2022/11/01 - 2022/12/05
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kawausoimokoさん
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この旅行記のスケジュール
2022/11/30
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電車での移動
アムステルダム中央駅 9:15発 Thalys9328
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電車での移動
Gare du Nord 12:35着
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電車での移動
Gare du Nord RER B
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電車での移動
Saint-Michel Notre-Dame
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バスでの移動
バス停 Saint-Michel - Saint-Germain から 96番のバス
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バスでの移動
バス停 サン・クロード下車 徒歩2分 ピカソ美術館
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この旅行記スケジュールを元に
人生の再生を目指して、「お気に入り」と再会し「初めまして」に出会うために、ロンドン、パリ、ヘント&ブルージュ、デン・ハーグ、アムステルダムを35日で巡りました。
旅の30日目は、アムステルダムからパリへ戻り、ピカソ美術館を訪れました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2022年11月30日(水):(Day30)
旅の30日目は、アムステルダムからパリへ戻りました。
青空に映えるアムステルダム中央駅を後にして、パリへ戻ります。
9:15発 Thalys9328
12:35着 Paris Gare du Nord
一等車のソロシートは、やっぱり楽でした。 -
ホームのベンチでThalysを待っていると、パリへ戻られる三世代ファミリーとご一緒になり、世間話をして、お互いに写真撮影しました。
リセ(高校?)に通うお孫さんにKawaiiポーズを取らされて、チョット恥ずかしい写真になりました。(*ノωノ)
彼女は日本のアニメが大好きで、東京のアニメイベントへ行きたいと言っていました。 -
Hotel du Levant
スーツケースを預けてある同じホテルに6日ぶりに戻り、アーリーチェックインさせていただきました。
ブルージュで買ったお土産のチョコをとても喜んでくれました。 -
お天気も良いので、ノートル・ダム大聖堂辺りを散歩し、川岸のカフェで遅い昼食を取りました。
パリへ戻って、なんだか、まったり、ほっとします。
さて、午後はどうしましょう?
ブルージュのモネ好きの女性を思い出し、オランジュリー美術館へ久しぶりに行ってみようかと調べてみましたが、火曜日は休館日でした。
なので、これまた久しぶりに、マレ地区のピカソ美術館をサクッと観ることにしました。 -
ピカソ美術館 Musée Picasso
この建物は、元は塩税徴収官の邸宅で「Hôtel Salé」と呼ばれ、パリ市の歴史的建造物だそうです。
ピカソが1973年に亡くなった時、多数の彼自身の作品とアンリ・マティス等の友人の画家の作品が残されました。
相続人から多額の相続税の代わりにこれらのコレクションがパリ市に収められることになり、この建物が改修されて、1985年に国立美術館としてオープンしたそうです。 -
建物内部もネオ・クラシックでお洒落です。
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鳩小屋 : ホセ・ルイス・イ・ブラスコ ,1878年
ピカソの父であるホセ・ルイス・イ・ブラスコ は、スペインのマラガで絵画教師や学芸員をしていた画家であり、「鳩の飼育者」とあだ名されるほど鳩を愛し、沢山の鳩の絵を描いたそうです。
ピカソが少年の頃、息子のピカソに絵を教えていた父は、ピカソに鳩の足を描かせ、息子が描いた鳩に驚愕し、以降、絵を描くのを止めたそうです。
このパターン、どこかで聞いたような・・・?
「キリストの洗礼」を描いた師匠ヴェロッキオと弟子レオナルド・ダ・ヴィンチについて、ヴァザーリが創作した伝説ですね。 -
帽子をかぶった男 , 1895年
ピカソが、わずか14歳で描いた作品
この絵を観ながら、2日前に観たゴッホのことを思い出し、ある意味で真逆の人生を歩んだ二人の芸術家に思いを巡らせました。
ゴッホは、苦悩に満ちた孤独な人生の中で、絵画を通して自身の感情や内面の葛藤を自己表現し、常に他者の承認と愛を求め続けたように思えます。
それに対して、ピカソは、多くの女性と友人達に囲まれ、彼等から愛と称賛、そして、インスピレーションを得ても満足することはなく、自身の知的好奇心や探求心の赴くままに、常に何か新しいものを求め続けたように思えます。 -
牡牛の頭のある静物 ,1934年
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マリー・テレーズの肖像 , 1937年
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麦わら帽子とアイスクリームコーンを持つ男 , 1938年
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腕を組むジャクリーヌ , 1954年
ジャクリーヌ・ロックはピカソの二番目の妻で、ピカソが80歳の頃に結婚し、ピカソが91歳で死去するまで11年間付き添いました。
ピカソは400以上のジャクリーンの肖像作品を制作しているそうです。
1973年にピカソが亡くなると、10年間ピカソの愛人だったフランソワーズ・ジローやピカソの子どもたちと遺産争議となりました。
ジャクリーヌはピカソのコレクションを守るために奔走し、最終的にパリ市に多額の相続税の代わりにコレクションを現物納入、残りを寄付して、ピカソ美術館を設立することで合意したそうです。
ピカソを失ったジャクリーヌは、その後、落ち込み、1986年に59歳でピストル自殺しました。 -
闘牛と闘牛士
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ボボ , 1959年
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草上での昼食(マネに基づく), 1960年
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草上での昼食(マネに基づく), 1961年
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座る若い女性 , 1970年
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家族 , 1970年
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アトリエの再現
ピカソのスケッチや手紙、彼のアトリエのレプリカなど、彼の日常や制作過程も展示されています。
残念ながら、スマホがバッテーリー切れになってしまいました。
この後、久しぶりに、お洒落になったマレ地区をぶらぶらして帰りました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- kawausoimokoさん 2023/08/24 11:47:58
- ピカソ美術館もマレ地区もお洒落になってました。
- mom K 様
旅行記をお読みいただき、ありがとうございます。
ピカソ美術館もマレ地区も、久しぶりに訪れたのですが、とてもお洒落になっていました。
どこの都市も美術館も、訪れる度に新しい発見がありますよね。
特に、パリは、皆さんおっしゃっているように、奥が深く、何度訪れても、また、直ぐに行きたくなりますね。
私は、ベルリンのペルガモン美術館が全面改修のため、2023年10月23日から2027年まで閉鎖されることを知り、駆け込みで訪れてみようと現在準備をしております。
大祭壇は既に観ることはできないようですが、私は体調に不安を抱えており明日の事は分からないので、思い切って行くことにしました。
ベルリンは10年以上前に行ったきりで、色々変わっており、更に、ついでに、プラハとウィーンも回ってくることにしたので、今は調べものに明け暮れております。
kawausoimoko 拝
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- mom Kさん 2023/08/24 08:19:37
- これは、必見
- 朝から良いものを見せていただきました。1985年なら、私は行けなかったはず。見たことのない外観だなあと。初めてParisに入った年で、ただおろおろ彷徨っていたような。翌夏も行ったけれど、その情報キャッチできていなかった。無念。オランジェリーもひっそりしていた頃で、とても気に入って通いました。
ピカソの見たことのない作品ばかり。そのいきさつを知り、遺族から市へ直行のものばかりと知ってますます観たくなっています。作品の詳細案内ありがとうございます。
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