2023/03/19 - 2023/03/26
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ヴェネチア最後の日は朝いちばんにアカデミア美術館へ行き、その後本来なら火曜日に行く予定だったスクオーラ・ダルマータ・サン・ジョルジョへカルパッチョの連作を見に行き、初日に入れなかったフォルモーザ教会へも寄るという美術三昧の日になりました。
*横長の写真はクリックすれば大きく鮮明に見えます
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
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この日の朝食は前日にカフェ・ペドロッキで買ったミニョン2つ(オペラとピスタチオ)に FUJIとオレンジ、そしてレモンヨーグルトです。ホテルの部屋にポットとインスタントコーヒーが置いてあり、毎日助かりました( FUJI は食べ切れずタッパーに入れてマルコポーロ空港の待ち時間にいただきました)。
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ホテルの窓から見えるのは表側の運河沿いではなく裏側でしたが、毎日見ていると親しみも感じてきました。
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今日は 8:15 オープンのアカデミア美術館へ行くため、7時過ぎにはチェックアウトし荷物を預け出かけました。キャリーバッグをのせて開いたままでも十分に寝れる広さのベッドでした!
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まず向かったのは今朝もここ。私は機内食を食べて酔ったことがあるので、なるべく乗る前やトランジットの待ち時間に軽食をとるようにしているのです。ほんとうなら今日で日本へ帰りますと伝えたかったのですが、お客さんが多くてやめました…。
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”Tonolo”では気になっていたクリーム入りの揚げドーナツとシュークリームは差し上げたい方がいて4種類8個を包んでもらいました。お昼過ぎにまた通るので朝買わなくてもよかったのですが、4年前にお昼間に閉まっていたことがあったからです。
写真では人がいないように見えますが、奥のカウンターでみなさんコーヒーを飲みながら談笑されています。 -
サンタ・マルゲリータ広場です。4年前もアカデミア美術館に行くためここを通りかかり開店準備中のバールでトイレを借りたことがありお礼に伺ったのですが、その時の方はおられませんでした…。ほんと、助かったんですよ(笑)。
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サン・バルナーバ川沿いの八百屋さん。4日前にもお店が出ていましたが、イケメンのお兄さんはまだいませんでした。
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中央の白いのがパドヴァのカフェのサラダに入っていたフィノッキオです!パプリカ、めちゃデカい!
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これも4年前の苦い思い出、ヴェネツィア室内合奏団のコンサートのポスター。
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8時には到着、寄り道しなければ20分の距離です。
アカデミア美術館は1750年に設立された美術学校が前身で、その学校が移転したため1817年に美術館として一般公開されました。写真の左手に立っている旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ教会の修道院が展示室になっていて、24室に分かれた部屋にはヴェネチアの教会や修道院が保有していた数多くの作品が展示されています。見学は Primo Piano(日本だと2階)→ Piano Terra(1階)の順。アカデミア美術館(ベネチア) 博物館・美術館・ギャラリー
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朝日が当たってとても綺麗。アカデミア橋は1854年、リアルト橋に次いでカナルグランデに架けられましたが、当初の鉄製の橋が老朽化してしまい架けなおすことにして1932年に公募したのですが、設計が決まるまでに架けられた木製の橋の評判がよく現在まで残っているそうです。
美術館に入る時はまず荷物をロッカーに入れ(1ユーロは戻ってきます)受付に行きますが、なんと4年前と同じ12ユーロのままで感激しました!”ドゥカーレ宮殿は30ユーロもしたのにここは上がっていない” と伝えるとすごく笑われてしまいましたが、イヤホンガイドも断ったのでちょっと心苦しかったです。アカデミア橋 建造物
