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更新記録<br />2024/02/01:引用資料追加。<br /><br />日本書紀ヤマトタケルの東征、その帰り道に、盲腸のような11文字があります。<br />現在の甲府近くの酒折宮で、<br /><br />★日本武尊がいわれるのに、「蝦夷の悪い者たちはすべて罪に服した。ただ信濃国、越国(こしのくに)だけがすこし王化に服していない」と。甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって、西の碓日坂にお着きになった。★<br />(現代語訳日本書紀P169)<br /><br />原文だと「則自甲斐北、轉?武藏・上野」というわずか11文字です。「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」<br />なくてもヤマトタケルの東征になんの影響もありません。具体的な出来事もスケジュールも一切なし。空白の旅路です。<br /><br />この「東征」というのは、日本書紀編集部がもっていた、古代の旅行記の寄せ集め、とします。4トラのブログのようなもの。<br /><br />ある日の編集会議。編集長舎人親王から無理難題が降ってきた。<br />A.酒折の宮での「御火焚の者」のエピソードのあとに、碓日坂での「吾嬬はや」を入れろってさ。最初は足柄峠のブログを使う予定だったけど、太(おおの)さんが古事記で使っちゃたんだ。で、碓日坂に似たようなブログがあるんで、そっちにしろって。<br />B.無理じゃない? タケルに秩父山地を縦走させろっていうのかね。<br />A.うちの書紀でも泣かせどころ、一番のサビなんだからナントカしろ!上が言うんだから仕方ないだろう。<br />C.雁坂路というのがあるそうだ。これを通ってもう一度関東に出て、ぐるっとまわって碓日坂に行ったことにすればいいじゃん。<br />A.おまえ、アッタマいいなあ。<br /><br />ということで「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」<br />これを根拠に後世、武蔵・上野つまり東京、埼玉、群馬のあちこちで「ヤマトタケルはここに来たんだ!」と言い張る人たちがでてきました。平安、鎌倉、江戸時代から現代まで続きます。<br /><br />一言で言えば「おらが村びいき」です。あるいは観光資源としてヤマトタケルを誘致した。<br />それでは身も蓋もない。<br />言い張った人の身になって思うに、古代の悲劇の英雄ヤマトタケルに、ロマンの炎をかき立てられたからでありましょう。<br />そのロマンを追体験してきました。<br /><br />一書に曰く、<br />またまたヤマトタケルですよ~。<br />もう、ヤマトタケルの死までたどってしまいましたからねえ。<br />なんかやる気がイマイチ。<br />でもまあ、「美空ひばり 幻の映像」とか「裕次郎、誰も知らなかった若き日の姿」とかありますし。<br />でも、あるのかあ?若き日のヤマトタケルの映像。<br />By妻<br /><br />そこでなんと畠山重忠登場。<br />2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、中川大志演じるイケメンで人気を博したあの重忠です。イケメン評論家By妻わくわくしております。<br /><br />下記の本を参考にしました。引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。<br />「全現代語訳・日本書紀上・下」宇治谷孟/講談社学術文庫<br />「新編武蔵風土記稿を読む」重田正夫・白井哲哉/さきたま出版会/2015年。<br />「新編武蔵風土記稿」徳川幕府昌平黌地誌調所/1830年/雄山閣活字版/1929年/国会図書館デジタルコレクション<br />「埼玉の神社」埼玉県神社庁神社調査団編/埼玉県神社庁/1986-1998年/国会図書館デジタルコレクション<br />「武蔵武士とその本拠」埼玉県立嵐山史跡の博物館/2017年<br />「武蔵武士と源氏」埼玉県立嵐山史跡の博物館/令和4年<br /><br />投稿日:2024/01/10<br />

ヤマトタケル空白の旅路 雁坂路1 「おらが村びいき」で畠山重忠登場!

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2022/05/28 - 2022/05/31

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しにあの旅人

しにあの旅人さん

更新記録
2024/02/01:引用資料追加。

日本書紀ヤマトタケルの東征、その帰り道に、盲腸のような11文字があります。
現在の甲府近くの酒折宮で、

★日本武尊がいわれるのに、「蝦夷の悪い者たちはすべて罪に服した。ただ信濃国、越国(こしのくに)だけがすこし王化に服していない」と。甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって、西の碓日坂にお着きになった。★
(現代語訳日本書紀P169)

原文だと「則自甲斐北、轉?武藏・上野」というわずか11文字です。「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」
なくてもヤマトタケルの東征になんの影響もありません。具体的な出来事もスケジュールも一切なし。空白の旅路です。

この「東征」というのは、日本書紀編集部がもっていた、古代の旅行記の寄せ集め、とします。4トラのブログのようなもの。

ある日の編集会議。編集長舎人親王から無理難題が降ってきた。
A.酒折の宮での「御火焚の者」のエピソードのあとに、碓日坂での「吾嬬はや」を入れろってさ。最初は足柄峠のブログを使う予定だったけど、太(おおの)さんが古事記で使っちゃたんだ。で、碓日坂に似たようなブログがあるんで、そっちにしろって。
B.無理じゃない? タケルに秩父山地を縦走させろっていうのかね。
A.うちの書紀でも泣かせどころ、一番のサビなんだからナントカしろ!上が言うんだから仕方ないだろう。
C.雁坂路というのがあるそうだ。これを通ってもう一度関東に出て、ぐるっとまわって碓日坂に行ったことにすればいいじゃん。
A.おまえ、アッタマいいなあ。

