2025/10/31 - 2025/10/31
88位(同エリア442件中)
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ポールさん
この旅行記のスケジュール
2025/10/31
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電車での移動
Makkasan5:20-(ARL)-5:42スワンナプーム空港
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飛行機での移動
スワンナプーム空港7:00=(バンコクエア)=8:20スコータイ空港
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車での移動
スコータイ空港8:35-(シャトルバス)-9:38スコータイ遺跡公園
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スコータイ遺跡
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車での移動
スコータイ遺跡公園14:50-(シャトルバス)-15:35スコータイ空港
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飛行機での移動
スコータイ空港17:30=(バンコクエア)=18:50スワンナプーム空港
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電車での移動
スワンナプーム空港-(ARL)-Makkasan
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この旅行記スケジュールを元に
現在の中国、四川・雲南地方にいたタイ族の人々の一部は、8世紀ころからしだいにインドシナ半島へ南下し、クメール人に従属していました。クメール人は、アンコールを都とし、現在のカンボジアに当たる地域を中心に支配していました。
13世紀にモンゴルが雲南地方へ侵入すると、タイ族の南下がさらに活発となり、クメールが衰えるとこれを破って自立し、1257頃、タイ族の最初の王朝スコータイ朝を建てました。スコータイとは「幸福の夜明け」という意味です。
第3代国王ラームカムヘーン(在位1279年頃 - 1299年頃)の時が全盛期で、その勢力はマレー半島まで及びました。
南下して来たタイ族は、当初、精霊信仰でしたが、ラームカムヘーン王の時代には、上座部仏教が最大の勢力を持つ宗教となりました。
しかし、ラームカムヘーン王の死後、王朝は急速に衰え、メナム川下流にタイ族のアユタヤ朝が建国されると、しだいに勢力を奪われていき、1438年にアユタヤ朝に併合されて滅亡しました。
リタイ王(在位1347年頃 - 1368年頃)は、衰えて行くスコータイ王朝を仏教思想で立て直そうと、タイ族の君主として初めて出家を行い、タンマラーチャー(仏法王)と名乗りました。
リタイ王の出家、およびタンマラーチャーの思想は、王権を高める上で非常に有利であったため、アユタヤ王朝、ラーンナータイ王朝などの周辺諸王国に伝播していきました。
さらに、この出家の習慣は初期は王が行っていましたが、後には民衆にも伝播し、タイ族の男子は成人すると必ず出家すると言うのが暗黙の義務になっていきました。
旅の全体日程は以下のとおりです。
1日目:成田空港→バンコク(スワンナプーム)空港(バンコク泊)
2日目:バンコク国立博物館、ワットアルン、ワットポー(バンコク泊)
3日目:バンコク→スコータイ→(バンコク泊)
4日目:バンコク→アユタヤ→(バンコク泊)
5日目:タリンチャン水上マーケット、バンコク国立博物館→バンコク空港→(機中泊)成田空港
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 自転車 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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スコータイ空港への航空便を利用すれば、バンコクからスコータイへの日帰り旅行が可能です。日帰りであれば大きな荷物を持ち運ぶ必要がありません。スコータイでの観光時間もある程度確保できました。
スワンナプーム空港7:00発バンコク・エアウェイズ便に搭乗するため、Makkasan駅5:20(始発)のARLで空港へ向かいます。駅の入口が開くのは5:10のため、扉の前で少し待っていると、現地の人2人がそれぞれバイクタクシーでやって来ました。バンコクでは、バイクタクシーを利用する人がかなり多い印象です。ヘルメットを被らず、スマホを見ながらバイクの後部に横座りしている女性をよく見かけましたが、怖くないのでしょうか。
空港で、”Domestic”の表示を探したのですが、見つけられませんでした。航空会社のカウンターは、国際、国内の別にはなっていないようです。なお、事前にWEBチェックインをしていたので、向かって左端のセキュリティゲートの係員に搭乗券のスマホ画面を見せたところ「OK」と言われ、初めてそこが国内線用と確認できました。 -
スコータイ行きの搭乗口です。
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沖止め、バス移動です。
