2023/03/30 - 2023/03/30
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たびたびさん
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四日目は京都市街のお花見。椿の霊鑑寺と野村美術館、北野をどりは予定していましたが、桜の方は当日の天気の具合も見て、どこにするかを決めようと思っていました。
京都市街の桜といえば、円山公園の枝垂れ桜や岡崎辺りだと平安神宮の八重紅枝垂桜、半木の道や京都御苑近衛邸跡の糸桜なんかもけっこう好きですね。一方で、かなり昔に行った桜ですけど、ちょっとマニアックな千本閻魔堂の普賢象桜や雨宝院の御衣黄に、仁和寺の御室桜は時期が遅いのでちょっと無理かな。それに、御室桜はたびたび的には京都ナンバーワンの桜だったのですが、桜の白い花に交じった柔らかな新芽の赤が何とも言えず味わいがあったのに赤が薄れて花が白いだけの印象になってしまったのが本当に残念。なんか変だなあと思っていましたが、接ぎ木で増やした御室桜が先祖帰りしてきたというような話も聞きました。なので、今はちょっと微妙な評価になってますけどね。
そうこう考えているうちに、直前の天気予報はけっこうな快晴。そこまでは期待していなかったので、これは余計難しくなってしまいました。うーん、悩んでしまいましたが、それならと思いついたのが原谷苑。一度行ったことはありますが、本当の見ごろじゃなかったし、山全体が花で埋まる景色は天気が良くないと映えませんからね。つまり、京都の桜の名所はたいていが桜と建物や庭、背景の風景など何かとの組み合わせ。もし桜がイマイチ見ごろじゃなかったとしてもほかの要素がカバーしてくれるんですが、原谷苑はそれがない。なので、こういう条件がすべて揃った日にこそ行くべき場所だと考えました。原谷苑が決まると道順も大よそ固まって、あとは嵐電桜のトンネル、哲学の道のソメイヨシノに夜桜は府立植物園を入れれば立派な一日コース。いい感じに仕上がりましたよ~
桜の前に決めていた霊巌寺の椿と北野をどりや野村美術館の方もやっぱり京都。それぞれがそれぞれに楽しめるし、しばらくブランクが空いていた分、余計身に染みたように感じました。
関西春の花旅もこれで無事に終了です!
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原谷苑は、わら天神のところからシャトルバスがあって、それで訪ねるのですが、それまでの時間を使って、例によって近場の散策です。
平安京左京四条三坊跡は、株式会社千總の建てた石碑に詳しい説明がありました。
この辺りは、三条南殿三条烏丸御所とも称されていた場所。左大臣、藤原実能の邸宅があったという記録もあるようですが、実際に寝殿造りの邸宅の一部が発掘されたということ。京都の市街は掘ればどこでも何かは出てくると思いますが、機会は限られるので、その成果をこうして披露しているということでしょう。株式会社千總の建てた石碑に詳しい説明 by たびたびさん平安京左京四条三坊跡 名所・史跡
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すぐそばに三条東殿遺址の古い駒札があって、詳しい説明。
ここは、白河法皇、鳥羽上皇から、後白河法皇の御所となった場所。平治元(1159)年、源義朝が藤原信頼と手を組んで襲撃をかけ、後白河法皇を連れ去り幽閉したことで平治の乱が勃発。攻めたてられた女官も多数、井戸に入って非業の死をとげたともありました。
なお、後白河法皇は、この乱で側近を失い一時は敗北。二条天皇の親政が始まりますが、二条天皇の早世と平清盛との接近により復権。新たに造営した法住寺殿で院政を行いつつ、今度は清盛、頼朝とのバトルの時代が始まります。平治の乱が勃発 by たびたびさん三条東殿遺址 名所・史跡
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しばらく歩いて、二条城の北西側、二条公園。
公園には遺跡があって、平安宮跡・京都所司代跡という説明がありました。幕末、京都所司代は、京都守護職を勤めた松平容保の実弟、松平定敬。京都所司代は弱体化によって、京都守護職の下に置かれることになったのですが、二条城とはこんなに近くなんですけどね。幕府全体の地盤沈下の象徴だったかもしれません。平安宮跡・京都所司代跡 by たびたびさん二条公園 公園・植物園
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二条公園の端っこにある小さな神社は鵺大明神。鵺は、「ぬえ」。高倉天皇が源頼政に退治させると頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という奇妙な生き物。
京都の都市伝説の一つみたいなものかな by たびたびさん鵺大明神 寺・神社・教会
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石碑があって、京都所司代の松平紀伊の家臣が建てたとされていて、そんなに古いものではないようですが、京都の都市伝説の一つみたいなものかなと思います。
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また少し移動して。
