2024/04/04 - 2024/04/07
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nichiさん
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満開のお城の桜が見たくて、高田城と上田城と高島城に行く計画を立てました。
2024年になった年明け早々に予約しました。
例年ですと桜が奇麗な時期ですので、高田と上田はホテルが通常より高かったです。
そうしたら、今年の桜は遅くて。。。
高田と言えば、私にとっては高田城より春日山城です。
そうです!
戦国時代の長尾景虎(のちの)の居城です。
高田城に桜を見に行くのですが、せっかく高田に泊まるのですから、春日山城には行かないと。。。
私が歴史好きになったのは、小学校3年の時の大河ドラマ「天と地と」が発端です。
海園寺潮五郎の原作も小学校三年の時に読んで心を動かされていました。
それまでの私のヒーローはウルトラマンであり、ウルトラセブンでしたがこの時から上杉謙信になりました。
でもでも春日山城になかなか行く機会がなく、今回初めて訪れることができました。
ロック歌手のGacktさんの謙信好きは有名ですが、お祭りの謙信役でココにも来ていらっしゃったようですね。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝、横浜の自宅を出て、関越自動車道から上信越自動車道に入り、松代パーキングエリアで休息です。
-
ここでランチ休息です。
私は山菜とろろ蕎麦。
相方は天ぷら蕎麦です。 -
上信越自動車道の松代PAから約1時間。
お目当ての春日山城に到着しました。
これが城下街を含めた全景です。 -
これが春日山城の全景です。
戦国時代のお城ですから、山の全体が要塞です。
この段階で私はワクワクです。 -
駐車場で頂いたマップです。
これを見ながら春日山城を歩いてみましょう。 -
こんな急階段から春日山城巡りが始まります。
小雨が降ってますが、傘をさすほどでもありません。 -
登り切って振り返ると相方が登って来るところ。
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階段を上り切ったところは春日山神社。
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明治34年(1901年)に創建された、上杉謙信を祀った神社です。
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小さな謙信像ですね。
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「虫の音に 名将偲い 春日山」
誰が詠んだのだろう?
ググってもわからず。。。
元々、老母屋があった所に春日山神社ができたのですね。 -
振り返ってみました。
今くぐってきた鳥居が見えます。 -
お参り~
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立派な神社ですね。
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さあ春日山城を時計回りに巡ってみましょう。
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ここはお屋敷、つまり城主の館があった所。
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この右側に60m×110mの曲輪が造られ、そこに屋敷が建てられていたのですね。
こんな急な山にこんな広い曲輪?
当時の土木技術の高さに驚かされます。 -
ココを登って行きます。
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右下を見ると、いくつかの曲輪が見えます。
こんな急斜面を平らにして、いくつかの建物を建てていたのですね。 -
やっぱり山城ですね~
こんな道をどんどん登って行きます。 -
ココには千貫門がありました。
門が建っていた所の土塁が欠けています。 -
この千貫門は、古地図に描かれているようで、土塁と土手に囲まれた場所にあります。
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さらに登って行きます。
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ここは?
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空堀です!
先ほど通ったに向かって2本の連続した堀が掘られています。
道のように見えますが、門から侵入してきた敵をココにどんどん落としていくのですね。
巧妙に仕組まれた道のようです。 -
さらにこんな所を登って行きます。
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これも空堀ですね。
昔は橋が架かっていたそうです。 -
突然、平になりました。
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ココは虎口です。
つまり城の玄関です。 -
多くの曲輪が見えます。
斜面に多くの平らな土地が造られています。
段々畑のようですね。 -
帯郭と言うのですね。
斜面を中程を水平な帯状に削り出した平坦面がいくつも見えます。
本丸や直江屋敷など、重要な曲輪の周りに造られていました。 -
広い曲輪に出ました。
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この広い曲輪は、
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展望もいいようです。。。
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ココは直江屋敷の跡でした。
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長年に渡り、上杉家を助けた直江家。
直江兼続は、上杉景勝の重鎮として有名ですよね。
景勝がココ越後から米沢に国替えになった際、兼続は大活躍したのは有名なお話ですよね。
NHK大河ドラマ「天地人」を思い出します。 -
上下三段の曲輪が直江の屋敷があった所です。
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ば~んと高田平野が見えます。
眼下にも春日山城の曲輪が見えますね。 -
さらにこんな道を登って行きます。
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建物が見えてきました。
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毘沙門堂です。
上杉謙信が出陣前に先勝を祈願した所です。 -
中には青銅製の50㎝の毘沙門天像が安置されていました。
火災で被害を受けましたが、昭和3年(1928年)にあの高村光雲氏が修復しています。
上杉謙信の旗は「毘」。
毘沙門天の毘ですね。 -
昭和6年(1931年)に復元されています。
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毘沙門堂からの景色です。
雨雲で遠くは見えませんが、眼下には高田の街が広がっています。 -
さらに上へ。
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毘沙門堂のすぐ上には護摩堂がありました。
上杉謙信は出陣前にココで護摩を焚いて戦勝を祈願したのだそうです。
このシーン。角川映画の「天と地と」でも出てきましたね~ -
ココに護摩堂があって謙信が祈祷を重ねていたことを想像します。。。。
