2022/11/10 - 2022/11/19
10位(同エリア24件中)
広島れもんさん
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- 旅行記38冊
- クチコミ7件
- Q&A回答0件
- 36,110アクセス
- フォロワー15人
アッシジから花の街スぺッロ、そしてドゥオーモにフィリッポ・リッピの絵があるスポレートへ向かいます。スぺッロには私の好きなピントゥリッキオの絵があるサンタ・マリア・マッジョーレ教会があり、そこへ行くのも今回の旅で楽しみにしていたことのひとつでした。
*横長の写真はクリックすれば大きく鮮明に見えます
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝7時くらいには明るくなるので散歩に出かけました。行くのはサンタ・キアーラ教会のテラス、朝の景色を見たかったからです。
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空は明るく少しピンクがかっています。
サンタ キアーラ教会 寺院・教会
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が、すぐに霧が出てきました。
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聖フランチェスコの生家があった場所で、1615年にフランチェスコ会がこの家を購入しフェリペ3世の支援を受け教会へ改修したものだそうです。
ヌオーヴァ教会 (アッシジ) 寺院・教会
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教会の広場で寝ていたライオン像
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Trattoria degli Umbri の前には今日の食材が届いていました。
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ホテルの朝食、大きめのタルトやパウンドケーキを好きなだけカットしていただきます。実は昨日の夜から胃が重くて、胃薬を飲んでしまいました…。甘い朝食も半分しか食べられませんでしたが、住み込み?でホテルを管理している女性の可愛い息子さんが朝ご飯を食べに来ていて、隣の部屋だったのですが写真を撮らせていただきました。
イタリアの子供さんってほんと子供の頃からポーズを決めたり、すごくカッコいいんです。聞けば今日が6歳の誕生日だとかで何かないかなと頭を巡らし、キプリングのバッグについているモンキーのぬいぐるみをお母さんに渡しました。そうしたら彼が部屋まで来てお礼を言うんです。ほんとに可愛いぼっちゃんでした。 -
部屋の窓から見たキアーラ教会。まだ霧の中です。モンテファルコへ行くのなら8時にはホテルを出ないといけなかったのですが、予定が変わりおまけにお天気もよくないのでゆっくりして9時40分のバスに乗ることにしました。ホテルの他のお客さん(チェスの大会で2週間も滞在しているというお隣の部屋の方)や管理している方とずっとお話していて、チェックアウトする時市税だけ払ったのですが、後でとんでもないことに…。
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マッテオッティ広場の近くも石を積み上げた家が並んでいます。
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ロッカも見えました。
バスは薄い霧の中、街を下っていきます。またいつか来たい、そう思った瞬間でした。アッシジ駅に着きキオスクで荷物を預けましたが、レジカウンターの向かいの棚の裏に置く場所が作ってありました。(大きなキャリーバッグはカフェで預けている人もいました)日本のようにコインロッカーがないので、荷物を預かってくれるのはほんとうに助かります。 -
駅前の通りを西に向かってマクドナルドの前で左折し線路の地下を渡り、アンジェリ教会前のお店の並んでる通りをずっと進むと大きな教会が見えてきました。全体を写すために広場の端までバックしなければならないほどです。
ここアンジェリ教会はイタリアでも最大級の大きさの教会で、フランチェスコが修道会を開きそして暮らし生涯を閉じた場所のため巡礼者が絶えないそうで、17世紀に完成しました。サンタ マリア デリ アンジェリ教会 寺院・教会
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ここにもおられました。サンダルがよく写っています。
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きれいな木製の扉がありました。
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イチオシ
内陣の中央部、クーポラの下に ”ポルツィウンコラ” はありました。”ポルツィウンコラ” はフランチェスコが布教を始めて間もない頃に譲り受けた小さな礼拝堂で、当時はアッシジの町から遠く離れた野原にぽつんと立っている礼拝堂だったそうです。華やかなフレスコ画はあとで描かれたもの。
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”ポルツィウンコラ” 内部
ここで信者を集めてお話をされていたのかと思うと、急に当時の様子が浮かんでくるようでした。 -
裏側にも小さな部屋が…。
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イチオシ
