2022/11/01 - 2022/12/05
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kawausoimokoさん
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人生の再生を目指して、「お気に入り」と再会し「初めまして」に出会うために、ロンドン、パリ、ヘント&ブルージュ、デン・ハーグ、アムステルダムを35日で巡りました。
旅の23日目は、カルチェ・ラタンを散歩してパンテオンへ行きました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2022年11月23日(水):(Day23)
本日は、カルチェ・ラタンを散歩してパンテオンへ行きました。
ホテルを出てRue Saint-Jacquesの坂道をゆっくり上り、学生さん達が急ぎ足で登校しているパリ大学を抜けて、サント・ジュヌヴィエーヴの丘にあるパンテオン広場へ、徒歩約15分。
パリ大学は大きく統廃合されたと聞いたので(以前は13の単科大学)、この建物が現在なんという名前の大学になっているのかは良く判りませんが、場所的にはソルボンヌ大学かしら?
昨日のスマホ落下以来、バッテリーが熱を持つようになったので、写真は予備で持参していた別の古いスマホで主に撮影するようにしました。
ホテルに戻るとGoogle Photoをクラウド上で同期させていたのですが、帰国後、何故か一部の写真が消えていることに気が付きました。
古いスマホのOSバージョンが旧いせいかもせれませんが、原因は良く判りません。 -
サン・テティエンヌ・デュ・モン教会
Église Saint-Étienne-du-Mont
サント・ジュヌヴィエーヴの丘、パンテオンのすぐ傍に美しいファサードのこの教会があります。
元々はパンテオンの前身であるサント・ジュヌヴィエーヴ修道院の付属教会だったそうで、ゴシックとルネッサンス様式が混在する独特の雰囲気が目を引きます。
ウディ・アレン監督の映画「ミッドナイト・イン・パリ」を思い出します。
オーウェン・ウィルソン演ずる小説家を目指す売れないアメリカ人脚本家が、深夜、この教会の階段に腰かけていると一台の車が止まり、車に乗り込むと何故か黄金の1920年代にタイムスリップするお話です。
主人公はコール・ポーター、スコット・フィッツジェラルド&ゼルダ、ジョセフィン・ベイカー、アーネスト・ヘミングウェイ、ガートルード・スタイン等の錚々たる面々に出会うのですが、彼らが全てアメリカ人であるのがポイントで、フランス人以外(特にアメリカ人と日本人はフランスに憧れが強いと言われていますよね)にそんな夢物語を紡がせる魅力を持ち続けているのがパリ、そして、カルチェ・ラタンなんですね。
得てして、どこの国でもジモティは地元に愛着と誇りは持っていても、幻想を抱くことは少ないように思えます。
Somewhere else, Something else, そして、Somebody else
だから、こうして旅に出るのかも知れません。 -
パンテオン Le Panthéon
この地は、ナポレオン3世の時代に標高130メートルのモンマルトルの丘がパリ市に編入されるまでは、パリで最も標高の高い丘でした。
教会の歴史は、507年にキリスト教に改宗したフランス国王クロヴィスがサン・ピエール・エ・サンポール教会をこの丘に建設したことに始まります。
パリをアッティラの侵入から守りパリの守護聖人となった聖ジュヌヴィエーヴは512年に亡くなり、この教会に葬られました。
その後、12世紀には教会は聖ジュヌヴィエーヴを祀るサント・ジュヌヴィエーヴ修道院となっていましたが、1744年に聖ジュヌヴィエーヴへの祈願によって重病を克服したルイ15世は、自分を救った聖女のために新しい大聖堂の建設を誓いました。
新しい大聖堂は、古代ローマ、ゴシック、ルネサンスを始めとするさまざまな時代の建築物から着想を得た設計でコンペに競り勝った建築家ジャック・ジェルマン・スフロに委ねられ、1764年に着工しました。
建設途中にスフロは亡くなりましたが、1790年にロンデレによって大聖堂は完成しました。
確かに、この建物は一見するとローマのサン・ピエトロ寺院とロンドンのセント・ポール教会の折衷に見えます。
しかし、建設期間中に時代は移り、1791年にフランス革命期の国民議会によって、この大聖堂はフランスの偉人たちを祀る墓所として利用されることが決定されました。
その後も、大聖堂の役割は何度も変遷しましたが、1885年に熱心な共和主義者だったヴィクトル・ユゴーの国葬が行われた以降、再び偉人の墓所となり、現在に至っているそうです。
フランスの政治体制変遷の歴史がここにも表れているのですね。 -
先ず見えるのは第一の丸天井で、奥に国民公会の彫刻が見えます。
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国民公会の彫刻 :フランソワ・レオン・シカール 1924年頃
LA CONVENTION NATIONALE(国民公会)と書かれた台座の上に、フリジア帽をかぶった自由の女神マリアンヌ、向かって左側には共和制国家を宣誓する議員達、右側には共和国軍がいます。 -
ドーム中心部の丸天井の下には有名なフーコーの振り子
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振り子がぶら下げられたドーム中心部の丸天井
1851年、フランスの物理学者ジャン・ベルナール・フーコーはルイ・ナポレオン・ボナパルト(後のナポレオン3世)の許可を得て、ここで「地球の自転のテーゼ」を証明したそうです。 -
振り子のワイヤーは67mで、ボールは直径20cm重さ28kgで金色に輝いています。
ここにあるのはレプリカで、本物はパリ工芸博物館にあるそうです。 -
「惑星地球の回転運動を証明するフーコーの振り子」
ボールに取り付けられたスティレットが床の薄い砂地に触れるようになっており、振り子がゆっくりと8の字を描くように移動すると、スティレットが砂地に筋を描いてゆきます。
