ、日本でもよく目にする、バターチキンカレーやキーマカレーを売りにした「インド人がやってる本格インド料理」なのである。
個人的にはネパール人がやっている「なんちゃってインネパ料理」も嫌いではないが、やはり濃厚なクリームの味が欲しいときは、「北インド料理推し」で行きたい。 -
ビール2本、パパド、ライタ、ダール、ナン1枚にロティ2枚、ムルグ・マライ・カバブでおおむね5000円。
さすがは高級店。日本よりも高いかもしれん( ゚Д゚) -
翌朝。このGupta villa homestayは、インドのごく普通の家庭が営むブティックホテルなので、朝食も、レストランなんかでは出ないような、日本の家庭料理のようなインド料理がたくさん。
9:00に予約したツアーのドライバーが迎えに来た。 -
タージ・マハルに行く途中、今日のガイドと合流。日本語ガイドではあるが、日本語の難しい会話は少し難しそうだった。
-
タージ・マハル入場口のセキュリティチェック。
タージ・マハルは世界的観光地なので、もちろんオートリキシャやタクシーで一人で回ることもできる。ガイドブックも詳しいので、ガイドも要らないだろう。
バラナシで会った日本人の一人旅の人曰く、タージ・マハルとアグラフォートの自由行動込みで1日チャーターして2500ルピー程度まで値切った、ということだった。
入場料込だと、だいたい4000ルピー以上なので7000円を超える。
それならチケット代金混みの日本語ガイド付きツアーのほうが安い、というのが今回の算段である。 -
思ったよりもスモッグは深くなく、天気も悪くはない。遠く見えるタージ・マハル。
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白磁の大理石が思わず宮殿と作歌させるが、これはシャー・ジャハーンが愛妻ムムターズのために建立した、イスラム建築の「墓」なのである。
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完璧なまでのシンメトリー、インドが歴史に残した白亜の真珠、などと称えられるタージ・マハル。
確かに美しいが、エジプトのピラミッドと同様、あまりにも見慣れているせいだろうか、外観は特別な感慨を呼び起こさなかった。 -
近くによると、世界各地から貴重な石を取り寄せ、贅の限りを尽くして建てられた、この「墓」の大きさがよくわかる。
-
個人的に気になるのは、どのように修復しているか、である。
-
総大理石の墓とはさすがにムガル帝国最盛期の皇帝。
スケールが違う。 -
4本の柱も、近寄ってみるとかなりの高さだ。
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少し霞んでいるが、入口の方まではっきり見える。
-
ここから先、シャー・ジャハーンとムムターズ妃が眠る場所は、写真撮影禁止。
-
・・のはずだが、注意もされないし、みんなパシャパシャと撮っている。
シャー・ジャハーンの棺の方が、ムムターズ妃の棺よりも一回り小さい。
とりあえず、中のスタッフが説明してくれた、光を当てると紋章が浮かび出るという精緻な透かし彫りの衝立。 -
べたべたな世界遺産とはいえど、間近でその修復された表情を見ると、やはりため息が出てしまう。
-
裏側に回ると、遠くに人の姿が見える。
あちら側は、「マターブ・バーグ」と言われ、シャー・ジャハーンがヤムナー川をはさんで自身の霊廟を建てさせる予定だったといわれる場所。
タージ・マハルが無料で川越しに見られる場所でもある。
川を挟んで対岸に妻と自分の墓を建てる。
何というロマンチスト('_') -
めいっぱいガスっているが、ヤムナー川の対岸の眺めも実に美しい。
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敷地内には、タージ・マハルと並んでモスクが立つ。
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敷地内のモスクは入場できないので外から見るだけ。
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タージ・マハルでは山のように写真を撮ったが、やはりこの遠景が一番タージ・マハルらしい雰囲気を感じる。
しかし、霧でほとんど見えないという時期もあるそうだが、この時期の10:00台は比較的綺麗に見える。 -