フランチェスコが亡くなった ”トランジト礼拝堂” 、1226年10月3日のことでした。内部にはフランチェスコの彫像があり、フランチェスコがしめていた腰紐も納められていました。
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キオスクの店内です。ちょこっと背中が見えるのがここのご主人。列車の切符も販売されるのですが、トレニタニアは4時間以内なら途中下車できると聞いていたので、
11:30アッシジ発 11:37スぺッロ着 スぺッロ観光
14:27スぺッロ発 14:58スポレート着 と書いた私のスケジュール帳を見せて、アッシジからスポレートまでの切符でいいか聞いてみたところ、OKが出ました。別々に買ってもそんなに違わないのですが、途中下車できることを確かめたかったしすごくいい方でよかったです。 -
手に持っているのが発行してもらった切符。レシートのようですが、ホームで待ってる方が刻印するんだよと教えてくれたので、忘れることなく刻印しました。
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この風情あるホームともお別れです…。
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スぺッロの街が見えてきました。列車が止まると自分でボタンを押さないとドアが開きません。押しても開かないから困っていたら、止まってすぐは開かないみたいでそばにいた方が押してくださいました。1人だったら焦っただろうな…。
荷物を預けたかったのに、スぺッロの駅は無人駅でした…。おまけにトイレもない。駅前にバールもない(駅前のバールで荷物を預かってくれるところもあるんでです)。仕方ないので重い荷物を背負って旧市街へ向かいました。 -
駅から歩いて10分余りで ”コンソラーレ門”に着きました。 紀元前1世紀、コンスタンティヌス帝の時代に作られたもの。
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門のアップ。崩落の危険があるためか、通行は禁止されていました。
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イチオシ
スぺッロは ”花の街” 有名で、路地のいたるところが花で飾られていました。町全体で取り組んでるのでしょうね。
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街の入り口はとくにきれい。
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中心部に続く道
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ちょっとした路地にもこんなに!
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”サンタ・マリア・マッジョーレ教会”
ここがピントゥリッキオの絵のある礼拝堂 ”バリオーニ礼拝堂” がある教会ですが、開いていません。右手に向かうともう一つドアがあり、そこには… -
礼拝堂の入り口はこちらと矢印があり、その上に今日15日から18日までお休みという張り紙があるではありませんか!昨日アッシジのホテルで確認した時は日曜だけお休みとあったのですが、くぅ~重い荷物を背負ってきたのに…。
この教会のすぐ先にもピントゥリッキオの絵がある ”サンタンドレア教会” があったはずなのですが、それさえも浮かばないほどでした。 -
教会のすぐ先にあるランチする予定だったレストラン。ピントゥリッキオの絵が見れないならそういう気にもなれず…。
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この街の中心 ”レプッブリカ広場”
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広場にあるフランチェスコ像は今の私のよう…。ちなみに後ろの建物にあるのはポストイタリア、ここから絵葉書を出しました。またここをぐるっと回ったところに無料の公衆トイレがありましたよ!
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街の下の方へ下る道
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お昼を過ぎたので広場にあるハムなどを扱うお店に入って、入口に書いてあった CRESCIA を買うことにしました。CRESCIA はウルビーノあたりでよく食べられているパニーニのことで、薄いパンにハム類をはさんだものなんです。
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実はお昼になってもまだ胃がもどってはいなくて、リゾットかスープがよかったんでしょうがサラミにつられてサラミのパニーニを頼んでしまったのです。広場のベンチで広げると結構大きくてサラミもびっしり…。CRESCIA のパンはあたためてあったけど美味しくない…。でも半分以上食べてしまったのでした…。
ほんとうなら坂を上ってこの街の名所である ”ヴェネーレ門” や ”アルチェ門” にも行きたかったのですが、12:55の列車に間に合うとわかり急いで街を後にしました。スぺッロからスポレートまで直通なら30分ほどですがこの列車はフォリーニョで34分も止まります。でも次は1時間後なので時間のつぶしようがないからです。荷物を預けていたら街歩きも楽しかったと思いますが…。(フォリーニョの駅は待合所もあり、暖かではなかったけど荷物が下ろせてよかった) -
スポレートに着きました。駅から街の中心へ歩いていくと、ドゥオーモとアルボルツイアーナ要塞が見えてきました。雨の後でもやがかかっています。