ということで「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」
これを根拠に後世、武蔵・上野つまり東京、埼玉、群馬のあちこちで「ヤマトタケルはここに来たんだ!」と言い張る人たちがでてきました。平安、鎌倉、江戸時代から現代まで続きます。

一言で言えば「おらが村びいき」です。あるいは観光資源としてヤマトタケルを誘致した。
それでは身も蓋もない。
言い張った人の身になって思うに、古代の悲劇の英雄ヤマトタケルに、ロマンの炎をかき立てられたからでありましょう。
そのロマンを追体験してきました。

一書に曰く、
またまたヤマトタケルですよ~。
もう、ヤマトタケルの死までたどってしまいましたからねえ。
なんかやる気がイマイチ。
でもまあ、「美空ひばり 幻の映像」とか「裕次郎、誰も知らなかった若き日の姿」とかありますし。
でも、あるのかあ?若き日のヤマトタケルの映像。
By妻

そこでなんと畠山重忠登場。
2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、中川大志演じるイケメンで人気を博したあの重忠です。イケメン評論家By妻わくわくしております。

下記の本を参考にしました。引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。
「全現代語訳・日本書紀上・下」宇治谷孟/講談社学術文庫
「新編武蔵風土記稿を読む」重田正夫・白井哲哉/さきたま出版会/2015年。
「新編武蔵風土記稿」徳川幕府昌平黌地誌調所/1830年/雄山閣活字版/1929年/国会図書館デジタルコレクション
「埼玉の神社」埼玉県神社庁神社調査団編/埼玉県神社庁/1986-1998年/国会図書館デジタルコレクション
「武蔵武士とその本拠」埼玉県立嵐山史跡の博物館/2017年
「武蔵武士と源氏」埼玉県立嵐山史跡の博物館/令和4年

投稿日:2024/01/10

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 出発点、酒折宮。<br />「ヤマトタケルの家路6 甲斐に超え出て、酒折宮」<br />https://4travel.jp/travelogue/11623841<br />でしつこくやっておりますので、今回はパス。<br />書紀のヤマトタケルはここを出て、雁坂路を北東に進みます。<br /><br />今回も三峯神社はともかく、我野神社なんて村の鎮守様です。これをどーせーちゅうのじゃと、By妻が怒りそう。<br />恐る恐る原稿を渡します。<br />次の次で畠山重忠のイケメンぶりをとりあげますので、それまでなんとかBy妻に場を取り繕ってもらいます。<br />なんか、ないかね~。<br /><br />一書に曰く、<br />なかったら、創っちゃえ!<br />なんだろうか?<br />いろいろ出てきましたよ。<br />タケルさんご本人ばかりか、タケルさんに憧れた人、乗り移っちゃった人まで出てきました。<br />畠山重忠。<br />中川大志という俳優さんは、幸運でございました。<br />畠山重忠というと、この俳優さんの顔になってしまいましたからねえ。<br />車寅次郎といえば、あの四角い顔。で、畠山重忠といえば、この顔ですからね。<br />今後、犯罪者の役はできないだろうけど。<br />By妻<br />

    出発点、酒折宮。
    「ヤマトタケルの家路6 甲斐に超え出て、酒折宮」
    https://4travel.jp/travelogue/11623841
    でしつこくやっておりますので、今回はパス。
    書紀のヤマトタケルはここを出て、雁坂路を北東に進みます。

    今回も三峯神社はともかく、我野神社なんて村の鎮守様です。これをどーせーちゅうのじゃと、By妻が怒りそう。
    恐る恐る原稿を渡します。
    次の次で畠山重忠のイケメンぶりをとりあげますので、それまでなんとかBy妻に場を取り繕ってもらいます。
    なんか、ないかね~。

    一書に曰く、
    なかったら、創っちゃえ!
    なんだろうか?
    いろいろ出てきましたよ。
    タケルさんご本人ばかりか、タケルさんに憧れた人、乗り移っちゃった人まで出てきました。
    畠山重忠。
    中川大志という俳優さんは、幸運でございました。
    畠山重忠というと、この俳優さんの顔になってしまいましたからねえ。
    車寅次郎といえば、あの四角い顔。で、畠山重忠といえば、この顔ですからね。
    今後、犯罪者の役はできないだろうけど。
    By妻

  • 古代甲斐国の国府があったといわれる現酒折宮から関東には、雁坂路という古道がありました。雁坂峠を越えて現在の秩父、熊谷を結ぶ道でした。今回はちょっと細工をして、上のような道筋を作ってみました。<br />酒折宮から武蔵国に抜ける道です。武蔵御嶽神社はちょっと寄り道。<br />三峯神社、我野(あがの)神社、武蔵御嶽神社、高坂神社の祭神はヤマトタケル。<br />ヤマトタケルの足跡発見!<br />というのは逆で、「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」という書紀の記事を根拠にした、後生の人々の創作であります。といっても、江戸時代前半か、もっと前の創作のようです。<br />