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2階に上がって1室には多翼祭壇画が並んでいます。
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2室には大きな祭壇画がずらり。
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カルパッチョ ”アララト山の1万人の磔”
ちょっときつい絵…。 -
イチオシ
ジョヴァンニ・ベッリーニ(以下ベッリーニ) サンジョッペ祭壇画
ベッリーニ中期の代表作です。
ルネサンス期以前の聖人を描いた宗教画は多翼祭壇画に見られるように聖人が1列に並んでいるものでしたが、ルネサンス期に入ると遠近法を用いて人物を配置するようになり、聖母子を中心に聖人を配置する ”聖会話” が生れました。そして内に秘めた感情までもあらわした人物像によって、祭壇画としての崇高性も高まっていきました。
この絵は教会の壁にあったままが伝わってきて、より感動します。 -
ヴェネチア派の特徴のひとつ、人物を縦長に描いています。
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カルパッチョ ”イエスの神殿奉献”
聖母マリアの生涯のなかの ”神殿奉献” という場面。子は生後一ヶ月で神の前に連れて行かなければならないという掟があり、マリアはイエスを抱きエルサレムの神殿を訪れます。迎えた老シメオンは ”救世主に会うまでは死ねない” という神のお告げを受けていたので、この幼子こそ救世主だ!と喜ぶとともにこれから待ち受けるであろう受難を語って聞かせたそうです。 -
幼子イエスを見つめるシメオンと3人の奏楽の天使の表情に注目。
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4室 ベッリーニ ”双樹の聖母”
ベッリーニ中期の聖母子像の代表作。 -
イチオシ
マンテーニャ ”聖ジョルジョ”
女性のようにきれいな顔の聖ジョルジョが持っている折れた槍の先は、倒れているドラゴンの口に刺さってるというシュールな絵。画面上の花輪はサン・ゼーノ祭壇画でも描かれていましたが、マンテーニャが師事したパドヴァのスクアルチョーネ派がよく使ったモチーフで、この絵は多翼祭壇画の一部だそうです。 -
ピエロ・デッラ・フランチェスカ ”聖ヒエロニムスと奉献者”
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5室 ベッリーニ ”聖母子と聖カタリナ、マグダラのマリア”
暗い背景に浮かぶ各人物像にダ・ヴィンチのスフマート(ぼかし技法)が見られるという作品。部屋が暗くてピントもあっていませんでした…。 -
ベッリーニ ”聖会話”
聖母子の両側にいるのは聖パオロと聖ジョルジョ。正面を見つめる聖母子が凛としてとても美しい作品です。 -
ベッリーニ ”ジョヴァネリの聖会話”
聖母子の両側に聖ヨハネと聖女を配して背景に水辺の街を描いた美しい作品で大好きなのですが、今回は見つかられずこれは4年前の写真です。 -
ベッリーニ ”ピエタ”
ベッリーニの後期の作品で最後に描いたピエタ。悲しみが画面いっぱいから伝わってくるような絵です。 -
ベッリーニ ”受胎告知”
この絵はサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会のパイプオルガンの扉絵として制作されたそうですが、オルガンの解体により左右別々に離散してしまい1910年頃アカデミア美術館に戻ってきたもので、壁などはミラーコリ教会の内装を意識して描かれています。
カルパッチョの絵に出てくる天使に似ているので彼の絵かなと思ったのですが、カルパッチョがベッリーニの工房にいた時代の作品でベッリーニの構想により工房が手掛けたものではないかと言われています。 -
チーマ・ダ・コネリャーノ ”聖マルコのライオン”
カルパッチョの絵かと思ってしまいました、カルパッチョのライオンはドゥカーレ宮殿にあるのに…。 -
広い10室に入るとヴェロネーゼの絵が並んでいて圧巻!足がすくみそうでした。
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しかも右の壁一面には ”レヴィ家の饗宴” !16世紀最大のキャンバス地の絵画だそうです。
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イチオシ
ヴェロネーゼ ”レヴィ家の饗宴”
サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会の修道院の食堂にあったティツィアーノの ”最後の晩餐” が火事によって消失してしまったため、その代わりに描かれた作品でヴェロネーゼも ”最後の晩餐” をテーマに描いたのですが、ヴェネツィアの貴族の宮殿に酔っぱらいや道化まで登場する画面が芸術品としてふさわしくないと異端審問所に呼び出され書き直しを命じられたのでした。それでもヴェロネーゼは書き直しはせずルカ伝の ”レヴィの饗宴”の場面だとして、修道院の壁に残ることになったのです。
