2024/12/28 - 2024/12/29
275位(同エリア384件中)
まめ夫婦さん
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12月29日
朝起きるとホテルが無人だった。9時半まで待ったが朝食が提供される気配が無かったので空腹を抱えたまま出発しました。Yıldız Garajıから10時のイズミル行きのドルムシュに乗ることにしました。
出発前に出されたお茶が美味しかったです。運賃は150リラでした。イズミルには12時頃到着し、そのままセルチュク行きに乗り換えさせてくれました。
セルチュクでは「Alibaba's House」に宿泊しました。一番安い部屋で朝食付き1500リラほどでした。屋根裏部屋で、床が傾いていたのと、Wi-Fiがあまり入らなかったのが残念でした。シャワーは狭めですがお湯は出ました。
セルチュクに着いてまずは「エフェス考古学博物館」に行きました。入館料は10ユーロでしたが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。館内では、貴族の家屋から発掘された当時の豪華な暮らしぶりを示すモザイク、エフェソスの柱頭装飾、古代ギリシャ語やラテン語で刻まれた石碑、石棺や、哲学者「ソクラテス」、第16代ローマ皇帝「マルクス・アウレリウス」、ギリシア神話に登場する名医・医神「アスクレピオス」、全知全能の神「ゼウス」などの像を見ることができました。紀元前1世紀~紀元4世紀のガラス製品、紀元前6~4世紀の出土品、紀元前7世紀の食器を見ながら先に進むと、エフェス博物館最大の見どころの「アルテミス像」がありました。エフェソスの守護神アルテミスを描いた二体の彫像で、多くの乳房を持つ姿が豊穣と繁栄を象徴しているということでした。ハドリアヌス神殿の彫刻の部屋では、ローマ帝国の第11代皇帝「ドミティアヌス」の巨大な彫像の一部、グラディエーターや戦士の戦いや、雄牛の頭と花綱をモチーフにした彫刻、パルティア(現在のイラン周辺)との戦争にローマが勝利ことを記念したものと考えられるレリーフがありました。迫力ある彫刻が並ぶ中で、「プリースト(神官)」の彫像がユニークでした。
「エフェス考古学博物館」を見た後に「聖ヨハネ教会」に行きました。入場料は6ユーロでしたが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。エルサレムを追われたキリスト12使徒のひとりヨハネが聖母マリアとともにエフェスを訪れ、晩年を過ごし、死後この地に埋葬されたということで、「聖ヨハネの墓」とされる場所もありました。中庭を通じて6つのドームをもつ本館が建っていたということで、教会の入り口または中庭の一部だったと考えられる復元されたアーチの一部や、十字架の形をした水槽が特徴的な洗礼堂の跡などを見ることができました。エフェスを訪れた欧米人はまずここを訪れると言われるくらい重要な場所だということでした。
聖ヨハネ教会の奥のアヤソルクの丘に「アヤソルク城」がありました。古代のエフェスは海に近い場所にあったそうですが、川の堆積によって港が埋まり、都市の中心が徐々にアヤソルクの丘へ移動したそうです。宗教・行政・軍事の中心が集ったため「アヤソルク城」と「聖ヨハネ教会」は接していました。
「アヤソルク城」から30分ほど歩いて、「アルテミス神殿跡」に行きました。今は1本の大きな柱が残るだけですが、かつてはこのような巨大な柱が127本も並び、アテネのパルテノン神殿の二倍以上の大きさがあり、美しい装飾や浮彫彫刻で彩られていたということです。「世界の七不思議」に選ばれた美しい姿を想像しながら広場を一周しました。
「アリババ&メフメット ケバブハウス」で夕食をいただきました。「アダナケバブ」200リラと「ウズガラキョフテ」200リラを注文しました。「ウズガラキョフテ」はキョフテにサラダ、ポテト、ピラウ、パンが付いていました。「アダナケバブ」は「ウズガラキョフテ」のキョフテがちょっとピリ辛で棒状になっていました。お客さんは外国人観光客がほとんどでした。味は悪くないですが、もう少しボリュームがあると嬉しかったです。
エフェソスまでドルムシュに乗るために「Sercuk Otogar」に行きましたが、目の前でドルムシュが出てしまいました。エフェソスまでのドルムシュの料金は66.50リラということでしたが、次のドルムシュが出るまで30分もあるということなので歩いてみました。
Sercuk Otogarから「アルテミス神殿跡」の前を通り、約3キロ、歩いて40分ほどで「エフェス遺跡」に到着しました。入場料は40ユーロとなかなかの値段ですが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。
北入口から入るとまずは「アルカディアン通り (ハーバー通り)」に出ました。かつては港と大劇場を結んでいたエフェスの玄関口にあたる大理石の道だということですが、今は海岸線が移動していて海を見ることはできませんでした。
「アルカディアン通り (ハーバー通り)」を進むと突き当りに「大劇場」がありました。ヘレニズム時代に建設され、ローマ時代には2万4千人を収容できる劇場でしたが、修復中で中に入れず、見栄えもちょっと残念な感じでした。
大劇場からケルスス図書館に続くマーブル通りを歩いていくと、右手に「商業アゴラ」がありました。210年ころに完成し、四角い広場を囲むように2階建ての商店が並んでいたということですが、一部の柱しか残っていませんでした。
大劇場からケルスス図書館に続くマーブル通りを歩いていくと、右手に「商業アゴラ」がありました。210年ころに完成し、四角い広場を囲むように2階建ての商店が並んでいたということですが、一部の柱しか残っていませんでした。
マーブル通りをケルスス図書館方面にさらに進んでいくと、大理石の道の右側に古代の娼館の広告がありました。右側に女性とお金が掘られていて、中央には左足、左上にはハートが刻まれていて、左側には娼館の跡が残っていました。
大劇場からマーブル通りを進んでいくと「ケルスス図書館」がありました。二階建てで、迫力があり、美しい「ファサード(外観)」でした。正面には4体の美しい女性像も見られ、4体それぞれに「知恵、運命、学習、美徳」の意味を象徴しているそうです。
「ケルスス図書館」からクレテス通りに入ると左手に「公衆トイレ跡」がありました。トイレは大理石のベンチ状になっており、便座の穴が並んで開けられていました。便座の下には水路があり、流水によって排泄物を流す水洗式でした。
「公衆トイレ跡」の向かいあたりに「丘の上の住宅」がありました。入場料は15ユーロでしたが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。上流階級の居住区で、建物内にはフレスコ画やモザイクがたくさん残されていて、当時の上流階級の人々の生活空間を垣間見ることができました。
「丘の上の住宅」の見学を終え、「クレテス通り」に戻り、ヘラクレスの門に向かって緩やかな坂を上っていくと、左側にはさまざまな建物が並び、右側の「丘の上の住宅」の前あたりには見事なモザイクが残っていました。