    古代甲斐国の国府があったといわれる現酒折宮から関東には、雁坂路という古道がありました。雁坂峠を越えて現在の秩父、熊谷を結ぶ道でした。今回はちょっと細工をして、上のような道筋を作ってみました。
    酒折宮から武蔵国に抜ける道です。武蔵御嶽神社はちょっと寄り道。
    三峯神社、我野(あがの)神社、武蔵御嶽神社、高坂神社の祭神はヤマトタケル。
    ヤマトタケルの足跡発見!
    というのは逆で、「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」という書紀の記事を根拠にした、後生の人々の創作であります。といっても、江戸時代前半か、もっと前の創作のようです。

  • 国道140号を北東に。雁坂路もほぼこの道筋であったようです。<br />雁坂峠はトンネルでくぐってしまいます。<br />1998年にこのトンネルができるまでは、雁坂峠を自動車で越えることはできませんでした。歩きだけ、要するに登山道です。登山道が国道というのはほかにあったかな。<br />国道がトイレの中を横切っていると聞いたことがあります。未確認です。<br />標高2082mで、赤石山脈の三伏峠(2580m)、飛騨山脈の鉢木峠(2541m)とならぶ日本三大峠だそうです。<br />

    国道140号を北東に。雁坂路もほぼこの道筋であったようです。
    雁坂峠はトンネルでくぐってしまいます。
    1998年にこのトンネルができるまでは、雁坂峠を自動車で越えることはできませんでした。歩きだけ、要するに登山道です。登山道が国道というのはほかにあったかな。
    国道がトイレの中を横切っていると聞いたことがあります。未確認です。
    標高2082mで、赤石山脈の三伏峠(2580m)、飛騨山脈の鉢木峠(2541m)とならぶ日本三大峠だそうです。

  • 山のお名前分からず。姿形のいいお山でした。<br />最近横長パノラマを縦にするという裏技を覚えました。こうすると写真が大きくなります。申し訳ありませんが、首を横にして見て下さい。<br />

    山のお名前分からず。姿形のいいお山でした。
    最近横長パノラマを縦にするという裏技を覚えました。こうすると写真が大きくなります。申し訳ありませんが、首を横にして見て下さい。

  • トンネル近くから甲府方面。

    トンネル近くから甲府方面。

  • 雁坂峠方向。山の中です。<br />20世紀末まで不通の酷道でしたから、古代では推して知るべし。<br />

    雁坂峠方向。山の中です。
    20世紀末まで不通の酷道でしたから、古代では推して知るべし。

  • トンネルを出てしばらくはいい道路です。川又観光トイレの先で140号を離れて秩父往還に入ります。雁坂路は江戸時代秩父往還と言われておりました。<br />ここから二瀬ダムの手前まで荒川の源流北側を走ります。すれ違いが難しい狭い道路でした。かつての秩父往還の雰囲気をちょっぴり味わえます。<br />

    トンネルを出てしばらくはいい道路です。川又観光トイレの先で140号を離れて秩父往還に入ります。雁坂路は江戸時代秩父往還と言われておりました。
    ここから二瀬ダムの手前まで荒川の源流北側を走ります。すれ違いが難しい狭い道路でした。かつての秩父往還の雰囲気をちょっぴり味わえます。

  • 三峯神社本殿。<br />主祭神は、伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)、伊弉册尊 (いざなみのみこと)。<br />

    三峯神社本殿。
    主祭神は、伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)、伊弉册尊 (いざなみのみこと)。

  • 一書に曰く、<br />三峰神社は、パワースポットとして有名らしいです。<br />山奥の、奥の奥にあるのですが、神社迄の道が、ある特定の日には、大渋滞になるそうです。<br />へえ。でございます。<br />それは、それとして、非常に好ましい神社でございます。<br />いつも、私どもは、たいてい何でもない日に行くので、境内は人数もまばら。<br />駐車場には車があるから、人がいないはずはないのに、誰ともすれ違わない。<br />特別な日には、この広い広い駐車場が満杯なのでしょうけれど、普通の日は、多少駐車していても、境内ともうしますか、社領域が広大なので、人影もみかけません。<br />うっそうたる木々の中の道を歩いて行くだけで、もう幸せ。<br />これぞ、御利益でございます。<br />それに、狛犬ならぬ狛狼が守っているのですが、狼みたいな(といわれる)秋田犬を飼っていた身としましては、胸キュンでございますよ。<br />By妻<br />

