2024/04/04 - 2024/04/07
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nichiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/04/05
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徒歩4分
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2分
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5分
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高野醤油味噌店
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4分
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3分
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この旅行記スケジュールを元に
さあ高田の街を散策です。
高田城の桜を目当てに高田を訪れたのですが、まだ咲いてない。
午後に行けば、少しは咲いているかも?
との期待を込めて午前は高田の街の散策にしました。
高田と言えば、子供の頃に小学校の社会の授業で教わった「日本で一番雪が多い街」。
それが新潟県高田市でした。
1971年に直江津市と合併して上越市になっていますね。
高田城の城下町として栄えた高田。
雁木と言う雪国ならではの生活道路も多く残る高田。
雁木の総距離は16㎞にもなるそうです。
歴史を感じる素敵な街並みが残っていました。
その中にあった、瞽女ミュージアム高田がすごく面白かったです。
まだテレビもラジオもなかった時代の農村の娯楽です。
こんな世界が昔の日本にあったんだ~
と認識しました。
そこで拝見した、大島渚監督の記録映像「瞽女-盲目の女旅芸人」はもう一度観てみたいな~
なんかモノがあふれているこの豊かな時代にジーンとしちゃった。。。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨夜呑みすぎたので、部屋でのコンビニのおにぎり朝食にしました。
シャワーを浴びて、少し部屋で休んでからホテルをゆっくり出発。
突き当りは高田駅です。
電柱がない!
素敵! -
ホテルは駅前通りと本町通の角にあります。
昔は一番賑わっていたエリアで、60年以上営業していた老舗百貨店があった所にホテルがあります。
本町通を北に向かいます。 -
この古い建物は?
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「町家交流館 高田小町」という施設で、城下町高田の散策案内所です。
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お邪魔します。
元商家だった建物で、明治時代の建物です。 -
入ってすぐの吹き抜け。
広いな~~~ -
吹き抜けでこんな広い空間が広がっています。
外観からは想像できませんね。 -
イベントスペースとしても使えるようで、イベント用の様々な部屋があります。
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2階に上がってみましょう。
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2階は元は商家の使用人の部屋だったようですが、今はココもイベントスペース。
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2階から屋根裏の梁が見えます。
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明治に造られた立派な建物ですね。
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1階を見下ろします。
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1階に降りて来て、もう一度真下から吹き抜けを見上げてみます。
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「町家交流館 高田小町」の前は、雁木(がんぎ)と呼ばれる雪除けの屋根のです。
町家を営む各戸が私有地を提供し、雪国における生活道路として重要な役割をはたしています。
アーケードではありません。
各戸の建物は自ずと異なりますので、雁木の庇の高さもまちまちになります。
雁木は、北国における譲り合いや助け合いの心が形になった文化遺産だと言われています。 -
高田世界館という映画館にやってきました。
明治44年(1911年)に芝居小屋「高田座」として開業しています。
ココ、現役の映画館で、日本最古級の映画館です。 -
映画と映画の間には見学(有料)できますが、時間が合わず。。。
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こんな映画を上映中。
単館映画館のようで、選び方が凝ってます。
今度、時間を合わせてココで映画見てみようか??
PERFECT DAYS、上映中なんだ~
先日、役所広司さんがカンヌで賞を受賞した作品ですよね~
最近は映画見るときは近所のシネコンばかりで、館側が拘りを持って上映しているこんな映画館でも見てみたい。 -
こんな古いフィルム映写機が展示されています。
-
こちらが映画館。
現在、「風よ、あらしよ」を上映中。
私の知らない作品です。
村山由佳作の小説の映画化です。
相方はこの本を読んでおり、でも映画化されたことは知りませんでした。
伊藤野枝と大杉栄の婦人解放活動家と社会活動家の話で、吉川英治文学賞を受賞した作品だそうです。
主人公は最後に甘粕という憲兵に殺されるのですが、甘粕事件として世に知られています。
この甘粕、上杉謙信の重臣だった甘粕景持の子孫です。
甘粕影持の館があった春日山城の近くのこの高田で上映するのは、映画館のオーナーの何か意図があるのでしょうか?
