2023/03/10 - 2023/03/10
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たびたびさん
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今日は高千穂の二日目であり、宮崎県の最終日。昨日の高千穂は少し遠い場所のパワースポットを回りましたが、今日は比較的近い場所。特に、天気は今日の方がいいのも見越して、真名井の滝ほか高千穂峡は今日にしていますからね。出だしの国見ケ丘は朝もやの景色がいいし、天岩戸神社・天安河原に落立神社やくしふる神社もパワースポットの雰囲気がさすが。最後の高千穂峡も爽やかな青空の下、スカッとした眺めを確認することができました。と、ここまでは予定通りでしたが、時間が余ったついでに長躯、日向岬の馬ケ背まで。気になっても諦めていたスポットでしたが、ここまで回れたのも大きかったですね。これで、宮崎はおしまい。妹は宮崎空港から帰るので、ここで別れて、明日からは一人で大分の旅に移ります。
ところで、今回、宮崎県内の神社をたくさん回りましたが、ニニギから神武天皇までの宮崎神話に関係する神社をまとめると以下の通り。宮崎神話のキーワードは天孫降臨ですからニニギが主祭神の神社が多くなりそうでしたが、実際はそうでもないですね。まあそれでも、ニニギなら、単独の主祭神ではないですが日向三代を祭神としている高千穂神社。これに、ホオリノミコト=山幸彦の青島神社、ウガヤフキアワセズノミコトの鵜戸神宮、神武天皇の宮崎神宮に天照大神の天岩戸神社といったところが宮崎県の神社の代表格なのかなと思います。宮崎県内にバランスよく配置されていて、けっこうすごいような気がします。そして、スサノオノミコトやオオクニヌシノミコトの神社がないことは当然として、意外にイザナギ・イザナミを祀る神社が多いのもありますが、まあ、たまたまかな。イザナギ・イザナミは国産み神話のある淡路島の方が本場ですからね。
<高千穂>
高千穂神社◎〇△、天岩戸神社▲、二上神社●、三ヶ所神社●、上野神社●、下野八幡大神社△、荒立神社◎、石神神社□、くしふる神社◎、逢初天神社◎
<宮崎市>
江田神社●、住吉神社●、宮崎神宮□、皇宮神社□、小戸神社●、青島神社〇
<日南>
鵜戸神社△、吾平津神社□、駒宮神社□
第一世代のニニギから第四世代の神武天皇までを並べて、それぞれ関係する神社に表示しています。
◎:瓊瓊杵尊(ニニギ)・木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)・猿田彦命等
〇:火折尊(ホオリノミコト)=山幸彦・豊玉姫
△:彦波瀲武鸕鶿草葺不合命(ウガヤフキアワセズノミコト)・玉依姫
□:彦火火出見(ヒコホホデミ)=神武天皇ほか
なお、それ以外は、次の表示。
●:イザナギ・イザナミ
▲:天照大神(アマテラスオオミカミ)
最後に、改めてですが宮崎神話について。私は、宮崎神話も出雲神話もそうですが、以前はなんとなく風土記に書かれているものと思っていました。ローカルな物語だからです。しかし、そうではない。日本書紀や古事記に書かれていて、たまたまそれが宮崎や出雲が場面となっているので宮崎神話とか出雲神話と呼ばれているだけなのですね。ちなみに、紀記の位置づけはある意味正史であり、我々後世の人間が勝手に神話としたところから、そのままその後の天皇たちの物語や聖徳太子の物語に続いていて、それらはすべて同等の位置づけです。つまり、それくらい古代の人々は神話の部分にも信頼感というか同調性というかそういう強い思いがあったんだと思います。
そうした神話の世界に再び光があたったのは、幕末。尊王の思想などもそうですが、特に黒船の来航以降の日本とは何かに対しての激しい渇望がきっかけです。賀茂真淵や古事記伝の本居宣長ら国学者たちへの注目度も上がるし、頼山陽の日本外史は熱狂的な維新の志士たちの愛読書となりました。対してそれまでの国学は、たぶん、和歌の需要に応えるため。和歌を詠む際の基礎知識として国学は必要であり、市井の和歌の愛好者が国学者たちの生活を支えるもとになっていたというくらいのことだったのではないかと思います。こうした変化の流れは、明治以降になってさらに加速。明治以降戦前までの時代においては、神道も含め、神話に基づく天皇崇拝や国威発揚が、かっこうの戦争遂行のアイテムとなったことも否めない事実だと思います。しかし、戦後、これだけ平和主義が徹底され、象徴としての天皇も当然と考える時代。神話の世界の豊かさを素直に楽しんで問題ない時代になったことはとても喜ばしいことでしょう。つまり、考古学的に言えば縄文時代や弥生時代以降、日本人なるものは多くの困難や幸運を経て形成されたもの。そうした歴史の道のりをこんなに豊かな物語に変えることで、日本人の心情を刺激しアイデンティティを育もうとした。その日本人の知恵が何より挑戦的で素晴らしいことなのではないかと思うのです。まあ、戦前だとこうしたことも国体論の範疇で侃々諤々大真面目で議論されたテーマだったんですけど、そういうことではなく、単純に日本人のほのぼのした財産のひとつとしてのリスペクトですね。
