2022/11/10 - 2022/11/19
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広島れもんさん
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ローマから行きたい街としていちばんに浮かんだのがアッシジでした。世界街歩きでも紹介され巡礼の街として有名です。調べて見るとローマから普通列車で2時間余り、沿線にはスぺッロやスポレートなど教会に有名な絵がある街もあり、2泊3日で訪れることにしました。
漠然としか知らなかった街アッシジは、静寂の中に中世が息づいている静かな祈りの街でした。
*横長の写真はクリックすれば大きく鮮明に見えます
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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アッシジへ行くためにイタリアの国鉄”トレニタニア”のサイト(http://www.trenitalia.com)で時間を調べたところ、5:47と6:52の2本は途中フォリーニョで乗り換え、8:02発だけ直通でした。早起きには自信があるけど、この日はキャリーケースをホテルへ預けるために荷造りがあり、余裕をもって7時前の便を選びました。RVという準急なので指定券は必要ありません。
アッシジへ行かれた方が”テルミニ駅のホームの端の端だった”というように書かれていたので、チケットもあらかじめオンラインで購入し6時半にはホテルを出ました。駅について電光掲示板で電車番号からホームを確認、やはり1ESTとあります。以前はホームにはフリーで入れ車内で検札があったのですが、TICKET CONTROLという改札ができていてバウチャーのQRコードを読ませて入るようになっていました。
1ESTは1番ホームの奥なので、横をずんずん歩いていきます。(ちなみにこの時間の1番線にはボルツアーノ行きのフレッチャロッサが止まっていました)かなり歩いてもホームが見えなくて不安になりましたが、大勢ではないけど同じ方向に歩いている人がいて一緒に向かいます。テルミニ駅 駅
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やっと着いた~。電車番号を確認して乗り込もうとしたら、よくわからなかったのですが指定車両があったみたいなんです…。購入したのは2CLASSだったので2CLASSへ移動。お客さんはまばらでも暖房がきいていてなんだかいい旅の予感、列車は定時に出発しました。
この列車、かなり飛ばします。止まる駅が少ないため加速できるのかかなりの振動でした。途中から降りだした小雨の中、丘の上にはいくつかの街も見え、農家が点在する絵のようなウンブリアの平原が続いていきます。Folignoで20分の待ち合わせ。1番ホームにあるトイレに行こうとしましたが、係の方が男性だったので辞めました。ホームには電光掲示板があるので安心して乗り換えられましたよ。(ちなみにアッシジへ行く電車の終点はフィレンツェでした) -
9:23にアッシジに到着。到着した1番ホームの脇にバスや列車のチケットも扱っているキオスクがあり、アッシジの旧市内までのバスチケットを2枚購入しました。
アッシジ駅 駅
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駅の左手にあるバス停で時間をチェック。事前に調べていた通りLineCのバスは9:49発です。今回ウンブリアのバスの時間を調べるのに使ったのは、”fsbusitalia.it” というサイトです。これを見つけたのは偶然でGooglemapでアッシジの駅前のバス停をクリックすると下の方にバス番号が出ているのですが、その下にバス会社のサイトが出ていたのです。BUSITALIAのHPからUmbriaをクリック、次にOrari e lineeをクリック、バスなのでautbus、郊外線ではないのでUrbaniをクリックしてAssisiの路線の中からLine Cのferiale(平日)かfestivo(休日)を選択して調べることができました。この調べ方を知っておくと、バスしかない地方の街へ行くハードルが下がるのでラッキーでした。
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駅舎の様子
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駅前は静かな住宅街?ホテルでした。
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利用者の多いアッシジ駅には無料のトイレがあります。1番ホームのローマ寄り。かなり広く寒かった…。
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ローマより寒いだろうとキルティングの上着も着こんで来たのですが、それでも寒し…。待ち時間は少しだったのですが、駅のバールへ。ご主人とバイトの若い男の子がやっていますが、カフェ・マキアートを頼むとご主人の指導の下入れてくれました。