スポレートの街は紀元前223年にフラミニア街道が通るようになって発展していきましたが、ローマ帝国の崩壊後はさびれてしまいました。6世紀にロンゴバルト族がこの地にスポレート公国を建てた後も長く栄えましたが、13世紀の後半にはウンブリアは教皇領となり、スポレートはイタリア統一まで教会の直轄領だったそうです。このような変遷のため、各時代の遺跡などが残っている街です。 -
旧市街へ入る門をくぐってガリバルディ通りを進みます。その先は坂の路地に入っていくのですが、途中まではお店の名前を頼りに進めていたのに、住宅地になると目印になるものがなくどこで折れたらいいのかわからなくなって立ち往生…。買い物帰りらしい地元の方にホテルの名前を言うと、私の家の近くよ、ついてらっしゃいみたいに道案内していただきました。
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大きな彼女の家からほんの1分で着いたのが、今日の宿 ”il Panciolle" です。ドゥオーモから近くレストランも併設していて、何よりお庭からの眺めがいいと口コミにあり決めた宿でした。
シングルルームを予約していたのに、広い部屋にしておいたわと通された部屋はキングサイズのベッドのある暗い部屋…。バスルームを確認すると、シャワーはトイレの前についているけど扉がありなんとか使えそうでほっとしました(笑)スポレートには1万円くらいで泊れるホテルがたくさんあるのですが、経費削減のため二つ星を選んだので仕方ありません…。 -
さっそくドゥオーモへ。ホテルからドゥオーモへ行く道はいくつもあるのですが、私は目の前のスパーニャ通りから行くことにしました。
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イチオシ
ドゥオーモへ折れる道の先には、建物と建物をつなげるアーチがかかっています。ここは中世以降の建物で通路も装飾してありますが、街中には古い石造りの建物同志をつなげたアーチもたくさん残っていました。
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イチオシ
道を折れた先に広がっていた景色、雨上がりの曇り空で決していいお天気ではなかったけれど、来てよかったと感じた瞬間でした。階段の上部は狭いのですがだんだん広がって広場へつながっています。
ドゥオーモ (スポレート) 寺院・教会
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8つのバラ窓とビザンチンのモザイクが特徴のこのドゥオーモは、12世紀に神聖ローマ皇帝フリードリッヒが初期キリスト教時代の聖堂を壊したあと建てられたもので、ファサードと鐘楼はロマネスク様式、下のポルティコはルネサンス様式で15世紀に付け加えられたものです。
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ドゥオーモ内部、大きくてきれいな教会です。中央には入れませんでしたが、床はコズマティー模様でした。
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イチオシ
後陣を飾るのが1466年から69年にかけて描かれた、フィリッポ・リッピの ”聖母の生涯” です。フィリッポ・リッピはプラ―トの大聖堂の仕事の後この仕事引き受けましたが、2年後に病に倒れ当時まだ12才だった息子のフィリピーノと工房の弟子たちに後を任せます。亡くなったのは69年のことでした。
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イチオシ
”聖母戴冠”
”聖母戴冠” は聖母マリアが天に召され父なる神から冠を授けられるシーンで、真っ青な空のような天空に浮かぶ二人を取り囲む天使やたくさんの人たちから祝福されている様子が描かれています。(この部分は息子が跡を引き継いで完成させたそうです)
お天気も悪く夕方だったこともあって、照明をつけないと細部は見えづらい状態でした。 -
左に ”受胎告知”
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右に ”キリストの誕生”
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そして中央に ”聖母の死”
この絵の右手にフィリッポ・リッピは自身と息子、そして工房の弟子2人を描いていますが、12才とはいえ大人びたフィリピーノ。そしてこの仕事の代金を取ってしまった弟子は案外やさしそうに描いています。 -
今日はこの絵だけ見て帰途につきました…。ドゥオーモから坂に向かう道も絵になっています。
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その後ちょっとだけ街歩きをして着いたところはメルカート広場でした。中央にあるのは ”ピアッツアの噴水” 、18世紀に作られたもの。
このままホテルへ帰り19時半に夕食の予約をして部屋に入りましたが、重い荷物を背負って2つの街を歩いた疲れが出て、テレビをつけてちょっと休もうとベッドに横になりました…。目が覚めたのは 9時、”ドンドンドン”と部屋のドアをたたく音が聞こえたからです。ドアを開けるとレストランの方らしい女性が”予約してるけどどうするの?”みたいにちょっと憮然としてる…。実はお昼に食べたCRESCIAが夕方まで響いていて起きた時もまだ胃が重かったため、”すごく疲れて寝ていた、食事もできない”と丁重にお断りして帰ってもらいました…。
実はホテルにあるレストランはグリル料理が名物らしく予約した時も大丈夫かなと思ってはいたんですが、結果的にはこの夕食を抜いたことでどうにか体調が戻ったのでした。メルカート広場 広場・公園
