2024/09/06 - 2024/09/06
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boobyさん
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トルコの三日目は、イスタンブールからマルマラ海沿いを長距離ドライブし、トロイの古代遺跡に向かいます。
その後、さらに南下してエーゲ海沿いの街、アイワルクの宿で一泊します。
バス内は常時Wi-fi接続はされていないものの、位置情報は常時スマホで取れたので、トルコのどの辺りをバスが走行しているかは常に把握することができました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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観光バスはいくつもの町を過ぎてゆきます。
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後方にマルマラ海が広がります。
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時折、ドライブインで給油やトイレ休憩をします。
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隣接の売店でお菓子やジュースなどを購入する人々もいます。
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欧州とアジアを結ぶダーダネルス海峡のチャナッカレ大橋を渡ります。
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全長3,563メートルだそうです。
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海に近いホテルのプールサイドレストランでのランチでした。
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いつものようにスープから始まり、サラダが出され、前菜はカポナータです。
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メインはキョフテと呼ばれるトルコ風のミニハンバーグです。
トルコでは豚肉は一切使わないので、鳥のつくねのような味がしました。 -
トロイの遺跡に到着です。
トロイの木馬はゼロから作り直しているということで、見られないと旅程表にはありましたが、ちょうど一週間前に完成したそうで、新品の木馬が見られました。 -
歴史のありがたみは感じませんが、
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ピカピカです。
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もちろん人が中に入れるようになっています。
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遺跡に向かいますと、リスがいました。
どんぐりが沢山落ちているからということです。 -
解説板より
【南門 トロイ VI-VII】
あなたは今、トロイVIの南門の正面にいます。ここはおそらく城塞への主要な入口です。門のうち、今日残っているのは道路だけです。道路は城塞へと一直線に伸びており、石板で完全に舗装されていました。道路の真ん中には、トロイVII時代の排水路が敷石の下を走っています。南塔 (10m×9.5m) は、トロイVIの後の時代に城塞に増築されました。東塔と同様に仕上げられた壁は岩盤の上に直接建てられ、2メートルの高さまで保存されています。塔のすぐ前には、典型的な古代アナトリアの門の儀式を示す石碑がいくつか立っています。
【柱の家】
南塔の後ろの左側には、柱の家の場所を示す柱があります。面積27m×12m のこの家は、トロイVIで最も大きな家の一つでした。家のホールには2本の柱が立っていて、おそらく2階建ての重い屋根を支えていたと思われます。 -
【発見物】
トロイ VI 層から最も多く発見されたものは、灰色の陶器で、波線で装飾されていることが多く、いわゆるアナトリア灰色陶器です。これは、遠くギリシャ本土でも発見されています。ミケーネの輸入品は、トロイが長距離貿易で重要な役割を果たしていたことを明確に示しています。また、古代エーゲ海の 2 大国、トロイとミケーネの間で経済契約が交わされていたことも示しています。 -
石板に文字が残されています。
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【ルウィ語の印章】
1995 年に発見された青銅器時代の両凸印章は、現在ではトロイで書かれた最古の確実な年代の証拠となっています。ヒッタイト人が印章や数字の碑文 (後者は一般にルウィ語) によく使用していたアナトリアの象形文字で書かれています。片面 (サイド 1) には未完成の文字が見られます。これは紀元前 1130 年頃に居住されていたトロイ VII b 2 の家の出土品です。この印章で注目すべき点は素材です。この時代の印章の大半は石に彫られていたのに対し、これは青銅です。サイド 1 には男性の名前 (3 音節、おそらく Tarhun-t-nu と読む) が刻まれています。まずその人物が書記官であることが確認された後、印章の所持者に幸運を祈っています。サイド 2 には「善」と「女性」の表象がはっきりと刻まれています。 -
