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1月3日、13日目。<br />10時、モスクワの地下鉄巡りに出発。これで何回目のモスクワ観光だろう、このツアーはシベリア鉄道降車後のスケジュールが入り組んでいる。<br />どの地下鉄駅も深くて広い。5つの駅を巡ったが、シャンデリアやモザイク、ステンドグラスで飾られていて宮殿のようだ。<br />ここは独ソ戦の折、防空壕として多くの市民の命を救っている。そして建設の指揮を執ったのが後に首相になったニキータ・フルシチョフだった。彼は建築を学んだ官僚だった。<br />この地下鉄建設の功績により、彼はスターリンの粛清を免れたとも言われる。<br />5カペイカコインを投入すると改札が開く仕組みで切符は必要ない。これでどこまででも乗れる。<br />エスカレーターは日本よりずっと広くてスピードも速い。乗り降りのタイミングに一瞬戸惑う。<br />立ち止まる場合は急ぐ人のために左側をあけるのがマナーになっている。欧米とは逆だそうだ。<br /><br />ノヴォデヴィチ修道院前の外貨ショップ「ベリョースカ」でアルメニア産とモルダヴィア産のブランデーを買い込み、ナショナルホテル内のレストランでロシアの民族料理を味わう。この旅行で最も豪華な食事だ。<br /><br />15時から自由時間、再びT嬢と。彼女は某省勤務のインテリで20代前半、人当りも良く何かと気が合った。<br />が、片やレザーの黒いロングコートにロシア帽、片や赤いスキーウェアに赤いスキー帽、さぞ奇妙な取り合わせに映ったことだろう。<br /><br />アルバート通りという繁華街があって、原宿の竹下通りに相当するとも言われるがそれほどのこともない。だが、そこのグルジア共和国デパートで民話風の幻想的なチェカンカ(銅版の打ち出しレリーフで同国の美術工芸品)にひと目惚れした。壁の高いところに飾られていていかにもほかのチェカンカとは別格の扱いだった。<br />店員さんに値段を聞いたところ、案の定「あれは売り物ではない」と言う。しかしそう言われると益々欲しくなるのが人情だ。もう少し偉そうな店員さんに交渉してみると220ルーブルだったら売ろうと言う。シベリア鉄道で歓談したイケメンの車掌さんの月収と同じだ。<br />が、そこで私は今朝ホテルで両替をし忘れたことを思い出した。ここでは外貨は使えない。私は迷うことなく丁度居合わせた添乗員さんから140ルーブル、マリーナさんから80ルーブルを借金した。私にとっては幸運だったが彼女たちにとっては突然の災難だったろう。もちろんホテルに帰ってすぐに返済した。彼女たちには感謝あるのみだ。そして通常時の10倍の円の価値にも感謝した。<br />(画像あり、縦横41㎝、厚さ3㎝、重さ3,5㎏)<br /><br /><br />この国に「包装」という概念が無いのは知ってはいたが、このグルジア共和国デパートも同じだった。<br />私はむき出しのチェカンカを抱え、T嬢とカリーニン通りを国営レコード店「メロディア」へ向かった。<br />集合時間は17時30分、集合場所はホテル「インツーリスト」前だ。果たして間に合うか。<br />思ったよりも遠く、店に着いたのは集合時間のわずか40分前だった。<br />私はすでに持っているジプシーソングのレコードリストを見せそれ以外が欲しい旨を伝えたが、店員さんは困惑の表情を浮かべた。おそらくこのような買い方をする者はいないのだろう。あるいは検索の方法が無いのかもしれない。T嬢も英語でコミュニケーションを取ってくれたが時間だけが過ぎ、私たちは目的を果たせないまま17時丁度に「メロディア」を出た。<br /><br />大体の道順は解るが、来た道を戻るわけではないので不安が募る。それにもうすっかり日が暮れていて昼間とは別の街に見える。チェカンカが重い。<br />歩きながらタクシーに合図を送るが停まってくれない。益々焦る。バッグから地図を出して調べればすべて解決するのだが、その心の余裕が無い。もう半分迷子状態である。<br />そこでT嬢が片言のロシア語で何回か道を尋ねてくれる。<br />そして目標としていたクレムリンが見えたぐらいで老紳士に尋ねたところ、親切にもホテル「インツーリスト」までの案内を買って出てくれた。着いたのがちょうど7時半だった。何度もお礼を言い、固い握手で老紳士と別れた。<br /><br />チェカンカを手に入れた感動と、「メロディア」からの帰路の焦りがいつまでも自分を興奮させていた。<br />T嬢の行動力と老紳士の好意に感謝・感謝。<br />ちなみに彼女はこの旅行で「突撃隊長」と呼ばれていた。<br /><br />21時、モスクワ・ドモジェドヴォ空港からハバロフスクへフライト、機中泊である。<br />搭乗時にちょっとしたトラブルがあった。ロシア人が決められた席に座ろうとしないのだ。<br />早めに乗った私たちに被害はなかったが、後から乗ってきた別の日本人ツアーがパニックになっていた。そして驚いたことに、その抗議を客室乗務員が取り合おうとしないのだ。どうも当たり前のことらしい。彼らは空いている席に散り散りに座るしかなかった。