偶然?? -
こんな映画館です。
かつて高田には、この世界館を含め、6つの映画館があったそうです。 -
さあ引き続き高田の街散策です。
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この建物、以前は洋食屋さんだったようです。
明治38年築の建物ですが、2階に面影が残ってますね。
当時はお洒落でハイカラだったんだろうな~ -
古き良き街を歩きます。
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こんな街が残っていることが嬉しい。
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歩いていてワクワクします。
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他の家並みと異なる建物に目が留まります。
「ますや主屋」
低い屋根の造りは、「差し掛け」と言って二階建てが禁止だった江戸時代の名残なんだそうです。 -
仲街通りに出ました。
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この辺りにも雁木がつながっています。
左側は味噌醸造店。
弘化元年(1844年)創業の老舗です。 -
雁木の中に入ってみます。
-
縦書きの看板がいい感じ。
-
高野醤油味噌醸造店を少し離れたところから撮影してみました。
ココは店舗兼主屋です。
お隣のお宅の雁木とつながっています。 -
バス停だって雁木の中です。
古いベンチがいい感じですね。 -
雁木を目の前にした老舗の醤油味噌店です。
-
素敵な古い町並みを今度は東に進んでみます。
-
雁木がお洒落だな~
一番左は老舗の呉服屋さんです。
町家づくりがお洒落ですね~
この雁木部分と歩道は個人の私有地で、雪深いこの地で自分だけでなくみんなが通りやすいように地域ぐるみで考えて作られた、譲り合いや助け合いの精神が表されたものなのです。
素敵ですね~ -
この辺りは以前は下紺屋町と言って、繊維や呉服の卸や小売りのお店が集まっていたエリア。
一番右の建物は、昔は麻屋さんだった町家です。 -
その町家が「瞽女ミュージアム高田」です。
私は「瞽女さんって何?」
相方は本や映画で知ってました。
相方「三味線を抱えて村々を渡り歩いて歌っていたのよ~ 皆さん目が不自由なのよね~」
私「ふ~~ん」
中を覗いていたら、中から
「どうぞ、お入りください。」
と促され、中に案内されました。 -
私が一眼レフを持っているのを見て、
「どうぞ、古い町家を自由にお撮りください。」
と言われ、お礼を申し上げて撮影させていただきました。
瞽女さんについて知りたかったのと、町家をじっくり拝見したかったので、入場料(500円×2)をお支払いして中へ。
最初にまず、大島渚監督の記録映像「瞽女-盲目の女旅芸人」を拝見しました。
20分ぐらいの映像でしたが、瞽女さんのことを知りました。
まだテレビもラジオも普及する前、日本にはこんな文化があって、こんな方々がいらしたのね~
ちょっと衝撃でした。
昔は医療が進んでおらず、子供の時に病気の影響で失明すると、将来は按摩になるか?それとも瞽女なるのか?
選択を迫られたそうです。 -
・3人一組で旅をしていた瞽女さん。先頭の方がかろうじて見えていたそうです。
・三味線を片手に村々を巡り、土地の風俗や出来事などを独特の節回で「瞽女唄(ごぜうた)」にして唄い語っていました。テレビでその様子を観ましたが、内容はよくわかりませんでした。男女の艶物から明るい物語まで多彩なレパートリーがあって、農村の方々に喜んでもらうレパートリーがあったようです。
・まだテレビやラジオが普及していなかった時代、豪雪地帯の村落などで農閑期に現われる娯楽で、迎える庶民にとっても数少ない楽しみの一つとなっていました。 -
・瞽女さんごとに縄張りが決まっており、高田の瞽女さんは、新潟の西の部分である上越エリアから長野県北部まで足を延ばしていたことがわかりました。高田の瞽女さんが大勢いた時は、群馬まで足を延ばしていたそうです。
・いつも旅のルートは決まっており、毎年同じ時期に同じ村の名主や庄屋のお宅に伺って、そこで村の方々に瞽女唄を披露し、その家に泊まっていたそうです。
・瞽女唄を披露する際は奇麗な着物に着替えており、旅の荷物はかなりの量になっていました。
・1年のうち年末年始を除き、約300日を旅して瞽女唄で生計をたてていた瞽女さんです。
・旅を支えたのは、約1000軒の瞽女宿と呼ばれた村々の人情でした。瞽女宿は裕福な農家が引き受け、瞽女さんに無償で食事と宿を提供していました。
・稼いだ収入は、師匠と弟子で均等割りで、まだ若い見習いであったな6~7歳の弟子でも、旅営業に参加すれば平等に分配を受けられました。 -
・高田の瞽女さんは親方が町家に家を構え、弟子を受け入れて共同生活を営みながら瞽女さん一家を形成していきました。
・高田には14軒の親方の家があったようで、厳しいけいこは口から耳へと伝える口述による指導。普段から礼儀やしつけに厳しい世界で、御世話になるお宅でもきちんとした生活をしていました。
・男女関係には厳しく規則を破った場合には追放されました。
追放された瞽女さんは、「はなれ瞽女」として単独で生計を立てていたようです。 -
高田瞽女最後の親方であった杉本キクイさん
昭和45年(1970年)国の無形文化財になっていらっしゃいます。
一つの話を一段と言うのですが、一段30分もの物語を50段以上頭に入っていたとか。。。
