2025/05/22 - 2025/05/29
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USAに来て3日目。昨夕、ボストンから飛行機でやってきました。
ワシントンDCはテレビでよく目にする施設がたくさんある都市でこの日の観光はハードでしたが、充実していました。
ホワイトハウス、アメリカ合州国議会議事堂、ナショナル・ギャラリー、キング牧師記念碑、リンカーン記念堂、硫黄島記念碑(合衆国海兵隊記念碑)、スミソニアン航空宇宙博物館を見学しました。どれも近くにあったので移動に時間がかからずに効率的に回れたと思います。
日本へ帰って来てから、ホワイトハウスやアメリカ合州国議会議事堂、ワシントン記念塔の画像がニュースで報じられる度に「ああ、あそこね」と思うようになったのは見聞を広めた成果だと思います。まさに、「百聞は一見にしかず」の諺の通りです。
USAへ行ってから、以前より身近に感じるようになりました。ニュヨークで2つのスーパーマーケットで買い物をしたので、物価が高くてニュヨーク市長選で家賃を上げないことが有力な公約になったことも理解できます。
このツアーは全部で4つの美術館、1つの博物館を見ることが出来るツアーなのでとても楽しい旅行が出来ました。体力勝負ですが・・・。
ワシントンDCの観光を旅行記にしました。私の回顧録です。
ご覧いただけると幸いに存じます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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ヴァージニア州のウエスティンレストンハイツに宿泊しました。目が覚めるといいお天気。今日もいい旅行が出来そうです。
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朝食です。至って簡単な朝食でした。このツアーの朝食はニューヨークのマリオット以外はかなり簡単な朝食でした。
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おひとり様参加の方が20名のうち半数いらしたので、気の合った方がいると一緒に朝食を召し上がっていました。
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ホテルの外に出て気温を確信しました。暑くもなく寒くもなくちょうどいい気温です。旅行は気温がとても大切だと思っています。なので行く季節をかなり考えて選びます。ネットで現地の気温を調べて季節を今まで選んできました。外れはなかったと思います。
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バスに乗ってワシントンDCへ向かいます。ホテルがあるのはバージニア州なので、約一時間近く乗りました。
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今日の最初の訪問先はホワイトハウス。よくテレビに映る建物が見えてきました。
ホワイトハウス 現代・近代建築
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ガイドのHさんが絶景の場所(ラファイエット広場)に案内してくれました。近づきすぎると全体を見ることが出来ません。ホワイトという名前にはなっていますが実際は少しクリーム色(クリームホワイト)の壁です。午前9時過ぎですが、もうたくさんの観光客が訪れていました。付け加えて、壁が純白であると、太陽光線の作用により褪色して色調が変化するそうですが、クリーム・ホワイトの外壁の場合、色調が変化する心配がないそうです。
1814年8月にイギリス軍による焼き討ちにあい、石積みの外壁を残してすべて灰になったそうですが、焼け残った外壁を使って焼失前と変わらない官邸を3年後に再建しています。現在も焼け焦げた外壁の一部は保存されて見ることが出来るそうです。 -
近づいて囲んでいる柵の間にカメラを入れて撮りました。テレビでよく見ることが出来る建物ですがやはり本物は臨場感が違います。
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こんな感じでたくさんの人が建物の前に集まっています。こちら側は北側で、南側もありますが、遠くて建物があまりよく見えないそうです。トランプさんがヘリコプターを乗り降りしている緑の芝生のスペースはこの建物の反対側にある庭です。
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北側の通りは広くたくさんの人が歩いていました。
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地下はバンカーと俗称される核シェルター機能を備えた大統領危機管理センターがあるそうで、2001年の9.11テロの際、ハイジャック機の首都接近を報告されたチェイニー副大統領、ライス国家安全保障担当大統領補佐官を始めとするホワイトハウス・スタッフは直ちにここへ避難したとのことです。外から見える優しい感じの建物であっても防備は万全のようです。
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見学が終わってバスで移動するときにわずかに見えた南側からのホワイトハウスの建物です。慌ててカメラに収めました。南側からの見学はほとんどしないということでした。
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北側にある教会。トランプさんはここで家族で礼拝をしてから大統領就任式へ行ったそうです。
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位置的にホワイトハウスとアメリカ合州国議会議事堂とはそれほど離れていません。警備の関係上近いと安全でしょう。
