2023/10/25 - 2023/10/25
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キャンサー50さん
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兜町といえば、証券の町、日本のウォールストリートです。
学生時代、アルバイトをしていたこともあり、懐かしいエリアです。
何十年ぶりかに兜町界隈を訪れてみました。
町名的には日本橋兜町でない場所も含みますが、個人的に「兜町界隈」と認識している範囲です。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
日本橋から東へと向かいました。
日本橋のすぐ東にあるのが日本橋野村ビル。
旧野村財閥の中核、大阪の野村銀行の東京進出における拠点として昭和5年(1930)に竣工しました。
私の学生時代は、野村証券の本社ビルでした。
2023年10月現在工事中で、全体竣工は2026年を予定しています。 -
「江戸橋一丁目」交差点角にある日鉄日本橋ビル。
多くの部署が豊洲などに移転した野村証券ですが、営業部などがここに残っています。 -
昭和通り沿いの日本橋郵便局の周囲にはいろいろな史跡があります。
こちらは「日本近代郵便の父」と呼ば前島密像。 -
前島密像の前にあったタラヨウ(多羅葉)の木。
葉の裏面を傷つけるとその部分が黒くなるので「葉書」の語源になったといわれる木で、郵便局のシンボルツリーです。 -
こちらは郵便創業100年記念のポスト。
郵便創業100年記念ポストは、東京都に日本橋郵便局前と本郷郵便局前に、大阪府に日本銀行大阪支店前にと3基しかありません。 -
郵便局の壁に貼られた「郵便発祥の地」のプレート。
前島密の建議による郵便事業の創設が契機となり、明治4年に新式郵便業務が開始されました。
この時、江戸橋南詰の当該地に新設されたのが、郵便・輸送行政を専管した官庁「駅逓司」と取扱機関「東京郵便役所」です。郵便発祥の地 名所・史跡
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日本郵便局の裏手にある岡三証券本館。
岡三証券は、東海東京証券とともに準大手証券です。 -
岡三証券本館のすぐ近くにあった開運橋親柱。
開運橋は、楓川が日本橋川に合流する入り口に架けてあった橋です。
江戸時代からありましたが、明治時代になってアーチ型の石橋に架け替えられました。
文明開化期の海運橋周辺は、東京の金融の中心として繁栄し、橋詰にあった洋風建築の第一国立銀行とともに、東京の新名所となりました。 -
江戸橋近くの日本橋川沿いにある兜神社。
明治11年ここ兜町に東京株式取引所(東京証券取引所の前身)が設けられるに当たり、同年5月取引所関係者一同の信仰の象徴および鎮守として兜神社を造営しました。
神社の御祭神は、主が商業の守護神の「倉稲魂命」で、合祀されている神様は、大国主命(大黒様)と事代主命(恵比寿様)です。兜神社 寺・神社・教会
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東京証券取引所の裏手にある山二証券。
いかにも古そうな建物で、調べたところ、銀行建築を多く手がけた西村好時(1886~1961)の作品でした。
築年については昭和11年(1936)という記述もあります。
スペイン瓦の庇や丸窓、石やタイルの外壁等、豊かな装飾で個性的な外観で、ロケにもよく使われるそうです。 -
山二証券の隣も古そうな建物で、こちらはフィリップ証券。
平成23年(2011)、成瀬証券株式会社とフィリップ ファイナンシャルス株式会社が合併、フィリップ証券株式会社となりました。
山二証券同様、西村好時の作品です。
大オーダーの列柱や幾何学模様を組み合わせ、古典様式や表現主義が折衷された個性的外観です。 -
兜町ビルディングに入っているみずほ銀行兜町支店の入口の壁に埋められた「銀行発祥の地」プレート。
日本最初の近代的銀行である第一国立銀行は、明治6年(1873)この地に誕生しました。銀行発祥の地 名所・史跡
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兜町ビルディングの西側壁面には歴史パネルが展示されています。
パネルの内容は、兜町地区の往時の様子を示す歴史地図、第一国立銀行初代頭取渋沢栄一翁の足跡の簡単な紹介、兜町ビルの初代から3代目までの建物です。銀行発祥の地 名所・史跡
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兜町ビルディングのやや南にある安藤証券。
愛知県名古屋市に本店を置く証券会社です。 -
永代通り「兜町」交差点角にある内藤証券。
大阪に本社を置く、ネット取引と中国株取引に主力をおいた証券会社です。 -
永代通り沿い、日幸茅場町ビル角にある「其角住居跡」。
其角とは、江戸時代前期の俳諧師、宝井其角(1661~1707)のことです。
蕉門十哲の一人に数えられます。
其角の住まいが南茅場町の薬師堂の近くにあり、ここで没しました。其角住居跡 名所・史跡
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日幸茅場町ビルの北にある日本橋日枝神社。
山王日枝神社の摂社で、寛永年間(1624~1645)に当地を山王日枝神社の御旅所と定められ遥拝所が設けられたといいます。日枝神社日本橋摂社 寺・神社・教会
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日本橋日枝神社拝殿。
日枝神社日本橋摂社 寺・神社・教会
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日本橋日枝神社の狛犬。
関東大震災復興と運気上昇を願い、昭和9年に奉献された、とても珍しい天を仰ぐ上向きの狛犬です。
この狛犬のデザインは江戸三大名工と謳われた酒井八右衛門によるものです。日枝神社日本橋摂社 寺・神社・教会
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日本橋日枝神社裏にある智泉院薬師堂。
江戸時代には病を治す御利益のある薬師信仰が盛んで、茅場町のお薬師様は特に人々の信仰が厚く、有名でした。
徳川家康が江戸城の鎮守である日枝神社の神輿が渡る所である山王御旅所を南茅場町に設置し、別当寺として薬師堂をつくったのが始まりです。
近代的な建物がぽつんとあるだけなので、そんな歴史があるとは思いませんでした。智泉院 寺・神社・教会
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平成通りを北上し、日本橋川に架かる鎧橋。
かつては橋が無く、渡し船が使われていました。
初代の橋が架けられたのは明治5年(1872)で、三井・小野・島田の3人の豪商が費用を出し合って建設されました。鎧橋 名所・史跡
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鎧橋の袂にある「鎧の渡し跡」の説明板。
鎧の渡しは50mほどの渡しで、賃料は1人1文、武士・僧侶・山伏・医者は無料でした。鎧の渡し跡 名所・史跡
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こちらの鎧橋の南詰にあった鎧橋地蔵。
由緒などは不明です。 -
散策の最後は、当然、東京証券取引所。
1949年4月1日に証券業者(後の証券会社、現在の金融商品取引業者)を会員とする東京証券取引所として設立しました。
2001年に組織変更し、株式会社東京証券取引所となりました。
2022年に、第一部・第二部・JASDAQスタンダード・JASDAQグロース・マザーズから、新市場となるプライム・スタンダード・グロースへ移行しましたが、かつての名称に慣れ親しんだ身としては、新名称にまだ馴染めません。
訪問した証券会社はごく一部で、他にもたくさんの証券会社があります。
それでも自分の学生時代に比べて、証券会社の数が少なくなったと感じたのは記憶の誤りでしょうか?
かつては野村証券も大和証券も山一証券もこの界隈に軒を連ねていたと思います。
店舗を持たないネット証券の台頭の影響もあるのでしょう。
時代の推移とはいえ、少し寂しく感じた街歩きでした。東京証券取引所 名所・史跡
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