2025/06/16 - 2025/06/28
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遂に、遂に、遂に行ってきました。アルザスへ一人で。
いや、いつも一人旅されている方は「何を大騒ぎしてるの?」だとは思うんですが、これ40年を超える私の夢だったんです。生まれた時からだから(苦笑)
20代になったばかりの頃、木組みの家が並ぶドイツやアルザスの田舎町に憧れ、よくあるロマンチック街道ツアーに参加したものの、自分の意志と違う動きもしなければならないツアー旅は、どこか消化不良で…。そんな時、ヨーロッパを一人旅する女性の指南書のような本を読んで、「絶対私も一人で可愛い街巡りに行く!」と心に決め、英会話教室に行ったりして準備をしたものの、一人で旅立つ勇気がもう一つなかったので実行できず、結局友人や夫と旅していました。結果、旅行先もいつの間にかアルザスではなくなり…。
そうこうしているうちに、結構歳を重ねてしまい、そろそろ個人旅行もキツイかな~と思いだし、ハタと気づきました。
私の海外旅行の原点、夢は何だったのか…コロンバージュ(木組みの家)の家々が並ぶ可愛い街を、一人で自由に旅したかったんじゃないのと。
そして一念発起、ポイ活で貯めたANAマイルで1年前からビジネスクラスを確保(結構苦労しました 笑)、1年かけてプランを練り旅立ちました。
私の生涯の夢を神様も応援してくれたのか、アルザス滞在中はずーっと快晴。アルザスの碧い空の下、青々と輝くぶどう畑や、お花が溢れる木組みの家並みを歩きまわるという夢が叶いました。
12日間も家を留守にして一人で遊びに行くのは、相方に申し訳ない思いもありましたが、快く?送り出してくれたことに感謝しつつ、20代のあの頃の心で過ごした10泊12日。その感動の日々をここで振り返りたいと思います。もちろん、アクシデントもありましたし、例のとおりいっぱい歩いたことは言うまでもありません(笑)
*** 5日目 後編 コルマール カイゼルスベルク ***
この旅行記は、その5日目(日程表★マーク)。エギスハイムから一旦コルマールに戻り、コルマール駅から鉄道と路線バスを使って、ベルクハイムとカイゼルスベルクに行った日の後編、コルマールからカイゼルベルクの様子です。
実はこの日がこの旅で一番トラブルが多い日でした。列車に乗ったり、路線バスも3路線使ったりと移動が多かったからってこともありますが、ま、私の慢心が起こしたことだったなと反省しております。といっても、笑えるトラブルですので、今となっては、今回の旅の話をするときに、いいアクセントになったなと思っています(笑)←早くも反省の心消滅
ベルクハイムは中世の城壁や見張りの塔がそのまま残っていたり、カイゼルベルクはその名の通り村を見おろす古城があったあり川が流れていたりと、コロンバージュの家並みだけでなく夫々に特徴があり、アルザスの村の奥深さを知ることができました。
ちなみに、カイゼルベルクは、私のアルザスの村お気に入りの第2位です。(←あくまでも個人的感想。1位のエギスハイムと僅差です)
【16,993歩】
*** 日 程 ***
6/16(月) 羽田 21:40発→
6/17(火)フランクフルト→ストラスブール→オベルネ→ミッテルベルクハイム→キエンツハイム→イッターズヴィル→ダンヴァッハ・ラ・ヴィレ→ニーデルモルシュヴィル→コルマール
6/18(水)コルマール
6/19(木)コルマール→エギスハイム
★6/20(金)エギスハイム→(セレスタ)→ベルクハイム→カイゼルベルク→コルマール
6/21(土)コルマール→リボービレ→ユナヴィル→リクヴィル→コルマール
6/22(日) コルマール→トゥルクハイム→オー・ケーニグスブール城→コルマール
6/23(月)コルマール→ストラスブール
6/24(火)ストラスブール→ナンシー→ストラスブール
6/25(水)ストラスブール→フランクフルト→ダルムシュタット→フランクフルト
6/26(木)フランクフルト→バッハラッハ→フランクフルト
6/27(金) フランクフルト発→