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ホテルの部屋から前の通りを見たところ、黄色く色づいた葉がきれいです。昨日はよく寝てすっきりと目覚めました。
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朝の散歩はドゥオーモ通りからドゥオーモへ行ってみました。スポレートを初めて知ったのはBS日テレの ”大人のヨーロッパ街歩き”という番組で、スポレート在住の日本人の方の案内でこの道も紹介されていました。(登ったところから坂を見下ろしています)
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ドゥオーモの坂を上った右側にサンテウフェーミア教会の後陣が見えます。
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建物の入り口にこんなプレートが…。教会を囲むように宮殿が建てられています。そして入口は開いていたんです。
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静かにそっと入りました。12世紀のロマネスク様式の教会です。
サンテウフェーミア教会 寺院・教会
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教会を囲む建物の回廊
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”PIAZZA DEL MERCATO”
前日メルカート広場から帰る途中に見つけたエレベーター乗り場の確認に行ってみました。スポレートの地図には3つの路線のエレベーター乗り場が載ってはいるのですが、実際にどういうところにあるかがあまりわからなかったのです。ここならホテルから近いし使える! -
ホテルの朝食はほんとうに簡素なものでしたが、体調が戻ったばかりだったので十分でした。
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口コミにあった庭へ出てみました。赤い葉がテーブルの上に落ちて、まるで並べているよう…。
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下のおうちの庭も手入れが行き届いていました。
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イチオシ
右の奥の方にはドゥオーモの鐘楼も見えます。ほんとに絶景!
この後チェックアウトをしたのですが、サイトで事前に支払いが済んでいると思っていたのに請求されたのです。アッシジでも支払いはなかったので同じだと思っていたのですが、私の宿泊情報が出ているPC画面を見せてくれて、 ”宿泊代金は本人が払う” というような文が書いてあったのでした!
私が今回の旅で使ったサイトは2つあり、ローマはBookingcom、アッシジとスポレートはホテルズコムでした。どちらもキャンセル可の予約でしたがBookingcomは数日前にカード決済される仕組みで、事実出発の数日前に ”支払いが完了しました” というメールが届いていたのです。私はホテルズコムの方も同じような決済方法かと勘ちがいして、アッシジのホテルで請求がなかった時も何も思わなかったのでした。
まずここの支払いを済ませアッシジのホテルはどうしようと考えましたが、英語力もなく現地に行けるわけでもないので帰国してからメールしてみることにしてホテルを後にしました。(帰国後すぐにメールしたところ、管理人ではなく経営者の方からメールが届いて、方法を考えます、その後登録しているカードで決済できましたと返事があり、カード決済の画面も添付してくださってました) -
ホテルから近い ”ピアンチアニ広場”。何でもこの広場の先の階段に車がぶつかって、階段の一部が損傷したことがあったとかイタリア旅のサイトに出ていましたが、この奥にエレベーターの乗り場があるらしいのです。
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行ってみるとたしかに左手に乗り場がありました。帰り道、坂を下るのはそんなに大変ではないかもしれないけど、ここの方がホテルからすぐだし使えるかも。
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マッツィーニ通りにあった洋服屋さん。Tシャツがカッコよかったのでお土産に購入しましたが、疲れていたのかお店の年配のご主人が言われるイタリア語の値段が聞きとれずに往生しました…。
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スポレートにはフォンテヴェッラ通りやヴィジアレ通りなど重厚な石造りの街並みが残っているところもありますが、旅の終盤に差し掛かると迷って体力をロスすることの方が怖くて、マッツィーニ通りのような目抜き通りを通ってリベルタ広場に着きました。広場の西側には ”ローマ劇場跡”が見えます。その後ろに見えるのはロマネスク様式のサンタアガタ教会の修道院です。
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ブリニョーネ通りを進むと見えてくるのがサンタンサノ教会で、右へ行くとモンテローネ門があり古代ローマ時代の城壁の門の1つだったそうですが、左折して教会へ接して建つ ”ドゥルススのアーチ” へ。
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”ドゥルススのアーチ” は紀元前1世紀に建てられたもので、ここが古代ローマ時代の広場への入り口でした(通りを行くとメルカート広場)。サンタンサノ教会の左側面の下には、紀元1世紀の神殿跡の遺跡も残っていますが、道沿いは工事中でした。
