2023/10/25 - 2023/10/25
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キャンサー50さん
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東京駅の東口、八重洲口は皇居に近い西口の丸の内口と違って観光色が少ないイメージです。
八重洲口といいますが、八重洲という町名のエリアは、八重洲通りの北の一丁目と南の二丁目だけで、両方合わせても南北に約940m、東西に約240mのごく狭い町です。
駅前の大丸デパートの住所は丸の内一丁目ですし、東へ向かうとすぐに町名は日本橋や京橋に変わってしまいます。
今回は、町名にはこだわらず、人々が八重洲口と認識しているであろう東京駅東口の近所を散策してみました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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八重洲という町名のエリアに南端にあった薪三伏見稲荷神社。
創建年代は不詳、第二次世界大戦で焼失したものの、昭和23年に再建されました。
ビルがコの字型になっており、その窪みにすっぽり入っている神社です。 -
鍛冶橋通り沿いにある「千葉定吉道場跡」の説明板。
千葉定吉(?~1879)は、北辰一刀流剣術の創始者千葉周作の弟であり、自身も北辰一刀流の使い手と知られています。
定吉は兄周作の玄武館道場の隆盛に貢献した後、自らもこの地付近に「小千葉道場」などと通称される道場を開きました。
嘉永6年(1853)、剣術修行のために江戸へ出てきた土佐藩士坂本龍馬(は、定吉の門に入ったとされています。千葉定吉道場跡 名所・史跡
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同じく鍛冶橋通りにあった「鍛冶橋跡」の説明板。
鍛冶橋門は、寛永6年(1629)に秋月藩主黒田長興らによって造られました。
門前には御用絵師として江戸城本丸の襖絵を描いた狩野探幽の屋敷があったそうです。鍛冶橋跡 名所・史跡
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JR東京駅八重洲口前にある高速バス乗り場。
昔から場所は変わっていないと思います。 -
八重洲口の正面にそびえるショッピングモール、東京ミッドタウン八重洲。
2023年3月オープンの新しい施設です。ミッドタウン八重洲 百貨店・デパート
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八重洲口の地下に広がる八重洲地下街、通称ヤエチカです。
八重洲地下街 (ヤエチカ) 市場・商店街
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縦横に広い通路が広がり、さまざまな店舗が並んでいます。
八重洲地下街 (ヤエチカ) 市場・商店街
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ヤエチカの所々には八重洲の歴史を伝えるコーナーがあります。
八重洲地下街 (ヤエチカ) 市場・商店街
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ヤエチカの北の端にある東京ラーメン横丁。
東京ラーメン横丁 名所・史跡
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通りを挟んで2か所に8店ほどのラーメン店が集結しています。
訪問時、平日の午後ながら、結構お客さんが入っていました。東京ラーメン横丁 名所・史跡
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ヤエチカの一角にあったヤン・ヨーステン記念像。
ヤン・ヨーステン(1556?~1623)はオランダの航海士、朱印船貿易家です。
慶長5年(1600)、日本に漂着し、一時期八重洲に住んでいました。
八重洲の名は彼の名前が由来です。ヤン ヨーステン記念像 名所・史跡
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ヤン・ヨーステン像の横には、彼の来歴が書かれたボードがあり、興味をそそられます。
ヤン ヨーステン記念像 名所・史跡
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八重洲口近くの八重洲通り沿いにあった「尾台榕堂之碑」。
尾台榕堂(1799~1871)は江戸時代後期の漢方医です。
浅田宗伯と共に「江戸の二大名医」として称えられました。
患者を診療している尾台榕堂と調剤している女性の像です。尾台榕堂之碑 名所・史跡
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八重洲通り、「日本橋三丁目」交差点の中央分離帯にある平和の鐘。
昔から続くオランダとの友好が永久に続くことを願い、平成元年(1989)日蘭修好380年を記念し作られたモニュメントです。平和の鐘 名所・史跡
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平和の鐘の手前にはヤン・ヨーステン記念碑。
オランダの航海技術の象徴である「羅針盤」と、“時”の象徴「天球儀」をモチーフに、左にはヤン・ヨーステン、右にはオランダ船リーフデ号が配置されています。ヤン ヨーステン記念碑 名所・史跡
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「日本橋三丁目」交差点角にあるアーティゾン美術館。
株式会社ブリヂストンの創業者、石橋正二郎により1952年に開設したブリヂストン美術館を前身とし、2020年1月にアーティゾン美術館として新たに誕生しました。アーティゾン美術館 美術館・博物館
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「日本橋三丁目」交差点でもう一つ目立つのが、王冠を被ったキリン像。
この銅像をふもとに置くビルは、今はスターツコーポレーション株式会社の本社ですが、元々は漢方薬や、あのバスクリンで有名な(株)ツムラのビルでした。
キリンは漢方の王様と言われていたそうです。 -
東京駅八重洲口から東に向かって、真っ直ぐに伸びる八重洲通り。
関東大震災の復興事業の一つとして整備され、昭和4年(1939)に完成した大通りです。八重洲通り 名所・史跡
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八重洲通りの北に平行して走る養珠院通り。
養珠院とは、徳川家康の奥御前で、紀州家の祖徳川頼宣と水戸家の祖徳川頼房の母、於萬の方のことです。
通りには於萬の方を祀る於満稲荷神社があります。養珠院通り 名所・史跡
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その、於満稲荷神社。
ビルの中に、横になって残っています。 -
小さな於満稲荷神社の拝殿です。
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昔から八重洲口の象徴、大丸デパート。
昭和29年(1954)の開店です。
大丸は、享保2年(1717)、下村彦右衛門正啓が、29歳の時に古着商「大文字屋」を屋号にした小さな店を京都の伏見に開いたのを創業としています。大丸 (東京店) 百貨店・デパート
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大丸の隣にあるように見える高層ビルがグラントウキョウノースタワー。
43階建て、高さ204m。
大丸東京店はここに移転しています。 -
グラントウキョウノースタワーの隣は鉃鋼ビル。
戦後間もなく竣工した第一鉄鋼ビルと第二鉄鋼ビルの建て替えとして計画され、平成27年(2015)竣工しました。
ビル名に注目、鉄ではなく鉃です。鉄鋼ビル (TEKKO avenue) 名所・史跡
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鉃鋼ビルの脇にある、「北町奉行所跡」の碑
北町奉行所はたびたび移転を繰り返しましたが、文化2年(1805)以降は、現在のJR東京駅日本橋口前に置かれました。
遠山の金さん(遠山左衛門尉景元)も、3年間ここで奉行を務めました。北町奉行所跡 名所・史跡
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丸の内トラストタワーN館1階にあったのがJNTOツーリストインフォメーションセンター(TIC)。
日本政府観光局(JNTO)が運営する観光案内所です。
日本を訪れる外国⼈旅行者に対して、1月1日を除き開館し、日本全国の観光情報の提供を行っています。JNTOツーリスト インフォメーション センター (TIC) 名所・史跡
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町名は大手町ですが、八重洲といってもいい場所に2027年にできるのがTOKYO TORCH。
現在、鋭意工事中です。
東京駅八重洲口はやはり、インバウンドがの目を引くような観光名所のある場所ではありませんでした。
実際、外国人を見ることも少なかったと思います。
しかし、八重洲口の北側には、2027年の竣工に向けて日本一高いビルになるTOKYO TORCHが開発を開始しました。
2023年9月27日に起工式を行っています。
これが完成すると、人流が大きく変わるかもしれません。
そうなると、八重洲口も再開発がどんどん進んでいくでしょう。
八重洲口は今後、目の離せないエリアの一つです。
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