”レヴィの饗宴” とは、収税人のレヴィの饗宴に招かれたイエスは聖書学者から税金取りや罪人と一緒に食事をするのかと咎められたものの、健康なものに医者はいらない。医者が必要なのは病人であると伝えたというルカ伝にあるエピソード。 -
キリストのから目を背けようとしているのがユダです。
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ほんとに ”最後の晩餐”というより ”饗宴”がふさわしい絵です。
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ヴェロネーゼがマッジョーレ教会の修道院の食堂に ”カナの婚礼”を描いた10年後に、それよりも大きいこの絵を完成させました。この絵がヴェネチアに残っていることに感謝、そして4年前は見られなかっただけに感激もひとしおでした。
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ヴェロネーゼ ”レパントの海戦”
1571年に起こったギリシャのレパント沖でのオスマン帝国海軍とスペイン帝国・ヴェネツィア共和国の連合海軍による海戦で、連合海軍が圧倒的に勝利した戦い。 上空に描かれているのは聖母やヴェネツィアの守護聖人たち、神風が吹いたということでしょうか? -
イチオシ
ヴェロネーゼ ”受胎告知”
マリアに懐妊を告げに来た大天使ガブリエルのダイナミックな動きと振り向くマリ、そして聖霊の鳩。これ以上ないくらいの構図です。 -
ヴェロネーゼ ”聖母子と諸聖人”
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イチオシ
ヴェロネーゼ ”聖カタリナの神秘の結婚”
アレクサンドリアの聖カタリナとキリストの神秘の結婚のエピソードを描いた作品で、階段の上にいる聖母マリアが抱いた幼子キリストが聖カタリナに指輪をはめる瞬間が描かれています。
ヴェロネーゼの絵は色彩がきれいなものが多いですが、特にこの絵の聖カタリナや左手の天使の衣装が素晴らしくヴェネチアが栄えていた頃の豊かさを感じさせてくれます。 -
ヴェロネーゼ ”聖母被昇天”
このほかティントレットとヴェロネーゼの ”磔刑”も掲げられていました。 -
11室にはティントレットとティツィアーノの大作が並んでいます。
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スクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコにあった”聖マルコの奇蹟”の4枚の連作画のうち3枚がアカデミア美術館に所蔵されていています(もう1枚の ”聖マルコの遺骸の発見” はミラノのブレラ美術館蔵)。絵の大きさによるのか連作は並んでいませんでしたので、掲げてある順に紹介します。
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ティントレット ”キリストの神殿奉献”
生れて間もないキリストをユダヤの神殿に連れて行き、救世主が現れるのを待っていたシメオンの前に差し出している場面で、階段の下には同じように順番を待っている親子が描かれています。 -
ティントレット ”奴隷を解放する聖マルコ”
主人から死刑を宣告された敬虔なキリスト教徒の奴隷を、聖マルコが助けようとしている場面を描いていますがダイナミックな構図です。 -
ティツィアーノ ”荒野の洗礼者ヨハネ”
エリザベツの息子ヨハネは、ヨルダン川河畔で人びとに罪のゆるしに至る洗礼を授けていました。西暦28年ころイエスも彼の洗礼を受け、ヨハネによって始められた荒野での洗礼活動に入ったそうです。 -
ティントレット ”聖マルコの遺骸の運搬”
ヴェネチアの商人たちがエジプトのアレクサンドリアで、嵐に乗じて聖人の遺骸を盗む場面を描いています。 -
イチオシ
ティツィアーノ ”ピエタ”
ティツィアーノの最後の作品で彼が亡くなるまで仕事場にあり未完のままだったこの作品は、フラーリ教会の自分が埋葬される礼拝堂のために描かれた作品だったそうです(パルマ・イル・ジョーヴァネが完成させたもの)。自分も息子もペストで倒れてしまったため無念だったに違いありません…。色のない悲しい絵です。 -
ティントレット ”難破したサラセン人を救う聖マルコ”
船からサラセン人を引っ張り上げているすごい構図です。
このあといろいろな絵が飾ってある部屋は通り過ぎてエレベーターで1階へ下りました、と思います。 -
ピエトロ・ロンギ 連作
ヴェネチアの貴族の生活を描いています。左下が ”薬局”。 -
カラヴァッジョ ”チェスプレーヤー”
見逃しそうな場所にありました。 -
