2022/09/13 - 2022/09/14
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wabisabi2さん
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9月13日・14日、長野県の白骨温泉泡の湯と松本周辺を徘徊。
GO TOも煮え切らず、徴収されるばかりの税金、少しは還元してもらわねば、という事で都道府県宿泊割引を利用。
独身時代、国道19号線薮原から林道安曇奈川線を走り乗鞍や上高地に良く走ったもので、当時まだ未舗装だったくねくね道の過酷な林道を走っていると硫黄の匂いとと共に突然現れる宿にホッとした思いがある。
当時は宿の前に「秘湯を守る会」の提灯が下げられていたものだ。
今回は木曽谷方向まで走り抜けていないが、朝焼けの北アルプスや遠く富士まで望めた過酷な道。
ずっと以前から走りたくて、再び泊まりたいと思いながらも縁がなかった。
運転に不慣れな人は行けない秘湯だったが、今は高速も整備され、松本からだとあっという間に辿り着ける。
秘湯の趣は薄れ、提灯がなくなっても当然かもしれないし、やっとの思いで訪れる「秘湯」は死語になりつつある。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 2.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
駒ヶ岳SA。
名古屋から軽に鞭うって高速をひとっ走り。
工事規制の影響もなく順調に辿り着く、ここで朝食を買い求め小休止。
…生憎雲の多い天気、宝剣も姿を隠していた、かみさん曰く運転中だから言わなかったが走行中は綺麗に見えていたという。
なんとか二日間雨だけは避けたい。
伊北ICで高速を下り、国道153号線を北上し道中の安全を祈願するため信濃國二之宮に参拝。 -
宮前地内を通る国道153号線、辰野町方向の眺め。
奥が矢彦神社、手前が小野神社の境内。
写真は国道153号線沿いの両社の社頭、国道沿いに社地を囲う玉垣が延びる。
社地中央に小さな水路があり、それを境にして両社が隔てられ、境界を示す石標が立てられている。
両社を隔てるものはその水路だけで、水路の意味を知らなければ「大きな神社だこと」で終わるかもしれない。
国道を挟んだ門前町は初期中山道、伊那街道の宿場町小野宿でその面影を感じさせる光景が残る。
小野神社境内には立派な土俵があり、北小野村、南小野村合同で相撲が奉納される。
両社には御柱が奉納されているが、地元の方の話によれば「来年がその年に当たるが、コロナ禍や担い手不足でどうなるかねぇ」との話だった。 -
小野神社社頭。
国道沿いに石の明神鳥居を構え、左側に手水舎、右に社号標が立ちます。小野神社 寺・神社・教会
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小野神社拝殿全景。
切妻屋根の拝殿の平側に向拝が付き、内削ぎの千木が付く、拝殿大棟にも6本の鰹木と内削ぎの千木が付く。
現在は銅葺屋根ですが、往古は杮葺き屋根だったという。
小野神社(信濃國二之宮)
創建 / 不明、(寛文12(1672年)焼失、同年再建)
祭神 / 建御名方命
境内社 / 八幡宮、稲荷社、子安社、宗像社、天神社 -
国道沿いの矢彦神社鳥居、額は矢彦社。
ここからもう少し写真左方向に進みましょう。 -
ひとつの社叢を共にする小野神社と矢彦神社。
両社は細い水路で塩尻市と辰野町の飛地境界を設け、一つの社地を共有する。
小野神社から一旦国道153号線を南に向かい、矢彦神社の赤い鳥居を通り過ぎ、北上する際見かけた矢彦神社の手水舎に向かう。
走行中に見えていた光景、左に手水舎と古びた石の神明鳥居、そこから石畳の参道が杜に続く。 -
御由緒
当神社の社伝によると、矢彦神社は1400年ほど前に創建されたとされる信濃国二ノ宮であり、上伊那郡54か村の総鎮守である。
遠い神代の昔、大己貴命の国造りの神業にいそしまれました折、御子事代主命・建御名方命を従えこの地に立ち寄ったと伝えられる。
古くから皇室の御崇敬が厚く、勅使の御差遣もしばしばあった。
欽明天皇の御代、大己貴命、事代主命を正殿に、建御名方命、八坂刀賣命を副殿にお祀りし、矢彦神社の形が整う。
例祭日は毎年八朔(旧8月朔日)と定め田ノ実祭(憑祭)と云われた。
天武天皇の御代に勅使を下向、新宮を造営、御柱祭とが7年毎の式年祭と定められた、白鳳2年(674)の事である。
安徳天皇の御代、木曽義仲が宮材を木曽山林より伐り出し社殿を造営、以後約700年にわたり宮材を木曽山林から出材されることになる。
以来、鎌倉から徳川時代に至るまで、武田晴信(武田信玄)、勝頼をはじめ徳川幕府の崇敬厚く再三社殿が造営された。
慶安2年(1649)徳川家光から神領高10石及び附属山林諸役免除の公丈御朱印状を献納される。
明治天皇の御代、明治5年(1872)社格が郷社となり、明治14年(1881)有栖川宮熾仁親王殿下より神号の額字を賜る。