6/28(土)羽田着 8:10着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ベルクハイムからのバスは定刻通りコルマールに到着。
カイゼルベルク行きのバスまで30分ほどあったので、一旦ホテルに戻ってトイレに行き、再び駅へ。
駅にもトイレはあるんですが、ほら、おフランスの駅のトイレって便座がないんでね、出来れば利用したくないわけです。コルマール駅 駅
-
次のバスの乗り場はコルマール駅の一番北側(駅に向かって右端)から出る68R013番 Le Bonhomme行きです。
地元のおばあちゃんや学生さんなどとバスに乗り込みます。
観光客が全然いなかったので、ちょっと心配でしたが、バスに乗るときに行き先告げたら「OK!」ってチケットくれたので、間違いなさそうです。
…間違いはなかったのですが、このあとまたまた災難に見舞われちゃうんです私(笑) -
バスは小さな村にチョコチョコ止まりながらカイゼルベルクに向かっていました。
今回は、朝の列車の乗り間違えの反省から、グーグル先生で位置確認しながら進んでいます。
と、途中で乗ってきた女の子が、何やら運転手さんに話しかけたかと思うと、荷物を置いたまま途中の村の停留所で降りていきます。なんと、彼女のトイレ休憩。運転手さんは親切にトイレの場所を教えてあげていました(笑)。5分ほど彼女のトイレ帰りをここで待ってました。
バスのタイムスケジュールよりも、たった一人のトイレ待ちってのは、何とものどかな対応ですよね。日本ならそのお客さん降ろして、バスは出発しちゃいますもん。 -
再びバスは、小さな村を抜けカイゼルベルクに向け進んで行きます。
車窓に、グーグルストリートビューで事前に確認していたカイゼルベルクの街が見えてきました。が、バス停を通り過ぎていくではないですか。私のグーグル先生も、カイゼルベルクに着いてるよと言っています。
アルザスの村では、バス停を通り過ぎてからUターンしてバス停に戻って停まるところも時々あったので、そのパターンかしら…バスに乗るときに降りるバス停を言っているし大丈夫よね…と様子を見ていたんですが、一つ先の停留所も通過しちゃったので、こりゃおかしいと運転手さんのところに駆けつけ、横断歩道で止まったところですかさず「kAYSERSBERG VIGNOBLE - Porte Basseで降りるって言ったよね!」と言うと、「あ、そうだった」と次の停留所で止まり、「こっから戻れば大丈夫だよ」とニコリ。笑ってる場合じゃないっすよ…。かくして炎天下を10分程歩いて戻ったのでした。
ただでさえ、ベルクハイムで既にいっぱい歩いてるし、カイゼルベルクでは丘の上のお城に行こうと思っていたので、無駄に歩きたくなかったのに…。
このバスは、なぜか次に停まる停留所の表示も出なかったので、念には念を入れて気を付けていたのにこのざまでした。
ションボリ -
行き過ぎポイントからまっすぐ歩いて着いたのは、村のはずれにある「シュヴァイツァーの生家」でした。
私の計画では、村の南東にある「KAYSERSBERG VIGNOBLE - Porte Basse」というバス停で降りて、北に向かって歩いて行き、最後が北東にあるココ「シュヴァイツァーの生家」だったんです。
まぁ、完全に逆コースで回れば良いってことよねと気持ちを立て直し、さっそく村巡り開始。
ちなみに、ここは1952年にノーベル平和賞を受賞した「アルベルト・シュバイツァー博士」の生まれた家で、今は彼に関する博物館になっています。アフリカで人道的な医療活動を続けた方ですよね。シュヴァイツアー記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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シュバイツァー博士の生家から、整備された石畳を歩いて街中に入って行きます。
道は少し下っていました。
カイゼルスベルグはアルザス地方とロレーヌ地方を結ぶ谷にあり、高い所にあるお城から、通過する人や物を監視して関税を取ることができると、神聖ローマ帝国の皇帝がこの地に目を付け、丘の上の城とこの辺りの土地の所有権を帝国のものとしたことが、この街の起源だそうです。
