2022/09/04 - 2022/09/04
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まつじゅんさん
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読売新聞社のわいず倶楽部から、大阪万博’2025に向けて、1970年に開催された、懐かしのEXPO’70の記録映画上映会の案内が届きました。
EXPO’70は、私が中学校入学時に開催された一大イベントで、思春期真っ最中の私にとって、ホント衝撃を受けたイベントでした。
奈良に住んでいたので、鳥取在住の奥様より、割合身近に学校の遠足やボーイスカウト関係等もあり、計5~6回は見学できました。
幕構造やメタボリズムの考え等、建築に凄く興味が湧き、線を引いて遊んでいたという下地もあったのでしょうが、現在に至る建築の道に進む事を決心させてくれたと思います。
上映は北浜にある、大阪府の施設「エル・シアター」(大阪府立労働センター)で行われたので、予約した駐車場から会場に向かう途中、初めての北浜(ほんの一部ですが・・・)を歩き、上映後は天満橋のカフェで休憩してきました。
天満橋は、人間ドックを受診している病院や、春の造幣局の通り抜けには何度も来ている場所ですが、古くからの歴史を持つ、味わいある街でした。
公式長編記録映画として、DVD化もされているようですが、やはり大画面で見ると迫力が違いますね。
映画は、1970年3月13日の雪の大阪千里丘陵から始まり、9月16日閉幕翌日の無人となった会場シーンまで、180余日間を延べ18,000余名のスタッフにより撮影されたフイルム長さは、100,000m以上になるそうです。
1971年製作・173分
配給:ダイニチ映配
総ブロデューサー:田口助太郎氏
監督:谷口千吉氏
企画:日本万国博覧会協会
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この辺りは、熊野街道の起点のようで、天満橋附近(摂津大坂の渡辺津)を起点に、四天王寺、住吉大社を経て、紀州街道よりも山沿いを通る街道で、泉佐野市瓦屋村~和歌山間は、雄ノ山峠を経由し、紀州田辺を経て中辺路または大辺路によって熊野三山へと向かう街道です。
京都から、渡辺津までは淀川を舟で下っていたようです。
紀伊山地の熊野三山(高野山、吉野・大峯)は、自然崇拝に根ざした神道と、中国伝来の仏教が、独自の展開を見た修験道等、多様な信仰の形態が育んだ神仏の霊場となっています。 -
釣鐘屋敷跡という幟が立った建物がありました。
1634年、3代将軍家光が大坂城に来た際、大坂町中の民衆に、今でいう固定資産税(地子銀)の永久免除を約束し、その恩恵に感謝して鐘楼・釣鐘をつくり、町中に時を知らせたそうです。 -
この鐘楼は1870年に撤去され、釣鐘は大阪府庁屋上に「大阪町中時報鐘」として保存されることになりました。
その後1985年に、地元有志の努力により再び元の釣鐘屋敷地へ戻され、鐘楼も新たにデザインされた斬新な建物が建てられました。 -
この周辺の「釣鐘町」という町名は、この釣鐘が由来となっています。
釣鐘は370年以上経った今も現役で、1日3回鐘の音で時を報せていて、その音は梅田界隈まで響いているようです。
大阪府の指定文化財となっています。 -
鐘楼の地下部には、大阪府の指定文化財認定証や、写真等も展示されています。
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釣鐘から西に進むと、高麗橋の碑がありました。
この橋は、大坂城築城に際して、西惣構堀として東横堀川が開削された際に架橋されたと言われており、1604年8月銘の擬宝珠が発掘されているようです。
橋名の由来は、諸説あるようで、東詰付近に難波高麗館が置かれていた説や、朝鮮国使来朝のために架橋された説等が有力のようです。 -
大坂に12あった公儀橋の一つで、かつてこの辺りは豪商の店舗が立ち並び、商都 大坂の心臓部であったようです。
江戸時代には、西詰に高札場が設置されていて、京街道、中国街道、暗越奈良街道、紀州街道、亀岡街道等の起点が高麗橋に変更され、明治政府はこの高麗橋東詰に里程元標を置き、西日本の道路の距離計算の起点としていました。 -
ちょっと早めのランチに、天満橋に向かいます。
トラジャコーヒー 京阪シティーモール店で、モーニングと珈琲を頂きます。
アイスコーヒー+ソフトと、ハムチーズトーストのモーニングセットを頂きました。
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豊臣氏大坂城内武家屋敷跡というプレートが、エル・シアター南館の植え込みにひっそりと建っていました。
1987年8月から11月にかけ、建設に先立ち、16世紀の桃山時代に築城された豊臣秀吉による大坂城跡の発掘調査が実施されました。
この地域は、大坂城の惣構内に位置し、有力大名の屋敷があったと推測されていましたが、調査の結果、1615年大坂夏の陣で焼失した武家屋敷の遺構(門の礎石とそれに続く築地塀基部の石垣)が見つかったようです。