地上階 Sala2 ティエポロ ”真の十字架の発見”
コンスタンティヌス帝の母ヘレナは326年にエルサレムを訪れ、ゴルゴタの丘から十字架と聖釘を見つけましたが、3つの十字架のうちのひとつに触れると病が治ったため、それを聖十字架として聖釘とともに聖遺物としてコンスタンティノーブルへ持ち帰りました。この絵には聖十字架を発見して喜ぶ人たちが描かれています。 -
ヴェロネーゼ ”ヘラクレスとセレスの敬愛を受けるヴェネチア”
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ティエポロ ”ロザリオの制定”
サンタ・マリア・デル・ロザリオ教会の中央の天井画と同じ主題。 -
ティエポロ ”ロレートの聖家の奇蹟”
”ロレートの聖家の奇蹟”とは、13世紀末に聖地ナザレが異教徒から攻撃を受けた際、突如天使たちが現れ聖家をイタリアのロレートに運び去ったという逸話をもとに描いた作品で、ヴェネチアの玄関口にあるサンタ・マリア・ディ・ナザレ教会にあった天井画は第1次世界大戦で焼失してしまい。この絵はその下絵として描かれたものです。
聖なる家とは聖母マリアが生まれ育った家で受胎告知されたときにも住んでいました。また幼少のキリストと暮らしイエスの昇天後も聖母が住んだ家で、現在ロレートにあるサントゥアリオ・デッラ・サンタ・カーザの中に祀られているそうです。 -
ティエポロ ”栄光の聖ドミニコ”
この絵もロザリオ教会の天井画と同じ主題です。 -
展示が終わる場所に館内の見取り図が出ていました。見落としがないか確認させるためでしょうか?この図を見て24室に行っていないことに気づいたのですが、20室と21室の事はすっかり忘れていたのでした…。カルパッチョのウルスラ連作がドゥカーレ宮殿のカルパッチョ展に行っていたとしても、残念でなりません。
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他の美術館と違って館内に監視スタッフがあまりいないんです。そのため11室を出てからの順路は自分で探さなければいけなかった…。お客さんが多ければその人たちの歩く方向へ行けばいいのですが、ほんの数人しかいなくて早朝に入ったことも失敗だったかもしれません。
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イチオシ
24室 ティツィアーノ ”マリアの神殿奉献”
この部屋には多翼祭壇画のある1室から入りました。絵の下の入口やドアの部分が切り取られたような形になっているのは、この絵がカリタ同信会館のこの部屋のために描かれた作品だからです。大人に比べてマリアの小ささがよけいに胸を打ちます。 -
8室 ジョルジョーネ
すべて鑑賞したと思って1階のブックショップへ寄ったところ、ジョルジョーネの ”テンペスト”の絵葉書があったんです。ジョルジョーネを見てないことに気づいてそこにいらっしゃった男性に聞いて、また2階へ上がって8室を探しました。4年前は2枚くらいしかなかったと思うのですが4枚もありました!この絵は自画像かなと思ってタイトルを確認していませんでした…。
ジョルジョーネはペストにより30才前後で早逝しましたが、裸婦像や肖像画においてティツィアーノやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ヴェロネーゼ、マネに大きな影響を与えたそうです。 -
イチオシ
ジョルジョーネ ”テンペスト”
別名 ”嵐とジプシー女と兵士”と言われている作品で、ヴェネチアの貴族であったヴェンドラミン家にあったため、個人の注文で描かれた作品ではないかと言われています。またこの絵は西洋絵画で初めて描かれた風景画と言われていますが、この絵が何を意味しているのかは分かっていないそうです。 -
ジョルジョーネは盛期ルネサンスのヴェネチアで活躍した画家で、ティツィアーノとともにベッリーニの弟子でした。ティツィアーノも背景に風景を描くことがありますが、この絵は風景画の中に人物がいる、やはりすごい絵です。
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ジョルジョーネ ”老婆”
ジョルジョーネの母親を描いたと言われている作品です。ヴェネチアを訪れたミケランジェロがこの作品を見ているそう…。 -
ジョルジョーネ ”聖母子と聖カタリナ、洗礼者ヨハネ”
この後ブックショップへ戻って絵葉書を2枚買ったのですが、これを下さいはイタリア語で ”Prendo questo” ですが複数枚なので ”Prendo questa"と言いなおしたら、パーフェクト!と褒めていただきました(笑)。
それにしてもどうして20室と21室にたどり着けなかったのか、謎です。 -
アカデミア橋からサルーテ教会が見えるようになっていました。
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反対側は日が当たってほんとうにきれい~!