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機材は、ATR 72-600です。ATR社は、フランス、アエロスパシアルとイタリア、アエリタリアの共同事業体です。
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機内です。80席程度と思います。
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スワンナプーム空港のターミナルビルです。1つにまとまっているのはいいのですが、搭乗口によってはかなり歩かされます。今回の利用は、国際線LCCと国内線だったので、どちらも歩く距離は長かったです。
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機内食です。冷たかったです。
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広大な平地が続き、その多くは水田になっています。
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8:10、スコータイ空港に到着しました。ターミナルビルへは、写真の車両で移動します。
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この空港はバンコク・エアウェイズ社の所有で、運航便はバンコクとの間の1日2往復だけです。
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渡航前に、スコータイ歴史公園までの送迎を、スコータイ・トラベルサービス社に予約しておきました。スコータイ到着10日前に、sukhothai_travel@hotmail.com にメール(英文)で予約の申し入れを行ったところ、メール送信から数時間後に、英文で「2025年10月31日ご搭乗便の詳細に基づき、スコータイ空港からスコータイ歴史公園までの往復送迎サービスのご依頼を承りました。ご到着時、スコータイ空港到着ゲート左側に位置する送迎会社は『イージーカーレンタル株式会社』となります。料金は片道300バーツ/人、往復600バーツ/人となります。現地にて現金でお支払いいただけます。」との返信がありました。
そこで、指定されたカウンターに行き、客引き中の係員に「I have a reservation」と言ったのですが、私の名前は連絡されていませんでした。受信したメールをプリントアウトしておいたので、それを見せてようやく状況が理解できたようでした。予約する意味はあったのでしょうか。まあ、他に適当な交通手段は無いようなので、予約しておいた方がよいとは思いますが。
同乗者は、スコータイ市街地の住宅前で降りたタイ語女性、Sukhothai Treasure Resort and Spaというホテルで降りたドイツ語熟年カップル、歴史公園近くの民宿で降りたアジア系と見受けられる若い女性2人組、私と同じく歴史公園まで行った若い日本人男性でした。
シャトルバスは1時間少々を要して、歴史公園のチケット売場前に9:38に到着しましました。
帰りのシャトルバスは15時に同じ場所から出発とのこと。「帰路に見つけるため」と写真を撮られました。
スコータイ歴史公園は東西1.8km、南北1.6kmの城壁に囲まれ、中心部には王宮や仏教寺院などが多く残り、城壁の外にもそれぞれに仏教遺跡が点在しています。
近くのショップで自転車を1日30THBでレンタルし、天候のよいうちに城壁外の遠い遺跡から廻ることにしました。まずは、ワット・シー・チュムを目指します。 -
その途中、ワット・ソラサックです。
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現存するのは礼拝堂の土台と小さな仏塔のみです。
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1955年にここで発見され、現在ラームカムヘーン国立博物館に展示されている「ソラサック碑文」です。
これによると、インタラソラサックという人物が、後にタンマラーチャー3世(スコータイ王朝の8代目の王)となる王子から土地を寄贈されて、そこに私財を投じてこの寺院の元となる僧院を建てました。1416年に仏塔、本堂、礼拝堂が完成したときには、王族らが祝賀のために訪れ、近くにあった宮殿で宿泊しました。
インタラソラサックはソラサック碑文の作者で、スコータイ王国の権力を握っていたアユタヤ王朝から派遣された将校であったと考えられています。 -
象は大王の乗り物との考え方があったため、仏塔の周囲に24頭の象を飾りました。
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ワット・ソンカオです。
【説明板より】この古寺は、蓮のつぼみ形をした仏塔でよく知られているが、現在は廃墟となっている。その傍らには集会堂(ヴィハーラ)、仏像を安置するマンダパ、および2基の付属仏塔がある。これら全ては城壁と堀に囲まれている。
この寺院の名は石碑には一切記されていない。ワット・ソンカオは地元住民によって名付けられた名称である。 -
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ワット・メーチョンです。