朱雀門は、平安京の大内裏南面中央にあった正門。ここからさらに平安京のメインストリートだった朱雀大路が南に延びて、都の南端に位置する正門、羅城門に至るという並び。今の千本通りにありますから、東寺の平安京は今の市街からすると西寄りにあったことが分かります。安貞元年(1227年)に焼滅。今は石柱と詳しい説明パネルが設置されています。平安京の大内裏南面中央にあった正門 by たびたびさん朱雀門跡 名所・史跡
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そのすぐそば。西町奉行所跡の石柱が京都市立中京中学校に面した通りにありました。
町奉行というと江戸というイメージがありますが、京都にもあって、さきほどの京都所司代の下に置かれた組織。西町奉行所、東町奉行所が月番制で任にあたったよう。与力20騎と同心50人の体制だったようですが、それではあまりにも小所帯過ぎ。広い京都での存在感はほとんどなかったかもしれません。 -
ここから御池通を西に進みます。
斎宮邸跡のカラフルな説明板が、京都市立西京高等学校の塀のところに設置されていました。源氏物語ゆかりの地とあって、詳しい説明。
斎宮は、伊勢神宮に仕えた未婚の内親王または女王。天皇の即位ごとに占いによって選ばれ、宮城内に設けられた初斎院で一定期間心身を清め伊勢へ下向するのですが、源氏物語の賢木で、六条御息所は光源氏との恋に疲れ、斎宮となった自分の娘ともに伊勢に行くことを決意。光源氏は嵯峨野の野宮へ六条御息所を訪ねるという展開。なお、六条御息所は斎宮の任期が終わると京に戻りますが病没。斎宮であった娘は、光源氏が養女とし、冷泉帝に入内させるところまで続きます。源氏物語ゆかりの地とあって by たびたびさん斎宮邸跡 名所・史跡
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さらに進んで。
本願寺角坊は、西本願寺の飛び地境内。親鸞聖人の入滅の地とされる場所はいくつかあるようですが、西本願寺の第20代広如がこの地を入滅の地と定め、安政4(1857)年、ここに堂宇を建立したのだとか。 -
見通しの良い境内に、
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親鸞の立ち姿の像が爽やかに建っていて、ちょっと目を見張ります。
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御池通から北に進んで、今度は北野天満宮御旅所。
秋祭りであるずいき祭の神幸祭から還幸祭までの間、3基の鳳輦とずいき御輿がここに置かれます。入口には大きな北野神社御旅所の石柱と石の鳥居。敷地は大人数が入れるアスファルト敷の広場になっていて、祭りを想定した仕様となっています。 -
その並びにある四之保社跡 威徳水の四之保社というのは、御供所である北野天満宮七保社のうちのひとつだったとか。今は廃社。威徳水の方も病気平癒の利益がある水として信仰があったようですが、井戸跡のみ。マンションの前のスペースにそれらしい一角と詳しい説明の駒札もありましたが、駒札は風化していて、字はなかなか読めません。
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さて、時間がそろそろ近づいてきたのでわら天神に到着しました。
原谷苑行のシャトルバスはここから出るんです。 -
時間通りにシャトルバスが来て
いざ出発です。 -
入場料は花の開花状況に応じて変動制。
この日はMaxの1500円です。
入った途端に、これはまさに桃源郷ですね。 -
青い空をバックにした桜も素晴らしいんですが
足元のユキヤナギの白に山吹の黄色、つつじのピンクも色を添えて鮮やかです。 -
八重の紅枝垂れが
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シャワーのように降り注いで
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春爛漫といった感じかな
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イチオシ
視点を変えて
手前の花海棠とのコラボもいいですね~ -
あんまり順路ははっきりしないんですが、
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まあ、そこは適当。
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花の密度の濃い場所を求めて行きましょう。
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とはいえ
山全体が桜に覆われていて -
どこも似たような感じ。
どこがどうってなさそうですけどね~ -
下から見上げたり
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横目に眺めたり
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ちょっと視界が開ける場所もなくはないんですが
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やっぱり基本的には桜の林の中。
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桜に覆われるというか包まれるというか
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その空気感を味わうということですね。