クレテス通りの左側には「ハドリアヌス神殿」がありました。2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスに捧げられた建物で、正面玄関の手前のアーチにの中央には女神ティケ、奥の門には両手を広げたメドゥーサが彫られていました。
「ハドリアヌス神殿」からクレテス通りをさらに登っていくと、左側に「トラヤヌスの泉」がありました。ローマ皇帝トラヤヌスにちなんで建設された記念碑的な噴水で、当時は飲料水供給だけでなく、周囲の建物や公衆浴場へ水を供給する機能も果たしていたということですが、今は水は無く、特徴的な三角のファサードが残るだけでした。
クレテス通りを登っていくと、「ヘラクレス門」がありました。今は部分的にしか残っておらず、2本の柱とその彫刻が確認できました。この門がかつてエフェスの都市空間を区切る重要なポイントであったということです。
「ヘラクレス門」のちょっと先に「ニケのレリーフ」がありました。大理石で作られたレリーフ(浮き彫り)で、片手を挙げ、もう片方の手に月桂冠(勝利のシンボル)を持っていました。風になびく衣をまとい、翼を広げた姿が刻まれているダイナミックなポーズが特徴的でした。スポーツブランド「Nike(ナイキ)」のロゴは、このニケの翼をモチーフにしているそうです。
「オデオン」は小規模な円形劇場でした。 2世紀ごろの(ローマ時代)ら建設され、収容人数は 約1,500人、 半円形の観客席、舞台(スカエナ)、屋根があった可能性が高く。エフェスのオデオンは、通常の劇場より小さく、音響効果を重視した設計になっているということです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
-
12月29日
朝起きるとホテルが無人だった。9時半まで待ったが朝食が提供される気配が無かったので空腹を抱えたまま出発しました。Yıldız Garajıから10時のイズミル行きのドルムシュに乗ることにしました。 -
出発前に出されたお茶が美味しかったです。
-
運賃は150リラでした。
-
イズミルには12時頃到着し、そのままセルチュク行きに乗り換えさせてくれました。
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セルチュクでは「Alibaba's House」に宿泊しました。一番安い部屋で朝食付き1500リラほどでした。屋根裏部屋で、床が傾いていたのと、Wi-Fiがあまり入らなかったのが残念でした。
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シャワーは狭めですがお湯は出ました。
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セルチュクに着いてまずは「エフェス考古学博物館」に行きました。
エフェス考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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入館料は10ユーロでしたが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。
エフェス考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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館内では、貴族の家屋から発掘された当時の豪華な暮らしぶりを示すモザイク、
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エフェソスの柱頭装飾、
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古代ギリシャ語やラテン語で刻まれた石碑、
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石棺や、
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哲学者「ソクラテス」、
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第16代ローマ皇帝「マルクス・アウレリウス」、
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ギリシア神話に登場する名医・医神「アスクレピオス」、
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全知全能の神「ゼウス」などの像を見ることができました。
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紀元前1世紀~紀元4世紀のガラス製品、
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紀元前6~4世紀の出土品、
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紀元前7世紀の食器を見ながら先に進むと、
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エフェス博物館最大の見どころの「アルテミス像」がありました。
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エフェソスの守護神アルテミスを描いた二体の彫像で、多くの乳房を持つ姿が豊穣と繁栄を象徴しているということでした。
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ハドリアヌス神殿の彫刻の部屋では、
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ローマ帝国の第11代皇帝「ドミティアヌス」の巨大な彫像の一部、
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グラディエーターや戦士の戦いや、雄牛の頭と花綱をモチーフにした彫刻、
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パルティア(現在のイラン周辺)との戦争にローマが勝利ことを記念したものと考えられるレリーフがありました。
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迫力ある彫刻が並ぶ中で、「プリースト(神官)」の彫像がユニークでした。
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「エフェス考古学博物館」を見た後に「聖ヨハネ教会」に行きました。