【オデイオン トロイIX】
目の前にはローマのオデイオンがあります。これはコンサートや講演会などのイベントが行われた小さな劇場です。その向こうにはトロイVIの要塞壁と、同時代の大きなピラーハウスから残っている1本の柱が見えます。背後にはローマ帝国時代の浴場の遺跡が部分的に発掘されています。浴場、オデイオン、近くのブウレウテリオン (評議会室) はすべて、公共生活の中心舞台であるアゴラ (市場) の端にあります。オデイオンの半円形のオーケストラは、ハドリアヌス帝 (紀元117-138年) の等身大以上の像を含むスケネ (舞台建物) に結び付けられていました。舞台に面して石灰岩のブロックで作られた座席が何段も並び、放射状の通路を通ってアクセスします。座席数は1,700~2,100席ほどでした。オデイオンは、西暦124年にハドリアヌス帝がトロイを訪れたことを記念して建てられたと考えられています。このとき、近くのアイアスの墓も再建されました。オデイオンには屋根が付いていたと思われますが、外部を支える壁は発見されていません。 -
【聖域 - トロイ VIII-IX】
古代の資料や発掘結果からわかるように、ギリシャとローマの時代にはトロイは重要な宗教の中心地でした。
目の前にある聖域は紀元前 8 世紀に建てられました。トロイ VI と VII の下町の遺跡に掘られ、壁に囲まれていました。ヘレニズム時代からローマ帝国時代まで、多くの変更はありましたが、使用され続けました。 -
【ウィリオス・ウィルサの下町 - 後期トロイ VI】
目の前には、西側の城壁の外側に位置する後期トロイ VI VLLA (紀元前 14 ~ 13 世紀) の下町があります。城塞への石畳の道に沿って密集した家々の頑丈な石造りの土台がはっきりと見えます。特に注目すべきは、トロイVI i のテラスハウスのほぼ完全な輪郭です。テラスハウスの奥の部屋は2階を支えており、ここで発見された青銅の小像と陶器の雄牛の像から判断すると、宗教的な目的で使用されていた可能性があります。 -
トロイVIの終焉を告げた地震の後、城塞の門 VI U は閉鎖され、通りの経路が変更されました。集落が密集していたため、以前の通りや広場でさえ家や離れで混雑し、ご覧のように大きな貯蔵容器でいっぱいでした。トロイVII a は、発見された武器、焼けた残骸、骸骨の数からわかるように、戦闘で破壊されました。VII b2期 (12世紀後半) には、移民が城塞とその周辺に移住しました。
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【トロイ VI / 宮殿 VIM】
あなたは今、トロイVIの城塞の南端、大要塞の真上に立っています。ここでは上面だけが露出している壁を想像してください。この壁は元々、東壁のように高さ約5メートルでした。左手、つまり北側で壁の周囲にあるのは、長さ27メートルの印象的な崩れかけたVIMの擁壁です。この建物は大城塞の丘の最も低いテラスに建っており、間違いなくトロイVIの宮殿群の一部を形成していました。この時代の陶器の発見は、先進的で独自のスタイルだけでなく、ミケーネからの輸入の影響も示しています。 -
すぐに目につくのは、壁の 4 つの垂直オフセットです。ここの石は慎重にカットされています。このディテールは、純粋に様式的なものではなく、同じ時代の他のトロイのファサードにも見られます。これは、一方では宮殿の住人の趣味と名声への欲求を示し、他方では木材と泥レンガでできたとされる上部構造に関連した機能的な基盤があった可能性があります。壁の下部にある風化の少ない石が示すように、正確に切り出された石は隙間なく、モルタルなしで互いにぴったりと合っています。この時代には鉄製の道具がなかったことを考えると、この偉業はなおさら印象的です。ホメロスはトロイ/リオスの「美しい」壁について繰り返し言及しています。
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VIMハウスと城壁の間には、広い路地が走っていました。この路地は VIMハウスの先まで続いており、その遺跡はレベント発掘調査で発見されました。VIMハウスの L 字型のレイアウトの中には、機能についてはほとんど知られていない部屋がいくつかありました。貯蔵容器が保存されているため、ここに貯蔵庫がありました。数段の階段から2階があったことがわかりますが、2階は残っていません。トロイVI時代の他の建物と同様に、VIMハウスの外側の側壁は城塞の中心点に向けられています。これは、統一された建築計画の証拠であり、建物の間に均一の幅の通りが設けられ、城塞の中心まで続くことが保証されていました。
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井戸、紀元前 300 年頃に建設
元の高さ 37.50 m
現在の高さ 27.65 m
全深度不明
1994 年に修復 -
まぁ何だかよくわかりませんが、ここトロイは史跡が何層にも積み重なっていて、今のところ9層ですが、まだ発掘は続いているということです。
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私は個人的には廃墟が好きなのですが、遺跡は壊れすぎていて想像力が働きません。
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【シュリーマンの溝】
