2025/05/29 - 2025/05/29
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千葉県一宮町に鎮座する「玉前神社(たまさきじんじゃ)」は、古代より上総国の一之宮として崇敬を集めてきた由緒ある神社です。
太平洋に面した九十九里浜から約3kmほど内陸に位置し、海の気配がほのかに漂う高台に鎮座します。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
千葉県一宮町に鎮座する「玉前神社(たまさきじんじゃ)」は、古代より上総国の一之宮として崇敬を集めてきた由緒ある神社です。
太平洋に面した九十九里浜から約3kmほど内陸に位置し、海の気配がほのかに漂う高台に鎮座します。
神社前の通りから玉前神社社頭の眺め。
ほぼ東を向いて建てられた朱の明神鳥居は、神社が海と深く結びついた信仰の場であり、春分・秋分の日には太陽が参道を照らす「ご来光の道」としても知られています。 -
上総國一之宮玉前神社社頭。
一宮町の由来となった古社で、社頭の大鳥居の右には「上総國一之宮 玉前神社」の社号標が建てられており、両脇に一対の狛犬を構えています。 -
社頭の境内マップ。
玉前神社の海抜は、およそ10メートル前後、境内は「津波一時避難場所」になっており、神社が住民の暮らしに寄り添う存在であることを示している。 -
境内の由緒。
『【祭神】 玉依姫命
玉依姫命は海(龍宮)よりこの地におあがりになり、姉神 豊玉姫命より託された鵜茅葺不合命をご養育、後に命と結婚されて初代天皇神武帝をお産みになられました。
ご祭神が私達の生活全般をお守りくださるのは勿論ですが、わけても安産・子育てのお働きに象徴される女性の守護神として、また「龍宮」の意味する豊かさや喜びをもたらし、男女をはじめ人のご縁を結ぶ神として古くより信仰されています。
【由緒】
創始は古く詳らかではありませんが、延喜式内名神大社、 また上総国一ノ宮として平安時代にはすでに日本の中でも重きをおくべき神社とされていました。
明治4年には国幣中社に列しています。
昭和23年に当時皇太子であられた今上陛下がご参拝、 同28年には昭和天皇、平成四年には今上陛下より幣僕料を賜りました。
また千葉平氏上総権介平朝臣広常をはじめ、源頼朝の妻の北条政子懐妊に際して安産祈願の奉幣、徳川家康が神田十五石を寄進するなど武門の崇敬も多く厚いものでした。【例祭】
9月13日 ご例祭と神幸祭
大同2年(807)に始まったと伝えられ、当地方で最も古い浜降神事です。
「上総の裸祭」といわれ、ご祭神由縁の釣ヶ崎海岸に十二柱の神々が集われる壮大な祭儀です。
裸の男達が神輿を奉じて九十九里浜を疾走します。
【文化財】
国指定重要文化財「梅樹双雀鏡」、県指定有形文化財「玉前神社社殿」などがあり、県指定無形民俗文化財「上総神楽」 は300年の伝統をもち現在でも年七回奉納されています。』
玉前神社は東国における神武天皇の母神信仰の中心地とも言え、神話と歴史が交錯する場所でもあります。 -
鳥居をくぐると、ニノ鳥居の先の静寂に包まれた社叢に包まれ社殿は鎮座します。
社殿はほぼ西向きに建てられており、社頭の鳥居はほぼ南向きに建っています。 -
ニノ鳥居の右手に湧く「御神水」は、古来より心身を祓い清める霊水として崇敬されてきた。
鉄分を多く含むため時間の経過で赤みを帯びるようですが、定期的な水質検査を経て飲用も可能とされており、採水されていく参拝者の姿もありました。 -
ニノ鳥居。
狛犬の先で参道は二手に分かれ、右が社殿方向、もう一方は境内社の稲荷社、三峯神社へ繋がっています。 -
鳥居の銅製扁額には「玉前神社」と刻まれています。
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ニノ鳥居で守護する狛犬。
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頭部が小さく筋肉質な体形は凛々しい姿をしています。
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狛犬の先の参道正面は、赤い幟がはためく玉前稲荷神社と鳥居の先が三峯神社。
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玉前稲荷神社本殿。
五穀豊穣や商売繁盛の神として広く崇敬され、玉前神社でも身近な祈りの対象となっている。 -
三峯神社社頭。
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手水鉢。
土台に中宿と彫られており、安政年間に信者によって中宿に分祀したもので、昭和44年に玉前神社に遷座されたもの。
