2025/04/23 - 2025/04/28
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公共交通トラベラーkenさん
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2025年4月23日(水)~28日(月)までの5泊6日で広島・岡山方面を回ってきました。
前半2日間は広島県福山市に宿泊して福山駅周辺のサイクリングと、ジブリ映画「崖の上のポニョ」の舞台となった鞆の浦の散策を楽しみました。
後半は岡山県倉敷を起点に、島に渡ったり、山奥の鉱山跡を探検したり、宗教都市を散策したりと、かなり盛りだくさんな行程になりました。
旅行記その4は備中高梁と吹屋の町散策です。先日まで瀬戸内海沿岸から一転、電車とバスを乗り継いで内陸に発展した都市を観光します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテルの朝食。プレートに乗っているものが基本のメニューです。そのほかにパンとかカレーとかちょっとしたおかずとかを自由にとって食べることができます。
どれも結構美味しかったです。 -
JR伯備線に乗って備中高梁駅に向かいます。
高梁市は岡山県の中西部に位置する市で、中心部は備中松山藩の城下町であり、山城の松山城(備中松山城)で知られるそうです。旅行に行くまで全然知りませんでした。 -
備中高梁駅を出てまちを歩きます。
駅前の大通りを北に向かって5分ほど歩いたでしょうか、普通の民家の入り口に「ロシア文学者米川正夫 人間国宝(筝曲)米川文子 生誕の地」と書かれたプレートがありました。青空文庫でドフトエフスキーやトルストイの作品を見ると翻訳者に米川正夫の名前がたくさん出てきました。
高梁駅の周辺には吉備国際大学高梁キャンパスがあり、学生さんの姿も多くみられました。岡山の山奥のド田舎に来たつもりだったのですが、私が知らないだけで、実はものすごく文化レベルの高い町だったみたいです。大変失礼致しました。 -
高梁市郷土資料館に到着。ここは、明治37年(1904年)建築の旧高梁尋常高等小学校の本館だった建物で、市の重要文化財に指定されています。開館時間は9:00からということで、まだ少し早かったのですが、受付のスタッフの方が普通に入館させてくれました。
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市民の協力によって収集された江戸時代から昭和初期にかけての生活用具など、約3000点が展示されているそうです。
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1978年に郷土資料館として開館したということですので、資料館としても50年近くの歴史を持っています。
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大量の資料が陳列されている一昔前の博物館展示です。私はこういう展示がかなり好きです。
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とにかく数が多いので自分の好きなものを見つけてじっくり見るのがいいでしょう。
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民俗仮面や人形は気持ち悪くて大好きです。
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かるたやめんこ、けん玉などの玩具。
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木製のスキー板。
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地元の臥牛山の国有林から採れた、柾目で節がない良質な樅材を用いて建てられた立派な学校建築です。展示だけでなく建物自体も見どころになっています。
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昔の学校机。とても小さいです。
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1972年(昭和47年)まで現役の校舎として使用されていたそうです。
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ポンポン船の写真。大正の終わりに山根左中という人が開発した船。
小型の船に廃物の飛行機のエンジンとプロペラを取り付けたもの。 -
プロペラもきれいに残っています。
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サルノコシカケと木野山神社のお札。狼のお札がカッコいい。関東では御嶽神社や三峯神社が有名ですが、この辺りでは「狼の木野山さま」が崇敬を集めているそうです。
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古い広告でしょうか。絵柄が味わい深いです。
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これは薬屋の看板類。
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これも薬の看板ですね。
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備中松山城の模型。現存天守12城の一つで、唯一の山城ということらしい。今回はこの模型を見るだけで終了とします。
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2階にもいろいろな展示品が並んでいます。こちらは消防ポンプです。
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大きな船が展示されています。かつては町の西側を流れる高梁川を利用して河口の玉島港(倉敷市)まで物資の輸送が盛んに行われたため、高梁は物流の中心として発展しました。これはおそらくその当時の高瀬舟でしょう。
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明治時代、高梁では葉タバコの生産が盛んでした。
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葉タバコの栽培やタバコの製造に使用する道具が展示されています。地域の歴史的特色がわかって良いですね。
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棺桶を運ぶ大八車だと思ったら、牛乳配達車でした。
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お祭りで使用する太鼓台。「千載楽(せんざいらく)」と呼ばれるものらしい。旅行2日目の鞆の浦でも同じものを見ました。
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コトコト馬『市内の巨瀬町や有漢町などで小正月や婚礼の夜に雨戸をコトコトと叩いてこの藁馬を置いておくと家の人は代わりにご祝儀やお酒を出して置く風習がありました。」と解説があります。ネットの記事ではさらに、「この時、祝儀は家人にばれないように、つまり家人に挨拶もなしに持って帰るのが習わしで、反対にもし見つかれば捕まってしまうのだという。」とも書かれています。
なんとも不思議な風習です。 -
2階は広い講堂になっています。一番奥に2重の戸で仕切られた小部屋がありました。解説によるとこれは奉安殿というもので、教育勅語と御真影(天皇、皇后の肖像写真)を安置するための場所らしい。