    一書に曰く、
    三峰神社は、パワースポットとして有名らしいです。
    山奥の、奥の奥にあるのですが、神社迄の道が、ある特定の日には、大渋滞になるそうです。
    へえ。でございます。
    それは、それとして、非常に好ましい神社でございます。
    いつも、私どもは、たいてい何でもない日に行くので、境内は人数もまばら。
    駐車場には車があるから、人がいないはずはないのに、誰ともすれ違わない。
    特別な日には、この広い広い駐車場が満杯なのでしょうけれど、普通の日は、多少駐車していても、境内ともうしますか、社領域が広大なので、人影もみかけません。
    うっそうたる木々の中の道を歩いて行くだけで、もう幸せ。
    これぞ、御利益でございます。
    それに、狛犬ならぬ狛狼が守っているのですが、狼みたいな(といわれる)秋田犬を飼っていた身としましては、胸キュンでございますよ。
    By妻

  • 本殿のならびの摂社にBy妻がお参りしております。

    本殿のならびの摂社にBy妻がお参りしております。

  • 「日本武神社」<br />ヤマトタケルです。秩父には「日本武」を「やまとたける」と読ませる神社が何社かあります。<br />三峯神社のHPにある「当山大縁起」よると、<br /><br />★景行天皇の命により東国平定に遣わされた尊は、甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中三峯山に登り、山川が清く美しい様子をご覧になり、国をお生みになられた二神をおしのびになって仮宮を建てお祀りし、この国が永遠に平和であることを祈られました。★<br /><br />この元になる縁起が「新編武蔵風土記稿」に引用されていました。<br /><br />ここで「新編武蔵風土記稿」について。<br />「新編武蔵風土記稿」は「新編武蔵国風土記稿」と「国」がつく書き方もあるようです。どちらでもいいそうで、「国」なしに統一します。<br />江戸時代1810年-1830年に、徳川幕府の直轄事業として編集された地誌です。武蔵国つまり現在の埼玉県全域、東京都の大部分、神奈川県の一部の約3000の村や町の地理・歴史・民俗・産業などの記録。<br />今回使用するのは1929年に雄山閣から発行された活字版です。国会図書館デジタルコレクションで公開されています。<br />この種のブログでは引用資料の著者編者を明記するのが仁義だそうです。「徳川幕府昌平黌(しょうへいこう)地誌調所(しらべどころ)」としておきましたが、なんか変。でもほかに思いつきません。<br />この調子でいくと日本書紀を原文で引用するときは「元正天皇朝日本書紀編集部編」とかになります。<br />

    「日本武神社」
    ヤマトタケルです。秩父には「日本武」を「やまとたける」と読ませる神社が何社かあります。
    三峯神社のHPにある「当山大縁起」よると、

    ★景行天皇の命により東国平定に遣わされた尊は、甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中三峯山に登り、山川が清く美しい様子をご覧になり、国をお生みになられた二神をおしのびになって仮宮を建てお祀りし、この国が永遠に平和であることを祈られました。★

    この元になる縁起が「新編武蔵風土記稿」に引用されていました。

    ここで「新編武蔵風土記稿」について。
    「新編武蔵風土記稿」は「新編武蔵国風土記稿」と「国」がつく書き方もあるようです。どちらでもいいそうで、「国」なしに統一します。
    江戸時代1810年-1830年に、徳川幕府の直轄事業として編集された地誌です。武蔵国つまり現在の埼玉県全域、東京都の大部分、神奈川県の一部の約3000の村や町の地理・歴史・民俗・産業などの記録。
    今回使用するのは1929年に雄山閣から発行された活字版です。国会図書館デジタルコレクションで公開されています。
    この種のブログでは引用資料の著者編者を明記するのが仁義だそうです。「徳川幕府昌平黌(しょうへいこう)地誌調所(しらべどころ)」としておきましたが、なんか変。でもほかに思いつきません。
    この調子でいくと日本書紀を原文で引用するときは「元正天皇朝日本書紀編集部編」とかになります。

  • 19世紀初めの日本語ですが、活字になっていればなんとか読めるのがありがたい。<br />「新編武蔵風土記稿」は三峯神社の縁起として「日本書紀の甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」に相当する部分(赤線部分)を引用したあと、<br /><br />★<br />当山の古記に曰、日本武尊酒折宮よりめぐり給るの土地、雁坂の山を越して直に当山に登たまひて、遙に国中の地理を望、又郷中の要害をみたまふに谷深ふして苔滑らかなり、山高して流れ早し、此地の軍究て容易かるまじきをしろしめし、■神代のことを案じたまひて、古昔伊弉諾尊・伊弉冉尊天の浮橋の上に立たせたまひ。天の逆鉾をもって豊葦原の国を平げ得たまひし、神威徳功を得て、擁護の方を希ひ奉らんと、今年、景行天皇即位四十一年辛亥歳四月七日、始て当山に仮宮を造営して、伊弉諾・伊弉冉の二尊を勧請したまう<br />★<br />■は読めませんでした。<br /><br />となっております。元になっている「当山の古記」が書かれた年代が不明ですが、「新編武蔵風土記稿」が書かれたのは1810年(文化7年)-1830年(文政13年)ですから、新しくても19世紀初頭、多分18世紀以前にには古記といわれる伝承があったことになります。<br />明らかに書紀の「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」を根拠にしています。<br />平安時代末期には三峯神社は成立していました。かなり古い伝承かもしれません。<br />ヤマトタケルは古くから人々のロマンをかき立てたのです。<br /><br />この種の伝承には進行経路がメチャクチャなのがありますが「雁坂の山を越して」と書紀の記述から正確に類推しております。当時のちゃんとしたインテリが書いたモノです。<br /><br />一書に曰く、<br />何回かお参りをするうちに、ヤマトタケルが建立したとか、ご祭神が伊弉諾、伊弉冉だとかは、ウソばっかりと思うようになったのは、なぜでしょうね。<br />ここでの、本当は、「狼」でしょう。<br />ここの本当の神様は、狼を身近に暮らしたひとだったのでしょう。<br />修験者だったかもしれない。この山の鉱物、金か銀か鉄か、はたまた水銀か。<br />それの発掘に従事する人々だったのではないか。<br />とすると、ヤマトタケルとは、修験者の別名だったのかもしれません。<br />そして、修験者とは、鉱脈をみつける専門家だったのかも。<br />By妻<br />