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桜のほかに白や黄色が花を添えていますが
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目が慣れてくると桜もそれぞれ違いがあって
枝垂れているのやいないのや -
ピンクが濃いのや白っぽいのや
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樹齢の古い大木や
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イチオシ
若木もあって
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そういう交じり合っているのも原谷苑の特徴でしょう。
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それは早咲き遅咲きを混ぜて、全体として桜の時期を長くするという思いも当然あったと思いますが、
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多様な色が混じりあって結果として穏やかな印象で、それが桃源郷のイメージに近いものになっている所以ですね。
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イチオシ
これに対して、均質な桜を集中させて見せるとインパクトは強くなるので、関東だとソメイヨシノばっかり。上野公園や目黒川、皇居なんかがそうですね。
また、桜ではないですが、ひたち海浜公園のネモフィラなんかも典型的ですよね。 -
あんまり決めつけはできないんですが、こうやって混ぜるやり方は関西の方に多いような気がしますね。
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桜だけじゃなくて、いろんな春の花を楽しむ。
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桜もいろんな桜を楽しむ。
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ゆったりときめ細かい楽しみ方の方が好まれるような気がします。
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やっぱり東京の人は忙しい。
西洋式の庭園なんかもそうですけど、パッと見てきれい!ってならないとダメですからね。
お菓子なんかもけっこうそうですね。東京の豆餅は餡子がどう、皮がどう、豆がどう。それぞれがそれぞれにはっきりしていて、くっきりとした特徴のものが多いし、そういうのが人気です。食べて、パッとここのは餡子がおいしいね!とか。しかし、ふたばの豆餅は一つ一つがどうというのを説明しても、説明にはなりません。全体のバランスで勝負みたいなところがあって、そこのところを味わうことになります。食べてパッとおいしいんですが、しかし、単純には説明できません。 -
まあ、それはそれとして
桜にも十分満たされたし
あとは春のお散歩かな -
ほどよい起伏の山道を
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ぶらぶらと散策して
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もとの入り口に戻りました。
それにしても、毎年この時期のために一年をかけて管理されてきた原谷苑。すべてはこの時期のためにみたいな貴重な景色ですね。次の機会はいつになるか分かりませんが、いつまでも残してほしいと思います。 -
では、また帰りもシャトルバスで。
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わら天神まで帰ってきて、そこから京福電車の白梅町駅まで歩きます。
満開の時の桜のトンネル見たことなかったなあと思っていましたが、今日はドンピシャですからね。鳴滝駅の方から二つの目の踏切は撮影のベストポイント。訪ねるとカメラマンが何人かいて、やっぱりここですね。 -
皆さんに交じって私も何枚か撮りましたが、感動としてはどうでしょう。
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帰りの電車で鳴滝駅から宇多野駅間の車窓の景色を楽しみましたが、正直、こっちの方がトンネルのよさが素直に分かるような気がします(笑)
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では、京都の東側、銀閣寺のエリアに移動して
おめんで昼飯にしたいと思います。 -
ワンパターンなんですけど。この近くに来るとやっぱりここに来てしまいます。
ちなみに、うどんは野菜や漬物をバンバン絡めて食べるのですが、けっこう歯応えがあるのも特徴ですね。
海外からの観光客も多いのですが、見ているとあんまりおいしそうには食べていないような。ガイドブックに載っているから来ているだけかな。雑に食べているような感じ。まあ仕方ないかもしれません。 -
では、哲学の道のソメイヨシノを眺めながら、霊鑑寺を目指します。
哲学の道のソメイヨシノも春の京都だと定番の一つですからね。 -
大勢の人がやってくるので大混雑してもおかしくないんですが、ただ、意外に人の流れはスムーズなんですよね。
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イチオシ