高さ88m(288フィート)、直径29m(96フィート)の巨大なドームが特徴的なアメリカ合州国議会議事堂です。アメリカ合衆国議会議事堂 現代・近代建築
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地理的にアメリカ合州国議会議事堂と対峙してワシントン記念塔が見えました。ガイドさんの説明ではここから4kmの所にあるそうですが、とてもそのような遠い距離にあるようには見えませんでした。
NHKのニュースでアナウンサーの背後によくこの塔が出てきますが、私はずっとどこか(たぶんエジプト)から持ってきた戦利品だと思っていましたが、調べてみるとナショナル モールの象徴的なオベリスクで米国の初代大統領ジョージ・ワシントンを記念して建てられていました。
「古代文明の永遠性を呼び起こし、建国の父に対する国民の畏敬、尊敬、感謝を体現しています。完成したとき(1884年)、ワシントン記念塔は555フィート、5-1 / 8インチで世界で最も高い建物でした」という説明です。
誤解をしていたことが分かりました。塔には上ることが出来るそうです。ワシントン記念塔 建造物
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実際にはアメリカ合州国議会議事堂はとても遠い所から見学することになり、前には広く水を貯めた堀?があり、トランプさんの落選時にアメリカ合州国議会議事堂に乗り込んだ人々はどうやってあそこまで行けたのだろうと思いました。
テレビでよく見ることのできる建物を遠くからですが実際に見ることが出来ました。 -
水の中は通れないので迂回して行ったに違いありませんが。
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ドーム上には円形構造が設置され、その上に1863年に「フリーダム」(自由の像)と名づけられた高さ19と1/2フィート(6m)のブロンズの巨大な女神像が置かれています。カメラを最大限に拡大してやっとその姿を捉えた感じです。
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次に訪れたのはワシントン・ナショナル・ギャラリーです。
これだけ大きな美術館が入場無料。それは1937年、銀行家アンドリュー・メロンが、美術館設立のための基金と、自身の美術コレクションを連邦政府に寄贈したことに始まったからです。1941年に大理石造の美術館(西棟)が完成し、1978年には現代美術展示のための新館(東棟)が完成しています。メロンは、財務長官、駐イギリス大使なども務めましたが、駐イギリス大使としてロンドンに滞在中、ロンドンのナショナルギャラリーを参観し、母国アメリカにも同様の国立美術館を造りたいとの夢を実現させました。誰でも入れる美術館を目指し、開館時より入場無料だそうです。ナショナルギャラリー オブ アート 博物館・美術館・ギャラリー
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入り口のロタンダの噴水
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ジョット「聖母子」
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レオナルド・ダ・ヴィンチ
「ジネヴラ・デ・ベンチ」
アメリカ大陸がもっている唯一、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた作品であり、現存する女性肖像画のうち3点の一つ。
おそらく16歳で婚約した当時に描かれたもので、知的で自信に満ちたジネヴラ・デ・ベンチを描いています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ?
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『アルバの聖母』ラファエロ・サンティ
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『ビンド・アルトヴィーティの肖像』
ラファエロ・サンティ 1515年 -
レンブラントの自画像を見ることが出来ました。
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フェルメール 「手紙を書く女」
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散歩、日傘をさす女 クロード・モネ
日傘を頭上にかざしているのは、モネの最初の妻カミーユであり、彼女が長男ジャンとともに草原を散歩する様子が、下から仰ぎ見る構図で描き出されています。
オルセー美術館で2枚の絵を見ましたが、最後の3枚目はここにあったのですね。 -
後半の自由鑑賞の時間に再びモネの所に戻って記念写真を撮りました。探していた大事な宝物を探し当てた気分です。
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睡蓮 モネ
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ゴッホ
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「薔薇のある花瓶』フィンセント・ファン・ゴッホ 1890年
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ゴーギャン「自画像」 ゴーギャン1889 「光輪のある自画像(戯画的自画像)」
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モネ?