ということから、ドイツ語の皇帝 「Kaiser」+ 山 「Berg」で「カイゼルベルク」という名前になったわけなのですが、今はフランス領なのにドイツ語の名前のままというのが面白いです。 -
道を下りきったあたり…と言っても2分ほど歩いたところに、川が流れています。
そしてその上には少し古びた石の橋が架かっています。
この橋は、それまでの木製の橋の代わりに1514年に建てられたもので、街の防衛を強化するために、ボージュ山のピンクの砂岩を利用して重厚な石造りの橋として生まれ変わったのだそうです。
「要塞橋」とも言われているようですが、川からの侵入を阻止するために欄干に銃眼も備えられているんですよ。 -
橋の中央には神聖ローマ帝国とこの街の紋章があしらわれた、小さな礼拝堂があります。中には18世紀に作られた聖母マリア様がいらっしゃいます。
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村の真ん中に流れるこの川は「ヴァイス川」といって、村を縦にS字型に縦断しています。
カイゼルブルク独特の、川と木組みの家の景観…私の一番のお気に入りの風景です。 -
この日もとても暑かったのですが、涼しげな音色を奏でながら流れるヴァイス川のほとりにいると、ほっとします。
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川の横に建つ小屋が、水を引き込んでいました。昔の洗濯場かしら?
ちゃんと水門が付いているので、水量を調節して引き込んでいるみたいです。 -
この川のほとりには、例のプレートがありました。
2017年に「フランス人が最も好きな村」で第1位になった証です。
ホント美しいですもん、当たり前田のクラッカーな村ですよ。
ちなみにこのプレート、設置して数週間後に盗難にあい、2つ目が贈られたんですって! -
橋を渡るととても大きな家がそびえています。
上層階は木組み、下層階はピンク色のヴォージュ砂岩で建てられているそうです。今は白く塗られていますが、窓周りや建物の両隅にその名残がありますね。
この建物は、1600年の「ヨハン・フォルラート」が建てた宿屋兼レストランで、要塞化された橋のそばに位置していたため、「橋の宿屋」と呼ばれていたそうです。当時はワイン購入のための手続きをする役人が住んでおり、ワイン販売に関する重要な場所だったそうです。ただその後その役割も終わり、1872年に村は2階に宴会場を、1階に市営浴場と洗濯場を設置したので「Bad-Hus バッドハウス」と呼ばれるようになったそうです。
ちなみに今は、この建物の川側に観光客用の公衆トイレがありますよ。 -
橋を渡った突き当りには、見事な彫刻と彩色が施されたルネサンス様式の愛らしい家があります。
これは「ヘルツァー邸」といって、1592年に鍛冶屋の「ミヒャエル・ヘルツァー」のために建てられたものです。
石造りの1階(砂岩の瓦礫を石灰モルタルで覆い、ペンキで塗装したもの)の上に木組み家が建てられています。ドアと窓はピンク色のヴォージュ砂岩で縁取られています。大きさの違うアーチ窓がユニークですよね。
2階は道路側に張り出した構造になっており、後方は城が築かれた岩の上に支えられているという特徴があります。 -
目を引くのは2階と3階部分の装飾です。
2階の木造の壁面左右には、男性と女性の像が彫刻された角柱が施されています。彩色された窓枠が綺麗なのですが、その窓枠の下の木の部分に何やら文字が刻まれています。これは修復工事に対する批判を暗示するドイツ語の刻銘なんだそうです。なんだかなぁ…
3階部分は街路に面したロッジア(屋根付きの半屋外空間)になっていて、その柱はねじれた形状で、美しく彩色されて彫刻装飾が施されています。これらの柱には、建設年(1592年)と修復年(1908年)が刻まれています。
格子状になっている切妻屋根の部分は、屋根裏に木材を保管するための高い扉があります。扉の上には1907年につけられた彫刻された滑車があります。この滑車はまるでガーゴイルが家の内部から現れているかのように見えます。 -
