2025/10/28 - 2025/10/28
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東京都練馬区の郷土史の文化財や、残された自然などを訪ねての旅。
今回は「その2 中部」編 主に石神井川左岸地域を訪ねる。
表紙の写真は、練馬の農業の象徴でもあった巨大な「練馬大根碑」。
春日町の駅に近い愛染院の門前に建つ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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スタートは、都営地下鉄大江戸線光が丘駅前ロータリーからで、「その1」は北に向かったが、今回「その2」は南東方向へ。
光が丘駅 駅
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駅前(駅上)の、東西を貫く大通りを東に向かうと、郵便局、消防署、警察署がある官衙地区で、その東が、パーィタウン周囲を一周する外周道路との交差点になる。因みに東に直進すれば田柄町を抜けてメトロ平和台駅に至る。
今日は南に行くので、右折すると、右手には光が丘パークタウン「銀杏通り東団地」の14階建ての高層マンションが建ち並ぶ。光が丘パークタウン全体では12,000戸ほどの高層住宅がある。 -
「銀杏通り東団地」の南側には、区営の夏の雲公園テニスコートもあって、便利な団地だ。
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光が丘外周道路の外(東)側には、練馬区立「田柄梅林公園」がある。
田柄梅林公園 公園・植物園
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梅の花が咲く頃には人気があるが、秋は寂しい。
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さらに東に向かうと、練馬区立「ばなな公園」という小公園もある。
ばなな公園は文字通り黄色いばななの遊具があり、とても不思議な公園のよう。 -
さらに東側には、古くからの地主の家であろうが「相原家薬医門」という練馬区文化財の大きな門が保存されている。個人で文化財保存は大変であろう。
相原家薬医門 名所・史跡
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南に向いた薬医門は、左右の塀壁の漆喰や板張りと調和して一段と輝いて見える。
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やがて豊島園駅と成増駅を南北に結ぶ「豊島園通り」のバス道路に達する。
進行方向の南側は、こんな感じの低層住宅地で、光が丘地区とは対照的。 -
ほどなく「愛染院」の寺域に達する。
豊島園通り側は、葬祭場「愛染院会館」になっている。
地域の大規模葬儀では、ここが使われることが多く、何度も参列したことがある。 -
その東、「愛染院」の山門は朱塗りで新し目(昭和55年建立)。
愛染院の梵鐘 名所・史跡
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「愛染院」は、「練月山愛染院観音寺」といい、真言宗豊山派のお寺。
縁起では1624年の開山という。 -
こちらは、練馬区指定有形文化財の「愛染院の梵鐘(1701年)」が吊るされた鐘楼。
愛染院の梵鐘 名所・史跡
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こちらは本堂。昭和55年の建立という。
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「練馬大根碑」を捜してみたが境内にないので聞くと、山門前の参道を、富士街道に出る手前にあると教えてもらう。
写真は、参道の富士街道側から見た山門と本堂で、すぐの左側に練馬大根碑が建つ。練馬大根碑 名所・史跡
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「練馬大根碑」は巨大。あいにく午後で表面が蔭になってしまった。
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古来、富士大山詣でに使われたふじ大山街道(現富士街道)を西に進むと、先程の豊島園通りとの春日町交差点。
現在はすぐ南に環状8号線の立体交差ができたので、一体の交差点になっている。 -
春日町交差点から環状8号線外側歩道を少し西に行くと、「春日町かしのき緑地」がある。
公園の道路沿いに「圓浄法師像」がある。 -
「圓浄法師像」は、小さな祠に納めれている。
圓淨(えんじょう、文治5年(1189年)- 建長8年4月19日(1256年5月15日))は平安時代後期から鎌倉時代中期にかけての天台宗の僧とされる。 -
こちらは、練馬区立春日小学校で、校内に「尾崎遺跡」があって、出土品も展示されているというが、許可が必要そうで断念。
石神井川の崖には、古代から人が棲んでいた証。 -
練馬区立春日小学校から坂をくだると、石神井川沿いに新たに整備された真新しい「都立練馬城址公園」に達する。
1957年(昭和32年)に都市計画公園「練馬城址公園」に指定されたというので、遊園地から変わるのに、何と60年以上かかっている。
「都立練馬城址公園」は、豊島園正門側の石神井川右岸台地上部分と、こちらの石神井川左岸の川沿い部分がある。石神井川右岸台地上部分は2023年5月開園で、以前に訪問したことがあったが、こちらは初めて。開園が1年くらい遅かったのか?
こちらは、廃園になった遊園地「としまえん」のグランドや駐車場部分だったか? -
石神井川沿いは、河川改修されたとはいえ、大雨では浸水しそうに思え、公園での利用が無難かも。
後方の建物は、スタジオツアー施設ハリーポッター関連で、これも都市計画公園? -
西に進むと、石神井川左岸の傾斜地に建つ「高松八幡神社」に出る。
結構、大きい、由緒ある神社。 -
1060年代に源頼義の創建と伝えらる古い神社とされる。
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境内には、いろいろある。
こちらは、道祖神のような「夫婦社」で、縁結び、和合、子授けとなんでも可のよう。 -
こちらの「石造大山不動明王像」が有名なようで、練馬区の指定・登録文化財。
像は高さ47センチメートル、高肉彫りで、両眼を開き、左手に羂索、右手に宝剣を持ち、火焔光背を背にしている。 -
高松八幡神社から台地に登り、環状8号線を越えて高松地区を北西に進む。
こちらは高松の御嶽神社。 -
高松の御嶽神社は、天明期(1781~89)に木曽御嶽山への登拝が盛んになり、江戸で御嶽講が始まったとされるので、江戸末期の建立か?
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こちらは、鳥居脇にある「服部半蔵関係者がそののちに廃寺となった、近くのあった高松寺へ寄進した」とされる仁王像。(北西にある橋戸村が伊賀衆の給地だった縁らしい)。
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高松の御嶽神社から富士街道を西に進むと、谷原延命地蔵で、右に「はしど道」を分ける。右に行くと、現在の北原通りにつながり、三軒寺から橋戸村方面に行くことができる。
左の富士街道は、谷原交差点の六差路までは細くて、こちら向きの一方通行。谷原延命地蔵 名所・史跡
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これが、分かれ道の祠(屋根のみ)に立つ谷原延命地蔵。
台石には、安永4年(1775年)に谷原村の念仏講中が建てたと彫られているよう。 -
お地蔵さんの足下には「ふじ大山道」の石碑。
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右の旧「はしど道」は狭くて車両は一方通行、笹目通りを越えて北原通りになると普通の対面通交のバス通りになる。
この辺りまで来ると、表通りの裏側には農地も増えてくる。
しかし、カキ畑で出荷して経営が成り立つものかと感じる。 -
今日の最初の方で「相原家薬医門」を見たが、こちらは「増島家薬医門」。
塀がより頑丈そうな、練馬区文化財である。
今日は、ここまでで帰宅することにする。増島家薬医門 名所・史跡
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