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甘いデニッシュやパニーニ類も置いてあります。入口に大きなストーブがあり暖かなので、助かりました。
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アッシジ駅前からでマッテオッティ広場まで15分余り、少し霧の出ている街へ上がっていきます。市内も雰囲気のある景色が続いていましたが、坂道を上がってサンフランチェスコ聖堂に近づくにつれ気持ちが昂り始めました(笑)。聖堂の南側の城塞のようにそびえる壁面が見えたからです。バスは聖堂の下のウニタ・デイタリア広場と旧市街の東の端のマッテオッティ広場に止まるので、日帰りなら聖堂下、泊まるならホテルの場所で降りる場所を決めるといいです。
マッテオッティ広場からサン・ルフィーノ通りを通ってホテルへ。この街のドゥオーモ ”サン・ルフィーノ聖堂”の脇を通る道でわかりやすかったのですが、聖堂は薄い霧の中でした…。 -
”Hotel Pallota Assisi”
このホテルを選んだのは”アーモイタリア”というサイトで紹介されていたからですが、お花を飾った外観が素敵でおまけに街の中心にも近かったので決めました。着く時間は予約サイトで伝えていたものの、階段を上がって入口のチャイムを鳴らして人が出てこられた時にはほっ!私は現地でスマホを使えるようにしていないので連絡しようがないからです。お掃除をされていたらしい女性に、入口の入り方(キーをかざすと鍵が開くようになっている)を教わり2階の部屋へ。シーズンオフだからか、すぐに荷物を置くこともできました。 -
シンプルなベッド、セミダブルはありました。
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ただひとつ困ったのがシャワーで、奥の便器の前がシャワースペースになっていたのです。夜中にトイレに行く場合、スリッパはローマのホテルに置いてきたため使えない…。今から夜のことを悩んでも仕方ないので、観光へスタートです!
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ホテルの前のお土産屋さん
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ホテル前の通り。下り坂で先にはコムーネ広場がかすかに見えます。
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”Trattoria degli Umbri”
今日お世話になるレストラン。コムーネ広場の入り口にあります。 -
コムーネ広場でいちばん目を引く建物がこの ”ミネルヴァ神殿”。コムーネ広場は古代ローマ時代にフォロと呼ばれる公共広場があった場所で、ミネルヴァ神殿はその当時建てられ、その後修道院としてさらに16世紀後半には後ろに教会が建てられ、美しいコリント式の列柱を持つ神殿を取り込む形になったそうです。その左は ”ポポロの塔”、その隣にあるのは市立博物館です。
アッシジは1210年に自治都市として独立しましたが、その後もいさかいが絶えずポポロの塔や向かいにあるプリオーリ宮は自治都市最後の建築物だそうです。アッシジの街がにぎわうようになったのは、1926年のフランチェスコ没後700年の巡礼で、1939年にイタリアの守護聖人になると世界中から巡礼者が訪れるようになりました。ミネルヴァ神殿 寺院・教会
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街歩きはもちろんサンフランチェスコ通りから。たくさん分かれ道があるので気になりますが(笑)
サン フランチェスコ通り 散歩・街歩き
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このアーチは1200年代の城壁の名残りだそうです。
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16世紀の”オリヴェーラの噴水”
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13世紀の ”モンテフルメンターリオの列柱” 、ここには13世紀後半貧民を救済する病院があったそうです。
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イチオシ
この中央にあるのは ”コモ親方の館” で、15世紀頃ロマネスクの教会を作るために北部コモ湖からやってきた石工が住んでいた建物です。
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アッシジでは1997年9月に大きな地震がありました。壁にある杭のようなものはひび割れを補強しているのでしょうね。
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通りの向こうにサン・フランチェスコ聖堂が見えてきました!