「ヘルツァー邸」に突きあたったら右に行くと旧市街中心、左に行くと小さな路地なんですが、ちょっと寄り道して小さな路地「フォルジュロン通り」に行ってみます。
とても小さな路地なのに、左に曲がる人が結構います。その理由の一つはこのお店だと思うのです。
路地の入り口すぐのところにあるのですが、お店の前庭の飾りつけがとにかく華やかなんです。 -
花を飾るのはもちろんですが、崖を利用してアルザスの民族衣装を着た人形を飾っていたり、鳥の人形を置いていたり。
家の壁にもアルザスの風景のタイル画が貼られていました。
お店は高級土産物店って感じで、比較的お高いアルザスの食器などが並んでいました。 -
この「フォルジュロン通り」は、山と川に挟まれた狭い通りなのですが、その狭い通りの両脇にびっしりと家が並び、なんとも趣ある通りですので、文字通りの「寄り道」をお勧めします。
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けばけばしくなくて素敵です。
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「フォルジュロン通り」を2分ほど歩くと木製の橋が現れます。
橋を渡って後ろを振り返ると、木組みの家越しに「カイゼルベルク城」が見えていました。
街歩きは時々振り返ることが必須ですよね。まっすぐ歩いていたら、この景観に気づきませんでしたもの。 -
橋の上からゼラニウム越しに木組みの家たちをパチリ。
カイゼルベルクは「花いっぱいの街/村コンクール」で2つ花を受賞しています。
エギスハイムやベルクハイムの4つ花(最高賞)には及びませんが、十分美しいです。 -
ちょっと寄り道しちゃいましたが、旧市街中心へ戻ってきました。
可愛い看板見つけて写真撮ったんですが、背後の建物のインパクトが強くてちょっとよくわかんない写真になっちゃいました。がっかり。 -
そういえば、この村ではまだコウノトリにお会いしていないなぁと思っていたら、窓辺に面白いものが。
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右側のコウノトリさんはちゃんと赤ちゃん運んでるんですが、左側のコウノトリさんはビールがぶ飲み中(笑)
洒落た装飾ですよね。 -
街の中心部に近づくにつれ、凝った形の家も現れます。
この家の出窓は2階から3階までつながっています。 -
綺麗な看板シリーズです。
コウノトリがアルザスのお菓子クグロフをぶら下げていますよ。 -
この家は、この村で最も優美な外観の家と言われる1739年建造の「ルヴェルト邸」です。言われなくてもそう思いますわ。
木骨造りの壁、美しい多角柱の塔が組み入れられた独特のデザイン、切妻屋根と二間柱のロッジア、そして聖母子を描いた壁画が特徴的なこの建物は、正面の壁画から「聖母の家」とも呼ばれています。
今はパン屋さんですけどね。 -
そしてこれは、村の中心にある1230年に建てられた「サント・クロワ教会」です。
ただ、15世紀に改築されたため、教会の遺構はほとんど残っていないそうで、銅板屋根の鐘楼は19世紀に作られたものだそうです。しかしながら、歴史あるティンパヌムを備えた壮麗なロマネスク様式の正門だけは当時のものだそうです。サント クロワ教会 寺院・教会
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こちらがそのロマネスク様式の正門です。
ティンパヌムには、聖母マリアが三位一体の神から冠を授けられる場面が彫刻されています。 -
そして教会の広場には、ルネサンス様式の「コンスタンティヌス1世の泉」があります。泉の中央で十字架を背負っている「コンスタンティヌス1世」(キリスト教の聖人)は、1521年に教会内の祭壇画の作者と同じ「ジャン・ボンガルト」によって作られたそうです。
泉の後ろのお土産屋さんもお気に入りです。 -
教会の隣にある立派な建物は、皇帝執行官(カイゼルベルク領土における皇帝の直接の代表者)の住居および行政センターとして、「ドミニク・ヘーヒャー」によって1604年に建てられた旧市庁舎です。