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サン・ヴィダル教会横のお花屋さん、ホテルのボーイさんがものすごく大きな花束を受取っていました!
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サン・ヴィダル教会 カルパッチョ ”栄光のサン・ヴィダル”
この教会でヴェネツィア室内合奏団のコンサートがありヴィヴァルディの”四季”を聞くはずだったのですが、疲れていてほとんど寝ていたという恥ずかしい思い出…。 -
サント・ステファノ教会
ここにもティントレットの ”最後の晩餐” があるのですが、時間がないため入りませんでした…。 -
サント・ステファノ教会の鐘楼は傾いています。
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ヴェネチアも観光客が戻ってきたとはいえ、以前ほどの賑わいはありませんでした。といっても4年前ゴンドラに乗っていたのは7割が中国人の団体客という状態でしたが…。
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サン・モイゼ教会
サン・マルコ広場に向かう目抜き通りに立つ大きな教会で、ファサードにはびっしりと細やかな装飾が施されたヴェネチアン・バロックの教会。サン モイゼ教会 寺院・教会
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主祭壇はモーゼがシナイ山で十戒を授かる場面の彫刻で飾られています。
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主祭壇左の礼拝堂 ティントレット ”弟子の足を洗うキリスト”
イエスは最後の晩餐の前に弟子の足を洗いました。ヴェネチアに2枚あるティントレットの ”弟子の足を洗うキリスト”のうちの1枚、上から日差しが入って見えにくかったのが残念…。 -
入口の上には、名工ガエターノ・カッリード作のパイプオルガンがあります。
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真っ青な空にこの日差し、サン・マルコ寺院が輝いています!
このあと向かったのは火曜日が休館日だったため急遽今日に変更したスクオーラ・ダルマータ・サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニです。距離的には10分くらいで着けるはずだったんですが、また道に迷ってしまいました。サン・ザッカリア教会手前を左に折れて進んだまではよかったのですが、道沿いの景色が美しくて気が付いたら自分がどこにいるかわからなくなっていたのです。レストランのボーイさんのおかげで何とかたどり着くことができましたが、油断は禁物!せっかくコピーした地図にマーカーで順路まで書いているんだから、地図を見ながら歩くべきでした…。サン マルコ寺院 寺院・教会
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長い名前ですが、クロアチアのダルマチア地方から来た人のために建てられた信徒会で、ダルマチアの守護聖人聖ジョルジョと聖トリフォンに関するカルパッチョが描いた絵がたくさんある場所です。正面扉の上には聖ジョルジョとその上には聖母子と2人の聖人のレリーフがあります。
事前にHPを見たところ、”要予約” とあったのでメールして返答もいただいていたので受付で名前を伝えましたが、もう予約のない方も入れるようでした。1階は天井も低く広くはないのですが、壁いっぱいにカルパッチョの絵が並んでいます。スクオーラ ダルマータ サン ジョルジョ デッリ スキアヴォーニ 博物館・美術館・ギャラリー
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イチオシ
”聖ジョルジョの竜退治”
聖ジョルジョは古代ローマ時代末期の聖人で、ドラゴンを退治して生け贄になった王女を助けたという伝説があり、それに基づいて描かれた作品です。現実の生き物とは思えないドラゴンの描写、勇敢に戦う聖ジョルジョ、そして右隅でその様子を見ている王女。この伝説はヴェローナのサンタアナスタシア教会などたくさんの教会でも見られるもので、オスマントルコと戦わなければならなかったダルマチア人にとっていかに聖ジョルジョが英雄だったことがうかがえる作品だそうです。 -
”聖ジョルジョの勝利”
ドラゴンを引きづってリビアの街まで来た聖ジョルジョに対して住民が歓迎をしている場面。 -
”聖ジョルジョによるシレナ人の洗礼”