側面に文字が刻まれていましたが、読み取れなかった。 -
本殿は昭和41年に改修されたようです。
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上は拝殿に向かう参道の両部鳥居。
下は鳥居の右の手水舎で訪れた時は修繕が進められており、木材の台座に乗せられた瓦葺の屋根が印象的で、柱の補修中だろうか、なかなかこうした光景は見られないものです。 -
石段を上ると、正面に注連縄が掛けられた拝殿が現れる。
両脇の石垣には奉納者の名が刻まれ、長年にわたる信仰の積み重ねが感じられる。 -
境内右手には、朱塗りの神楽殿が建つ。
春季・秋季の例大祭では、三百年の伝統をもち、県指定無形民俗文化財に指定されている「上総神楽」が奉納されます。 -
招魂殿。
社殿は神明造で、大正12年(1923)に建立されたもの、日清・日露戦争から第二次世界大戦に至るまでの一宮出身戦没者325柱を祀っている。 -
玉前神社社殿。
現在の本殿は黒漆塗りの権現造りで、貞享4年(1687)に造営されたもの。
拝殿は唐破風・入母屋銅板葺きで、正面の高砂の彫刻は左甚五郎の作とも言われています。
祭神は玉依姫命をお祀りし、縁結び・子授け・出産・養育・安産・縁結びの御神徳が得られるという。
玉前神社は兵火にかかり記録を焼失しており、定かではないようですが、延喜式神名帳にも上総国埴生郡「玉前神社 名神大」と記されており、1200年以上の歴史を誇るとされます。
当神社は房総半島東端の神社で、玉前神社から西に向かい、寒川神社・富士山・竹生島・元伊勢内宮皇大神社・出雲大社と一直線に配置された光の道上に鎮座し、春分と秋分の日の太陽はこのライン上を通過していきます。
神社によっては春分と秋分の日の年二回、鳥居の先から日が昇り、その光は神門を照らし、幣殿に安置された鏡に届くように配置されたところもあります。
偶然なのか、意図したものか真意を知る術はありませんが、不思議なものを感じます。 -
境内左手には、以下を祀る「十二末社」が鎮座します。
・軻愚突智命(愛宕神社)
・誉田別命(八幡神社)
・事代主命(三島神社)
・白山比売命(白山神社)
・大山咋命(日枝神社)
・大山祇命(山神社)
・木花開耶姫命(浅間神社)
・八衢比古命・八衢比売命・久那斗命(塞神社)
・大物主命(蔵王神社)
・少彦名命(粟島神社)
・櫛御毛野命(熊野神社)
・罔象女命(水神社)
これらは一宮町内に祀られていた神社を明治元年に遷座したもの。 -
十二末社の彫飾り。
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境内西側の脇参道鳥居。
鳥居を構えた脇参道はこの他に参集殿の脇にもある。 -
境内の一角に一宮町指定文化財史跡「芭蕉の句碑」が佇む。
碑には、「たかき屋にの 御製の有難を今も猶 叡慮にて賑ふたみや庭かまど はせを」と刻まれ、芭蕉が元禄元年(1688)秋冬の頃に、仁徳天皇を称え詠んだ句とされる。 (はせをは芭蕉を指す)
左には「名にしおはヾ 名取草より社宮哉 金波」の句を発句とする表十句が刻まれ、「無尽言」の題字とともに百四十九句が刻まれ、起名庵金並みの芭蕉景仰の漢文銘画あり、左端に「明治紀元戊辰晩秋 催主 千丁 河野五郎兵衛」とあり、起名庵金波・河野五郎兵衛一門によって建立され、書も金波といわれている。平成4年に町指定文化財となった。 -
拝殿左手に広がる玉砂利の円形空間は、「はだしの道」と呼ばれる玉前神社独自の祈願所です。
はだしの道は「西山」と呼ばれる小さな岩山を中心に作られ、海から寄せられた石に霊力を感じて神として祀ったという信仰に基づく。
参拝者は靴を脱ぎ、はだしで玉砂利の上を時計回りに三周歩くことで、願いが叶うと伝えられている。
一周目で「無垢」となり、二周目で「気を入れ」、三周目で「気を満たす」とされ、足元から土地の霊力を受け取るという古代的な感覚が息づいている。
玉前神社が光の道の東端に位置することも相まって、関東ではスピリチュアルスポットとして知られているそうです。
敷かれた玉砂利は角の取れたもの、角のあるものが入り交じり、はだしでの三周は修行に通じるものがあり、人生そのものかもしれない。 -
格式の高い黒漆で塗られた玉前神社、古代から続く太陽と海の信仰が息づく聖地で、神話の世界が現代にも受け継がれていることを感じるでしょう。
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千葉県長生郡「上総國一之宮 玉前神社」
創建 / 不明
祭神 / 玉依姫命
境内社 / 十二末社、玉前稲荷神社、三峯神社、招魂殿
所在地 / 千葉県長生郡一宮町一宮3048
参拝日 / 2025/05/29
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