また、もうひとつ蛇足ですが、ある説によると神話の豊かさの底辺にあるのは鎮魂。それも敗者への鎮魂であって、例えば国を譲った大国主命に出雲大社を作る約束をするといったのも典型。敗者への鎮魂は限られた国土の島国で争いながらも人々が暮らしていける必須の要素だったのではないかというのです。さらに言うと大規模な古墳にも権威を示すだけでなく一面そのような意味があって、だからこそ、大きなムーブメントとして古墳の造営が大寺の造営にストンと引き継がれたのではないかというのですが、私はけっこう気に入っている着眼点。万葉集や古今和歌集の和歌の世界では、日本人の気質として賀茂真淵の”ますらおぶり”や本居宣長の”たおやめぶり”が有名ですが、他方で神話は日本的な平和主義のもうひとつのルーツであるとするととてもユニークで面白いと思うのですが、いかがでしょうか。
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旅館大和屋の朝食をしっかりいただいて、
さて、今日もがんばりますよ~ -
では、レンタカーで出発です。まずは近所から。。
昨日は、鬼八塚というのがありましたけど、これは鬼八の森。旅館、神仙の敷地内に鬼八の森と掲げた門があって、それを入ると日本庭園の築山に案内板とともに塚がありました。神仙の敷地内に鬼八の森と掲げた門があって by たびたびさん鬼八の森 名所・史跡
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案内板には、鬼八伝説が説明されていて、荒ぶる神。三毛入野命(ミケイリノミコト)に退治されますが、何度でも生き返るので、亡骸を三つに分けて葬ったら生き返らなかったとか。今は五穀豊穣の神様となったということです。
ちなみに、三毛入野命は、神武天皇の兄。神武東征で熊野に進んで行く際、暴風に遭い、常世に行った(亡くなった)とされていますが、高千穂に帰還したという説もあって、鬼八を退治するという話もその流れです。 -
道の駅高千穂から、神都高千穂大橋を通って、国見ケ丘へ向かいます。
この辺りは、昨日、何度も通っているような気がしますね。 -
しばらく走って、国見ケ丘に到着。
九州統制の際に国見を行った地 by たびたびさん国見ケ丘(展望台) 自然・景勝地
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こちらも高千穂観光だとほぼ定番の人気スポットですからね。
広い駐車場があって -
雰囲気のある石柱も建っています。
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ほほー
朝イチでやってきたのは大正解。朝霧が出ていい雰囲気じゃないですか。
なお、見えている橋は、さっき渡ってきた神都高千穂大橋だと思います。 -
少し高台に上がると建磐龍命(タテイワタツノミコト)主従の像。
国見ケ丘は、神武天皇の孫である建磐龍命が神武天皇の命を受け、九州統制の際に国見を行った地とされる場所ですからね。建磐龍命は、ここから阿蘇に入り、阿蘇神社の主祭神となっています。
なお、四日目の旅行記でも触れましたが、その途中、宮崎に立ち寄った時、神武天皇の宮跡に神武天皇の神霊を祀ったのが宮崎神宮の始まりです。 -
さっきの方とは反対の側になりますが、こちらの眺めもまたいいですね。
はるかに山々が連なって、雲海が薄くたなびいているこの眺めを見れば、 -
イチオシ
確かにここが特別な場所であるとしたのは分からないでもないですね。
朝日に包まれた山々の雄大さと神々しいような穏やかさ。そのバランスがとても素晴らしいと思います。 -
国見ケ丘から市街に戻って天岩戸神社へ。
こちらは何度か触れていますが、天照大神の別名、天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)を祀る神社。岩戸川を挟んで、神社の向かい側の断崖の中腹に岩窟があり、これがあの天岩戸であるとして神体となっています。
参道の入り口には、天岩戸にこもった天照皇大神を出すために、岩戸を開けたとされるタジカラノミコトの像。力強いデフォルメですよね。
一度来ているのですが、記憶はタジカラノミコトの像くらい。 -
先に進んでも、
このほかはあんまり記憶にないですね~ -
中門を入って
高千穂町全体がパワースポットとされているようですが、この神社も絶対外せない場所だと思います by たびたびさん天岩戸神社 寺・神社・教会
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それを抜けると
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すぐに本殿。
正直、あまりにあっけないような構えなので、記憶にないのは仕方ないかもしれません。 -
天安河原は、天岩戸神社から岩戸川に沿って歩いて。コースになっているような感じです。
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天照大神が岩戸にお隠れになった際、天地暗黒の中で八百万の神が集まったとされる河原。
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川沿いをどんどん進んで、
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イチオシ
その先に大きな洞窟があってそこが聖域のようでした。
不思議な雰囲気 by たびたびさん天安河原 自然・景勝地
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一方で、周囲には無数の石積。
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自然発生的にこのようなことになったようですが、不思議な雰囲気を醸しているとも思います。