聖ヨハネ教会 寺院・教会
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入場料は6ユーロでしたが、
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「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。
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エルサレムを追われたキリスト12使徒のひとりヨハネが聖母マリアとともにエフェスを訪れ、晩年を過ごし、
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死後この地に埋葬されたということで、「聖ヨハネの墓」とされる場所もありました。
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中庭を通じて6つのドームをもつ本館が建っていたということで、
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教会の入り口または中庭の一部だったと考えられる復元されたアーチの一部や、
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十字架の形をした水槽が特徴的な洗礼堂の跡などを見ることができました。
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エフェスを訪れた欧米人はまずここを訪れると言われるくらい
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重要な場所だということでした。
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聖ヨハネ教会の奥のアヤソルクの丘に「アヤソルク城」がありました。
Ayasoluk Castle 史跡・遺跡
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古代のエフェスは海に近い場所にあったそうですが、川の堆積によって港が埋まり、都市の中心が徐々にアヤソルクの丘へ移動したそうです。
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宗教・行政・軍事の中心が集ったため「アヤソルク城」と「聖ヨハネ教会」は接していました。
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「アヤソルク城」から30分ほど歩いて、「アルテミス神殿跡」に行きました。
アルテミス神殿跡 史跡・遺跡
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今は1本の大きな柱が残るだけですが、
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かつてはこのような巨大な柱が127本も並び、アテネのパルテノン神殿の二倍以上の大きさがあり、美しい装飾や浮彫彫刻で彩られていたということです。
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「世界の七不思議」に選ばれた美しい姿を想像しながら広場を一周しました。
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「アリババ&メフメット ケバブハウス」で夕食をいただきました。
アリババ&メフメット ケバブハウス その他の料理
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「アダナケバブ」200リラと「ウズガラキョフテ」200リラを注文しました。
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「ウズガラキョフテ」はキョフテにサラダ、ポテト、ピラウ、パンが付いていました。
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「アダナケバブ」は「ウズガラキョフテ」のキョフテがちょっとピリ辛で棒状になっていました。お客さんは外国人観光客がほとんどでした。
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味は悪くないですが、もう少しボリュームがあると嬉しかったです。
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12月30日
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朝食で出たオレンジが美味しかったです。
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エフェソスまでドルムシュに乗るために「Sercuk Otogar」に行きましたが、目の前でドルムシュが出てしまいました。
セルチュク バスターミナル バス系
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エフェソスまでのドルムシュの料金は66.50リラということでしたが、次のドルムシュが出るまで30分もあるということなので歩いてみました。
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Sercuk Otogarから「アルテミス神殿跡」の前を通り、
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約3キロ、歩いて40分ほどで「エフェス遺跡」に到着しました。
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入場料は40ユーロとなかなかの値段ですが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。
エフェス遺跡 史跡・遺跡
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北入口から入るとまずは「アルカディアン通り (ハーバー通り)」に出ました。かつては港と大劇場を結んだということですが、今は海岸線が移動していて海を見ることはできませんでした。
アルカディアン通り (ハーバー通り) 史跡・遺跡
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「アルカディアン通り (ハーバー通り)」を進むと突き当りに「大劇場」がありました。
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2万4千人を収容できたという観客席をもつ劇場でしたが、修復中で中に入れず、見栄えもちょっと残念な感じでした。