最初の3年間の発掘で、シュリーマンは墳丘の中心に幅40メートル、深さ17メートルの南北に深い溝を掘りました。これは岩盤まで達する試験溝として考えられており、シュリーマンはそれによって「プリアモスの城塞」がどのくらいの深さにあるのかを発見することを望んでいました。
この作戦の過程で、上層の重要な建物の残骸が部分的または完全に破壊されました。シュリーマンは溝の底でトロイ第一期初期(紀元前2920年頃)の壁の残骸を発見しました。これらは目の前に見ることができます。
トロイ1世時代がより詳細に研究されたのは、1930年代のアメリカの発掘調査と1988年以降に行われた研究のみでした。
あなたが立っている場所の真下には、瓦礫で埋め尽くされた傾斜した石垣の残骸があります。これはトロイ1世初期の城壁のような要塞であると考えられています。向こうに見える平行な粗い石壁の列は、青銅器時代初期 (紀元前2920年頃) の比較的大きな密集した住宅の基礎です。 -
これらの細長い家の中には、ポーチが付いているものもありました。特に興味深いのは、石を斜めに置く「ヘリンボーン」石積み技術です。このテクニックは壁gで見ることができます。ハウス102は、トロイIbの建設段階からのもので、そのサイズと形状の点で特に注目に値します。
家の上部構造はおそらく日干しレンガか、泥塗りの編み枝細工を施した木材でできていたと思われます。屋根は何も残っていませんが、平らで泥で覆われていました。 -
右側にある長い壁は、完全に日干しレンガで造られており、溝の面を保護する擁壁として1988年に建てられました。それはほぼ長屋の端壁が横たわっていた場所にあたります。塹壕の北側で複数の幼児埋葬が発見され、いずれもしゃがんだ姿勢で埋葬されていました。しかしこの時点では、入植地内で幼児を埋葬することは珍しいことではありませんでした。
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【アテナの神殿 トロイ VIII-IX】
あなたが今立っている場所は、かつてギリシャとローマの都市リオンに属するアテナ神殿の中庭でした。下部を見てみましょう。これはシュリーマンとドルプフェルトによって発掘されました。そこに横たわっている大理石の建築の破片は、もともとアテナ神殿のものでした。神殿の基部のサイズは36m *16mで、格天井を支えるドーリア式の列柱で囲まれていました。 -
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外側のエンタブラチュアにはメトープ (レリーフ) があり、最も有名なものはアポロ/ヘリオスを示しています。これは現在ベルリンで展示されています。この寺院はおそらく紀元前240~150年から1世紀近く建設が続きました。おそらくローマ時代に、アウグストゥス皇帝 (紀元前31年から紀元14 年) の命令によって修復されました。ギリシャとローマの時代、この神殿は女神アテナを讃える毎年恒例の盛大な祭りの中心でした。この祭りは生贄と運動競技によって特徴づけられました。
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まだ青いイチジクです。
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観光客の足の間に犬が寝ています。
野良猫も野良犬も殺処分を逃れられているトルコですが、9/15の新聞に、『かつて「道路の主」だったトルコの野良犬が新たな危機に直面』と題された記事がありました。これによると、『新法の下では、トルコの自治体は野良犬を集めて過密状態の保護施設に収容するか、野生化している場合は安楽死させる必要がある。』ということでした。
原因は子供たちが噛まれてケガする場合があるということでしたが、私が見る限り、狂暴な犬は一匹も見受けられませんでした。 -
遺跡を後にし、エーゲ海沿いを今夜の宿に向かってバスは走ります。
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バスの中は静まり返っています。
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日が傾きかけた頃にホテルに辿り着きました。
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ごく普通のホテルですが、寝るだけなので特に問題なしです。
このホテルにはスパがあったので利用しました。 -
明日からは海辺を離れて内陸に向かうので、夕食前にビーチを散歩してみます。
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小さな子供が海の中から手をふってくれました。
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ビーチから見たホテルです。
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外のプールの他、内部にはスパがあります。
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夕食は魚や煮野菜が中心でした。
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食後のデザートはプチケーキ。
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