真ん中には時計があって、時間の経過と共に地球が自転していることを視覚的に表しています。
パンフレットの説明を読むとなんとなく判ったような気になりますが、物理が苦手だった私は何も覚えておらず(コリオリの力?)残念ながら理解できません。m(__)m -
パンテオン配置模型
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パンテオン立体模型
内部が見えるようになっています。 -
羊飼いとしてのジャンヌ・ダルク : ジュール・ウジェーヌ・ルヌヴー 1886/1890年
写真では判りにくいですが、ジャンヌの背後で大天使ミカエルがフランスを救うように囁いています。 -
オルレアンの前で鎧を着たジャンヌ・ダルク : ジュール・ウジェーヌ・ルヌヴー
1886/1890年
神の啓示を受けたジャンヌはイングランドとの百年戦争で劣勢に立たされていたフランス軍に従軍・参戦し、王太子シャルル(後のシャルル7世)を助けて勝利を収めた。 -
シャルル7世の戴冠式のためのランスでのジャンヌ・ダルク : ジュール・ウジェーヌ・ルヌヴー 1886/1890年
フランス勝利に大きく貢献したジャンヌはフランス王シャルル7世の戴冠に出席 -
ルーアンでの焚刑で十字架を求めるジャンヌ・ダルク : ジュール・ウジェーヌ・ルヌヴー 1886/1890年
その後ジャンヌはブルゴーニュ公国軍の捕虜となり、異端審問にかけられ、19歳で焚刑に処せられた。
ジャンヌが亡くなって25年後、ローマ教皇カリストゥス3世の命でジャンヌの復権裁判が行われた結果、ジャンヌの無実と殉教が宣言され、その後ジャンヌは1909年に列福、1920年には列聖とされ、フランスの守護聖人の一人となった。 -
地下のクリプトへ降りる階段
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クリプトの通路
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クリプトの配置図
沢山の偉人の棺が納められていますが、ほんのいくつかの自分が名前を知っている方の棺の写真を撮影しました。順不同です。
ここでは、知識・教養が試されます!
政治家や哲学者、革命運動家の名前を殆ど知らない自分が( ;∀;)
ここに棺を納めるのを決定するのは、現在では大統領だそうです。 -
Voltaire
棺の前には大理石像 -
Jean-Jacques Rousseau
ライバル同士であったヴォルテールとジャン・ジャック・ルソーの棺は向かい合わせに配置されています。 -
Jean Moulin と Andre Mairaux
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Jean Moulin と Andre Mairaux が向かい合わせ
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キュリー夫妻の棺が上下(上マリー、下ピエール)に納められており、お花が手向けられていました。
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Marie Curie Sklodowska
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Pierre Curie
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Josephine Baker
フランス国籍を取得して亡くなり、モナコに埋葬されていた彼女は、没後46年経った2021年に黒人女性として、また芸能人として、初めてパンテオンに祀られたそうです。
お花を持ってくればよかったと思いました。 -
Victor Hugo と Alexandre Dumas が向かい合わせ
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Victor Hugo
ここにもお花を持ってくれば良かったと思いました。 -
Alexandre Dumas
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Emile Zola
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Pâtisserie Salon de Thé Kawakami
25 Rue Descartes, 75005 Paris
パンテオンを出ると大粒の雨が降り出し、あっという間に土砂降りになったので、慌てて近くのパティスリーに駆け込みました。
3年前にオープンした日本人女性がオーナーのお店で、ケーキ類・お菓子と素麺などの日本食の定食があります。
お店をオープンして直ぐにコロナ禍となり大変だったそうですが、学生さん達がお昼を求めて次々と来店され、繁盛していました。
私はケーキをいただきましたが、大変美味しかったです。
パンテオンの近くに行かれたら、是非、寄ってください。
お話が弾んでしまって、ケーキの写真を撮るのを忘れました。 -
Boulangerie L'Essentiel - Anthony Bosson
2 Rue Mouffetard, 75005 Paris
パリ市内に5店舗あるブーランジェリーで、ムフタールにあるこの店舗は2019年度オーガニック部門チャンピオンで、2020年パリバゲットコンクールでも2位になっています。
どうも賞を取ると高飛車なところが多いような気がしますが、ここはリーズナブルプライスでお気に入りです。
Thé Kawakamiから歩いて2分です -
デミ・バゲットを買いました。
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お気に入りの焼き加減です。
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