大劇場 史跡・遺跡
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大劇場からケルスス図書館に続くマーブル通りを歩いていくと、
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右手に「商業アゴラ」がありました。
商業アゴラ 史跡・遺跡
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210年ころに完成し、四角い広場を囲むように2階建ての商店が並んでいたということですが、一部の柱しか残っていませんでした。
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マーブル通りをケルスス図書館方面にさらに進んでいくと、大理石の道の右側に古代の娼館の広告がありました。右側に女性とお金が掘られていて、中央には左足、左上にはハートが刻まれていて、
マーブル通り 史跡・遺跡
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左側には娼館の跡が残っていました。
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大劇場からマーブル通りを進んでいくと「ケルスス図書館」がありました。
ケルスス図書館 史跡・遺跡
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二階建てで、迫力があり、
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美しい「ファサード(外観)」でした。
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正面には4体の美しい女性像も見られ、
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4体それぞれに「知恵、運命、学習、美徳」の意味を象徴しているそうです。
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「ケルスス図書館」からクレテス通りに入ると左手に「公衆トイレ跡」がありました。
公衆トイレ跡 史跡・遺跡
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トイレは大理石のベンチ状になっており、便座の穴が並んで開けられていました。便座の下には水路があり、流水によって排泄物を流す水洗式でした。
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「公衆トイレ跡」の向かいあたりに「丘の上の住宅」がありました。入場料は15ユーロでしたが、「AEGEAN MUSEUM PASS」で入ることができました。
エフェソスの「傾斜面の住宅」 史跡・遺跡
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上流階級の居住区で、
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建物内にはフレスコ画や
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モザイクがたくさん残されていて、
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当時の上流階級の人々の生活空間を垣間見ることができました。
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「丘の上の住宅」の見学を終え、
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「クレテス通り」に戻り、ヘラクレスの門に向かって緩やかな坂を上っていくと、左側にはさまざまな建物が並び、
クレテス通り 史跡・遺跡
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右側の「丘の上の住宅」の前あたりには見事なモザイクが残っていました。
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クレテス通りの左側には「ハドリアヌス神殿」がありました。
ハドリアヌス神殿 史跡・遺跡
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2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスに捧げられた建物で、正面玄関の手前のアーチにの中央には女神ティケ、奥の門には両手を広げたメドゥーサが彫られていました。
-
「ハドリアヌス神殿」からクレテス通りをさらに登っていくと、左側に「トラヤヌスの泉」がありました。ローマ皇帝トラヤヌスにちなんで建設された記念碑的な噴水で、当時は飲料水供給だけでなく、周囲の建物や公衆浴場へ水を供給する機能も果たしていたということですが、今は水は無く、特徴的な三角のファサードが残るだけでした。
トラヤヌスの泉 史跡・遺跡
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クレテス通りを登っていくと、「ヘラクレス門」がありました。今は部分的にしか残っておらず、2本の柱とその彫刻が確認できました。この門がかつてエフェスの都市空間を区切る重要なポイントであったということです。
ヘラクレス門 史跡・遺跡
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「ヘラクレス門」のちょっと先に「ニケのレリーフ」がありました。大理石で作られたレリーフ(浮き彫り)で、片手を挙げ、もう片方の手に月桂冠(勝利のシンボル)を持っていました。風になびく衣をまとい、翼を広げた姿が刻まれているダイナミックなポーズが特徴的でした。スポーツブランド「Nike(ナイキ)」のロゴは、このニケの翼をモチーフにしているそうです。
ニケのレリーフ 史跡・遺跡
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「オデオン」は小規模な円形劇場でした。 2世紀ごろの(ローマ時代)ら建設され、収容人数は 約1,500人、 半円形の観客席、舞台(スカエナ)、屋根があった可能性が高く。エフェスのオデオンは、通常の劇場より小さく、音響効果を重視した設計になっているということです。
オデオン 史跡・遺跡
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2024年12月トルコ・タイ
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