ライン川流域でよくみられるルネサンス様式の優美な外観で、彫刻が施された塔が道路に迫り出しています。中庭を囲むU字型をした3階建てです。
人口が2500人ほどしかいなかったのに、随分立派な市庁舎を持っていたんですね。
今は展示会場になっているみたいですが、1階には観光案内所が入っています。 -
中庭の壁は、神聖ローマの帝国都市として認められた場面を描いたフレスコ画に彩られているとのことだったので、中に入ってみたのですが、中庭を使って絵画の展示会をしていたので、肝心の壁に絵画が飾られちゃって全く見えませんでした。
でも、中庭を囲む木製の廊下の雰囲気は素敵でした。 -
市庁舎に隣接する家屋は第二次世界大戦中に破壊されてしまったので、跡地は再開発され、市庁舎広場となったそうです。
この市庁舎広場の奥に「カイゼルベルク城」へいく道があるということなので、奥に入って行きました。
ちなみに「HOTEL DE VILLE」って書いてありますが、おフランスではホテルではなく市庁舎の意味です。 -
市庁舎広場の奥のアーチ屋根を潜ると、城壁沿いの公園のようになっていて、目の前にはぶどう畑の丘が広がっています。そしてその奥にはお城の塔が見え、テンション上がります。
この畑の脇にお城へと続く石段がありますので、老体にムチ打ち登りますよ~ -
暑さのせいなのか、相当歩いた後だからなのか、寄る年波だからか、結構息が切れてきたころ、少し開けたところに出ました。
そして振り返ればこの景色。疲れがいっぺんに吹き飛びます。
ただここはまだ道半ば、美しい景色で息を整えたらまた登りだします。 -
途中に、こんな洒落たものがありました。なんと木製の額縁が置いてあるんです。
こうやって「絵のような美しさ」の景色を絵のようにしちゃってくださいってことですよね? -
角度を変えて、サント・クロワ教会の塔も入れた絵にしてみました。
遊び心にまた疲れを忘れ登って行くと… -
着きました~ 麓から階段と坂道登を上ること10分で「カイゼルベルク城」に到着です。
ケゼルスベール城 城・宮殿
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お城の入口前からの眺めです。
神聖ローマ皇帝も見ていた眺めなんですよね -
カイゼルスベルグ城は、13世紀前半に建てられたもので、後期ロマネスク様式の重量感ある外観が特徴的です。ま、この写真の円柱状の主塔とそれに続く城壁しか残っていませんけど…。
この主塔の高さは4mで、中に入ることができます。この塔を上って最上部から景色を見ることもできるようでした。でも、私は登りませんでした。
最初の予定は、この城は村に到着してすぐに登って、もちろんこの塔にも上がるつもりだったんですが、ほら、バス乗り越しちゃって逆回りで村を歩いたんで、ここが終盤になっちゃったんです。必然的にめちゃくちゃ歩いた後で、もう相当体力使っちゃってて…
もう少し若かったら、絶対に上ったんですが、無理をすると翌日足腰痛くなっちゃう年になってしまったので、今後の日程のことを考えて我慢しました。 -
この塔の麓からもカイゼルベルの村が見渡せましたから、良しとします。
ジオラマみたいですけど、ちゃんと人が住んでる本物の村ですよね。 -
この城から見たアルザス平原と遠くに広がるドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)の壮大な景色は、この旅の中でも指折りの眺めでした。
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お城から降りてきたところで時計を見たら、16:30。帰りのバスの予定は17:51だったので、まだまだ時間があります。というか、あり過ぎです。
30分ほどカフェで休憩して、また村の横道に入ったりしてブラブラ…。
壁に可愛いペイントがある家があるわ~と思ったら、アルザスでよく見かけるジンジャ―ブレッドのお店でした。店内の天井にも大きいジンジャ―ブレッドマンの絵が(笑) -
エギスハイムに引き続き、窓辺の熊さん発見!
