2025/03/30 - 2025/03/31
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walkingmanさん
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かつての百済国の首都であった扶余に行ってみました。
21世紀の扶余は小さな田舎町でした。
ここにはソウルとはまったく違った韓国がありました。
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ソウルから扶余へ。1泊のミニトリップです。
扶余行きのバスがでるのは南バスターミナル。地下鉄3号線がアクセスできます。
まずはバスのチケットを購入、タッチ方式でわかりやすい券売機です。
安心したところで朝ごはん。ターミナル内の簡易食堂でキンパ。 -
ソウルから扶余までは2時間ほどです。バスは一日に何本もあって、予約なしでも希望の便に乗車することができました。
車体は新しくはないが座席が広くて快適。横3列で足元もひろびろ。 -
扶余に着きました。まだ12時前、とりあえず宿に荷物を置かせてもらいます。
宿はバスターミナルから徒歩5分余り。予約サイトでとったモーテルなのだが、、、大丈夫か心配な外観。でも部屋はまともでした。 -
扶余は朝鮮半島の三国時代(新羅・百済・高句麗)の百済の首都だった場所。かつては栄華をほこったが660年に新羅に敗北して百済は滅亡。以後、朝鮮史から見捨てられた町なのです。
扶余は韓国の地方都市というかうらぶれた町でした。メインストリートでも車が少なく横断歩道に信号機のない交叉点がある。そんな田舎町です。 -
宮南池。
西暦600年頃、百済の王がつくったという庭園です。小さな池がいくつも寄り集まったつくりで、日本の田んぼのようです。 -
点在する池はどれも蓮池。花の季節はさぞ美しかろうが、3月では花はもちろん葉もなくて、茎だけが水面下に残っている状態でした。まるでレンコン畑のようでした。
愛想のない景色だけど、おだやかで、好きです。 -
昼時になったので、冷麺を食べました。韓国にきたのだから、有名な冷麺を一度は食べなければ。
運ばれてきた丼の中のスープに大量の氷が浮かんでいるのを見て後悔。この日はけっこう寒かったんです。冷たいっていっても日本のざるそばのような温度のものを予想していたので、ここまで冷たいのは想定外でした。味はおいしかったけど。 -
国立扶余博物館。
先史時代から百済時代にかけての収蔵品が色々と展示されています。とはいえ、展示品は多くない。 -
大香炉。
これが博物館でいちばんのお宝のようです。博物館の宣伝ポスター、パンフレットにも、この香炉の写真が大きく使われています。確かにすばらしい細工のほどこされた一品です。 -
見学を進めていたら館内放送がありました。中央ロビーで映像ショウがあるといいます。
天窓が閉められ館内が暗くなる。天井と壁をスクリーンにした映像ショウです。 -
取り上げられた題材は大香炉。これは香炉に刻まれた彫刻の一部(要素)を紹介する場面ですね。
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香炉以外の展示品で目にとまったのは石仏です。やさしいお顔をした仏様は日本でもお見かけますが、こんなに表情豊かに笑っている仏様は記憶にないですねえ。
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定林寺。
百済時代に創建された寺院ですが、新羅国に徹底的に破壊され、石塔と石仏(右の建物の中にある)しか残っていません。 -
この石塔が破壊されずに残っているのには理由があるといいます。それは新羅の武人が百済を攻め滅ぼした際、この塔に自分の功績を刻んで残したからだといわれています。長い間大切にしてきた仏塔が、敵の戦勝記念碑として使われる。百済人にとっては屈辱的な出来事ではありませんか。
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定林寺の石仏。
風化でこうなったのか、新羅の武将に削られたのか、理由は知りませんが、表情も衣服も、彫りあとが消えてしまっています。その丸っこいフォルムから、博物館の石仏がそうだったように、やさしいお姿だったのではないかと想像しました。 -
定林寺から市街地をぬけて町の反対側へ。公園の入場ゲートから扶蘇山に登ります。山といっても標高はたったの94m、ハイキングコースですね。標識もしっかりありました。
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落下岩。
扶蘇山にはいくつかお堂が点在して観光スポットになっているのですが、もっとも有名なのがこの落下岩です。
岩のむこう側が崖になっていて、その下を川が流れています。
新羅との戦いで扶余が陥落した際、王宮に勤める女官達が、新羅兵の辱めを受けるよりはと、ここから身投げしたといいます。その数3000人、女官の着物の袖や裾がひらひらと、まるでツツジの花が落下するようだったといいます。 -
落下岩から下を見る。松の木の間から白馬江の川面が見えました。この写真の角度ではわかりにくいですが、川面から岩崖が垂直に屹立しています。
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その崖を階段で下ると皐蘭寺というお寺がありました。
百済の最後の王である義慈王と身投げした女官を祀っています。 -
寺院の壁には絵が描かれていました。おそらく、百済国の歴史を表したものかと。
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こちらの寺院に限らずですが、韓国で祀られている仏像は親しみやすいですね。どこかマンガチックというか、庶民に近いというか。
奥に女性の仏様?が祀られているが、崖から飛び降りた女官かもと想像しました。 -
皐蘭寺の横に船着き場があり、遊覧船が出ていました。帰りはこれに乗ります。
というのも、皐蘭寺から歩いて戻るには、先程の階段道を引き返すしかありません。ちょっと疲れたし、遊覧船でのんびりもいいかなと。船体は百済時代の船を模した外観でした。 -
この遊覧船は失敗でした。
(外観と違って)中は殺風景だし、観光案内はないし(あっても韓国語だから理解できないが)、風景も平凡だし、乗客の話声がうるさいし、おっちゃんが演歌を歌いだすし。乗船賃が7000ウォンもしたのに、わずか5分余りで到着しちゃうし。 -
船着き場を下りたら、オブジェがある公園でした。ここにもあの香炉のオブジェ。
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扶余の中心部にもどって散策。商店街のようです。
入口にはまたしてもあの香炉。
商店街は閑散としていて活気がなかった。でも、ここまで扶余の悲しい歴史を見てきたから、この寂しい一帯も旅情にはあってると思います。 -
夕食はなんかよくわからない丼と日本そばのセット。ハングルが読めないので店頭にあった写真を見て適当に決めました。
丼は豚肉を炒めたもの。その色からキムチ辛いのかと思ったがさほどでもない。うまくはないが、まあ、食べられる。
違和感があったのが蕎麦。かけそばを想像していたのだが、出汁に氷が浮かんでいる。繰り返しますが、この日は寒かったんです。あたたかい麺が食べられると思って注文したのに、汁そばが冷たい?。そして出汁が甘い。肉じゃがの煮汁よりも甘い。そこにわさび。
日本人たる私には違和感でしかないのだけれど。食べ進めるうちに、昼に食べた冷麺を思い出した。冷やした甘めのスープが共通点。韓国の人が日本そばを自分たちの好みにあうようにアレンジすると、こうなるのですね。 -
ホテルに戻る途中、定林寺がライトアップされていた。なかなかの景色ではないか。
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境内のあちこちがライトアップされ、しかもオブジェのようなものまでわざわざ造られている。でも、誰もいない。
扶余、人がいなさすぎです。
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