明治27年(1894)、明治遥拝殿を創建、明治天皇の生祠明治宮は、我国でも初めてのもの。
明治33年(1900)、社格は郷社から県社に昇格。
御造営材の御下賜は昭和7年(1932)まで続き、「天賜材式年造営神社」と称された。
昭和11年(1936)、巣山沢御料地を御造営材供給の備林として24町歩余の山林御下賜の天恩を受ける。
例大祭 9月朔日(現在は10月第一日曜)
式年御柱大祭 毎卯酉年5月
矢彦神社(信濃國二之宮)
創建 / 欽明天皇年間(539~571)
祭神 / 正殿 大己貴命、事代主命、
副殿 建御名方命、八坂刀売命、
南殿 天香語山命、熟穂屋姫命、
北殿 神倭磐余彦天皇、誉田別天皇、
明治宮 明治天皇
所在地 / 長野県上伊那郡辰野町小野3267矢彦神社 寺・神社・教会
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かつては1郷であった村も毛利秀頼と石川数正の領地争いの結果、秀吉の裁定で2つに分けられ、同じ社叢に2つの神社が祀られる形になったが、両社を隔てるものは細い流れだけです。
両社ともに静かで落ち着いた居心地のいい神社です。 -
山賊
塩尻市大門にあるご当地グルメ山賊焼きの元祖、鶏の骨付きのむね肉やモモ肉をニンニク醤油ダレに付け込んで揚げたもの。
写真はCランチ、小鉢が付いて1320円。
A~Cがあり山賊焼きのサイズにより呼称が決まる。(Aが特大、Bは大、Cは中)。
ライス最初の一杯が無料、Cですら手ごわい大きさで当分鳥唐いらない。
若い衆にはお得な店かも知れない。
カラッと揚げられた山賊焼きは美味しかった、5段階評価で☆三つ。
夜は居酒屋で昼は曜日限定でランチ営業。
所在地 / 長野県塩尻市大門7-10-1
そろそろ泡の湯のチェックインは15:00、そろそろ国道158線(野麦街道)を山に向け走り出す。山賊 グルメ・レストラン
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波多神社と旧西光寺山門。
道路は至って順調、ナビ到着時間を考え時間調整で国道から細い道を左に分け入り参拝して来た。
右の社叢が波多神社、左の赤い山門が西光寺山門。 -
現在の山門は左右に仁王を安置する仁王門。
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左右の壁には写真の大きな草鞋が掛けられている。
山門の正面には上波田阿弥陀堂。
阿弥陀堂左に「若返り地蔵尊」が安置されている。
境内に重要文化財「田村堂」がある、内部には杮葺きで妻入りの厨子が祀られ、輪違紋や花狭間など手の込んだ装飾が施されている。
門の右は波多神社と接しています。
旧西光寺山門
所在地 / 長野県松本市波田上波田4575-2
時間調整で寄ってみたが田村堂の手の込んだ厨子は立ち寄って正解だった。
そろそろ梓川沿いを上って行こう、この先、軽にはつらい上り坂しかない。 -
龍神の瀧
奈川渡ダムを越え、国道158号線から県道300号線に乗り換える、泡の湯はここから10分程。
ここから先の上り坂は一段ときつくなり、つづら折りの舗装された細い道が上に続く。
軽にとっては遅い車に追いつきたくない、一旦追いつけば車速を戻すのに厄介な道。
後続車もなく上り始める、やがて前方を走る車が視界に入り、厄介な状態になる。
途中何度か時間差を取る為待避所で待機する「なんで止めるの?」と云われても運転しないとこの気持ちは分かるまい。それでもペースは合わない。
細い道ながら路線バスも運行され、対向車もある、幅寄せや待避所に近い者が譲るのは当たり前の路。
普通車ならすれ違えるのだが…どちらも睨みあい、付いていけない。
宿の少し手前にある龍神の瀧を見物する事にした。
山肌の途中の石灰質の岩盤から滾々と湧き出る伏流水は、苔むした山肌を白い流れとなって流れ下る。
その様が龍のようでもあり、岩盤の穴の奥には龍が潜んでいるのです。
伏流水の湧き出る斜面一帯は少しばかり気温も低く感じる。
瀧は道路際なので車の往来に注意しないと危ない場所、車は少し上に待避所があるのでそこから歩きましょう。
ここで涼んで再び走りだす、もうこの辺りでも風向きによっては硫黄臭が漂ってきます、泡の湯は近い。白骨の名湯 泡の湯 宿・ホテル
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チェックイン開始15分前に泡の湯到着。
県道は時折バスが通りますが、車窓から露天風呂は良く見える、その昔は湯舟から立ち上がり両手を振って挨拶したものだ、かみさん・・・・「それ挨拶とは言わない、今やると捕まるよ!」 -
龍神の滝から県道を少し上ると「泡の湯」に到着。
以前に比べ立派な外観になった気もする。
悪路の続く長い林道を抜け開けた先に忽然と現れる、素朴な外観の方が秘湯の趣があった気もする。 -
