2023/10/09 - 2023/10/24
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kawausoimokoさん
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ベルリンのペルガモン博物館が4年間の完全休館に入る前に、滑り込みで見に行ってきました。
ついでにドレスデン、プラハ、ウィーンの美術館も巡ってきました。
今回の旅でも、観られなかった作品がいくつかありましたが、その代わりに予期せぬ企画展に出くわし、思わぬところでお気に入りの作品に出会えました。
そして、何より歴史を再認識する旅となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- LOTポーランド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2023年10月18日(水)(Day10)
プラハ最終日は、プラハ国立美術館ヴェレトゥルジュニー宮殿(Veletržní palác)を訪れました。
'Veletržní palác'は、ネット上の日本語では「ヴェレトゥルジュニー宮殿」と表記されるので、シュテルンベルク宮殿やシュヴァルツェンベルク宮殿のような貴族の元邸宅を想像しますが、チェコ語で'Veletržní'は「見本市」を意味し、実際には'Trade Fair Center'と呼ぶのが相応しい建物でした。 -
この建物は1925年に見本市会場として建てられましたが、1974年に火災に遭い、その後プラハ国立美術館に寄贈され、現在は同美術館最大のギャラリーとして使用されています。
アルフォンス・ミュシャの「スラヴ叙事詩全集」が1928年にチェコで初めて展示された場所だそうですが、現在は、南モラヴィア州のモラフスキー・クルムロフの城館に展示されているそうで、ここにはありません。 -
近代美術や現代美術を中心に、絵画、彫刻、建築、家具、写真、デザインなど、幅広い分野の作品が展示されています。
印象的だったのは、19世紀末から20世紀初頭にかけて制作されたチェコの作品で、多くの作品に強い社会的メッセージが込められていました。
絵画は、カスパー・ダーヴィド・フリードリッヒ、ドラクロア、クールベが何点かと、印象派、ポスト印象派、ピカソの作品が充実、そして、クリムトとエゴン・シーレ等の作品がありました。
膨大な展示品の全てを鑑賞することはできませんでしたが、心惹かれた作品に絞ってじっくり鑑賞しました。 -
プラハとヴルタヴァ川:スタニスラフ・スチャルダ, 1866年
このレリーフは、1904年にサンクトペテルブルクで開催された万国博覧会で金賞を受賞したものだそうで、この美術館のアイコンになっています。
スタニスラフ・スチャルダはプラハを代表する彫刻家で、プラハ応用美術学校で教授をしていたそうです。 -
盲人:フランティシェク・ビレック,制作年不明
フランティシェク・ビレックは、チェコのアルフォンス・ミュシャと同時代の彫刻家・建築家・画家で、この作品に見られるような象徴主義と宗教的テーマを特徴とする作品を数多く制作したそうです。 -
プラハの卵市場:ルデック・マロウド,1888年
ルデック・マロウドは、歴史的な出来事や戦争の場面を多く描いたチェコの画家でした。 -
家での殺人:ヤクブ・シカネーダー,1890年
ヤクブ・シカネーダーは、チェコの画家で、プラハの孤独や哀愁を感じる薄暗い街角や風景を多く描きました。 -
ジスモンダ:アルフォンス・ミュシャ,1894年
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チェコの心:アルフォンス・ミュシャ,1917年
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ヴァシェク・ジカンヌ:ヴラスタ・ヴォストジェバロヴァ・フィシェロヴァ,1921年
ヴラスタ・ヴォストジェバロヴァ・フィシェロヴァは、チェコの女性画家で、都市に住む労働者や疎外された人々、社会的弱者を描きました。 -
憂鬱:ヴラスタ・ヴォストジェバロヴァ・フィシェロヴァ,1922-1925年
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1922年の夏:ヴラスタ・ヴォストジェバロヴァ・フィシェロヴァ,1926年
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悪夢:ヴラスタ・ヴォストジェバロヴァ・フィシェロヴァ,1926年
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ユダヤ人街Ⅲ:イムロ・ヴァイナー・クライ,1925-1945年
イムロ・ヴァイナー・クライは、スロバキア出身の画家で、戦争や社会的不正への批判を込めた作品を多く描きました。 -
嵐:イムロ・ヴァイナー・クライ,1937年
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家族:イムロ・ヴァイナー・クライ,1937年
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青いドレスを着た子供:ミラダ・マレショヴァ,1932年
ミラダ・マレショヴァは、チェコの女性画家で、プラハの女性や子供、労働者の日常生活を題材にして孤独や社会的不正義を訴える作品を描きました。 -
小さなボート:ミラダ・マレショヴァ,1936年
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月明かりの北海:カスパー・ダーヴィド・フリードリヒ, 1823-1824年
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ジャガーに襲われる騎手:ウジューヌ・ドラクロア,1855年