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ロートレック1895-96 「ボレロを踊るマルセル・ランデール」
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『ルーアン大聖堂(Cathédrales de Rouen)』陽光 1894
クロード・モネ
ここには行ったことがあるのですぐに分かりました。 -
『髪を編む若い女性』ピエール=オーギュスト・ルノワール 1876年
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『猫を抱く女性』ピエール=オーギュスト・ルノワール 1875年
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ドガ 踊り子
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ドガ 踊り子
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ドガ 踊り子
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ゴッホ
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ゴッホ ゴッホ1888 2011「プロヴァンスの農家」
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ラ・ムスメ ゴッホ
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セザンヌ1895 「ペパーミント・ボトル」
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『アルルカン』アルルカン(道化師)
ポール・セザンヌ -
セザンヌ1882‐85 「プロヴァンスの家」
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セザンヌ? 画風がセザンヌです。
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『ヴェトゥイユの画家の庭』モネ1880 2011「ヴェトゥイユの画家の庭園
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ルノアール1874 2011「踊り子」
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とにかくたくさんの絵画があって、90分間で見るには短すぎました。本当にごく一部しか写真に撮ることはできませんでした。アメリカ合衆国の経済力の凄さを見た感じがしました。日本では考えられない規模で著名な画家の作品が並んでいました。すべてを見終わるためには数日では無理でしょう。
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自由時間の最後。記念写真を撮ってきました。
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出口で撮った一枚です。ギリシャの建物でした。ナショナルギャラリーを後にします。
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ナショナル・ギャラリーは西館しか入ることが出来ませんでした。これは他の館の建物です。ここにも入ることが出来たらいいなあという想いでシャターを押したかと思います。
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昼食のレストランへ行きました。事前に知らされていないので行ってみないと場所は分かりません。これは何?という感じの珍しい建造物が水の中にあったので写真に撮りました。
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昼食は近くにある場所が少し面白いレストランでした。
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着席してグーグルで現在位置を調べてみるとポトマック川の湾曲したところの川岸にありました。目の前のポトマック川の流れはゆっくりでまるで湖のように見えました。
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ランチはハンバーガーだったと思います。凄くUSAっぽく(?)て美味しかったです。「USAに来ているなあ」と思うランチでした。
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再びバスに乗ってタイダルベイスンへ向かっています。
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昼食の後、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)記念碑を訪ねました。
暗殺された公民権運動の指導者に哀悼の意を捧げる記念碑。「わたしには夢がある」のスピーチが行われた場所の近くに建っています。キング牧師記念碑 モニュメント・記念碑
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メモリアルへの入り口は、この絶望の山になっています。かなり高い山です。この山の間を通り抜けると、
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キング牧師の像が見えてきます。
大きな2枚の”絶望の山”の横には、生前のキング牧師の名演説が刻まれていました。南側に6つ、北側に8つのフレーズと、その演説の場所と日付が並んでいました。 -
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)記念碑の前はタイダルベイスンと呼ばれる場所です。湖のようになっていました。
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ここは毎年桜の名所で日本が送った桜の木が見事に咲いた映像がニュースで報じられます。見覚えのある川岸のカーブです。綺麗でしょうね。桜が満開の時は。
ワシントンDC桜祭り 祭り・イベント