白骨と云うだけに湯の色は「白」の印象が強いですが、湯に含まれる炭酸分が、三か所ある湯口から流れ落ちる事でこの色に変色するもので季節や天気によって微妙に色は変化し、周囲の樹々も含め野趣豊かな露天風呂。
源泉の温度は40℃を下回るので、ぬるいと感じる事間違いない。
炭酸を含むため意外に保温効果があり、変に加熱・加水された湯よりは入りやすい。 -
晩御飯の献立の一部。
過度に手を掛け素材の風味を失くしてしまう料理が多い中、安心して食べられるものばかりで自分にはありがたい。
地酒は大雪渓、大信州、七笑とあり、馴染みのない大信州の利き酒セットで今夜の酒を選ぶ。
泡の湯旅館
所在地 / 長野県松本市安曇4181
webサイト / http://www.awanoyu-ryokan.com/
宿泊日 / 2022/09/13~14
波多神社から車移動、国道158号線?県道300号線 / ?龍神の瀧まで約45分、泡の湯はそこから5分程 -
久し振りに泡の湯で一泊、次の日は昨晩飲んでおいしかったこの銘柄が気に入って酒蔵までやって来た
大信州酒造
この小奇麗な販売所で家の土産を買い求める。
所在地 / 長野県松本市島立
さて次は美術館。 -
松本市美術館。
草間彌生版画の世界(7/23~9/25)を鑑賞する。
作品は美術館外壁や庭園まで展示され、上は入館料もなく見ることが出来る。
凡人にはさっぱり理解できないが、根源に細胞や宇宙の始まりをイメージさせるものがある。
所在地 / 長野県松本市中央4-2-22松本市美術館 美術館・博物館
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四柱神社。
ここは蕎麦とパンを買い求める為に駐車場(有料)を利用させてもらった。四柱神社 寺・神社・教会
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祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神の四柱。
そこから社名が来ています。
由緒は1872年(明治5)、筑摩県(長野県)松本に設置された神道中教院が起源で、1874年(明治7)に四柱の神を祀ったことから始まる。
1879年(明治12)、この地に社殿を造営し、村社の四柱神社として遷座した。
1888年(明治21)、松本大火で社殿を焼失。
1924年(大正13)、社殿が再建された。
1959年(昭和34)、別表神社となる。
所在地 / 長野県松本市大手3-3-20
ZIP朝ドラの舞台にもなった神社です。 -
こばやし 本店
四柱神社社務所の左にある蕎麦屋。
参拝の帰りに手軽に美味しい蕎麦が食べられる、お昼はこちらで頂くことに。
腰があって歯ごたえも良く、薬味の山葵、ネギ、おろしと付く、個人的にはおろしが一番合っていた。
写真のざる2枚重、ペロッと二枚たいらげられる。
かみさんは「つめたいおそば きのこ」
茸の名称は不明だが、これ乗鞍のキャンプ場でキノコ狩りした時のあれ?(名前が出てこない)
冷たくて腰のある蕎麦と滑りのある茸の愛称は絶品。
こばやし 本店
所在地 / 長野県松本市大手3-3-20こばやし 本店 グルメ・レストラン
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さてお腹は満たされ、次はかみさんお目当ての牛乳パンを買い求めに行くのだが。
おやじは神社に居残って写真を撮り、かみさんは徒歩でパン屋へ向かう。
小松パン店
四柱神社から直ぐ近くにある小さなパン屋。
写真の牛乳パンは事前予約販売しかしないという。
この日に合わせ予約をしていたらしい、受け取った時はフワフワで衝撃を与えるとすぐに変形していく。
昔懐かしいショートニングのバタークリームパン。
柔らかなパンに昔懐かしい個性的なクリーム、子供の頃を思い出す懐かしいおいしさ。
生クリームで育った人にはくどくて食べられないものかもしれない。
近年昔を思い出そうとあのくどいバタークリームのXマスケーキを食べたことがある、時代は変りあの強烈な個性のあるくどいバタークリームは随分まろやかになったもんだ。
このクリームは子供の頃のクリームに近いかもしれない、指についたクリームは油ギッシュなものがある。
予約してまで食べるものかは疑問が残る。
所在地 / 長野県松本市大手4-9-13小松パン店 グルメ・レストラン
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今回の走行ルート / ?走行距離 525㌔?、軽自動車の燃料タンク満タン10目盛りで二目盛り残して帰り着くことが出来た。 自分の車ならガス欠か?
標高が高くなるとやはり軽には負担がかかる道のりかも知れない。
それでも二人で訪れた久し振りの泡の湯は十分満喫する事ができた。
唯一、気の早い彼岸花を期待したが道中では見かけなかったのが少し残念。
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