    19世紀初めの日本語ですが、活字になっていればなんとか読めるのがありがたい。
    「新編武蔵風土記稿」は三峯神社の縁起として「日本書紀の甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」に相当する部分(赤線部分)を引用したあと、


    当山の古記に曰、日本武尊酒折宮よりめぐり給るの土地、雁坂の山を越して直に当山に登たまひて、遙に国中の地理を望、又郷中の要害をみたまふに谷深ふして苔滑らかなり、山高して流れ早し、此地の軍究て容易かるまじきをしろしめし、■神代のことを案じたまひて、古昔伊弉諾尊・伊弉冉尊天の浮橋の上に立たせたまひ。天の逆鉾をもって豊葦原の国を平げ得たまひし、神威徳功を得て、擁護の方を希ひ奉らんと、今年、景行天皇即位四十一年辛亥歳四月七日、始て当山に仮宮を造営して、伊弉諾・伊弉冉の二尊を勧請したまう

    ■は読めませんでした。

    となっております。元になっている「当山の古記」が書かれた年代が不明ですが、「新編武蔵風土記稿」が書かれたのは1810年(文化7年)-1830年(文政13年)ですから、新しくても19世紀初頭、多分18世紀以前にには古記といわれる伝承があったことになります。
    明らかに書紀の「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」を根拠にしています。
    平安時代末期には三峯神社は成立していました。かなり古い伝承かもしれません。
    ヤマトタケルは古くから人々のロマンをかき立てたのです。

    この種の伝承には進行経路がメチャクチャなのがありますが「雁坂の山を越して」と書紀の記述から正確に類推しております。当時のちゃんとしたインテリが書いたモノです。

    一書に曰く、
    何回かお参りをするうちに、ヤマトタケルが建立したとか、ご祭神が伊弉諾、伊弉冉だとかは、ウソばっかりと思うようになったのは、なぜでしょうね。
    ここでの、本当は、「狼」でしょう。
    ここの本当の神様は、狼を身近に暮らしたひとだったのでしょう。
    修験者だったかもしれない。この山の鉱物、金か銀か鉄か、はたまた水銀か。
    それの発掘に従事する人々だったのではないか。
    とすると、ヤマトタケルとは、修験者の別名だったのかもしれません。
    そして、修験者とは、鉱脈をみつける専門家だったのかも。
    By妻

  • 我野(あがの)神社。<br />〒357-0216 埼玉県飯能市吾野226-1<br />

    我野(あがの)神社。
    〒357-0216 埼玉県飯能市吾野226-1

  • 秩父市から国道299を飯能に向かいます。<br />雁坂路は秩父からは幾筋も分かれたようです。<br />

    秩父市から国道299を飯能に向かいます。
    雁坂路は秩父からは幾筋も分かれたようです。

  • 秩父山地の山間の小さな神社です。<br />古くは三社大明神といい、地名をとって我野神社となったのは明治。<br /><br />創建は不明ですが、鎌倉時代だそうです。<br /><br />ここで「埼玉の神社」について。<br />埼玉県神社庁が編集した県内の神社の百科事典です。宗教色薄い。「北足立・児玉・南埼玉」「入間・北埼玉・秩父」「大里・北葛飾・比企」の3巻。<br />「新編武蔵風土記稿」などの古文書を引用して、神社の歴史に詳しく、今回大変役に立ちました。埼玉の神社深読みには必読です。<br />国会図書館デジタルコレクションに収録されていますので、引用はここからです。国会図書館のIDをもっていなくてもネットで閲覧可能です。<br /><br />「埼玉の神社」によると、<br /><br />★所蔵古文書の『建久二年右大将源頼朝御造営』には、棟札の写しがあり「御造営三社大明神 建久二年亥年十月吉日 右大将源頼朝承士八人 秩父次郎重忠奉行之 社職朝日藤太夫元次」と記され(以下略)★<br />(「埼玉の神社」入間・北埼玉・秩父/国会図書館デジタルコレクション159-160コマ)<br /><br />とあります。字面と前後関係だけのテキトー解釈だと「右大将源頼朝が専門家8人を任命し、秩父二郎重忠が監督した」かな。<br />「士」というのは現代語でも「建築士」や「弁護士」みたいな専門技術者です。<br /><br />おまちどおさま、畠山重忠登場です。<br />埼玉県中央部嵐山町あたりが本拠地でした。我野神社まで道なり30kmくらいで、重忠の領地です。<br />鎌倉幕府成立は1180年。建久2年は1191年。ドラマでの義時と重忠の死闘は1205年のことです。<br /><br />鎌倉幕府成立は「いいくにつくる」1192年と学校で習いましたが、最近は1180年ころから少しづつできはじめたというのが定説だそうです。<br />