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気になるのだけど敢えて見ないようにして進みます。
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どうしても来たかった ”サン・フランチェスコ聖堂” 、霧の中でした…。聖フランチェスコの死の2年後から建設が始められ、まず下部聖堂がロマネスク様式で、続いて上部聖堂がゴシック様式で建てられました。一部に手を加えられたことはあったもののほぼ創建当時の姿で、内部はチマブーエ、ジョット、シモーネ・マルティーニ、ピエトロ・ロレンツェッティといった当時の一流芸術家たちが装飾を担当したそうです。
アッシジで裕福な家庭に生まれたフランチェスコは青年時代は放蕩生活を送っていました。ところが軍隊に入って戦争へ行き初めて挫折や苦しみを味わい、20才の頃信仰に目覚め隠修士となり教会堂の修復を行なうようになります。ある日サン・ダミアーノ教会で”私の家を建て直しなさい”というキリストの声を聞き、1209年すべての財産を捨て修道会を作り、従順・清貧・貞潔の戒律を定め弟子たちと各地で説教をして回ります。その後1210年には教皇インノケンティウス3世に謁見し、聖フランチェスコ会の設立が認められました。1226年生涯を終えたフランチェスコは1228年に列聖され、聖堂の建設も始まったそうです。
まず下部聖堂から。緩いスロープを下っていきます。サン フランチェスコ聖堂 (アッシジ) 寺院・教会
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イチオシ
下部聖堂の入り口。順路が決まっていて、下部聖堂を見たのち上部聖堂へ向かえるのです。下部聖堂は天井が低く窓がないため暗いですが、それ以上に堂内が絵で溢れている、という印象でした。
主祭壇の天井画 ジョットと弟子 ”清貧”、”貞潔”、”従順”他4つの寓意像
右翼廊の壁面とヴォールト 同じく ”聖フランチェスコの奇跡”他
右の壁 チマブーエ ”玉座の聖母子と4人の天使と聖フランチェスコ” *
奥の壁面下部 シモーネ・マルティーニ ”5人の聖人”
左翼廊の壁面とヴォールト ロレンツェッティ ”キリストの磔刑”*他
左の壁面下部 ロレンツェッティ ”夕日の聖母”*
他にも身廊左右の礼拝堂には
左1つ目 シモーネ・マルティーニ ”聖マルティーノの生涯”
右3つ目 ジョットと弟子による ”マグダラのマリア伝”がある。
私のノートには上のように書いていたのですが、ノートなしにその場にたつとジョットと弟子たちによるものかそうでないかがわかるくらいで、エピソードもわかったものもありますが膨大すぎて途中であきらめました。この中には実際のフランチェスコに一番似ているというチマブーエの絵もあったので、気がつかなかったのは残念でなりません。(*印のものは作者とタイトルから絵を見ることができます)
身廊中ほどの階段から地下に降りると、聖フランチェスコの遺骸が安置されている礼拝堂があり、みな静かに祈りをささげていました。 -
下の階から上に階へ行く時の回廊は撮影ができました。たくさんの絵に囲まれていたのでほっとする瞬間でもありました。ここに売店もありますが、売店からまた階段を上がって上部聖堂へ向かいました。
上部聖堂は天井も高く窓から光も入ってきて、明るく広い空間でした。翼廊の左側にはチマブーエの ”磔刑図” もありますが、何といっても目を奪われるのは身廊の壁に描かれたフレスコ画でした。ジョットが描いた
”聖フランチェスコの生涯”です。祭壇側の左から順に彼の生涯が描かれており、左側の12枚が終わると中央の壁面に3枚、そして右側へ移り12枚。ノートがないため1枚1枚見ていくだけでもかなりの体力が必要で、有名な ”法王イノケンティウス3世の夢に現れた聖フランチェスコ” や ”小鳥に説教する聖フランチェスコ” *などを中心に見ていきました。”地球の歩き方 フィレンツェとトスカーナ”にはそれぞれのタイトルが掲載されているので、これから行かれる方はぜひメモして鑑賞されるとより記憶に残ると思います。(修復前の絵がご覧になりたい方は ”アッシジの聖堂壁画は、よみがえる” 石鍋真澄 という本で見ることができるそうです。帰ってからこの本の存在を知りました…)
ジョットの作品としてはパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画が有名で私も一度行ったことがありますが、ここのフレスコ画は聖堂が大きいためそれよりかなり大きいものです。そして日が当たるためかかなり色落ちしていますが、経年劣化したものと思うとより自然に感じました。
この上部聖堂では1997年の地震の跡がまだ少し残っていました。上堂の天井は崩れ壁やフレスコ画は粉々になったそうですが、それをボランティアたちが駆け付けひとつひとつパズルをはめるように直していったのだそうです。世界遺産に登録されたのはほぼ修復が終わった2000年の事でした。 -