【説明板より】この寺院の重要な古代遺跡は、集会堂(ヴィハーラ)と立像を祀るマンダパである。集会堂は煉瓦とラテライトで建造され、正面にスレート製の階段が付属している。ヴィハーラ内部には、高い台座に安置された魔除けの姿勢をとる仏坐像がある。さらに、3基の付属仏塔と直径1メートルのスレート張り井戸が存在する。考古学的証拠から、ワット・メーチョンは約14世紀から15世紀に遡ると推定されている。 -
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ワット・シー・チュムへ向かう途中、牛が放牧されていました。
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歴史公園の城壁の西北に位置している、ワット・シー・チュムのチケット売場です。
料金は120THBで、城壁内の遺跡との共通券になっていました。 -
ワット・シー・チュムです。シー・チュムは「菩提樹の森」という意味です。
ラームカムヘーン王(在位1279年頃 - 1299年頃)の時代に着工され、サイルータイ王(1368~1399年)の時代に完成したと言われています。 -
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スコータイを象徴する「アチャナ仏」が祀られています。高さ15m、幅11.30mの大仏で、アチャナは、「動かぬもの、変わらぬもの」という意味のパーリー語です。
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指先に、金箔が残っています。
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立ち入りは禁止ですが、仏殿の厚さ3mの外壁に、仏像の側面と壁の上部に通じる階段があります。
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これについて、後刻見学した博物館に展示と説明がありました。
【ラームカムヘーン博物館の説明板より】仏像右側のマンダパ壁は二重構造となっており、壁の間には換気と採光のための5つの小さな窓しか存在しない狭く暗いトンネル状の階段廊下がある。この幅0.45メートル、長さ48.12メートルの階段廊下を通れば、仏像背後の階段を登りマンダパの屋根まで到達できる。
トンネル状回廊の入口付近の天井には、星のように見える開花した蓮の花の形が刻まれたスレート板がある。
回廊の天井はスレート板で覆われ、各場面を説明する短いタイ語の碑文と共に、本生譚を描いた場面が刻まれている。本生譚とは、仏陀が菩薩として人間・神・動物など500回以上にわたり転生した前世の物語であり、その功徳を説く。本生譚の場面を表現する伝統はスコータイで実践され、14世紀のワット・シーチュムの碑文に「巨大で高聳するチェーティヤ(仏塔)の周囲には、500の『ティラデーサ』本生譚を刻んだ石彫が、驚くほど美しく精巧に施されていた」と記されている。
もともと88の本生譚物語の彫刻があったと推測されるが、残りは劣化している。
最大のスレート板には仏陀の足跡が刻まれ、階段廊下の角の天井に固定されている。
廊下の窓上部の壁には赤・黒・白の絵文字で仏陀の列が描かれているが、主要部分が劣化したため詳細確認は困難である。
出土品の起源は依然謎に包まれているが、これらを研究することでスコータイの歴史の一端と仏陀の教えの一部が明らかになるだろう。このトンネル状の階段廊下は、世俗の物語に隠された神秘的な場所である。 -
ラームカムヘーン博物館の階段を利用した、再現?展示です。
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階段の出口は、屋根の上です。(博物館では写真ですが。)
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仏殿の向かって右側にも仏坐像が残っています。
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自転車持ち込み料10THBを支払い、スコータイ歴史公園の城壁内部分に入りました。
11月5日に「ローイクラトン」という祭りが開催されるようです。 -
ワット・マハータートです。
【タイ国政府観光庁のサイトより】スコータイ歴史公園内でもっとも大きく、見応えのある寺院。上座部仏教を信仰する国々では仏舎利(マハタート:お釈迦さまの遺骨や遺灰)を祀る習慣が古くからあり、どの王朝にもその仏舎利を納める寺院(ワット・マハタート)が必ず建立されています。
スコータイ最古の碑文によると「スコータイの中心には仏堂あり、黄金色の仏像あり、アッタロット仏あり……」と刻まれているように、ワット・マハタートの境内には、さまざまな仏塔や仏堂がありました。現在、アッタロット仏(仏立像)や北側の坐像は残っていますが、本堂にあったご本尊は、ラーマ1世(在位1782~1809)によってバンコク王朝のワット・スタットに移されています。 -
復元図です。
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仏坐像です。
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左のアッタロット仏です。
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右のアッタロット仏です。
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小塔の壁龕に仏像が残っています。