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元に戻って、この徴古館は、岩戸神社の付属施設。まだ開いていなかったので、神社の人に声をかけて開けてもらいました。
考古学的なものが中心 by たびたびさん徴古館 美術館・博物館
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展示品は旧石器時代の石器とか考古学的なものが中心。
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境内とかこの周辺で出土したものを置いているのだと思いますが、どのような価値があるのかとか。あまり説明もなくてよく分かりませんでした。
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天岩戸神社からは、高千穂の最後もう一つの郊外ルート。もうひと踏ん張りですよ~
落立神社は、永正5年(1508年)に再建された神社ということで、比較的新しい神社かな。主祭神は、伊弉冊命(いざなみのみこと)で、子授安産、防火の神様だとか。 -
入り口の鳥居横にある像は、夜神楽33番の舞の一つ”舞開き”。
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イチオシ
舞開きは、ついに天岩戸を開き天照大神に出て頂いたので鏡を両手に持ってよろこび祝う舞。手に持っているのは鏡です。
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緩やかな坂をしばらく進んで
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最後は石段。
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ほどよい加減の構えです。
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続いての八大龍王水神は、起源が古くて少なくとも1300年以上は経つという古社。
水に関わる自然を司る神であり、雨乞いや河川氾濫の防止など祈願をされてきたようですが、手前の木の鳥居が大きくて厳めしいのでどんな神社だろうと期待が高まります。 -
とこれはこれは。
雰囲気のあるえのきの老木が枝を伸ばしていて、 -
イチオシ
その陰に隠れるようにして
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ちょこんとした社殿が建つ。
この展開はインパクトがあって、いかにもパワースポットと言う神社ですね。 -
次の石神神社に到着。
神社のすぐ前には広く棚田が広がっていて、なんとも開けた場所。 -
これは、尾戸の口棚田ですね。
きれいな弧を描く段々が重なって、一部スタジアムのように整った形が印象的。視界の先には遠く高千穂の山々が連なっているし、これもいい。明るくて棚田によくありがちな山奥の感じもありません。 -
では、石神神社の方へ。
主祭神は、国常立命。畜産(牛馬)の神様なのだそうです。そこから小高い山の方に、林の中に延びる石段を上がっていきのですが、 -
入り口には、こちらにも夜神楽二十四番”手力”の像。
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本殿の方はちらりと確認してそれでいいでしょう。
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ここから天岩戸駅の方に向かいます。ただ、グーグルの地図を頼りに訪ねましたが、こんなところを入るのかなというような別れの道もあって、意外に分かりにくいですね。
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イチオシ
こちらは、廃線となった高千穂鉄道の旧駅。
ホーム上の標識はそこまで傷んでいなくて、ほどよい郷愁が感じられます。 -
天岩戸駅から本道に出てきたところにも棚田があって、これは栃又棚田。五ヶ瀬川水系の支川である岩戸川流域のにあります。右側が栃又棚田、左側が尾戸の口棚田という関係。こうして田んぼを作る努力が長年続けられてきた結果なのでしょうが、勾配は穏やかで、それを感じさせないのんびりとした山里の眺めです。
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くしふる神社の主祭神はニニギノミコト。天孫降臨の地として伝わるくしふるの峰に鎮座する神社です。
ただ、面白いのは、国譲り神話に登場する神々、経津主命(ふつぬしのみこと)や武甕槌命(たけみかづちのみこと)も祀られていること。ちなみに、”ふつぬし”や”たけみたづち”は、関東の神様ですよね。”ふつぬし”を祀るのが香取神宮で、”たけみたづち”を祀るのが鹿島神宮。どうして関東に神宮とつく神社があるのかというと出雲の国譲りに功績があったからというのがその理由。大きな争いはありませんでしたが、力比べをしたり武力を背景に国譲りを迫ったのは十分に窺われる。神話は神話ですが、実際に出雲国を屈服させるために関東から兵が集められたとかあったかもしれません。埼玉のさきたま古墳群にある巨大な前方後円墳も、大和朝廷との関係が深いことを表していますからね。
神社は立派な構えの鳥居から入って、 -