川沿いを進む細い遊歩道と車も通れるくらいの歩道のバランスが取れているのもあるんでしょうが、やっぱりよくできています。満開の桜を見ながら、ちょっと違うところでも感心してしまいました。
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哲学の道沿いにある幸せ地蔵。弥勒院の入り口横。赤い幟や提灯が下がって、ちょっと賑やかな雰囲気ですね。地蔵は、京都室町の商家がお祀りしていたものを戦時中に譲り受けるたものということ。色白のきれいな顔立ちの地蔵様です。
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弥勒院の方は、創建は天和年間(1681~1684)。
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聖護院の西にあったようですが、ここに移ってきたのは昭和2年のこと。まだ歴史は浅いですが、まあまあ馴染んできているような気がします。
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さらに進んで
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霊鑑寺です。
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この寺は、承応3年(1654年)、後水尾天皇の皇女、多利宮を開基として創建され、歴代皇女が住職を務める尼門跡寺院。
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椿の寺としても知られていて、今回のお目当てもその椿です。
春と秋の公開されるのですが、しばらく日程が合わず久しぶりの訪問です。 -
いきなりですけど、玄関先に飾られているたくさんの椿。
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鮮やかですねえ。
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花手水みたいな感じですが、花あしらいと紹介されているのもありますね。
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イチオシ
たくさんの種類があるし、椿ってこんなにきれいだったかなあ。
どちらかというと地味なイメージもないわけじゃないけど、これならバラや牡丹みたいな派手な花にも負けていないですよね。
こういうのに気が付かせてもらえただけでも、ここに来た甲斐があったというものです。 -
ここから先は、椿の遊歩道を進みます。
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これは散椿?
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秋の山?
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写真と図鑑を見比べてみますけど、特定するのは意外に難しい。
日光というのが有名みたいですが、結局それも分からずじまい。その辺りは付け焼刃では限界がありますね~
ちなみに、桜もいろんな種類がありますが、雑種が多いので品種はなかなか特定できません。珍しい桜があって品種を確認しようと思ってもほとんど無理。三大桜だと薄墨桜とか滝桜とか。京都だと車返しの桜とか御室桜とか。桜は固有の名前で呼ばれるのが多いのはそういうことなんだと思います。 -
さらに進んで
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ここからは登り
この本堂の裏手の方に進みます。 -
イチオシ
苔の庭に椿がいい感じ。
花がこぼれるように散っています。 -
縮緬?
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色違いか別の種類か
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ピンクの散椿
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たくさんの花をつけているのは
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舞鶴?
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さらに進んで
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白いのは、白牡丹?
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イチオシ
大紅?
白と赤のまだらが美しい。なんだか高貴な感じもありますね。
花の色だと赤、白、ピンク、まだら。中央の雄しべ雌しべも黄色だけじゃなくて、日光は赤だったよう。花びらの形も丸いのやそうでもないの、重なり具合も違いがありますから、ハマると奥が深そうですね。 -
では、また下って
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白澄?
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散椿?