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リンカーン記念堂にやってきました。外観はまさにパルテノン神殿を思い出させる建物です。
リンカーン記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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遠くにワシントン記念塔が見えます。地理的にワイントン記念塔と一直線にリンカーン記念堂は繋がっています。間にリフレクティングプールという名前の池があります。さらにワイントン記念塔の一直線上4kmの所にアメリカ合衆国議会議事堂あります。計画的に設計されていることがよくわかります。アメリカ合衆国議会議事堂のドームが彼方に見えました。
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正面に出てきました。
36本の柱はリンカーン大統領が亡くなった時点でのアメリカ合衆国加盟州の数を表しているそうです。州の名前が各円柱のエンタブラチュア(円柱上方部分)に彫られているそうです。 -
記念堂前にある階段に印がついているタイルがあります。そこはマーティン・ルーサー・キングが演説の際立っていた場所である事を示しているそうです。
1963年8月28日、記念堂の敷地一帯で、アメリカで最も大規模な政治集会の一つとして知られ、アメリカ公民権の獲得を訴えるワシントン大行進が行われました。この時、マーティン・ルーサー・キングによる「I Have a Dream」の演説が行われた場所です。確認できました。 -
キング牧師が「I Have a Dream」の演説をした場所から見える風景です。およそ25万人もの人が演説しているキング牧師を一目見ようと押し寄せたそうなので人でいっぱいだったことでしょう。
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歴史的舞台に立てて感激しました。
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さて中に入ります。
高さ 19 フィート(30.48×19=579.12cm)の大理石の像のアメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンです。
リンカーン像の左手は握られており、右手は開いています。これは、作者のフレンチには耳に障害を抱えていた娘がおり、アメリカ手話で大統領のイニシャルを表す「A」(左手)と「L」(右手)の文字を表したのではないかと言われているそうです。 -
横から見ました。
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記念撮影。
とにかくすごく混んでいました。 -
ギリシャのドーリア式の柱 神殿をイメージしています。
柱の円周は、大人5人が手を伸ばして抱えても届かないくらいの大きさでだそうです。 -
記念堂内部の両側面には2つのリンカーン大統領による宣言が彫られています。一つは南側の内壁面に刻まれているゲティスバーグ演説の内容であり、反対側の北側の内壁面には、第二期大統領就任演説の内容が彫られています。
これは南面。
「人民の、人民による、人民のための政治」が書かれているのは下から3行目です。最初は北側の壁を探していて見つけることが出来なかったのですが、南側の壁面で見つけることが出来、歴史的事実を確認できた気持ちになりました。 -
36本の柱はリンカーン大統領が亡くなった時点でのアメリカ合衆国加盟州の数を表しており、州の名前が各円柱のエンタブラチュア(円柱上方部分)に彫られているそうですが、外からはよく見えませんでした。
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「記念堂が完成した時点で合衆国に加盟していた48の州は屋根裏屋外の壁に彫られ、その後アラスカ州とハワイ州が加盟したことを受けて記念の金属板が作られた」ということでした。アラスカ州とハワイ州の金属板は階段下にあるのを見つけることが出来ました。アラスカとハワイという文字が大文字で刻まれています。確かにありました。
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近くに朝鮮戦争戦没者慰霊碑があり、そこも見学しました。
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バスに乗ってポトマック川にかかる橋を渡り、20分くらいの所に合衆国海兵隊記念碑がりました。
1945年2月23日の朝、硫黄島を占領したアメリカ合衆国第2大隊E中隊の海兵隊員は、起伏の多い地形を頂上まで曲がりくねった登りを始め、午前10時30分頃、スリバチ山の頂上から小さなアメリカ国旗をはためかせました。この時のアメリカ海兵隊を称える像です。アメリカ国旗を揚げるシーンをAP通信の記者が写した写真を基に作っています。かなりリアルな表情で作られていて思わず絶句。 -
米国海兵隊戦争記念碑は「すべての戦争の海兵隊の死者と、彼らのそばで戦った他の軍の仲間」に捧げられているそうです。
日本が占領していた硫黄島(東京の南660マイルに位置している)が、1945年に太平洋戦線を成功裏に終結させるためのアメリカの計画の主要な目標となっていたことを思うと複雑な気持ちになりました。 -
とても親切でたくさんの知識を持っていて優秀なガイドのHさんと、ここで記念撮影をしました。平和な時代になり、日本人としてここに来られたことは幸せなのでしょう。
そんな気持ちをガイドさんは分かってくれそうです。 -
今日の最終観光地。スミソニアン航空宇宙博物館の入り口です。私はここの見学をとても楽しみにしていました。宇宙に興味があるからです。
原爆投下の”エノラゲイ”、日本の戦闘機や特攻機、スペースシャトル”ディスカバリー”、”コンコルド”、リンドバーグが初の大西洋横断に成功した飛行機の実物、アポロ宇宙船や月の石があります。すべてを見ることは難しいかもしれませんが、できるだけ見ておきたいと思っていました。ワクワクしました。 -
ここの見学も最初はガイドさんと一緒に見て回り、後半は自由時間。全部で90分間の見学です。90分間というと日常生活では長い時間ですが、見学しているとあっという間でした。
最初は宇宙服が展示されているのを見ました。 -
とにかく広くて大きい。とても90分間で見終わることは難しい!