ここも可愛いからクッキーのお店とかかしら?と思ったら、「BAR WINSTUB」って書いてありました。熊さんの人形とお酒の組み合わせも、ここならありか。 -
「ヴァイス川」沿いには、昔の洗濯場の跡もあります。
村の女将さんたちがここに並んでおしゃべりしながらお洗濯していたんですね~ -
やはり水のある景色は癒されますね…
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村の中心からヴァイス川を渡って南に出てきました。
先に見えているのがケスラー搭で、1427年に建てられた防御塔です。
お!屋根の上にコウノトリ発見。この村で初めてのコウノトリです。
この塔は、第二次世界大戦の時、ドイツへの強制徴兵を拒否した20人がここに監禁され、悲劇的な最期を迎えたそうで、塔には監禁された20人の名前が刻まれたプレートが付いていました。
この塔まで来たら、バス停は目と鼻の先。予定のバスの時間まで30分ほどありますが、バス停のベンチでのんびりバスを待つことにします。老体は無理はしないのです。 -
バス停の前には14世紀の城壁があります。カイゼルベルクの城壁は二重になっていたそうで、外側の城壁だったところが道路になっているそうです。このバス道路はその城壁跡の道路にあるんです。
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コルマールへ戻る68R13番のバスが停まるカイゼルベルクのバス停は、来た時に降りそこなった村の南東の入口にあるバス停「Porte Basse」の他に、村の城壁沿いに3か所あります。このバス停は「Porte Basse」から2つ目の「Collège」で、「ケスラー搭」のすぐそばのバス停です。
と、待ち始めてほどなくバスがやってきました。乗る予定だった「Porte Basse」よりも数分早くバスはここに到着するはずですが、まだ10分以上早い到着にびっくり。でも間違いなく行き先表示はコルマール。ちょっと不安でしたが、乗っちゃいました。
そしたらなんとこのバス、「Porte Basse」には行かず、来た時とは違う道でコルマールへ。「Porte Basse」の時刻表を見ていた私には、知る由もない別ルートだったようなのです。
あとから調べたら、68R013番のバスはキエンツハイム村を通るものとアンマーシヴィア村を通るものがあり、アンマーシヴィア村を通るものは「Porte Basse」を通らず3分ほど早くコルマールに着くみたいでした。
ちなみに、バス停に貼ってある時刻表は、私の頭上のはるか上にあり、めちゃめちゃ小さい字なので、私には全く見えないのです。辛かった…。 -
とりあえず、間違いなくコルマールへは行くようなので、ほっとして車窓の景色を楽しんでいたら、何やら滋賀県の「とび太くん」のようなものが現れました。
「とび太くん」と違うのは、ちゃんとしたお人形で、おフランスの少年ですから、背中のリュックに「MERCI」と書かれています。そして横断歩道の向こうにはワインの樽(笑) -
バスを待つバス停を変え、早めに待っていたことで、別ルートの早いバスに乗れたので、予定より30分ほど早くコルマールに帰ってきました。ラッキー!!
そして今日のディナーはこれ(笑)
駅のパン屋さんでチキンサラダを購入。バケットも付けてくれました。
が、もうちょっとしっかりお腹に溜めたいなと思ったので、日本から持参したフリーズドライの梅しそリゾットも添えました。
めちゃ美味しかった~
明日は、「リボーヴィレ」、「ユナヴィール」、「リクヴィール」と、アルザスワイン街道で一番メジャーな村々を巡る予定です。
どんな村が待っているのかなぁ~コルマール ホテル ホテル
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