    秩父山地の山間の小さな神社です。
    古くは三社大明神といい、地名をとって我野神社となったのは明治。

    創建は不明ですが、鎌倉時代だそうです。

    ここで「埼玉の神社」について。
    埼玉県神社庁が編集した県内の神社の百科事典です。宗教色薄い。「北足立・児玉・南埼玉」「入間・北埼玉・秩父」「大里・北葛飾・比企」の3巻。
    「新編武蔵風土記稿」などの古文書を引用して、神社の歴史に詳しく、今回大変役に立ちました。埼玉の神社深読みには必読です。
    国会図書館デジタルコレクションに収録されていますので、引用はここからです。国会図書館のIDをもっていなくてもネットで閲覧可能です。

    「埼玉の神社」によると、

    ★所蔵古文書の『建久二年右大将源頼朝御造営』には、棟札の写しがあり「御造営三社大明神 建久二年亥年十月吉日 右大将源頼朝承士八人 秩父次郎重忠奉行之 社職朝日藤太夫元次」と記され(以下略)★
    (「埼玉の神社」入間・北埼玉・秩父/国会図書館デジタルコレクション159-160コマ)

    とあります。字面と前後関係だけのテキトー解釈だと「右大将源頼朝が専門家8人を任命し、秩父二郎重忠が監督した」かな。
    「士」というのは現代語でも「建築士」や「弁護士」みたいな専門技術者です。

    おまちどおさま、畠山重忠登場です。
    埼玉県中央部嵐山町あたりが本拠地でした。我野神社まで道なり30kmくらいで、重忠の領地です。
    鎌倉幕府成立は1180年。建久2年は1191年。ドラマでの義時と重忠の死闘は1205年のことです。

    鎌倉幕府成立は「いいくにつくる」1192年と学校で習いましたが、最近は1180年ころから少しづつできはじめたというのが定説だそうです。

  • 主祭神あるいはご本尊は妙見大菩薩。一応神社なのですが、神仏習合で妙見様が主祭神です。<br /><br />一書に曰く、<br />我野神社。妙見様が主祭神ってことは、北極星です。<br />アマテラスの太陽神ではない。<br />夜の神です。<br />太陽は動くけれど、北極星は動かない。<br />千葉県の千葉氏が篤く信仰した神様です。<br />この神様が、この地方の本当の神様なのではないかしら。<br />中央とは違う信仰。<br />各地方地方には、それぞれ違う信仰があった。<br />それを、中央のアマテラスに代えていったのが、実は、ヤマトタケルの東征だった。<br />By妻<br />

    主祭神あるいはご本尊は妙見大菩薩。一応神社なのですが、神仏習合で妙見様が主祭神です。

    一書に曰く、
    我野神社。妙見様が主祭神ってことは、北極星です。
    アマテラスの太陽神ではない。
    夜の神です。
    太陽は動くけれど、北極星は動かない。
    千葉県の千葉氏が篤く信仰した神様です。
    この神様が、この地方の本当の神様なのではないかしら。
    中央とは違う信仰。
    各地方地方には、それぞれ違う信仰があった。
    それを、中央のアマテラスに代えていったのが、実は、ヤマトタケルの東征だった。
    By妻

  • 「新編武蔵風土記稿」によれば、<br /><br />★縁起の略に曰、武州秩父郡我野郷三社大明神は、妙見大菩薩なり、左脇目、日本武尊本地毘沙門天也(以下略)」★<br /><br />ヤマトタケルは本地毘沙門天の化身ということになっています。毘沙門天は武神ですから、まあいいか。<br />ここでもヤマトタケルとの関わりは18世紀以前の古いことのようです。<br />重忠がからんでくるとは思わなかった。でも悲劇のイケメンということで、ピッタリかもしれません。<br />

    「新編武蔵風土記稿」によれば、

    ★縁起の略に曰、武州秩父郡我野郷三社大明神は、妙見大菩薩なり、左脇目、日本武尊本地毘沙門天也(以下略)」★

    ヤマトタケルは本地毘沙門天の化身ということになっています。毘沙門天は武神ですから、まあいいか。
    ここでもヤマトタケルとの関わりは18世紀以前の古いことのようです。
    重忠がからんでくるとは思わなかった。でも悲劇のイケメンということで、ピッタリかもしれません。