テレビやラジオ、映画の普及など、娯楽の多様化で瞽女さんは姿を消していきますが、瞽女さんと彼女たちを迎え入れた人々の人情含めて瞽女さん文化なのですね。
この杉本キクイさんは、昭和58年(1983年)85歳で他界されましたが、CDやDVDで拝見することができるそうです。
キクイさんの言葉が残されていました。
「もしも、もう一度生まれ変われるんなら、目明きの普通の娘になって毎日を送りたいと思うね。あの椿の赤い花や、けんぼしの青い葉っぱ。それに瞽女宿の人たちの顔をこの目で見てみたい。」
6歳まで目が見えたキクイさん。色は記憶の中で時がたつにつれ輝きを増していったのだとスタッフの方に教わりました。
戦後に多くの瞽女さんが廃業する中、「おらは瞽女しか生きる道を知らん。」と続けてくださったおかげで、私は様々な記録媒体でその様子、ひいては瞽女さん文化と言うものを知ることができるのですね。
なんかモノがあふれているこの豊かな時代にジーンとしちゃった。。。 -
昔は麻屋さんだった町家を拝見します。
大きな吹き抜けと2階の渡り廊下が見えます。 -
戸の吹き抜け、天井が高いな~
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急階段を上って二階に上がってみましょう。
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2階にあがってみました。
渡り廊下が2階の部屋を結んでいますね。 -
2階の座敷です。
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この火鉢、かっこいいな~
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このバスケット、瞽女さんであった杉本キクイさんが使用していたバスケットと同じバスケットです。
これで村々を巡っていたのですね。
大切な着物もこれに入れていたのですね。 -
渡り廊下を通って、2階の反対側の部屋へ。
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「はなれ瞽女 おりん」
と言う映画のポスター
相方が「この映画、見たよ~ 第1回日本アカデミー賞の優秀作品賞なのよ~」
私「え~? そうなの?」
原作:水上勉
監督:篠田正浩
主演:岩下志麻
他に、原田芳雄、奈良岡朋子、小林薫。。。
錚々たる方々が出演していらっしゃるのですね。 -
雁木のある街、高田のジオラマがいくつか展示されていました。
可愛くて趣があって暖かくて。。。
素敵ですね。 -
1階に降りてきました。
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高田の瞽女さんについて、スタッフの方に色々教えていただき、様々なことを知ることができました。
瞽女さんについて語るとき、画家の斎藤真一さんという方の存在が大きいそうです。
画家として瞽女さんの絵を描き続け、瞽女さんについて多くのことを調べていらしたことによって、今の時代に瞽女さんが存在していたことを残すことができたようです。
最近も数年前に銀座の日動画廊で展覧会が開催されていたようです。
で、斎藤真一さん、なななんと、五社監督の映画「吉原炎上」の原作者です。
名取裕子さんが主演でヒットした映画ですよね~
私も相方も以前拝見した映画です。
斎藤真一さん、画家だけでなく作家でもあり、多彩な方なんですね~ -
いや~~
面白かったな~~
興味深かったな~~
色々考えさせられたな~~
ちょこっと寄るつもりでしたが、2時間近くお邪魔してしまいました。。。 -
瞽女ミュージアム高田を出て、シニア夫婦は再び高田の街をプラプラ。
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大町通りを南に進んですぐ。
旧今井染物屋
にやってきました。 -
この建物は、江戸末期に建てられた、市内に現存する町家の中でも最も古く、最大級の町家です。
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目の前にはこんな素敵な雁木がつながっています。
ここの雁木、かっこいいですね~ -
お邪魔します。
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入口には桜の花。
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お邪魔します。
入口では職人・作家の展示・催物が開催されています。 -
そこを抜けて奥へ。
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高田の街の中で最も大きな茶の間の吹き抜け空間が印象的です。
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上を見上げてビックリ。
太い柱に細い梁が細かく組まれていますね。 -
入口を振り返ってみます。
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土間は奥に続き、右側では地元の作家さんが作品を制作中です。
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土間はさらに奥に続いています。