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これで一周したみたいです。
よく手入れはされていますけど、やっぱり小さなお寺。椿くらいのサイズの木がちょうどあっているのかもしれません。 -
そして、最後は、天皇の院御所から移築した書院を拝見。
狩野派の作と伝わる華麗な障壁画、四季花鳥図などは寺に入った皇女が寂しくないようにと願ったものという説明も受けて、その見事さと合わせてちょっと胸が熱くなりました。 -
霊鑑寺を出て、裏手の方にある和中庵は、日本の化学繊維市場の礎を築いた実業家、近江商人の藤井彦四郎が大正時代から昭和初期に建てた邸宅です。ノートルダム女学院の敷地内にあって基本は非公開なのですが、塀の途中にのぞき穴があって、洋館と和風建築を組み合わせた邸宅の外観が眺められました。なかなか親切です。
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続いては、野村美術館です。
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開館40周年記念名品展「野村得庵のまなざし」を拝見しました。ところで、野村美術館は野村徳七のコレクションで、茶道具と能の関係が双璧。特に能のコレクションはなかなか他では見れないのでインパクトがあるのですが、この企画展は茶道具が中心。ちょっと残念だなあと思いつつ見始めましたが、
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最初の展示は松花堂昭乗の掛け軸とゆかりの茶道具。いやいや、そういうところから見せられると京都ならではの感覚ですから私としてはいっぺんに機嫌がよくなります。ほか、佐竹本三十六歌仙、紀友則とか本阿弥光悦作赤茶碗とか。野村徳七の視点はやっぱり並ではない。野村証券の創業者というだけでも破格ですが、美術収集家としても超一流。まさに怪物なんだと思います。
経済人が美術館を持つまでになる例だと大原美術館や出光美術館、五島美術館、根津美術館、ブリヂストン美術館とかの方が有名なんですが、それは規模の違いがあるから。しかし、世界観のレベルでいうと全く引けを取るものではない。野村別邸 碧雲荘の方も拝見したことがありますが、何より施主の意向がはっきり反映されているように感じました。今の時代の成功者にもそうしたレガシーを残してくれる人はいないんでしょうか。ちょっと寂しく思います。 -
野村美術館からだと南禅寺もすぐ近く。
これは南禅寺の塔頭、聴松院。本尊は開運勝利の摩利支天とする寺です。 -
二重屋根の正面大きな唐破風が豪快な印象です。創建は南北朝のころ。聴松院の名前は、細川京兆家8代当主で室町幕府11代管領だった細川満元による改名と言われます。
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同じ並びの塔頭、慈氏院は通称だるま堂。南北朝時代、室町幕府第3代将軍、足利義満から土地を譲り受けて創建。その後、元禄7年(1694年)、徳島藩第5代藩主、蜂須賀綱矩が再興されました。山門の手前に「達磨大師」の大きな石柱が建っています。境内に入ると静かで凛とした雰囲気。
達磨大師像は、石造で立ち姿のようですが、どうやって拝観したらいいのか。声を掛けたらよかったのかなあ。よく分かりませんでした。 -
イチオシ
南禅寺の山門もちょっとチェックして、
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蹴上インクラインまで足を延ばしました。
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舟運ルートで使われていた傾斜鉄道の跡地にソメイヨシノの並木が素晴らしい。
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こうして桜の見ごろの時期に来たのは初めてかな。
いや、そんなはずはないですけど
どっちにしてももう記憶はほとんどないですね。 -
来ているのは比較的若い人が多いような。それも含めて華やいだ雰囲気があるように感じます。
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夕方からは北野をどりなので、とりあえず、堀川通の方まで帰ってきました。
もう少し散策です。
福長神社は、福井神(さくいのかみ)、綱長井神(つながいのかみ)、稲荷神を祀る神社。なので、ふくながいなりとも。聚楽第の造営の際に遷座、信長が上杉謙信に送った洛中洛外図屏風にも描かれているといったことも細かく駒札に説明されていましたが、基本は屋敷内に祀られていた神社なんだと思います。 -
武者小路千家官休庵は、利休の孫、千宗旦の次男、宗守が寛文年間(1661-75)に造った武者小路千家の茶室。非公開なので、外観を見るしかないのですが、武者小路沿いにあって、土壁が囲む立派なお屋敷です。門前に駒札が立っていて、京都市指定名勝であることが確認できます。