  • 重忠は文武両道に秀でた知識人でありました。当然書紀の「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」を読んだはずです。「おう、俺の領地を通っている」と重忠自身がヤマトタケルを祀ってもおかしくない。<br />「もしかすると」ですが、「おらが村びいき」の人物を重忠に特定できる。<br />わあ!そうだったら嬉しいな。<br />重忠は領主さまですから、現代風にいうと、県知事がヤマトタケルを地元に誘致したことになります。<br /><br />一書に曰く、<br />県知事?<br />何を言うか、by夫!<br />違うだろ!<br />県知事という言葉には、領主という言葉がもっている尊さ、きらびやかさというものが ない!<br />憧れる気持ちが湧かない。ロマンが ない!<br />だいたいねえ。<br />県知事という言葉には、命がけで領地を守るという気迫がないのだよ。所詮選挙。<br />対して、領主となると、文字通りの一所懸命。命がけ。<br />それが、この畠山重忠さんからは、ビシッバシッ。<br />そういう人間じゃなかったら、馬しょわないでしょ。<br />この時代の馬は小さかったらしいですが、それにしても何キロあったのか。<br />頼もしいわねえ。<br />銅像も中川大志くんも、馬をしょえるとは、とても思えなかったけれど。<br />銅像はともかく、中川大志は、イケメンだから、許す。<br />顔は優男だけれど、実は、脱いだらすごいのよってことで。<br />By妻

    重忠は文武両道に秀でた知識人でありました。当然書紀の「甲斐から北方の武蔵・上野をめぐって」を読んだはずです。「おう、俺の領地を通っている」と重忠自身がヤマトタケルを祀ってもおかしくない。
    「もしかすると」ですが、「おらが村びいき」の人物を重忠に特定できる。
    わあ!そうだったら嬉しいな。
    重忠は領主さまですから、現代風にいうと、県知事がヤマトタケルを地元に誘致したことになります。

    一書に曰く、
    県知事?
    何を言うか、by夫!
    違うだろ!
    県知事という言葉には、領主という言葉がもっている尊さ、きらびやかさというものが ない!
    憧れる気持ちが湧かない。ロマンが ない!
    だいたいねえ。
    県知事という言葉には、命がけで領地を守るという気迫がないのだよ。所詮選挙。
    対して、領主となると、文字通りの一所懸命。命がけ。
    それが、この畠山重忠さんからは、ビシッバシッ。
    そういう人間じゃなかったら、馬しょわないでしょ。
    この時代の馬は小さかったらしいですが、それにしても何キロあったのか。
    頼もしいわねえ。
    銅像も中川大志くんも、馬をしょえるとは、とても思えなかったけれど。
    銅像はともかく、中川大志は、イケメンだから、許す。
    顔は優男だけれど、実は、脱いだらすごいのよってことで。
    By妻

  • 本殿は覆屋に覆われています。<br />

    本殿は覆屋に覆われています。

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  • ♪♪♪

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  • 本殿の背後は小高い丘になっています。古墳ではないかなという感じです。<br />By妻は、田舎をドライブしていて、ちょっとした岡があると古墳だと騒ぎます。なんか言うかな。<br /><br />一書に曰く、<br />古墳でしょう。<br />もう、古い古い聖地なのですよ。それはこの地方の鉱山を支配した何者かの、それがこの地方土着の長とはもうせませんが、(中央から派遣された鉱山の専門家かもしれません)そういう人の功績を祀ったところではないでしょうか。<br />鉄サビなんかついた土師器、出てこないかしら。<br />By妻<br />

    本殿の背後は小高い丘になっています。古墳ではないかなという感じです。
    By妻は、田舎をドライブしていて、ちょっとした岡があると古墳だと騒ぎます。なんか言うかな。

    一書に曰く、
    古墳でしょう。
    もう、古い古い聖地なのですよ。それはこの地方の鉱山を支配した何者かの、それがこの地方土着の長とはもうせませんが、(中央から派遣された鉱山の専門家かもしれません)そういう人の功績を祀ったところではないでしょうか。
    鉄サビなんかついた土師器、出てこないかしら。
    By妻

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この旅行記へのコメント (4)

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  • 前日光さん 2024/01/22 23:10:56
    by妻さんはイケメン評論家でもあったんですねぇ!(^^)!
    道理で、今までの旅行記の「一書に曰く。。。」の内容に合点がいきます!
    こんばんは、しにあさん&by妻さん
    この旅行記に「いいね」してから日数が過ぎてしまったのは、なんと!(@_@)
    相棒殿が年始早々、職場からもらってきた「インフルエンザA型」というものに、不覚にも感染してしまったからなんですよー。
    今までコロナはもちろんインフルにも罹ったことがないのが自慢だった私ですが、家庭内感染だったので、どうにもなりませんでした。
    普通後から感染した方が重いとか言われますが、我が家は私の方が軽くて、熱も38℃というのが最高で、後は大したことはありませんでした。
    相棒殿の方が高熱と咳で苦しんでおりました。
    インフルは、ちゃんと薬もあるので、罹っても割と簡単に治りますね。
    ま、そんなわけでコメント遅れました(>_<)

    さてヤマトタケルと畠山重忠が、どう結びつくのか興味深かったのですが、うまくこじつけましたね!
    「我野神社」が重忠の領地にあったから?
    ヤマトタケルも重忠も悲劇のイケメンだったから?
    果ては重忠がヤマトタケルを祀ったですと???
    それもこれもイケメンだから許すですと?