ドゥルススのアーチ 建造物
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メルカート広場からムニチピオ通りを通って、カンペッロ広場へ来ました。風情のある広場です。ここを下ればドゥオーモ前の坂に着きます。
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今日は ”聖母戴冠” の他にも見たかったピントゥリッキオの絵をいちばんに見ました。右側廊の第1礼拝堂、半円の天井には ”父なる神”、中央に ”聖母子と洗礼者ヨハネ、聖ステファノ”、そして下には ”ピエタのキリスト”。
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イチオシ
繊細な人物を描くことで何を表現したかったのでしょう?ヤシのような木が立っていますが背景の街はどこなのでしょう?力のある絵と違い、やさしさが伝わってきます。
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後陣の横にパイプオルガンもありました。1769年から1770年にかけて13歳のモーツアルトは父親とイタリアへ旅をしています。それは当時イタリアのオペラ作曲家や演奏家がヨーロッパ中で活躍していて、父のそれを現地で感じさせたいという思いと、モーツアルトの才能を世に送り出したいという思いがあったようです。
イタリアへ入った親子はヴェローナ、マントヴァ、ミラノ、ローマ、ナポリと滞在した街で演奏会を開いたり、新しい曲を作って発表し拍手喝さいを浴びるようになります。歌劇場の多いイタリアの街での滞在が、青年期のモーツアルトにとってたいへんな刺激であったことは想像がつきますね。その中で6月にローマをたってボローニャへ向かう途中にスポレートにも滞在した記録が残っているそうです。もしかしたらこのオルガンも弾いたかも?と思い、見てしまいました。 -
何度見ても美しい ”聖母戴冠” 。これ以上の構図はないような素晴らしさです。
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右翼廊から帰ろうとしていると、来ていた人に ”フィリッポ・リッピ” のお墓だよと教えてもらいました。事前に調べてノートにも書いていたはず…。左の壁面にフィリッポ・リッピの顔の彫刻があり(写真はぶれていました…)、フィリピーノ・リッピが造ったと説明文も出てました。成人した後スポレートを訪ねて制作したものだそうです。(フィリピーノ自身はフィレンツェに帰ってからは父親の弟子ですでに独立していたボッティチェリに弟子入りしたそうです)
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再びカンペッロ広場へ戻って進むと ”アルボルノツィアーナ要塞” の入り口が見えてきます。
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スポレートにおけるローマ教皇支配を強化する目的で、14世紀にアルボルノス枢機卿によって建てられたこの城塞には当時の歴代教皇たちも滞在したそうですが、教皇の支配が弱まった18世紀には廃墟同然になり、その後兵舎や刑務所として使われたこともあったそうです。そのため内部のフレスコ画は傷みがかなりありました(前述の番組)。そのため入らないことに…。
アルボルノツィアーナ城塞 (国立スポレート公国博物館) 建造物
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ロッカ通りから ”塔の橋” を目指しますが、高台なので眼下の景色がきれいです。
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遠くにサン・ピエトロ教会が見えます。のどかな風景です。
サン ピエトロ教会 寺院・教会
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”塔の橋” が見えてきました。
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テッシーノ川の上にかかる10のアーチを持つこの橋は14世紀に建設され、川を渡る役割と城塞に水を供給する水道橋の役割を持っていたそうです。(中央部の橋げたの中には見張り台もあったそうです。窓らしきものは見えました)
塔の橋 建造物
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歩いて渡れる側が補強工事中…。歩道の手すりが高くなくて怖いという口コミがあり高所が苦手な私は入口だけと思っていましたが、渡れないと分かると渡りたくなっていました。作業の方の腰の下くらいまでしかないから女性だと腰の上くらいかな?(笑)
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橋から引き返すことも考えたのですが、ジョギングしている同じ人に2度会ったのでこの道はぐるっと回ってるとわかり、進んでいくとドゥオーモが見えてきました。
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するとドゥオーモの上のエレベーター乗り場が見えたのです。
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この看板でエレベーターが市内のどこにあるかよくわかります。これで下ると街の東側へ行けるとわかり、開いていないことは知っていたけど ”サン・サルヴァトーレ聖堂” へ行くことにしました。