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講堂は桃山風の豪快な二重折上格天井(にじゅうおりあげごうてんじょう)になっています。
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牛。
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いい感じの鬼の面があります。備中神楽面です。
最後に立派な玄関の前で記念撮影(スタッフの方が撮ってくれました。)して、街歩きに戻ります。 -
高梁基督教会堂。明治22年建築、現存する岡山県最古の教会です。
高梁基督教会堂 寺・神社・教会
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中はすっきりとしています。
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紺屋川通りを進んで線路を渡ると寺町という地名になります。その名の通りお寺が現れました。
臥牛天神社 寺・神社・教会
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天柱山 頼久寺の立派な階段。小堀遠州作庭のお庭がウリのお寺らしい。あまり興味がないのでパスします。
頼久寺 寺・神社・教会
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武家屋敷通り。
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山田方谷(やまだ ほうこく)は、幕末期の儒家・陽明学者、備中松山藩士。藩政改革に活躍した人らしい。先ほど見てきた高梁の葉タバコの増産をすすめたのもこの人でした。
大河ドラマになれば観光客が大挙して高梁を訪れるようになります。頑張ってください。 -
本町通にやってきました。
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高梁川と並行して伸びるこの通りには古い商家の建物が多く残っています。
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このあたりが備中の小京都と呼ばれる所以となるエリアでしょう。
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高梁市商家資料館
高梁市商家資料館 美術館・博物館
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享保年間、この地で小間物屋をはじめ、その後両替商、高瀬舟の船主等を経て醤油製造で財をなした豪商池上家の家です。
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休憩所も兼ねているので無料で入れるのですが、敷地は思いのほか広く、展示されている資料も豊富です。
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土曜日ですが観光客の姿はあまり見られません。午後になればもう少しにぎやかになるのかも。
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古い町家建築のみどころの一つ、袖壁です。
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こちらは板暖簾というもの。庇の下に吊り下げられた帯状の板で、日差しを防ぐ目的で付けられたものなんだそうです。
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瓦の側面に何か模様があります。蜘蛛か蟹?
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こちらは昭和レトロ。この時代の建物も早く保存対象になってほしいものです。
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これも早急な保護対策が必要です。
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これも保護対象ですね。
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アーケードが現れました。特に商店街としてのデコレーションは見当たりませんが、骨組みだらけの屋根がかえってオシャレに見えます。
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高梁市歴史美術館にやってきました。
高梁市歴史美術館 美術館・博物館
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備中神楽と西林国橋という特別展に入りました。内部は撮影禁止でしたが、古い神楽面などなかなか興味深いものが展示されていました。
実際の神楽の様子もビデオで流れていてわかりやすかったです。入館のオマケとして備中神楽面の絵が描かれた缶バッジをいただきました。 -
備中高梁の観光はこれで終了です。最初は吹屋行きのバスの待ち時間の時間つぶし程度のつもりだったのですが、予想以上に見る場所の多いエリアだったので、かなり充実した観光になりました。
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備中高梁駅からバスに乗り換えて約1時間、岡山県高梁市成羽町にある吹屋地区を目指します。
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イメージ通りの田舎道です。
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吹屋に到着。ここは江戸時代中期頃より、吹屋銅山を中心とする鉱山町として発展した地域です。幕末頃から明治時代にかけては、銅鉱とともに硫化鉄鉱石を酸化・還元させて人造的に製造したベンガラ(酸化第二鉄)の日本唯一の巨大産地として繁栄を極めたそうです。
バスの車窓から見てきた田舎風景からは想像できない大きな集落が突然現れるのがとても面白い。吹屋ふるさと村 名所・史跡
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そして街並みがベンガラ格子と石州瓦による赤褐色で統一されており、他では見られない特別な景観を楽しむことができます。
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もうお昼になるので、先に腹ごしらえをします。
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「スープカレーの店 つくし」という店に入りました。
こちらは野菜カレー。美味です。吹屋郵便局 名所・史跡
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本日の日替わりメニュー 「海老好き専用とと海老スープカレー」私はそれほど海老好きというわけではないのですが、大変美味でした。
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吹屋の町観光開始です。事前の調べでは「吹屋EVトライクス」というお店でレンタサイクルをやっているということで、営業日も確認してわざわざ土曜日を選んで訪れたのですが、なぜかこの日はお店が閉まっていました。
このあと映画「八つ墓村」のロケ地として有名な広兼邸や吹屋の繁栄の元である銅山の笹畝坑道などを自転車を使って訪れるつもりだったのですが、大幅に予定変更しなければなりません。 -
吹屋の観光スポットを無料で巡ってくれる「グリーンスローモビリティ」というカートが走っていて、それを使えば広兼邸へも行けそうなのですが、備中高梁駅にもどる最終バスが15:42という早い時間なので、万が一を考えてやめておきました。