本殿に続く参道は何度か厳しい石段を上ることになります。
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最後の石段の下から見上げると木々の間に本殿がちらりと覗いて、けっこう雰囲気がありました。
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高千穂市街にほとんど戻ってきて、最後は逢初天神社。
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小さな神社ですが、天孫降臨のニニギノミコトがこの神社を流れる井川に映るコノハナサクヤヒメに一目惚れして求婚されたという伝説があるのだとか。
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別の口から外に出ると
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確かに小さなせせらぎがあったりして、ほっとするようなところがありますね。
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ほかの神社とはちょっと趣が違います。
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ここで昼飯。
高千穂がまだせ市場に併設されたレストラン、高千穂牛レストラン和を訪ねます。 -
気になっていた高千穂牛のステーキをいただきましょう。
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イチオシ
宮崎には宮崎牛という圧倒的なブランドがあって、高千穂牛はそういう位置づけなんでしょうね。ちなみに、佐賀なんかも佐賀牛というブランドがあって、佐賀牛は伊万里牛より格が上。お店の人に尋ねてみましたが、イマイチよく分からないよう。まあ、感覚的に言うと高級和牛ではなくてリーズナブルな価格で食べられる和牛といったことかな。
ステーキは素直でさわやかな味わい。すっきりしたおいしさが印象に残りました。 -
では、あとは高千穂峡を残すのみ。天気もいいし、目論見通りとなりました。
千穂の家は、高千穂峡の駐車場から御橋の方に向かうとすぐの便利な場所。御橋を渡る手前です。お土産物や食事処もあって大きな店構えなので、ちょっと安心感もありますね。おだんごの情報もあったんですが、この日は見当たりませんでした。 -
真名井の滝を訪ねて駐車場から進んでいくとすぐにこの橋を渡ることになりますが、これは御橋。さりげない石橋なのですが、
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ここでいきなり真名井の滝の絶景が眼下に見えまして、本当にあっけないほど。
先に急ぎたくなるのも分からないではないですが、ここでじっくり絶景を確認するのがお勧めです。 -
ところで、高千穂峡は、国の名勝、天然記念物。
阿蘇カルデラをつくった火山活動によってできた峡谷で、約12万年前と約9万年前の2回の噴出の際、高温の軽石流が五ヶ瀬川沿いに流れ下り、それが再び侵食によってV字峡谷となったのですね。両側の断崖は、高さ80m~100m。峡谷に流れ落ちる滝と周囲を遊覧する貸しボートの組み合わせは幻想的でもあり、一度見ると忘れられない光景です。
ただ、敢えて言うと写真で見て感じるのと実際の光景を見て感じるのがあまり違わないんですね。つまり、実際に見た時の感想は写真とおんなじだあ!みたいな感じ。冒頭に書いたあんまり何度も見るものでもないかなというのはそういうことなんですよね。 -
久太郎水神社は、駐車場から御橋を渡ってすぐ。
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左手の方にこの神社の鳥居と小さな下り道があって、その先になんでもないような石の祠がありました。
この久太郎水神は、神武天皇の長兄、彦五瀬命(ひこいつせのみこと)が守護を命じた五人の兄弟水神の一人なのだそうです。ちなみに、彦五瀬命は浪速国の白肩津の戦いで矢を受け亡くなりますが、その時に、日を背にして戦おうと助言したことで東征軍は勢いを盛り返すことになりました。 -
そのすぐ前がおのころ池。
イザナギとイザナミの婚礼の地とも伝わり、中央にはイザナギノミコトとイザナミノミコトが生んだとされるおのころ島もあります。 -
浅くて静かな池には、鯉にチョウザメも泳いでいます。
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おのころ池の背後に見える崖ですが、月形 日形というのがあります。
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写真の中央に確認できる半月形の岩が月形でかつてはもう一つ日形もあったようですが、今はありません。
ちなみに、これは乱暴を働いた素盞嗚尊がざんげの印として彫ったもの。その後、素盞嗚尊は高天原を去って出雲に向かうことになりました。 -
その崖の下の方には、玉垂の滝。阿蘇山が噴火した際の溶岩で出来た岩場にあって、落差10mの伏流瀑となっています。滝は幾筋もあって、これが玉垂と名の付いた所以でしょう。規模は小さいですが、それなりに美しい眺めです。
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おのころ池から遊歩道を少し進むと真名井の滝の展望台です。