聖ジョルジョから洗礼を受けているシレナ(リビア)の王を讃えている場面で、ドラゴンがいなくなったことに喜んだリビアの人々が皆改宗して洗礼を受けたという聖ジョルジョのエピソードを描いたもの。イスラム教徒であるリビアの住人がキリスト教に改宗したということで、この絵はすべての人々がキリスト教になれば幸せが訪れることを表しているそうです。
当時はそうだったんでしょうね…。 -
”皇帝の愛娘を癒す聖トリフォン”
聖トリフォンはモンテネグロのコトルの守護聖人で、皇帝の愛娘にとりついた悪霊を追い払ったというエピソードから。 -
”ライオンを連れて帰る聖ヒエロニムス”
聖ヒエロニムスはダルマチアで生まれた古代ローマ時代末期の神学者で、哲学の勉強のためローマに滞在したのちシリアの砂漠で隠者として暮らしていましたが、ある時傷ついたライオンに出会いライオンの足から棘を抜いてやるとライオンは元気になり聖人とともに暮らしていた、というエピソードをもとに描かれています。聖ヒエロニムスはその後ローマに戻り聖書のラテン語訳に取りかかり、420年ベツレヘムにて完成させたそうです。
ライオンにびっくりして逃げ惑う人たちの様子がとても面白くて、初めて見た時は笑っちゃいましたが、そんな大事な絵なのにライオンが写っていなかった…。 -
”聖ヒエロニムの死”
ヒエロニムスの遺体がぺちゃんこで,バチカン美術館にあるダ・ヴィンチの聖ヒエロニムスの姿を思い出しました。 -
イチオシ
”聖アウグスティヌスの幻影”
聖アウグスティヌスは同信会の守護聖人ではありませんが、聖ヒエロニムスとともに同時期ローマに滞在しキリスト教の礎を築いた人物で、遠く離れた聖ヒエロニムスにあてた書簡を書いている時暗かった部屋に光が差し込んで聖ヒエロニムスの声を聞いたのですが、ちょうどその時聖ヒエロニムスは死の床にあり息を引き取る間際だったという奇跡が描かれています。
書斎に描かれた調度品は聖人の部屋に相応しくないため実在の人物の趣味が反映されていると考えられ、聖人も同じ人物の肖像画となっているのではないかと考えられているそうです。それにしても美しい絵です。 -
この日はもう1か所行かなければならない教会がありました、ヴェネチアに着いた日に入場時間が過ぎていて入れなかったコールス教会加盟のフォルモーザ教会です。スクオーラ・ダルマータ・サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニから近く午前中に回りきれると予定をたてました。
それなのにまたもや折れる道を間違えてしまい、何人かに聞きながらやっとたどり着くことができました。この教会の後陣はほんとにきれい~!Parrocchia Santa Maria Formosa 寺院・教会
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主祭壇は入って左手にありました。4年前にも入ったことはあるのですが、どんな絵画があるか調べていなかったのでうろうろしただけで出てしまったのです…。
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バルトロメオ・ヴィヴァリ―二 ”慈悲の聖母の三翼祭壇画”
どこにあるかは入って探してください、感激するのは間違いないので。 -
パルマ・イル・ヴェッキオ ”聖バルバラと4聖人”
聖バルバラは美しいあまり実の父親に塔の中へ幽閉されてしまいました。その生活の中で彼女は神に救いを求めキリスト教への信仰を深めていったのですが、当時はまだキリスト教が認められていなかったため父の怒りをかい殺されそうになってしまったのです。ほんとうに美しい、けどひどい…。
現在、コールス加盟の教会はヴェネチアに16あるのですが、場所的に行きにくいところにあったり、曜日限定や時間が過ぎていたこともあり4か所しか入れませんでした。それでもサン・セヴァスティアーノ教会やここのようにまたとない絵を見ることができ、もしまたヴェネチアへ来ることがあったら、もっとゆっくりして回って見たいと思いました。 -
レアンドロ・バッサーノ ”最後の晩餐”
”聖バルバラ”の対面の壁にあるので見逃しそうでした。
ヴェネチア最後の日は駆け足だったけどアカデミア美術館と2つの教会を回ることができ、大満足!ほんとうはもっとゆっくり滞在したかったのですが、航空券が高騰していてかないませんでした。 -
最後はやはりここ!今回の旅ではオイル系のシンプルなパスタを食べてなかったので座れないか聞いてみたのですが、土曜で予約でいっぱいと奥のテーブル利用はかないませんでした。でもカウンター前のテーブル(チケッティのみ)は運よく開いていて使っていいよと言われたのですが、お客さんが次々入ってくるしワインは飲まないのでテイクアウトにしました。
カンティーナ ド スパーデ 地元の料理
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テイクアウトしたチケッティをいただいたサン・ポーロ広場。ちょうどベンチが開いていました!