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ここから、上七軒歌舞練場に到着。
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ちょっと時間ギリギリになってしまいました。急がねば。
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歌舞練場は初めて中に入りましたが、建物の周囲は広く池になっていて、その池に渡り廊下の橋が架かっていたり。
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日本庭園の方も風情があって、これはお茶屋さん風なのかな。幕の合間の休憩時間でもちょっとほっこり。おつな感じです。
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イチオシ
さて、上七軒北野をどりは、北野天満宮で50年に1度行われる大萬燈祭を記念して始まったもの。今年は第71回だそう。なかなかの伝統です。
第一部舞踊劇「夢のうつし絵 絵姿女房より」はちょっと喜劇とお涙頂戴。第二部純舞踊は長崎ぶらぶら節、高知よさこい節などをアレンジした「東西粋曲抄」。フィナーレは若手とベテランが融合した総踊りの「上七軒夜曲」です。
日本舞踊って、リズムに合わせて自由自在。どんな曲にも応用が効いてこんなに柔軟なものなんですね。ジャズやサンバだって、踊れるかもしれません。まあ、それは確かな芸があってのものなんでしょうが、自分の体もこんな風に動くものなら動かしてみたいですね。
踊り手はベテランから若い人まで。ベテランは、踊りに自信がみなぎっているというか。どんどん攻めて攻めまくるようなところもあって、圧巻。歌舞伎役者みたいなインパクトがありますね。一方の若手は、少し動きが小さいんですが、ちゃんと決めるところは決める。やっぱり最低限のキレがあって、これはこれで見応えがあります。ツウなら誰かのごひいきになって長く応援していくとか。また違う楽しみ方もあるような気がします。 -
時間は休憩をはさんで80分。
満足満足。昔見た時はちょっと冷めている自分がいましたが、今回は期待以上に楽しませてもらいました。また機会があれば、京踊りや都踊りも見てみたいものですね。 -
上七軒から、そのまま夜桜見物。
京都府立植物園の桜ライトアップに向かいます。 -
薄暗い園内を進んだ先のようですが
途中にはチューリップの花壇。まあ、そんなに寂しくはないですが、人はほとんどいないし、正直、ちょっと微妙な雰囲気です。 -
それに、京都府立植物園ですから、ちょっとお堅いイメージもあったんですが、は~、これはこれは。
文句なく素晴らしいじゃないですか。 -
遊歩道沿いに満開の枝垂れ桜が連なって、
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本当に見事なもの。
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昨日の白川のライトアップで誰かが「植物園の桜が全然いいよね」と話している声が聞こえましたが、まさにそのとおり。そう言いたくなる気持ちよく分かります。
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イチオシ
枝垂れ桜はそれぞれけっこう大きい木だし、花付きが見事なのは樹勢がすごいんでしょうね。
もしかしたら、京都の桜のライトアップではここが一番の穴場ではないかと思います。 -
気が付くとそれなりに人が増えていてあちこちで記念写真を撮っています。
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中心部からだと少し遠い場所ですが、皆さん、評判を聞いてやってきたのでしょう。
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これだけの見応えのある夜桜はなかなかないですよね。
対して、高台寺の夜桜とか大々的に宣伝をやっている夜桜は夜桜プラス何かがあってのものでしょうが、ここは純粋な夜桜。 -
それでもこの艶っぽい美しさ、豪華な美しさは、もうこれだけで十分に楽しめますからね。
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やっぱり、京都は最後の最後まで油断できない。こんなところに、またこんなすごい隠し玉が待っていましたか。それにこの桜はこの時じゃないと出会えていない一期一会の桜。ちょっと条件が違ったりすると、また印象は変わってしまいますからね。少し早め。日暮れ時から来たのもよかったでしょう。
さて、これで今日の締めにもなったし、今回の旅の締めにも十分なったと思います。最後良ければすべて良しとも言いますが、今回は当たりばかりだったような気もしますけどね~
いずれにしても、以上で四日間の旅は終了。お疲れさまでした。
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