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切り立った崖が両側から迫ってくる深い峡谷は青い水をたたえて、
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イチオシ
さらに白い滝が何筋も流れ込むというまさに幻想的な光景。
阿蘇の溶岩流から始まったというのも何か壮大な物語を感じます。 -
反対側に目を転じると
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これは仙人屏風岩。真名井の滝の展望所と同じ高さの正面です。
これも阿蘇の溶岩流で出来た柱状節理の岩肌が露出したもの。石は風化も受けているのでしょうが、とっても堅そう。この先も長くこの姿を留めていくのかなあと思います。 -
ここからすぐ奥の方に七ツケ池があるはずなんですけどねえ
七ツケ池は、三毛入野命がその池に映った鵜目姫命の姿に一目惚れしたと伝わる池。観光地図で確認すると真名井の滝の展望所のすぐ奥の方。柱状節理の岩の間にあるはずだったのですが、ちょっと自信ないけどこれかなあ。というかこれくらいしか見当たりませんでしたけどね~ -
高千穂には三毛入野命が東征の際、退治したという荒ぶる神、鬼八の伝説が残っていて、この力石はその鬼八が投げた岩と伝わるもの。真名井の滝の展望台から遊歩道を進んだすぐの場所なのですが、大水の被害があったようです。
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真名井の滝の展望所から先の遊歩道は通行止めになっているので、またおのころ池の方の戻って、別のルートで上流のあららぎ駐車場方面に向かいます。
おのころ池とあららぎ駐車場の中間辺りにあるのが槍飛橋。低い場所に架かっているので、大雨が降った時の濁流にも負けないような頑丈でしっかりした造りの石橋ですね。手すりも付いているので、安心して渡れます。 -
真名井の滝の方より狭いですが、
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この辺りからも深い谷の景色は続きます。
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イチオシ
そろそろ着きましたね。
見えているのは、高千穂峡の三つの橋。奥から、神都高千穂大橋、高千穂大橋、神橋です。 -
少し進んで、これは傍らにある神硯の岩。
自然石ではあるのですが、硯のように底が平たくくぼんでいて、一部がさらにへこんで水が溜まっているのは芸が細かいかも。本来であれば説明板があるようですが、たぶん、説明板は直前の大水で流されたのだと思います。 -
もう一つは甌穴。高千穂峡のあちこちにあるのだと思いますけど、岩の表面にまあるく空いた穴。くぼみに礫が入って、そこで渦流によって礫が回転するとこんな風にできるのだとか。それにしても、どんなに長い間かかってできるのやら。考えると気が遠くなりそうです。
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ここまで来ると神橋ももう目の前。もともとは木製の橋だったようですが、戦後、再建された石橋。少し古びてきてはいますが、堅牢そうな姿です。
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そして、改めて見上げると高千穂大橋。
高さ96m、長さ75m。淡いブルーのアーチの構造部分がスカッとした美しさ。青空にもよく映えていました。 -
もう一つの神都高千穂大橋はここからでも全景は見えなくて一部が見えているだけ。しかし、存在感はしっかりあると思います。
道の駅高千穂から西に向かうとこの橋を渡りますが、それでは風情はないですからね。 -
では、再びおのころ池の方に戻って、小さな広場で休憩です。
これは、その広場にある若山牧水歌碑。けっこう古びた石碑で、刻まれているのは「幾山河 こえさりゆかば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく」。東京から帰郷した際に詠まれたものだそうです。 -
もう一つの歌碑は北原白秋歌碑。若山牧水と親交があったようで。こちらもけっこう古びていて、流麗な文字で刻まれているのは「ひく水に麻のをひてて月まつは 清河原の天地根元作りの家」。
白秋が高千穂に来たのは昭和16年。この歌には晩年の白秋の心情が表れているということです。 -
最後に高千穂峡淡水魚水族館へも寄ってみます。
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基本は高千穂峡に生息する淡水魚を展示しているのだと思いますが、けこう種類も多いし、変わった形の魚もいて、ちょっと意外な感じもしますね。
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外国産のタナゴと九州のタナゴを比較できるような工夫もありました。
高千穂峡はもう少し時間がかかると思っていましたが、交通止めの区間もあったりしてかなあ。意外にサクッと終わってしまいました。 -
時間があるので、日向市の方に行ってみますか。昨日の旅行記で触れましたが、道路が整備されて、移動時間は思ったほどでもないんですよね。
長躯やってきて、クルスの海です。駐車場からひょこっと歩くと展望所。 -
展望台には、願いが叶うクルスの鐘というのもありました。