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そこで徒歩で吉岡銅山跡という場所に行ってみることにしました。
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吹屋の観光エリアから離れて、車もほとんど通らない道を歩きます。ちょうど藤の花が満開で、周囲では熊蜂がブンブン飛び回っていました。
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吉岡銅山跡入り口に到着。ここから谷の下に降りていきます。
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道は舗装されているので歩きやすいですが、結構急な坂道です。帰りが大変そうです。
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ようやくたどり着きました。一応観光客を歓迎する気持ちはあるようです。
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どうやら貸し切り状態のようです。
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諸注意
1,歩道は中央部分を歩くこと
2,橋も中央部分を歩くこと
3,草むらにはマムシが待っている。
なかなか恐ろしい場所のようです。 -
『吉岡銅山は、大同2年(807)の開坑とされ、江戸時代には地元の大塚家や大阪の泉屋吉左衛門(後の住友の祖)が経営を請け負い、西日本有数の銅山として繁栄しました。明治6年(1873)には岩崎弥太郎(三菱商会)が買収し、巨大な資本力と近代西洋技術の導入により、国内屈指の銅山となりました。昭和47年(1972)に閉山しましたが、坑道、選鉱及び製錬所、沈殿槽、大煙突への半地下式煙道等の遺構が残る貴重な産業遺跡です。』とあります。
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産業遺産は色々見てきましたが、ここは何というか「ほったらかし」感がすごい。
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八重桜が満開です。
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沈殿池跡
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きれいに遺構が残っています。そして自由に見学できます。
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黒っぽいレンガが積み上げられています。おそらく銅の製錬過程で出されるカスをりようしたカラミ煉瓦というものだと思います。
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山の斜面に要塞のような構造物があります。
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円形シックナー跡というものらしい。
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精錬所の看板があります。
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崖の下が精錬所だったようです。
さすがにここは立ち入り禁止のロープがはってありました。 -
煙道という看板があります。山の斜面に沿って溝があるのでおそらくそこが煙の通り道だったのでしょう。
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崖の上に登ってみます。
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所どころに穴が開いています。
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円形シックナー跡の上部。
ここまで自由に見学できる場所はほかにないと思います。近代産業遺産が好きな人は絶対に来るべきですね。ただし、安全確保は自己責任で、ということになります。 -
桜の咲く広場にポツンと残るトンネル。
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吉岡銅山から成羽という場所を結ぶ約20㎞のトロッコ軌道があったそうです。これはトロッコカルバートと呼ばれるトンネルらしい。
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さらに奥に進むことができます。間近に見られる産業遺産に夢中になりすぎて、道や橋の中央を歩け、とかマムシがいるぞ、といった注意事項は全部忘れています。
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こちらは結構朽ち果てた感じの遺構がいくつか残っていました。
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直流変換機室跡と地図に書かれている煉瓦積みの建物。
自転車を借りられなくて急遽選んだ場所でしたが、結果的に今回の旅行中でも屈指の神スポットとなりました。ここのおかげで旅の満足度が跳ね上がりました。 -
大通りの吉岡銅山跡入り口まで戻ってきました。道の反対側に腰折地蔵尊というのがあったので一応見ておくことにします。
吹屋ふるさと村 名所・史跡
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ちょっと山道の階段を上ったところに祠がありました。
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小さいお地蔵様がいらっしゃいます。銅山の狭い坑道内でかがみ姿勢の過酷な労働に従事した鉱山労働者によって祀られたといわれているそうです。
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吹屋の町に戻ります。帰り道は全部上り坂なので大変です。
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やっと町まで戻ってきました。街並みの最奥、千枚と呼ばれる地区を歩きます。
吹屋ふるさと村 名所・史跡
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本山山神社が小高い丘の上にあります。
先ほど訪れた吉岡銅山の守護神として祀られてきましたが、閉山とともに徐々に衰退し、平成11年(1999)には高草八幡神社に御神体が合祀されました。吹屋郵便局 名所・史跡
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境内から吹屋の街並みを見下ろすことができます。石州瓦で統一された美しい屋根が続きます。
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享保年間に地元の銅山経営者である大塚家が勧請した神社で、銅山の守護神である金山彦命などが祀られています。明治6年(1873)には吉岡銅山の経営が三菱鉱業の岩崎弥太郎に移りました。これを機に、三菱鉱業が神社の願主となり、三菱のマークが刻印された玉垣や鳥居を寄進しているとのこと。
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町の中心のほうに戻ります。