タージ・マハルの観光時間だが、最初2時間欲しいというと、ガイドに
「2時間も要らないよ!1時間でいいと思うけど、1時間半にしましょう」と言われた。
感覚としては、1時間あれば十分ゆっくり見られると思う。
タージ博物館と、周囲のモスクもじっくり見て、ちょうど1時間半で集合場所で落ち合う。
これから、アグラフォートへ。 -
タージ・マハルが世界的に有名だが、ムガル帝国の権威を象徴するのはむしろこちら、アグラフォート。
実はアグラフォートには、デリーのレッドフォート(ヒンドゥー語でラール・キラー)と同じ、「ラール・キラー(赤い城)」という別名があります。
ガイドに聞くと、 「Qila」は日本語の城と同じ意味だということで、ここは要塞というよりも権力者が権力を誇示する城と呼ぶのがふさわしいらしい。
それを象徴するのがこの赤砂岩。 -
敷地内に入って最初に目を引くのはジャハーンギール宮殿。
-
そして、ここからもタージ・マハルが見えるのである。
この城が築かれたのは1565年、アクバル帝の統治下だったが、シャー・ジャハーンはここから眺められるということでタージ・マハルを建てる場所を選んだのでしょう。 -
アグラフォートの見どころは多いが、いちばんはムサンマン・ブルジュ。
「囚われの塔」と呼ばれ、シャー・ジャハーンが帝位を狙う三男アウラングゼーブによって幽閉された場所。 -
ここで写真を撮っていたら、またしてもインド人の少年グループに
「一緒に写真を撮ってください」と頼まれた。
ガイドが、ヒンドゥー語で何事か伝える。
おそらくニュアンスから、「おい!俺のゲストの時間を使うな」的なことを言ったようだが、少年の一人が何かつぶやいた後、ガイドに「Sorry」と言いつつ急いで私とのツーショット写真を撮って立ち去った。
ガイドに「あの子たちはインド人じゃないの?」と聞いたところ、
「インド人だよ。でも、ヒンドゥー語が喋れなかったね。
たぶんタミル語かな。カンナダ語かもしれない。まあ南インド出身だね」
とのこと。
そう、実はインドも多言語国家なのだ。 -
アウラングゼーブは曾祖父アクバルの再来とも呼ばれ、50年にわたる統治を完遂した稀代の政治家。
アクバル、シャー・ジャハーンが築いたこの城塞を、周囲2キロにも及ぶ高い城壁で囲み盤石のものにしたのはアウラングゼーブ帝である。 -
ディワーネ・カースは貴賓が皇帝に謁見する間。特徴的なアーチが美しい。
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ディワーネ・カースからは、周囲の平地がぐるりと見渡せる。
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シャー・ジャハーン自ら建立したとされるディワーネ・アームは、一般人の謁見の間。ディワーネ・カースと同じ構造で、優美なアーチが美しい。
-
ディワーネ・アームの前にあるのは、1857年のインド大反乱で命を落とした、東インド会社執政官のジョン・ラッセル・コルヴィンの墓。
インド近代史を語る上では不可避の重要人物らしい。 -
この日、ガイドはさらに大理石ショップに私を連れていく予定だったが、入った瞬間に「ザ・土産物屋」ということを察知して、強引にランチに切り替えてホテルに戻ってもらうことにした。
人気店らしいこちらでランチ。 -
ということで、ビリヤニとマンゴーラッシーをいただく。
このレストラン、昨日の「Pinch of spice」と比べても、かなり高い。 -
ホテルに戻って荷物を取り、ガイドにチップを渡す。
駅までどうやって行こう?と思っていたら、ガイドが
「ドライバーに送ってもらえばいいよ。無料だけど、あとでチップはあげてね」
ということだったので、お言葉に甘えることにした。
こちらは昨日とは別の、アグラ・カーント駅。
ドライバーさん、ガイドさん、お疲れさまでした。
アグラは世界的な観光地でもあるし、かなり広いので、値段さえお値打ちならツアーがすごく便利。 -
アグラ・フォート駅よりも利用者も多く、活気のある印象です。
そして、この顔である。 -
アグラ・カーント駅のチケット売り場。
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飲食物の売店もあった。なかなかおいしそうだ。