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”PONTE PONZIANINA” に着いたところ。エレベーターの右手にトイレもあります。
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帰りは3番線のエレベーターに乗ってホテルまで帰ることに決めました。
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橋を渡って川沿いを進みます。
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イチオシ
曇り空ですがドゥオーモと城塞がよく見えます。
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街中を外れるとき一人だけ現地の方に道を尋ねましたが、進んだ先には墓地の裏側が見えるだけでまた元に戻ると看板を見つけました!私は街の中心部近くまで来てヌルシナ通りへ右折したのですが、ひとつ手前のちょっと寂しいチェザーレ・ミケリ通りへ曲がらなければいけなかったのです…。
手前にある ”サン・ポンツィアーナ教会” の看板もありましたが、その教会は今は宗教施設として使われているようでした。 -
そこから緩い坂を上がって先ほど見た墓地の前を通り過ぎてようやく、世界遺産の ”サン・サルヴァトーレ聖堂” 、に着きました!コロナのため閉鎖中で工事の方がおられるのみでしたが、ファサードへ回ることは許していただけました。
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もともとキリスト教の初期、4~5世紀の教会があったところで、当時の建材を利用し中世に建てられ教会ですが、ファサードと後陣にはその頃のものが残っているようです。2011年にイタリアのロンゴバルト族の繁栄を伝える地として、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。(ファサードの正面には墓地に降りる階段があります)
入口付近は8世紀のロンゴバルト様式で、シンプルな中にレリーフやアーチ状の装飾が残っています。サン サルヴァトーレ聖堂 城・宮殿
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旧市街への入り口、ヴィット―リア広場に豚の丸焼き ”ポルケッタ”などを売っているお肉屋さんのトラックを発見!同じお店かわかりませんが、テレビでも紹介されていました。ポルケッタは大きな豚肉をハーブなどとともに巻いて丸焼きにしたもので、そのままでもパニーニにしても美味しいのです。今晩はホテルで食べる予定だったので早速購入しました。
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広場から外側のインテルナ・ムーラ通りに出てエレベーター乗り場の ”POSTERNA” に着きました。ここにはバス停もあって、ここから駅へ向かえば帰りは楽だなと思ったんですが…。(乗り場はこの奥)
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大通りから入ったところには広い駐車場もあってトイレもあると表示がありましたが、どこかわからなくて駐車場の事務所で聞くと少し奥へ入った左手でした。(ここはスロープのエレベーター)
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ホテル近くの ”PIANCIANI” で降ります。ちょうどお昼前、ホテルに預けていた荷物を受取り近くのレストランへ。
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”La Torretta” が今日のランチの場所です。スポレートは食の宝庫ウンブリア地方にあり、音楽祭などもあるためか評価の高いレストランが多いのですが、値段も手ごろで口コミや写真を見て決めたお店なんです。開店前でまだみなさん、賄いを食べていらっしゃいましたが少し雨も降ってきて寒いなと思っていたら中に入れて下さいました。
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店内はけっこう広いです。向こう側がメインの部屋?、こちらはサイド側です。
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落ち着いた店内でセンスも感じられます。
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サイトでメニューを見ていたので、前菜は盛り合わせにしてパスタは手打ちのストランゴッツィのフレッシュトマトソースというのを選びました。ワインは行けなかったモンテファルコのものがありそれに。
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まず、前菜。冷たいもの温かいものが盛り合わせてあります。トリュフのブルスケッタ、牛肉のタルタル、赤玉ねぎのパイ、厚めに切った生ハム、チキンの上にきのこがのっているもの、エルバッツィオーネ(フダン草など青菜のパイ、繊維が細い青菜でした)、中央は説明してもらったけど覚えるのに忙しくて忘れてしまいました…。
全部美味しい~!いろいろな味が楽しめるという点でも今回の旅行でいちばんの前菜になりました。 -
ストランゴッツィというのはウンブリア地方のパスタでアッシジでいただいたのはちょっと太めだったのですが、このレストランのは細めのタリアテッレくらいでとても食べやすく、フレッシュなトマトソースに唐辛子が効いてピリッとしてとっても美味しいパスタでした!