イチオシ
正面から出たらこの景色が広がっていました!(丘の正面にあるのがサンタ・マルゲリータ教会だと思います)両手をひろげて待っていてくれた感じ、緊張していたのか体がすっと軽くなりました(笑)
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眼下にアッシジの新市街も見えます。
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大きいけれど繊細なレースのようなバラ窓とシンプルで力強いファサード。こんなファサードを見るとごてごてした飾りなどいらない気がしてきます。
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イチオシ
帰りは下の道、フォンテベッラ通りから帰るので下に降ります。
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修道士さんは素足でした。街で会ったどなたもです。
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こんな道が続きます。下の道を選んでよかった。
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この通りではほとんど地元の人に会いませんでしたが、植物を置いておられるから人が住んでおられるのでしょうね。
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かわいい洋服屋さんがありました。合いのコートのラインと丈が素敵で、お値段もそう高くなかったので買えばよかった、この旅で唯一心残りだったことです。
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道のそばに古い水飲み場が残っています。
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”Tessuti Artigianali Umbri”
このお店はほんとうに偶然見つけたもの。”地球の歩き方”でウンブリアの街を調べている時、モンテファルコという街の ”PARDI”という工房の麻の織物が有名と記載されていて、でもモンテファルコの旧市街にあるお店はやってるかやってないかわからない状態で、かろうじてスぺッロにお店があるようなのでした。
聖堂へ向かう時から気になっていたのですが、帰りによく見るとショーウインドには ”PARDI” とあるではありませんか!すぐさま入りました(笑)お店におられたのは80才くらいのおばあちゃまで、私は英語はほとんどわからないのよ…、と困った様子。”Me too" と答えると嬉しそうに片言の英語で説明してくれました。なんでも麻100%のものは扱いにくく値段も高い、でも麻とコットンの混紡だったらそう高くないし使いやすいと。そしてなんとオフシーズンのためかセールになっていたんです! -
選んだのは私は玄関の花瓶敷に赤い絵柄のものを、娘の家族には下の写真の蝶の模様のランチョンマットを2色セットで購入しました。
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おばあちゃまはとてもうれしそうで、白い紙袋に可愛いリボンまでつけてくれてウインウインの買物でした。お店を出てどっちに行ったらいいかわからなくなって、”コムーネ広場はどっちですか?”って聞いたら、あまりの方向音痴がおかしかったのか”あっちよ”ってお店の前まで出て教えてくれました(笑)
このお店はフォンテヴェッラ通りからコムーネ広場の方へ折れて、サンフランチェスコ通りの方へほんの少し戻ったところにありますので、ぜひのぞいてみては? -
イチオシ
コムーネ広場に戻ってきました。右手にあるのは ”Fontanella” 、広場東側のアクセントになっている噴水。私が行くレストランは左手にある ”Trattoria degli Umbri"です。
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定番のメニューの他に季節のおすすめメニューがあります!その一番上にあったラザニアは口コミでも評判だったので迷わずそれに決め、前菜はお店の方のおすすめの野菜のブルスケッタにしました。
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”オニオンジャムとペコリーノチーズ、3種の野菜のブルスケッタ”
オニオンジャム・ペコリーノチーズとトマトのブルスケッタは美味しかったのですが、緑の(聞いたらブロッコリーだそう)はピリピリした味がしてチーズが混ぜてあるのかなあという感じ、茶色いトリュフは普通の味でした。 -
”トリュフとマッシュルームのラザニア”