    うーーん、でも私もイケメンに弱いので、どんな理屈でも許しちゃうかも(^_-)-☆
    できれば重忠は中川大志も悪くはないのですが、町田啓太だったらもっとよかったかな?

    「By妻は、田舎をドライブしていて、ちょっとした岡があると古墳だと騒ぎます。」
    これ、実は私も同じです。
    どうも小高い丘がみんな古墳に見えてしまいます。
    実は相棒殿も同じです。
    私たちにかかると、日本全国古墳ばかりになってしまいます( ´艸`)


    前日光

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2024/01/24 14:12:50
    Re: by妻さんはイケメン評論家でもあったんですねぇ!(^^)!
    コロナとインフルエンザなら、インフルのほうがまだましです。
    なにはともあれお二人ともご快復とのこと、よかったですね。

    我が家は予防注射OKになりしだい速攻で予防注射に行きました。10日くらい前に私が37.5,By妻が37.2というのがありました。私はロキソニン一発で平熱、By妻はなにもしないで熱が下がりました。
    予防注射の御利益ではないかと思っています。

    このところ古文書にこっています。「埼玉の神社」は古文書ではないですが、千葉県立図書館にもなかったので、手に入りにくいということでは似たようなものです。
    我野神社がタケルくんがらみであることは分かっていました。調べたら重忠が出てきたので、やったぜ~という感じです。

    重忠イケメンは、次の嵐山史跡の博物館でやります。重忠のお顔4種と著作権フリーの大志くんの写真を並べます。
    タケルくん関係なし。寄り道です。

    北関東は古墳ぽいのが多いですね。ぽいじゃなくて、ちゃんと調べたら本物だろうというのがあちこち。
    地元九十九里平野は古墳時代はまだ海ですから、古墳はなし。近くに芳墳寺というお寺がありまして、名前からしてもしやと思って行ってきましたが、真っ平らでした。
  • kummingさん 2024/01/10 22:30:18
    初春のお慶び♪
    しにあさん、by妻さん、新年明けました♪ さっそくしにあ節全開&by妻さん、絶好調であらせられるご様子で、めでたい年の初めです。

    視力の衰え&文字を見ると眠くなる症候群⁉︎ 読書もままならぬ昨今、本を開くや寝落ちしてしまいます(-。-;
    そんなこんなで当ブログの主旨も当然理解しているはずもないまま、新年のご挨拶、という言い訳小分けで、ひさびさのカキコに臨んでいます。

    「鎌倉殿の13人」の畠山重忠がどの人?だったか、演じた俳優さんの名前も知りませなんだが、なんとな~く、あの「イケてる面」だけは分かります♪

    山の緑が翠みどりしています。日付が5/28~31なので、新緑の季節だったのですね。せっかくのおススメでしたが、縦長のパノラマ、首を横にしないで、タブレットを横にして拝見、しようと試み、もれなく写真も縦長に(笑)

    日本武→ヤマトタケル、と読むんだ! 
    県知事、やっぱり領主でしょー、イメージ違い過ぎますもん。
    我野神社の本殿のレリーフ?4連撮、♪ が4連符になるほどお気に入り? あのレリーフたちにに描かれているのは何ですか?

    顔は優男だけど、実は脱いだらすごいのよ~^o^ by妻さん、ご存じでしょうか?最近の韓流男優は、そーゆー系ばっかです!(首から↑はイケメン、↓はマッチョ)

    国会図書館へのアクセスで、しにあさんが手にしたおもちゃの成果、今年も炸裂♪
    本年も、お手柔らかに、よろしくお願い致します。

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2024/01/11 15:28:30
    Re: 初春のお慶び♪
    あけましておめでとう。
    今年もよろしくお願いします。。

    満を持して、と言いたいところですが、年末年始ヤボ用の連続で、冷凍ブログを解凍しての投稿です。旅行から帰ってきてすぐ写真を分類して、簡単な筋書きを書いておきます。

    おととしの「鎌倉殿の13人」は三谷幸喜のシナリオだったので、半分くらい見ました。ず~と前の「新撰組」以来、三谷組のファンです。出てくる俳優が共通。
    昨年の大河ドラマは、なんだたっけ、題名も思い出しません。初回だけ見たかな。

    横長パノラマ写真は苦労して撮ってきても、普通にUPすると平べったく横長になるだけで迫力なし。そこで見る人の都合を考えず縦にしてみました。う~ん、首を横にするときついですね。スマホなら機械を横にした方が早い。

    国会図書館のデジタルコレクション、古い本をあたりたいときは便利ですよ。ただ写真ですからね、読みにくいので目が疲れます。
    見たことも聞いたこともない本まで探せば出てくるので、非常にオタクぽい、なにやら人迷惑なブログになります。
    これから10回くらいおもちゃで遊びます。

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