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護摩堂と同じ郭には諏訪堂と言う建物もありました。
奥は、元々毘沙門堂があった所です。
護摩を焚いて毘沙門天に祈祷。
出陣前の謙信の一連の流れだったのかな? -
直江津の街と日本海が見えます。
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さらに隣の曲輪に向かって登ります。
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少し広い曲輪に出ました。
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ココは春日山の山頂で、春日山城の本丸があった所です。
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文部省(まだ文部科学省になる前ですね)による説明書き。
最後の文言が「規模は極めて雄大である」
何か偉そうですね~ -
ココ本丸跡は標高180mなんですね。
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お~~
眺望がすばらしい。。。
直江津から高田から一望にできます。 -
地元の高校生らしきカップルがイチャイチャしてる。。。
ココはジモティのデートスポットか? -
山の頂上にこんな広い曲輪を造ったとは。。。
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本丸から桜が咲いていた道を少し下ると、
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こんな道に出ました。
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この道は、御成街道と言って、時の関白であった近衛前嗣が通ったことでそう呼ばれるようになったのですね。
上杉謙信は2度上洛していますが、近衛前嗣と親しくなり天皇に拝謁することもできています。
前嗣はココに3年滞在したようです。
でも、京都のお公家さんがこんな山の中でビックリしなかったのかな~? -
春日山の中で、御成街道が中腹を通っていることがわかります。
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御成街道を進むと右に再び広い曲輪が。。。
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上杉景勝の屋敷があった曲輪ですね。
謙信の死後、上杉の跡を継いだ景勝。
秀吉政権下では五大老の一人までなりますが、関ケ原では西軍に加わったため、家康政権下では米沢への減封となってます。
家臣であった直江兼続を連れて米沢藩主になりますが、120万石→30万石ですから、苦労も多かったでしょうね。
米沢の上杉博物館で詳しく知ることができました。 -
ココに上杉景勝の屋敷があったのですね。
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景勝の屋敷跡から本丸方面に登って行くと、
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井戸丸という曲輪に出ました。
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ココは本丸のすぐ近くでもあります。
春日山城が山城としてココに存在できたのは、この井戸の存在が大きいです。
この時代、どうやって井戸を発見できたのか?
山頂付近の雨や雪が地下水としてココに溜まって井戸になっているそうです。 -
山の上の曲輪にある井戸です。
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どんな渇水でも枯れることが無い井戸です。
今も水をたたえる大井戸ですね。 -
御成街道に戻って景勝屋敷の先に下りて行くと、
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柿崎影家の屋敷跡です。
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謙信の家臣で、猛将です。
川中島の戦いで、武田方の山本勘助を破ったのがこの柿崎影家です。 -
春日山城の中で一番南の曲輪にある柿崎屋敷跡から見える景色。
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遠くの山は雪で白くなってますね。
戸狩の山あたりでしょうか?? -
御成街道を通手少し戻り、少し下に降りたところにはまた大きな曲輪が現れました。
ココは二の丸があった曲輪です。 -
この二の丸、先ほど行った本丸の真下にあり、本丸を帯状に囲っています。
本丸の警護を行っていたことが想像できますね。 -
二の丸には井戸も残っており、古地図には台所の表記もあるそうです。
この井戸、枯れてません。。 -
二の丸からさらに下って行きます。
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真下に曲輪が見えます。
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城内を下って行くと、遠くに高田の街が見えます。
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大きな曲輪が見えてきました。
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ココは、米蔵の跡です。
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そしてこちらが三の丸です。
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三の丸は、謙信の養子の上杉三郎景虎の屋敷跡です。
北条から上杉に養子に来た三郎は、謙信から自分の名前である景虎をもらうなど、破格の対応でしたが、謙信の死後、御館の乱で景勝と跡目を争って負けて悲運の死を遂げています。
三郎と景勝の館跡が同じ春日山城の中で見れてちょっと嬉しかったです。 -
三の丸から本丸を見上げると、いくつもの曲輪が見えます。
これぞ春日山城ですね。 -
桜の花越しに見える高田の街ですね。
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さらに下りてきたら、ココは甘粕近江守の館があった曲輪に出ました。
甘粕は、柿崎、宇佐美、直江と並んだ上杉四天王のうちの一人です。 -
ここで舗装されている道に出ました。
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後ろにはいくつもの曲輪が見えますね。
曲輪一つ一つに建物が建っていたそうです。 -
この山が春日山で、山全体がお城であったことがよくわかりました。
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売店の前の謙信の像。
ココ、有名ですよね。 -
謙信像をアップで!
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グルッと山城を巡り、春日山神社に戻ってきました。
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駐車場に戻るためにこの長い階段を降りていきます。
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長い階段を降りてきました。
憧れの上杉謙信のお城、春日山城をじっくりと廻ってみました。
さあ、高田のホテルに行きましょう。
つづく
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