このレストランのオーナーの方でしょうか?給仕をして下さった方がとてもスマートな気配りができる方で、私が前菜を一つづつ味わってる時もそばに来て説明をして下さったし、パスタの味も知りたそうだったので ”Picanto、Mortobono!” と言うととても満足そうでした。 -
レストランを出たら雨が本格的に降り出していましたが、エレベーターの駅まではほんの1分。そのままスムーズにいくものと思ったんですが、POSTERNA に着いてバス停に止まっていたバスに駅に行くか聞いたところ、1:40に来るとの返事。まだ20分以上あります。折り畳みの傘では濡れるくらいに降ってきたので街の入り口のロータリーに行けばタクシーがいるのではないかと思い、行ってみることにしました。
地元の人に乗り場を聞いて立っているとすぐにタクシーが来て、駅まで3分くらいで着いてしまいました(歩けば10分以上かかります)。いくらですか?と聞いたら、なんと15ユーロ!日本円で2000円近くです。タクシーに乗る時は事前に値段を聞いておくというのがイタリア旅行の鉄則だったのに、油断していました。高すぎると言ったら、駅からCentro Storico まで15ユーロと書いた紙を見せられ、これは旧市街どこへ行っても15ユーロと決まった値段なんだとあきらめお支払いしました…。
ローマまで帰る列車が15時過ぎまでないので待合室にいましたが、あの距離で15ユーロ使ったことがショックで何も飲みませんでした(笑)。この靴はアッシジ、スポレートの坂道歩きで活躍したColombiaのトレッキングシューズ。防水が効いていることと靴底が厚いのでローマでも履いた方がよかったかもしれません。 -
あたたかい列車で寝たのでテルミニ駅に着いてCONADへ。お土産物選びと今日からの2日間の食料の買い出しです。果物売り場のそばにあるサラダコーナーに足を止めていると、向かい側に日本人らしきカップルが…。”日本の方?” と聞くと、新婚旅行でヴェネチア、フィレンツェと旅をしてローマに着いたところで、あちこちで食べ過ぎて食欲がないからと同じようにサラダを選んでおられました(笑)。
私は大きなサラダボールに、温かいお料理があるコーナーでアランチーニと豚肉のコトレッタ(ミラノのコトレッタは牛肉)を見つけ、そばのパンコーナーであまり美味しそうじゃなかったけどサンドイッチにできそうなフォカッチャも買いホテルへ帰りました。
預けていた荷物を受取りエレベーターに乗ったのですが、後から入って来られた美しい母娘さんが私の手提げの中のサラダボールを見つけて、”それどこで買ったんですか?”と尋ねてきたんです!話せばお二人も胃がお疲れのようで、駅の地下の場所を教えてあげて別れました。
今日から2泊するのはこれまでの部屋と違い少し狭いのですが、新しい感じのきれいな部屋でした。ホテル ノード ヌオヴァ ローマ ホテル
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シャワーベースの扉もしっかりしています。
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今日の晩御飯はまだ少し温かかったアランチーニと豚肉のコトレッタにサラダと豪華!サラダはボールいっぱいのミックスリーフにオリーブ、サイコロ状のカテージチーズでオリーブオイルとバルサミコ酢にお塩がついているだけ。多かったので半分はタッパーに入れて明日の朝食用に残しました。
翌朝はコトレッタでカツサンド!フォカッチャは全然美味しくなかったけど、コトレッタが美味しくていい朝食でした。
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