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ここで一番見たかったのはスペースシャトル”ディスカバリー”です。
ディスカバリーは、1984年に誕生し、引退する2011年までの間に39回の飛行をしています。日本人飛行士もたくさん乗せています。
1998年向井千秋さん、2000年若田光一さん、2005年野口聡一さん、2008年星出彰彦さん、2009年若田光一さん、2010年山崎直子さんが搭乗しています。
ディスカバリーが宇宙飛行を終えて滑走路に着陸してくる映像がまだ脳裏に焼き付いています。凄い科学技術だと思いました。それが出来るUSAの力は絶大です。 -
スペースシャトル”ディスカバリー”の前で記念の一枚。今年の年賀状にニューヨークの自由の女神の前で撮った写真、エンパイヤーステートビルディングの屋上からの景色と一緒に使いました。友人の一人から「今年も馬のように走れそう」と言われてしまいました。
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ディスカバリーの近くに行ってみました。斜め下から見上げています。
黒い部分はが焼け焦げて大気圏を突破してくるのに相当な高温の摩擦熱を耐えてきたのだろうと思いました。耐熱タイルの一枚が剥がれて痛ましい事故があったことを思い出しました。 -
下の方にある黒いタイルはところどころ剥がれているように見えました。
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後方部分です。しっかりと国旗と国名が記載されていました。
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最後尾の噴射口です。
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後ろからの全体像の記念写真も撮りました。
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スペースシャトル”ディスカバリー”の後ろのスペースには宇宙で使った実験室が置かれていました。
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これが表示です。他にも置かれているものがありましたが割愛。
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嬉しかったことにたくさんのロケットの見本(実物よりかなり小さい)の中に日本のロケットHⅡを見つけました。日本の宇宙開発の技術が認められている証拠と考えます。
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次は”コンコルド”。最初は1Fのフロアーで見ましたが、大きすぎて後ろのAIR FRANCEのマークしかカメラに収まりません。
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2Fの全体が見える場所を探して撮りました。
この飛行機はフランス大統領(シラクさん)を乗せて羽田空港に飛んできています。本物を見てみたいと思っていました。凄く大きいという話でしたら。
コンコルドは史上初の超音速旅客機で、1976年にエールフランスとブリティッシュエアウェイズが共同で運航を開始しました。
速度は一般の旅客機と比べて2倍も早く、大西洋を4時間で渡るスピードです。しかし、運航コストが高いために運賃が高くなり、ごく限られた人しか利用できないものでした。その結果、2003年には市場に出回っているすべてのコンコルドが引退しています。音速飛行のため、燃費の悪さと少ない座席数という旅客機としては致命的な欠点があり、原型を含めて20機しか製造されなかったそうです。ここで展示されているコンコルドは、リオデジャネイロ、ワシントン、ニューヨークに就航開始したときのものだそうです。 -
2Fから見てもひときわ大きく比翼が他の飛行機とは比べ物にならない大きさでした。
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これはB29です。日本の特攻機(紫電改)の展示がありましたが、大きさを比べるとあまりにも大きくて、とても戦闘場面では太刀打ちできないと思いました。B29の下の方に比翼に赤い日の丸が付いている小さな飛行機が見えます。
これが日本本土にやってきて爆弾を落としていったのです。この大きさの飛行機を見た時はどんなにか驚き、怖かったでしょう。今、私が見ても恐れを感じます。 -