プリモのラザニアが運ばれてきました!すでにいい香り~!私はミートソースが苦手なのでラザニアをいただくのも初めて。おそるおそるナイフを入れて口に運ぶとトリュフとマッシュルームの香りが口いっぱいに広がって、これまで食べたことのない味でした。一口一口なくなるのが怖い(笑)。食事し終わるころにはブルスケッタのことも忘れて幸せな気持ちになっていました。
店内はそんなに広くなくランチの開始時間でしたが半分くらいは予約席で、途中で来られ断られたお客さまもいらっしゃったくらいでした。広場のわかりやすい場所にあることとやはり美味しいお店と知られているのだと思いました。夜はちょっとありましたが…。 -
イチオシ
ランチの後 ”PARDI” のお土産を置きにいったんホテルに戻り、午後の観光へ。ホテルが通り道にあったのですごく便利でした。お天気も良くなって ”ドゥオーモ” へ。アッシジの守護聖人ルフィーノへ捧げられた教会で、11世紀の聖堂の上に新たに建てられ1228年に完成したロマネスク様式の教会です。この辺りで採れる白と淡いピンクの石灰岩を使っているため、サン・フランチェスコ聖堂やサンタ・キアーラ聖堂と同じように上品な印象、日が当たっているのでよりきれいに見えます。(鐘楼は11世紀のもの)
アップでは撮りませんでしたが、扉の上部やバラ窓の回りには細やかな浮き彫りがあり、ファサードの美しさはアッシジでいちばんと言われているのが分かります。サン ルフィーノ大聖堂 (カテドラーレ) 寺院・教会
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入口には教会を守る獅子の像
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よく見ると何か食べている?
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内部はとてもシンプル。フランチェスコもキアーラもここで洗礼を受けたそうです。
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教会前の広場からは、はるか山の上のロッカ・マッジョーレが見えました。街を見下ろす景色が絶賛されているのですが、明日も坂の街を歩くために無理はしないことにしました。
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”Le Piccolo Cose"
広場の前からサンタ・キアーラ教会に向かって小道を行くと、こんなお店が。”アッシジ刺繍”などを扱っているようですが、午後でお休みの時間みたいでした。 -
教会脇の通りにおりると、左手にヌオーヴァ門が見えます。その先を下ってオリーブ畑の中を進むと、フランチェスコが神の声を聞いた ”サン・ダミアーノ修道院”に行くことができるのですが、ここもまたよすことにしました。日が暮れるまでにもう一度サン・フランチェスコ聖堂へ行きたかったからです。
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通りの反対側はコムーネ広場につながっています。
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教会前の広場には売店が出ていました。
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アッシジの貴族の娘 キアーラは、フランチェスコの熱心な信者となりクラリッセ修道会を設立、サン・ダミアーノ修道院で活動を始めます。フランチェスコが病に伏して死を迎えるまでの間も、献身的に世話をしたそうです。
この聖堂はサンタ・キアーラを祀るために建てられたもので、1265年に完成しました。外壁は白と淡いピンクの石灰岩を交互にかさねた縞模様で、大きなバラ窓もあります。教会の北側には外部アーチがついていて、特長的なデザインになっています。また広場の中央には大きな噴水があり、広場のテラスからの眺めも素晴らしいです。サンタ キアーラ教会 寺院・教会
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入ってすぐ右にある ”十字架の礼拝堂” にあるのが、フランチェスコが神の声を聞いたという ”サン・ダミアーノの十字架” です。暗くてよく見えませんでしたが、イエスの回りにイエスと関わった人々が描かれています。釘を打たれた手や足から血が出ているのがかすかにわかりました…。
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主祭壇にある ”磔刑像”
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キアーラのお墓のある地下のクリプタには、キアーラの衣服や履物、腰紐なども展示してありました。
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外に出るとテラスからこんな景色が広がっていました!