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帽子に花をつけた女性:ギュスターヴ・クールベ,1857年
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森の洞窟:ギュスターヴ・クールベ , 1865年頃
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セーブル橋:アルフレッド・シスレー,1877年
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モレのブルゴーニュ水門:アルフレッド・シスレー,1882年
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花咲く果樹園:クロード・モネ,1879年
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野菜畑にて:カミーユ・ピサロ,1881年
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私自身、肖像風景画:アンリ・ルソー,1890年
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ムーランルージュにてワルツを踊る二人の女:アンリ・ロートレック,1892年
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セーヌ川の蒸気船ライロンデル:ポール・シニャック,1901年
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秋の太陽, 三美神:フティセック・クプカ, 1906年
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リューベック近郊の海岸:エドヴァルド・ムンク,1907年
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ホアキナ:アンリ・マティス,1910年
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緑の麦畑:フィンセント・ファン・ゴッホ,1889年
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ボンジュール、ムッシュ・ゴーギャンII:ポール・ゴーギャン,1889年
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パリスの審判:ポール・ゴーギャン , 1902年
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脱出:ポール・ゴーギャン,1902年
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自画像:ポール・ピカソ,1907年
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水辺の館:グスタフ・クリムト,1908年
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乙女(処女):グスタフ・クリムト, 1913年
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花のある静物画:エゴン・シーレ,1911年
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ヴェレトゥルジュニー宮殿を後にして、
Na Příkopě 通りのショッピング街へお土産を買いにやってきました -
KOH-I-NOOR Hardtmuth Trade a.s.
老舗の文具屋さんで「KOH-I-NOOR」の色鉛筆をお土産に買います。 -
KOH-I-NOOR Hardtmuth Trade a.s.
様々な色合いの鉛筆が可愛くディスプレイされていて、文房具好きだとショーウィンドウを眺めているだけでも楽しいです。 -
プラハの天文時計塔
丁度、時計台の人形が出てくる時間に通りかかり、多くの人々が集まっていました。
時間になると窓が開き音楽に合わせて12使徒が現れ、皆一斉に写真を撮りますが、あっという間に終わってしまい、「エッ、これでお終い!?」という声が上がりました。 -
ハヴェルスカ・コルナ Havelská Koruna
プラハで有名なチェコ料理の大衆食堂を訪れました。 -
Top10メニューが掲示されています。
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一番人気のチェコ料理の定番、スヴィチュコヴァー(Sirloin with cream sauce)に決めました。
お店に入ると用紙を渡されるので、カウンターで用紙を係の人に渡して注文品を記入してもらい、帰る時に用紙を出して会計します。
お店の人は私と同じような年配のおばさんが多く、英語があまり通じず、愛想が悪いので「旧共産党時代の雰囲気を味わえる」と有名だそうですが、にわか仕込みのチェコ語'Dobrý den.'、'Toto prosím.'、'Děkuji moc.'、そして、'Dobrý ' のたった四語を駆使して、おばさん同士で笑顔を交わしました(*^_^*) -
イチ推しのスヴィチュコヴァーを注文しました。
実際に出てきたものは、盛り付け方が少々乱暴なだけで看板の写真とほぼ同じです。
クネドリーキと甘酸っぱいクランベリーが入ったソースがマッチし、お肉もソコソコ柔らかくて、まさに庶民の味でした。
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