規模・構造とも、優れた有力大名の外構施設とみられ、現在の道路と同一方向で、当時の地割を考えるためにも貴重な遺跡として、発掘された遺構をポルチコ(建物の玄関に誘導する柱列、ポーチ)の一部として地上に移設、保存活用されているようです。(但し、位置は、建物との関係で若干移動しているそうですが・・。) -
ワイズ倶楽部は、大人の部活動と言うコンセプトで、50歳以上が入会対象で、シニア世代の枠を超えて「大人が自分らしく輝ける」という催しや企画、活動を目指したもので、新聞購読者でなくても加入できるようです。
今回は、1970年大阪万博の公式長編記録映画「日本万国博」の上映会ということで、年代的には60歳代以上が一番懐かしく思う気がします。 -
エル・シアター(大阪府立労働センター)概要
客席:801席(車椅子スペース含む)、589m2
舞台:間口13m 高さ6.5m 奥行き8m 210m2
ホールや会議室に加え、大阪府の仕事関係オフィスが集まっているようで、若者サポートステーションや、大阪東ハローワークコーナーがあります。
また、大坂城跡の発掘調査出土品もロビーで展示されています。 -
色々な講習会や、資格試験の会場となっています。
電気工事士や土木施工管理技士の受験講座も開かれていました。 -
エル・シアターは2階です。
開場されたので、まいりましょうか。 -
簡素な案内看板が立っていました。
もう少し目立つようにした方が、良いと思いますが。。。 -
開場すると直ぐに席が埋まり始めます。
マズマズの入りで、6~7割位の席が徐々に埋まっていきます。
年齢層が高い為か、せっかちな人が多い気がします。
開園10分前には、ほぼ入場予定者が席に着いて、開演を待っています。
映画は、1970年3月13日の雪の大阪千里丘陵から始まり、9月16日の閉幕翌日の、無人の会場シーンまで、延べ18,000名のスタッフにより、100,000mものフィルムに記録されたものです。
製作:1971年
上演時間:173分
原題はExpo'70、1971年4月3日劇場公開。 -
ストーリー:
開会式の厳粛な儀式から、華やかなお祭りに転調する鮮やかな色彩や、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国のパビリオンから、スカンジナビアの国々の古い文化、そして人気を二分したアメリカとソ連館の映像等、建築オリンピックといわれる位の、アイデアと技術を具現化したパビリオン群を見ていると、懐かしく当時の記憶が蘇ってきました。
次に、花まつり、象まつり、民族舞踊、サーカス等の祭りやイベントの様子と、そこに集まる肌、瞳の色や、言語の違う人達の触れ合いの映像と共に、インドの世界で34頭目の白い虎、ニュージーランドの羊の丸刈り実演等の様子が紹介されていました。
展示では、アメリカ館の月の石や、日本の企業館では、全天スクリーンという映像革命に挑んだみどり館アストララマや、三菱未来館の空中都市、サンヨー館の人間洗濯機、松下館のタイムカプセル等、見どころの多かった展示が紹介されていました。
美術館、日本庭園、日本館の「人類の進歩と調和」を日本人自身に問いかける等、本当に見ていると、私にとって未来都市だった気がします。
国連館では、当時のウ・タント事務総長が平和の鐘を打ち、閉会の日の雪景色から桜、新緑から盛夏へ、更に爽涼の秋まで、会場の四季を追いかけたカメラは、会場の全期間で撮影し、100を超えるパビリオンと、人類の未来にかける希望をこめた、大阪千里丘陵の国境のない世界の様子を映し出していました。
結構長い映画でしたが -
ロビーでは、読売新聞社の報道展「読売新聞が伝えた1970年万博」が開催されていました。
当時の新聞を元に振り返ろう・・、という事のようですが、183日間、入場者数延べ6,422万人という、大盛況となりました。 -
1970年3月15日の朝刊一面は「千里の広場・・世界を一つに」。
夢と希望が溢れる見出しですね。 -
1970年3月16日の朝刊は、「人出伸びず」「予想下回る27万人」が大見出しとなっていたとは・・・、知りませんでした。
ところが閉幕1週間前の9月7日の一面は、あまりの人の多さに「万国博殺人ラッシュ」です。
終電に乗り遅れた人達が、お祭り広場で雑魚寝する様子が記事となっていました。 -
映画終わりに、駐車場に向かう途中に周辺を散歩しました。
気になる看板発見、これは何でしょうか。 -
と思っていると、水陸両用バスが出発していきました。
この水陸両用バスで、大阪の町を案内ツァーで、水の都大阪の新名物のようです。
コースは御堂筋を南下し、馬場町のNHKから大阪城を横目に北上し、曽根崎通りを超えた辺りで大川へスプラッシュイン、天満橋折り返しで水中を走り、陸に上がり源八橋から扇町通りを通り、天神橋筋を南下して戻ってくるという、約1時間のツァーです。
ちなみに、大人3,000円だそうです。
川沿いの道を散歩し、駐車場まで戻り、無事帰着いたしました。
本日、これまで。
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