とにかくジャンボのB29。
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この他にもたくさんの飛行機を見ましたが、割愛します。
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最後に見たのはエラノゲイです。
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近づいてみると「エラノゲイ」と窓の下に書かれていました。
この飛行機が広島に原子爆弾を落としました・・・。 -
中の様子はよく見えませんでした。左右に座席があり、パイロットはガラス窓からよく外が見える構造になっていました。
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連泊なのでウエスティンレストンハイツに戻ってきました。ディナーに出たスープ。何だったか記録がありません。
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メインディシュ。少しシンプルでは?と思ったことを記憶しています。
この日は盛りだくさんの観光で夜はぐっすり眠りました。興奮して眠れないというより、歩き疲れました。脚力が旅行には必要とつくづく思いました。歩けないと見たくても見られない・・・。この日の歩数は13000歩を超えていました。まだ大丈夫? たくさん観光出来て充実した一日でした。
次の日は朝8:30出発でボルチモア、フィラデルフィアへ行く予定です。
観光する場所の中でベイブルースの生家、フィラデルフィア美術館が楽しみです。
~旅は続く~
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この旅行記へのコメント (3)
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- hamaさん 2026/02/06 14:09:12
- ハワイお楽しみ下さいね。
- 早速のご丁寧な返信を頂きありがとうございました。
日本は、寒いです、ハワイお楽しみ下さい。
hama
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- hamaさん 2026/02/06 09:29:44
- おはようございます。
- 薔薇の咲く庭さん
初めまして、hamaと申します。
ワシントンDC訪問記を懐かしく且つ新しい発見を見つけ楽しく拝見致しました。
沢山の国を訪問されていますが、アメリカ合衆国のご訪問が今回が最初で
あった由、アメリカ好きの小職には嬉しい限りです。
DCの訪問先も効率的で見学されていて現地での導線が良く分かり懐かしさが
倍増致しました。
ありがとうございました。
今後とも宜しくお願い致します。
hama
- 薔薇の咲く庭さん からの返信 2026/02/06 12:29:07
- Re: おはようございます。
- hamaさま
はじめまして。薔薇の咲く庭です。
私の旅行記をご覧いただき、お便りをいただきましてありがとうございます。
hamaさんのご旅行のご経験は凄いのに驚いております。USAの全州を制覇され、またお仕事で13年間もお住まいになられているので、アメリカには特別の思いを持たれていらっしゃることと拝察いたしました。
また回数を重ねてたくさんの国を訪問されていて、お仕事とはいえ凄いキャリアをお持ちで驚いております。
お孫さんとのご旅行もたくさんされていて羨ましい限りです。
私はUSAで拳銃を使った傷害事件が起こったニュースを聞く度に、危険な国と思い、最後まで行くことが出来ませんでしたが、最近は日本も治安が低下して、「不運と思うことにしよう」と思うようになりました。
それよりも、いろいろな国を旅して視野を広げることの方が貴重な経験です。
USAは本当に巨万の富を持つ国だと存じます。多様で、日本の文化とは比べものにならない芸術作品を持つ美術館がたくさんあり、経済大国だと実感した旅行でした。
私は今、Waikikiにいて海を見ながらお便りを書いております。インフィニティプールから上がってきたところです。Hawaiiはやっぱり暖かいですね。
ここでも経済力の凄さと物価高を感じております。
お訪ねいただきありがとうございました。
こちらこそ、今後もよろしくお願い申し上げます。
薔薇の咲く庭
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