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運休・時刻変更はこのような紙でなされるようである。
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エグゼクティブ・ラウンジがある。わずかな料金ではあるが、有料ということで、カースト最下層を自認する旅人の私は丁重に遠慮する。
-
こちらは1杯10ルピーのチャイ。
この容器は飲み終わったら外にたたきつけて割ってOKのようである。
持って帰りたかったが、荷物になるのでやめておくことにした。 -
ホームには土産物店もあります。
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今回の旅行で2回、鉄道を利用したわけだが、思いのほか快適だった。
次にインドに来ることがあれば、また鉄道旅も乙なものだ。 -
この日の電車は17:00発のガティマン・エクスプレスに乗って、デリーへ戻る予定。
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ここの線路には、普通におさるさんが侵入してくる。
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そして、やはり電車は遅延するのである。
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定刻より遅れてやってきました特急列車のガティマン・エクスプレス、デリー行き。
-
ガタガタの電車を予想していたが、さすがにインドの鉄道でも一番人気の高速鉄道。
新大阪ー東京路線のようなものなのだろう。シートもきれいだし清潔そのもの。 -
配られたスナック菓子。
ずいぶんと量が多い。サービスいいねぇ。 -
ガティマン・エクスプレスは、実はスナックだけでなく、軽食が出る。
ぶりトートチャイ、それにサンドイッチまで。
ちょっとした夕食になりそうなセット。 -
ガティマン・エクスプレス内は日本の新幹線と変わらない感覚で移動できる。
-
20:00、電車はデリーのハズラト・ニザムディン駅に到着。
-
ここから再び、ニューデリー駅まで向かうわけだが、さすがにこの時間からメトロを使うのもだるいので、UBERを呼ぶ。
-
しかし、土曜日だからなのか、それともこのエリアが面倒な場所だからなのか、せっかくマッチングしても先方からキャンセルされてばかり。
そうこうしていると20分があっという間に経過。 -
声をかけてきたのは一人のシーク教徒。
体格が良く、目つきが鋭い若い男性。
パハールガンジまでというと、700ルピーときた。
さすがに高すぎると感じ、400というと
「そんな料金じゃ誰も行かない!土曜日の夜なんだぞ。賭けてもいい。500は絶対にかかる。俺の車はセダンだ。乗っていった方がいい」。
誠実そうな彼の言葉に、何か腑に落ちるものがあり、乗ることにした。 -
時折彼女らしき女の子と電話する以外は静かなドライバー。
そして、愛車なのか、セダンは綺麗に手入れされている。
超が付く安全運転。遠回りしている気配もない。 -
ということで、パハール・ガンジに戻ってきた。
あっという間だったような気がするけど、考えてみたらデリーを出て5日しかたっていないので、本当にあっという間でした。
この場所にセダンを乗り入れるのは非常に面倒だったろうと思ったので、最終日でもあるしチップを200ほど弾んで600ルピー渡すと、嬉しそうに礼を言って去っていった。 -
またしてもパハールガンジのこのホテルに戻ってきた。
ここは料金も3000円台で朝食付きでコスパもいいのでおススメ。 -
意外と疲れたので、インド到着初日に利用した「エベレストキッチン」に再訪。
結局、ビールが飲める店ならどこだっていいのだ。 -
1週間ぶりにダルバートを食す。
しかし、インドカレーは地中海料理と比べて、1週間程度では全然飽きない。
きっと私の前世はインド人だったに違いない。
明日は最終日。そして帰国するだけなのだから気楽なものだ。 -
インド最終日。しかし、腹の調子がおかしい。
悪いものを食べたというより、旅の疲れと毎日の過食に原因があるようだ。
いずれにしても、もうあとはデリーの名所をホッピングするのみ。
9:00、シゲタトラベルの送迎と落ち合い、出発。
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