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広場の中央には噴水、ロッカ・マッジョーレも見えます。
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広場へ戻ります。
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”Olivo”
サンタ・キアーラ通りをコムーネ広場に向かって歩いているとこんなお店が。店内はオリーブの木で作られたキッチン用品や雑貨が並んでいます。 -
ここで見つけたフランチェスコとキアーラの肖像画写真たて。フランチェスコのお顔に引き寄せられて購入したのですが、帰ってから旅行記を書こうと調べていたら、聖堂にあるチマブーエの絵(玉座の聖母子と4人の天使と聖フランチェスコ)にあるいちばん本人に似ているという絵でした!孫たちのお土産にして手元にはないのですが、孫たちを守ってくれると信じています。
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欲しかったキッチン用の大きなへらも買いました。こちらのお店はすべてファミリーで作っておられるそうで、翌日ローマへ直に帰るのならカッティングボードも欲しいくらいでした…。帰って荷物を開けると、なんとヘラの袋に油染みが!オリーブの木から滲んできたのでしょうね、びっくりでした。
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イチオシ
コムーネ広場に戻ると西の空が明るい。これはサン・フランチェスコ聖堂がきれいに見えるのでは?と北側の路地歩きを始めることにしました。ミネルヴァ神殿の向かいにあるのは市庁舎 ”プリオーリ宮” です。
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建物と建物の間の道がホテルやサン・ルフィーノ大聖堂へ向かう道で、ルフィーノ大聖堂前の広場手前を左に折れて進みます。
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ヴィ―コロ・サン・ロレンツォ通りへ。少し坂ですが坂道はここだけでした。
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静かな道が続いていきます。
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お花を飾ったり道もきれいにお掃除されていて気持ちいい散歩道です。
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だいぶ歩きました。西へ向かって歩けばいいので迷うことはありません。
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サン・ジャコモ門が見えてきました。門の手前を左折。その左手の道を上がるとサンタ・マルゲリータ教会があり、サン・フランチェスコ聖堂の全景がとてもきれいだとありましたが、夕日がきれいに見える時間はそう長くないと思い、そのまま聖堂の方へ向かいました。
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イチオシ
夕暮れの中のサン・フランチェスコ聖堂、言葉がないくらいきれい…。
サン フランチェスコ聖堂 (アッシジ) 寺院・教会
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少し近づいてきました。
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芝生には各地を回ったときのフランチェスコの像が立っています。疲れているのかな、うなだれています。
このあともう一度堂内へ入りました。一度目より少し落ち着いて回れましたが、ノートがないことにはどうしようもありません…。今回は売店にも寄り、カントゥッチと ”小鳥に説教する聖フランチェスコ” の小さな壁掛けを買いました。 -
”CACIO e PEPE”
帰りに寄ったチーズ屋さん。セミハードタイプのペコリーノチーズを買ったのはいいけれど、重くて重くてこれがまさか明日からの旅のネックになろうとは…。レストランが空くのが19時半なのでいったんホテルに帰りました。翌日の行程の確認がしたかったのです。
私はこれまで事前に調べて行くためイタリアで携帯を使ったことはなかったのですが、今回はノートを忘れたためホテルのWiFiを使って何度か調べ物をしたのです。明日はフォリーニョからバスでモンテファルコという街へ行くため、バスの時間の最終確認をしてモンテファルコの情報も調べていたら、なんと行く予定のサン・フランチェスコ美術館が火曜が休館となっていたのです、日本を発つ前に確認していたはずなのに…。悔やんでも仕方ないので翌朝の出発を少し遅らせることにしました。 -
”Trattoria degli Umbri”
お昼と同じレストランへ来ました。前菜はすごく悩んで説明を聞いても早口のイタリア語ではわからないと思い、”グアンチャーレのブルスケッタ” にしたのですが、これがあとあとまで響くことに…。運ばれてきたのはこれ。薄切りのパンの上に無造作にのせてあるのは、グアンチャーレ(豚の頬肉の塩漬け)を薄くスライスしてフライパンでかりかりに炒めたものでした。塩辛く脂っこい上に炒めすぎなのか苦い味もして、無理をして3分の2くらいはいただきましたがあとは残してしまいました…。 -
”ストランゴッツィ、ソーセージとフレッシュクリーム”
パスタはこの地方のストランゴッツィという太麺が食べて見たかったので、サルシッチャという生のソーセージを使ったクリームソースのものに。これは前菜の10倍くらい美味しかった!量も多くないし、これでなかったことにしようと思ったのですが、翌日まで後を引くことになろうとは…。
シャワーは悩みましたが、バスタオルがシーツみたいな布だったのもあり足だけビデで洗って済ませました。
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