シベリア鉄道の車窓から=35年前の真冬の冒険 ⑭ 自由時間の帰路で迷子に

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1990/01/03 - 1990/01/05

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13

かちかち山たぬ吉

かちかち山たぬ吉さん

1月3日、13日目。
10時、モスクワの地下鉄巡りに出発。これで何回目のモスクワ観光だろう、このツアーはシベリア鉄道降車後のスケジュールが入り組んでいる。
どの地下鉄駅も深くて広い。5つの駅を巡ったが、シャンデリアやモザイク、ステンドグラスで飾られていて宮殿のようだ。
ここは独ソ戦の折、防空壕として多くの市民の命を救っている。そして建設の指揮を執ったのが後に首相になったニキータ・フルシチョフだった。彼は建築を学んだ官僚だった。
この地下鉄建設の功績により、彼はスターリンの粛清を免れたとも言われる。
5カペイカコインを投入すると改札が開く仕組みで切符は必要ない。これでどこまででも乗れる。
エスカレーターは日本よりずっと広くてスピードも速い。乗り降りのタイミングに一瞬戸惑う。
立ち止まる場合は急ぐ人のために左側をあけるのがマナーになっている。欧米とは逆だそうだ。

ノヴォデヴィチ修道院前の外貨ショップ「ベリョースカ」でアルメニア産とモルダヴィア産のブランデーを買い込み、ナショナルホテル内のレストランでロシアの民族料理を味わう。この旅行で最も豪華な食事だ。

15時から自由時間、再びT嬢と。彼女は某省勤務のインテリで20代前半、人当りも良く何かと気が合った。
が、片やレザーの黒いロングコートにロシア帽、片や赤いスキーウェアに赤いスキー帽、さぞ奇妙な取り合わせに映ったことだろう。

アルバート通りという繁華街があって、原宿の竹下通りに相当するとも言われるがそれほどのこともない。だが、そこのグルジア共和国デパートで民話風の幻想的なチェカンカ(銅版の打ち出しレリーフで同国の美術工芸品)にひと目惚れした。壁の高いところに飾られていていかにもほかのチェカンカとは別格の扱いだった。
店員さんに値段を聞いたところ、案の定「あれは売り物ではない」と言う。しかしそう言われると益々欲しくなるのが人情だ。もう少し偉そうな店員さんに交渉してみると220ルーブルだったら売ろうと言う。シベリア鉄道で歓談したイケメンの車掌さんの月収と同じだ。
が、そこで私は今朝ホテルで両替をし忘れたことを思い出した。ここでは外貨は使えない。私は迷うことなく丁度居合わせた添乗員さんから140ルーブル、マリーナさんから80ルーブルを借金した。私にとっては幸運だったが彼女たちにとっては突然の災難だったろう。もちろんホテルに帰ってすぐに返済した。彼女たちには感謝あるのみだ。そして通常時の10倍の円の価値にも感謝した。
(画像あり、縦横41㎝、厚さ3㎝、重さ3,5㎏)


この国に「包装」という概念が無いのは知ってはいたが、このグルジア共和国デパートも同じだった。
私はむき出しのチェカンカを抱え、T嬢とカリーニン通りを国営レコード店「メロディア」へ向かった。
集合時間は17時30分、集合場所はホテル「インツーリスト」前だ。果たして間に合うか。
思ったよりも遠く、店に着いたのは集合時間のわずか40分前だった。
私はすでに持っているジプシーソングのレコードリストを見せそれ以外が欲しい旨を伝えたが、店員さんは困惑の表情を浮かべた。おそらくこのような買い方をする者はいないのだろう。あるいは検索の方法が無いのかもしれない。T嬢も英語でコミュニケーションを取ってくれたが時間だけが過ぎ、私たちは目的を果たせないまま17時丁度に「メロディア」を出た。

大体の道順は解るが、来た道を戻るわけではないので不安が募る。それにもうすっかり日が暮れていて昼間とは別の街に見える。チェカンカが重い。
歩きながらタクシーに合図を送るが停まってくれない。益々焦る。バッグから地図を出して調べればすべて解決するのだが、その心の余裕が無い。もう半分迷子状態である。
そこでT嬢が片言のロシア語で何回か道を尋ねてくれる。
そして目標としていたクレムリンが見えたぐらいで老紳士に尋ねたところ、親切にもホテル「インツーリスト」までの案内を買って出てくれた。着いたのがちょうど7時半だった。何度もお礼を言い、固い握手で老紳士と別れた。

チェカンカを手に入れた感動と、「メロディア」からの帰路の焦りがいつまでも自分を興奮させていた。
T嬢の行動力と老紳士の好意に感謝・感謝。
ちなみに彼女はこの旅行で「突撃隊長」と呼ばれていた。

21時、モスクワ・ドモジェドヴォ空港からハバロフスクへフライト、機中泊である。
搭乗時にちょっとしたトラブルがあった。ロシア人が決められた席に座ろうとしないのだ。
早めに乗った私たちに被害はなかったが、後から乗ってきた別の日本人ツアーがパニックになっていた。そして驚いたことに、その抗議を客室乗務員が取り合おうとしないのだ。どうも当たり前のことらしい。彼らは空いている席に散り散りに座るしかなかった。

旅行の満足度
5.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
航空会社
アエロフロート・ロシア航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
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