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四角のは食パンにアンチョビとチーズ、トマトソースを挟んで揚げたもので美味しいんです!揚げ物ばかりだけど大満足のランチでした。
ホテルに寄って預けていた荷物を受取りローマ広場へ。広場の中央付近が空港行きのシャトルバスの発着所でした。荷物をバスの下に入れて乗ろうとしたら、切符を売っているおじさまが ”ヴェネチアでいちばん美味しいケーキ屋さんじゃないか、もらってやろうか” みたいな冗談を言っていました(笑)
実はシュークリームは道に迷った時助けていただいたお礼にエミレーツのCAさんにあげようと思っていたのですが、同じ人に会えるわけないし思案していたのです。でも空港について入国審査の時後ろから日本語が聞こえてきて、聞けばイギリスのバーミンガムに1年間の留学をしているという男子学生2人連れで、ナポリからヴェネチアまで観光してきたとのこと。寮に住んでいるというので残ったらお土産にしてと差し上げたのでした。
追記:エミレーツのCAさんへのお礼は、ヴェネチア―ドバイ間の日本語のお上手なCAさんへ伝えましたが、そんなこともあるんですね!とびっくりされていました。 -
空港に着いたのは2時間前だったのにチェックインカウンターはがらがら…。エミレーツの受付の方もなぜだかわからないと言っておられましたが、待合室にいるとクラブツーリズムの団体さんなど日本人も来られ、搭乗口へ移動した時にはいつもの混雑で安心しました。
搭乗ぎりぎりに近くのカフェでカードでカフェマキアートを買いました、現金はカフェ代も残っていなかったんです(笑) ”Tonolo” の揚げドーナツ、生クリームでなくカスタードクリームでしたが美味しくいただきました!近くの席にはクラブツーリズムの方も何人かいらしたので、ここでシュークリームを配ってもよかったかな?と思ったりもしました。 -
機内食でいちばん美味しかったのはラザニアでした。ミートソースのラザニアは苦手かなと思っていたけど結構食べれました。
ドバイでのトランジットでは、シエナに3週間の短期留学をしてきたという15人の学生グループや、ドバイダービーに出走した馬の共同馬主をされているご家族、そして関空ではオランダのフェルメール展に行ったという院を卒業の男子学生にも会いました。ひとりでフェルメールを見に行くなんてロマンですよね!旅で出会ったすべての人に、普段の生活は贅沢せずに一生懸命働いてまたイタリアへおいでと伝えました。
今回は航空券を買う時期が遅かったので痛かったですが、ホテルは1年くらい前に押さえていた部屋もあり、あとちゃんとしたレストランというよりバーカロや地元の方が行くようなお店にしたのも安くてすんだのでよかったです。
燃油サーチャージがいつまで高いのかわからないし、円安もずっと続いていて海外旅行に行きたい人には我慢の時かもしれませんが、個人旅行で早くから計画し航空券もホテルも安い時に予約すれば、ツアーのような驚くほどの費用にはならないのでぜひチャレンジしてみてください! -
関空では Visit Japan Web で事前に申請していたのでブルーの画面を見せれば簡単に審査がすみ、まったく時間がかかりませんでした。
荷物を受取りスマホではるかのチケットレス特急券をとって新大阪へ。新大阪からのおとなびの予約時間までだいぶあったので構内で晩ご飯、胃に優しそうなご飯やさんを見つけました。昨年秋のローマ旅では脂っこい食事が続いて大変だったので今回はセーブした旅でしたが、ヴェネチア周辺の美味しいものはたくさん食べれたので大満足の旅でした! -
”鶏飯”、自分で作って見たくて選びましたがやっぱりだしかな?
実はヴェネチアの空港からシャトルバスに乗っていた時、目の前にコルティナ・エクスプレスというヴェネチアとコルティナ・ダンペッツォをつなぐバスが走っていたのです。2026年の冬季オリンピックの開催地として名前があがった時調べたら魅力的な街でいつか行きたいなとは思っていたのですが、バスを見たことで行きたい気持ちがわき上がってきて、帰ってからドロミテ地方へ行く旅の計画を立ててしまいました(笑)。この2、3年中には行きたいと考えています。
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