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歩きながら礼拝する、仏陀の弟子たちの彫像です。
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象や獅子の像です。
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ワット・シーサワーイです。
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元は、タイ族のスコータイ王朝の成立に先立つ12世紀末~13世紀初期に、クメール人によって建立されたシヴァ神のためのヒンドゥー教寺院で、三神一体を表す3基の塔堂があります。
スコータイ王朝成立以降に、2つの礼拝堂が追加されて、仏教寺院に改修されました。
クメール様式の3基の塔堂のうち、中央の塔堂は15m程の高さがあり、両端の塔堂より2~3m程高くなっています。
塔堂の上部の壁面には、蛇神ナーガや怪魚のマカラなど、神話に登場する生き物の漆喰装飾が施されています。 -
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ワット・トラパン・グーンです。
「トラパン」とは、クメール語で「池」という意味。池のほとりに建つため、この名前がつきました。礼拝堂は仏塔の前に、そして本堂は池の真ん中の小島にあります。 -
つぼみ状のハスの花のかたちをしたチェディの周りには立像と遊行像が祀られています。
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古典的なスコータイ様式の歩く仏像が優雅に立っています。この仏像は、教えを説き、議論する仕草であるヴィタルカ・ムドラをとっています。
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ワット・スラ・シーです。
14世紀末に建造されたと考えられる、池の島に浮かぶ寺院で、スリランカ式の仏塔があります。 -
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ラームカムヘーン国立博物館です。入場料は200THBでした。
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【タイ国政府観光庁のサイトより】博物館には、1960年代にスコータイ歴史公園とスリサッチャナライ歴史公園での一連の発掘調査で発見された遺物や骨董品が展示されています。博物館のハイライトは、タイの歴史の中で最も美しい仏像スタイルと見なされているスコータイ様式の仏像です。また、展示では、スコータイの全盛期の繁栄を示す中国の磁器や貴重な工芸品も展示されています。
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【説明板より】遊行仏 青銅 スコータイ美術、14世紀
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【説明板より】悪魔を鎮圧する仏陀 青銅 スコータイ美術、13世紀後半~14世紀中頃
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【説明板より】悪魔を鎮圧する仏陀 青銅 スコータイ美術、13世紀後半~14世紀中頃
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【説明板より】悪魔を鎮圧する仏陀 青銅 スコータイ美術、13~14世紀 スコータイ・ワット・ラジャダーニー
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【説明板より】仏頭 スコータイ王国 13世紀 ワット・プラ・パー・ルアンより
ワット・プラ・パー・ルアンは、歴史公園の城壁の北に位置する、スコータイでもっとも古い寺院です。スコータイ王朝初期、このあたりに最初の集落が形成され、つづいて寺院が建立されたと伝わっています。 -
【説明板より】仏像 漆喰造・彩色 スコータイ美術、13世紀後期 ワット・プラ・パー・ルアンより
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【説明板より】礼拝する三人の天人 ワット・プラ・パー・ルアンより
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【説明板より】漆喰装飾 スコータイ美術、14世紀 ワット・プラ・パー・ルアンより
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【説明板より】ワット・トラ・ポン・トン・ランの外壁の漆喰彫刻が興味深い。
南側には、釈迦が母を帰依させた後、娑婆世界から天界へ降り立つ場面が描かれており、インドラ、ブラフマーをはじめとする諸天が両脇に侍る。
西側には父と親族に説法する仏陀、北側にはナラギリ象を調伏する仏陀の場面がある。 -
【説明板より】ミニチュア仏塔 砂岩 スコータイ美術、14世紀
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【説明板より】仏舎利容器またはミニチュア仏塔
このミニチュア仏塔はおそらくマハー・ダンマラーチャ1世王の仏舎利容器として用いられ、スコータイ旧市街のワット・サーシーにある同形状の本堂仏塔に安置されていた。