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バスを降りた時にはもう少し観光客の姿があったのですが、どこに行ってしまったのでしょう。
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旧吹屋小学校にやってきました。ここは平成24年(2012)まで、現役最古の木造校舎として使用されていた小学校です。明治6年(1873)に開校、東校舎・西校舎等は明治33年(1900)、本館は明治42年(1909)の建築です。
旧吹屋小学校 名所・史跡
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ここの内部は学校だった頃の様子がそのまま保存されているようです。高梁観光で高梁市郷土資料館を見学してきてしまったので、ここは外観だけでいいやということになりました。
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銅栄寺というお寺があるようなので石垣の階段を上がっていきます。
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今はあまりお寺として機能していないような感じです。あとでグーグルマップを見たら「日本遺産吹屋 銅栄 寺の百年桜 1本桜」という表示がありました。右上にある巨木がそうなのかもしれませんが、花の季節が終わっていたのでよくわかりませんでした。
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銅栄寺は江戸時代の創建と伝えられています。かつては小さいお堂で、「観音堂」と呼ばれていました。明治28年(1895)に当時の鉱山長が銅山盛業を祈願しました。願い叶い銅山経営は繁栄し、銅で栄えた寺という意味の「銅栄寺」と呼ばれるようになりました。
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お堂の扉が開いたので中も拝見します。
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小さな仏像がいくつか祀られていました。片膝を立てて頬杖をついてお行儀が悪いと思ったら、輪王坐(りんのうざ)という正式な座り方なんだそうです。
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境内にはお地蔵様などもありました。
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色褪せた千羽鶴が何とも言えない雰囲気を醸しています。
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「日本遺産吹屋 銅栄 寺の百年桜 1本桜」と思われる樹木の根元から見た吹屋の風景。
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石垣の下の段にきれいな花が咲いている樹木がありました。
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たぶん花海棠の木だと思うのですが、ちょっと自信がありません。
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旧片山家住宅にやってきました。1759年の創業以来200年余に渡って弁柄(ベンガラ)の製造・販売を手がけてきた旧家を見学できます。通りに面した外観の意匠がなかなか凝っています。
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主屋に先客が大勢いたので先に中庭のほうを見学します。
旧片山家住宅 美術館・博物館
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建物の壁にもベンガラが塗ってあるようです。触ると赤色が付着するので注意しましょう。ちょっと触ってみたら確かに指先が赤くなりました。
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宝永4年(1707)に始まった吹屋のベンガラ生産は宝暦11年(1761)ころに緑礬(ローハ)を原料とする製法が確立されて本格化しました。早くからベンガラ製造を手掛けた片山家(胡屋)は、窯元として弁柄仲間の株を永く保ち、大塚・広兼・長尾家とともに名字帯刀を許されるまでになりました。
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安政2年(1855)にはローハの製造も始めて、最盛期には3つの工場を経営し、建材や建具の塗料、陶磁器や漆器の顔料として国内に広く流通しました。
片山家は昭和46年(1971)まで弁柄屋を営業していたそうです。 -
中庭に立つ仕事場や蔵を利用して当時の様子がわかる資料がたくさん展示されています。
カラフルな印刷の胡屋のポスターがとてもきれいな状態で残っていました。 -
主屋の中も上がって見学できます。
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1階は店舗や応接の間で、2階が寝室や物置になっています。2階は入り組んだ複雑な作りになっていて面白いです。
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当主夫妻の寝室。なぜか一番天井の低い屋根裏部屋みたいな場所にあるのが不思議です。
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主屋は江戸時代後期に建てられた後、江戸時代末に仏間、明治時代に座敷が増築されたそうです。そのせいでしょうか、不思議な段差がたくさんあります。
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続いて片山家の向かいにある吹屋ふるさと村郷土館に入ります。
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こちらは片山家の総支配人片山嘉吉が分家され、明治12年に完成させた建物です。
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こちらも上がって中を自由に見学できます。
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柱や梁には驚くほど立派な巨材が使用されています。
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室内の細工も凝ったものが多いです。有り余る財力にものを言わせて、贅の限りを尽くしたという感じです。
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トイレ。
珍しいことに、見学客が実際に使用することができます。 -
帰りのバスが来ました。これを逃すと吹屋から帰れなくなります。
予定していた広兼邸や笹畝坑道には行けませんでしたが、かわりに吉岡銅山跡を観光できたので私たち的には大満足の1日でした。 -
倉敷のホテルに帰ってきました。
昨日と同じスーパーで夕食を購入して部屋で食べます。昨日よりちょっと時間が遅いので、値下げシール付きの総菜がたくさん買えました。『暮らすように旅する』スタイルです。
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2025年4月23日(水)~28日(月) 広島・岡山周遊旅行
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旅行記グループ 2025年4月23日(水)~28日(月) 広島・岡山周遊旅行
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