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そして、これが展望台。ちょっと危なげな感じですけどね。
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イチオシ
そこから見ると海が十字の形。ほか、角度によって叶うという字にも見えることで、願いが叶うクルスの海となったのだとか。もっと天気が良ければ青くて輝くような姿が見えたのでしょうが、この日はちょっと地味な印象です。
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クルスの海から馬ヶ背はすぐのところ。どちらも、日向岬の範囲で、日豊海岸国定公園を代表する観光スポットです。
広い駐車場があって、そこから歩き始めます。 -
小さな子供を連れた家族連れもいるしこれは楽勝かな。
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余裕だったのですが、途中の柱状節理の断崖絶壁を渡る橋から下を見ると
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うわわわ。
これは目が回りそうです。もう無理!
ちなみに、この写真は妹に代わりに撮ってもらったものです。 -
そこも過ぎて、ここが終点かなと思ったら。。
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さらに岩場の岬の突端に向かう細い歩道が現れました。
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これもおっかなびっくり。
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イチオシ
なんとか先端までたどり着きましたが、いやいやもう限界ですね。
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これは隣りの岬ですが、この地形が馬ヶ背ということなんでしょうね。
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こちらは反対側。この先がクルスの海につながっているのだと思います。
歩き始めの予想と違ってのドキドキにぐったり疲れてしまいました。 -
駐車場のところに帰って、馬ヶ背茶屋へ。
こちらは、馬ヶ背の無料駐車場の脇に建つお土産物屋さん。食事処はありませんが、飲み物やソフトクリームがあったりして、ちょっと癒されます。 -
馬ヶ背はこの辺りだと断トツの人気を誇る観光地。このお店も小さいですが、やっぱりないと困る施設だと思います。
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で、そういえば灯台もあったなあと思い出して。
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別のルートで細島灯台のところまで行ってみました。こちらのルートはとても安全ですね。
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ちなみに、ここからだと馬ヶ背の全景がよく分かる。先ほどの岩場の遊歩道って、あんなところだったんですね。観光客が歩いているのが小さく見えていますけど、改めてけっこう危なげですけどね~
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馬ヶ背を終わって、ここから日向駅に向かいます。妹はそこで降ろして、宮崎空港から飛行機で帰ります。
御鉾ケ浦は、日向岬から出たところ。細島港もすぐの辺りで、通りの脇から、穏やかな入り江にこの砂浜が見えました。沖の方にははるかに島か半島の影が見えて、大海には直接面していないので、この穏やかさですね。安全なビーチだと思います。 -
細島港を過ぎて、日向駅に到着。
私は、一人で延岡に戻ります。 -
延岡駅からは、次の目的地、臼杵に向かいます。
延岡駅では、待ち合わせの時間を使って、少しうろうろ。
べおか観光物産ステーションは、延岡駅の構内。エンクロスの一角です。
外観はコンビニみたいな感じなんですが、ちょこっと地元のお土産品も置いているし、観光案内所も兼ねています。もう少し規模があってもいいと思いますが、ミニマムで役割を果たしているとは思います。 -
延岡駅で駅弁を買おうと思ったら売っているところがないので、駅前ののべから堂でから揚げ弁当を買いました。手早くさっと渡してくれて、駅の待ち合わせで利用する客にも慣れている感じ。値段もかなり安いし、地元ではとても助けになる存在のような気がします。
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延岡駅を出発。宮崎ともこれでお別れです。
ところで、特急にちりんと特急にちりんシーガイアはどう違うのか分かりませんが、延岡から臼杵まで利用したにちりんシーガイアは車内の雰囲気がけっこう古びた感じ。心なしか揺れもがたがた大きいような気がしました。たまたまそういう車両だったのかもしれませんが、ちょっとイメージが下がったかもしれません。
さて、明日から最後のおまけ大分二日は臼杵と湯布院です。
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