仏舎利堂の仏舎利室から発見された金箔碑文は、この仏舎利容器に関連するものだった。この碑文は、マハー・ダンマラーラ王の仏舎利を安置するため、1385年にマハー・ダンマラーラの師であるマハー・サンガラージャによって仏舎利塔が建立されたことを記録している。 -
13~15世紀、日本にも輸出されるほど人気を博したという、スコータイ近郊のサンカローク(宋胡禄)で作られた陶器です。日本では“宋胡禄”というと茶器として有名で、茶道が普及し始めた戦国時代から注目を浴びるようになり、江戸時代には茶人に広く持て囃されました。
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【説明板より】鉢の中の子供を抱えた人物
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スコータイ城内北側のヒンドゥー教寺院、ター・パー・デーン堂にあったとされる男女四体の砂岩の神像です。アンコール朝の影響を受けた、11世紀後半~12世紀中頃のロッブリー美術の特徴を有しています。
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【説明板より】1 神像―おそらく神殿の主神像
2 神像―おそらく主神の配偶神像
3-4 従属神像―おそらく守護神像 -
スコータイ城壁西側のテワライ・マハカセットに祀られていたという、14世紀の、左:ハリハラ(シヴァとヴィシュヌの合体神)と、右:ヴィシュヌの像です。ヒンドゥー教も研究していた仏教学者のリタイ王が作らせました。
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【説明板より】瞑想する戴冠仏 青銅、アユタヤ様式 15世紀
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【説明板より】争いをやめるよう諭す仏陀、青銅 アユタヤ美術、15~16世紀
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【説明板より】守護天使を表す扉パネル アユタヤ美術、17世紀初頭~18世紀 スコータイ県シサチャナライ郡 ワット・プラ・シラタナマハタート寺院より
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【説明板より】天井に取り付けられた星のように見える彫刻を施した木製装飾 アユタヤ様式、17世紀初頭~18世紀 スコータイ県シサチャナライ郡 ワット・プラ・シラタナマハタートより
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【説明板より】王室の紋章と文字を刻んだ板 ラタナコーシン様式、19世紀 スコータイ県庁より
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【説明板より】ミニチュア・ヴィハーラ 木製、ラタナコーシン様式、19~20世紀
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【説明板より】壺と蓋付き箱、青花磁器 中国美術、元朝、13世紀
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砂岩製の法輪(Dharmachakra)です。7~11世紀、モン族のヒンドゥー教都市国家群で隆盛したドヴァーラヴァテイー美術の作品で、ペッチャブン県のシー・テップ遺跡出土です。
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スコータイ空港ターミナルビルの出発入口です。
歴史公園の指定された場所に14:45頃に出向くと、既に送迎車が来ていました。往路とは違うドライバーが、到着時に撮影した私の写真を見て声をかけて来ました。車両は普通乗用車で、乗客は最後まで私1人でした。予約客が私だけだったか、あるいはワゴン車1台に乗りきれない数の予約があったかのどちらかと思います。今回はノンストップだったので、所要45分でした。 -
待合ロビーもいい雰囲気です。窓のない吹き放しの空間なので空調はありません。代替として、冷風機が設置されていました。
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無料の、軽食ビュッフェがありました。
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このようなものをいただきました。
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ロビーからキリンが見えます。この空港には動物園が併設されているのです。
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機内食です。
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雨期終盤のためか、かなり広範囲に浸水しているようでした。2週間後には、バンコクでも大雨のため市街地が浸水したそうです。
この後、無事スワナンプーム空港に到着しましたが、ARL空港駅の券売機が非常に混雑していました。台数が足りていないようです。
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