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ココはお蔵。
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大きく巨大な空間です。
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これ、昔の織機です。
ブレード織機と言うそうです。 -
靴を脱いでお邪魔します。
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床の間の裏側に、2階へ上がる細い階段があります。
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細い階段を上がって2階から見下ろしてみました。
細くて急ですね~ -
ちょっと不思議な空間です。
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下から見上げた大きな梁が見えます。
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2階のこのスペースに多くの職人が住み込みで働いていたようです。
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ココが外から見える2階の窓ですね。
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再び一階に降りてきました。
「染物 今井」の看板から歴史と威厳を感じます。 -
母屋の一階の生活スペースですね。
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ガラスは古いタイプのガラスです。
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町家のお庭ですね。
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台所から2階に伸びる急階段。
この上が女中部屋だそうです。 -
この意匠がカッコいい。
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トイレ近くの窓もお洒落ですね~
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古い年代物の箪笥ですね。
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以前使っていた染物の道具です。
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この板、屋号に「出品」の文字。
何に使ったのだろう? -
旧今井染物屋を出て、街並みを散策。
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雁木が続く街を歩き続けました。
-
最後に街で掲出されていたポスターを撮影してみました。
冬はこんな状態になるのですね。
雁木が重宝されているのが判ります。
「昔は雪が深くて、雁木を通って学校に通ったんですよね~」
なんて地元の方のお話も伺いました。
商店の軒先ですが、街の人のための重要な道路なんですね。 -
これも、街で掲出されていたポスターのの写真です。
町家を営む各戸が私有地を提供し、雪国における生活道路として重要な役割をはたしていたのがよくわかります。 -
この写真もポスターです。
この写真が好きですね~~
つづく
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この旅行記へのコメント (2)
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- まーやんさん 2024/05/11 15:15:28
- 高田瞽女と町家
- nichiさん、こんにちは
私も先日高田に行った際、
歴史博物館で高田瞽女の展示を見て
瞽女さんの存在を知りました。
全国各地にいらして最後に残ったのが
長岡と高田だったとか。
そんな文化があったとは驚きでした。
そして、旧今井染物屋、
かなり近くまで行ったと思うのですが、、
たどりつかず(笑)
断念して夜桜を見に戻ってしまいました。
気になっていたので、
写真で見させていただいて行ったような気分に(笑)
ありがとうございます!
まーやん
- nichiさん からの返信 2024/05/12 09:27:52
- Re: 高田瞽女と町家
- ま~やんさん
おはようございます。
コメントありがとうございます。
瞽女さん文化、衝撃ですよね~
岩下志麻さんっ主演の「はなれ瞽女おりん」、観たいけどオンデマンドなら見れるみたいなので加入するか思案中です。
旧今井染物屋、残念でしたね~
瞽女ミュージアムから徒歩3分ぐらいだったと思います。
但し、似たような古い素敵な建物が多く、目立たなかったかもしれません。
私たちが訪れた9日後に高田城にいらしたんですね。
満開の高田城の桜を拝見させていただきました。
ありがとうございました。
たった9日でこの違い。
ま~やんさんとほぼ同じところを歩いていたようですので、自分たちの記憶をたどりながら拝見してました。
いつかリベンジしなくては。。。。
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