2022/09/13 - 2022/09/13
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wabisabi2さん
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阿禮神社から北の梓川方向に向かい、泡の湯を目指す。
ここまで来ると宿の到着時間も見えてきます、チェックインにはまだ早く、時間調整で松本市波田の波多神社と隣接する旧西光寺山門のある上波田阿弥陀堂に参拝する事にした。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
国道158号線から南に一本入ると収穫時期を迎えた稲田が広がる。
田んぼから波多神社・旧西光寺山門のある小高い山を眺める。 -
国道から細い道を分け入り、赤い山門のある波多神社駐車場に辿り着く。
駐車場は右手にあります。 -
駐車場付近にあった上波田地区の歴史。
「室町時代、小笠原氏が波多山城と西光寺内城を構築、城下にあたる上波田地区は街割りがなされ、旧野麦街道沿いに城下町が広がっていた。
江戸時代になると上波田村は若澤寺を中心として栄えた。
当時、この寺は水沢地籍にあって「信濃日光」と称され、景観や寺観の壮大さは近在に留まらず全国からも参拝者が訪れた。
明治4年(1871)、若澤寺は松本藩の廃仏毀釈により取り壊され、建物も周辺の寺に移され、現在は石垣などを残すのみ。
上波田地区にある国重要文化財「田村堂」・県宝「仁王尊」も若澤寺の遺物で上波田地区を語る上で若澤寺は切り離せない存在。
江戸時代に繁栄したこの地区では、若澤寺への参拝の通行の他、飛騨に通じる「野麦街道(現国道158号)が整備され、町の中心は国道沿いにへと移り、旧野麦街道沿いの集落として上波田地区には古い街並みが残されている。」
往時の信濃日光は廃仏毀釈に翻弄された地区なのかもしれない。
今は静かで長閑な山間集落の印象でしかない。 -
上
駐車場から望む波多神社。
下
「波多神社。
所在地 長野県松本市波田字上波田青木原
由緒
康治2年(1143)、紀州牟婁郡有馬より熊野大権現二柱の神「家津御子大神」と「事解男大神」を勧請合祀。時代は平安末の鳥羽院政期に相当する。
「尊卑文脈」によれば、清和源氏 源 頼清嫡孫に村上判官代 源 為国の弟 源 盛国は、号を畠判官代と名乗り筑摩群畠郷の領主で、青木原に初めて熊野権現を勧請したとされる。
波多神社境内南側のコナラの大木は樹齢800年を越え、特別天然記念物として松本市文化財に指定。
「地元文書」には波多神社に熊野権現四柱の神を勧請し、六柱の祭神を祀ったのは室町時代の永正17年(1520)庚辰弥生廿八日辰剋。
祭主は小笠原氏の四天王 櫛置紀伊守政盛。
神主は36世森井仙大夫 藤原利久。
願主は畑里中。
大工は木曽宮越 川原地 藤内。
この時現社殿が建築され、その後修復を受けて来た。
御祭神(六柱)
家津御子大神、伊弉諾大神、速玉男大神、熊野牟須美大神、事解男大神、天照皇大神。
境内摂社(末社)
北側社 : 神明社、八王子社、山の神、天神社
南側社 : 水神社、大黒社、諏訪社、戸隠明神」
創建は定かではないようですが、奈良時代初期の神亀5年(725)に勧請されたとも云われます。 -
波多神社社頭全景。
正面に社殿、右に社務所、鳥居をくぐった右に手水舎が主な伽藍。
社殿は見上げるばかりの杉の樹が包み込んでいる。 -
波多神社鳥居扁額。
判官代は畠、神社は波多、所在地は波田、繋がりがありそうだ。
境内右側に手水舎。 -
拝殿は木造切妻の平入で正面の1間に唐破風向拝が施され、外壁は板張り。
拝殿右に渡廊が接続し社務所に繋がり、左に末社が祀られている。 -
年代不明の狛犬。
-
拝殿左の鳥居には「末社」の額が架けられている。
由緒に依れば南側には水神社、大黒社、諏訪社、戸隠明神の四社となっているのだが… -
ここから本殿域を一周。
本殿は流造で5本の鰹木と外削ぎの千木が付く。
本殿域は砦の石積みの様に石が積まれその上に瑞垣が取り囲む。
雪深い場所だろうが特別に雪囲いらしき養生はされていない、この杜か雪囲いの役割をしているのだろうか。 -
上
本殿後方の杜の中に小さな覆屋があり、中の石標に「摩利支天」と刻まれていた。
下
北側に小さな鞘殿があり、石の明神鳥居と常夜灯を構えている。
由緒では神明社、八王子社、山の神、天神社が祀られているはず。
足元のガサガサが気になりこれ以上は進まなかった。 -
何気に立ち寄った波多神社、長い歴史を持った波田地区の氏神様だ。
波多神社
創建 / 752年(神亀5年)
祭神 / 家津御子大神、伊弉諾大神、速玉男大神、熊野牟須美大神、事解男大神、天照皇大神
境内社 / 神明社、八王子社、山の神、天神社、水神社、大黒社、諏訪社、戸隠明神
所在地 / 長野県松本市波田4751
阿禮神社から車アクセス / アルプスグリーン道路経由県道25号で?移動時間約40分 -
「波多神社」社地の南に隣接する「上波田阿弥陀堂」
小さな規模の堂の外観と結びつかない立派な山門を構えています。
旧西光寺山門。
元は波田地区の中心役枠割を担った若澤寺の山門と伝わります。
明治初期の廃仏毀釈で廃絶した若澤寺の伽藍は周辺の寺に移築され、この山門もこの付近に建っていた若澤寺末寺の西光寺の山門として移築されたものだという。 -
茅葺屋根で銅板で覆われた朱の仁王門。
左右の間には鎌倉時代末の元亨年間(1321~1324)に造立されたされたされる二体の仁王像を安置します。それらは長野県宝にも指定されている。
山門は仁王像の他に左右の壁に掛けられた大きな草鞋にも目が行くはずです。 -
山門の前の石碑、なんとなく道祖神の様に見えますが、風化も進み何が彫られていたのか掴み切れない。
-
県宝金剛力士像解説。
「 指定内容。
この像は阿弥陀堂前にある仁王門に納められている。
仁王門、仁王像共に元は西光寺に造立されたもので、二体とも桧材を用いた寄木造の立像。
座高は阿形256㌢、吽形が260㌢で彩色が施されていたが、現在は剥落している。
両像の大きさや構造はほゞ同じで、肉取りが見事で力が充実した像である。
腰下の裳の衣分を軽やかにしており、この像の特色となっている。
胎内の墨書銘に元享2年(1322)大檀那源重久仏師善光寺妙海の造立とある。
昔から幼児に仁王像の股をくぐらせると、はしかが軽く済み、丈夫に育つとされ、地元高齢者が中心となり毎年4月に「股くぐり祭」が行われ、親子連れで賑わう。」
右側には仁王尊とまたくぐりの解説がある。
「長野県県宝に指定される木造金剛力士像には古くから言い伝えがある。
それは子供がこの仁王像の股をくぐるとはしかが軽く済み、丈夫に育つというもの。
江戸時代に書かれた古文書にも「仁王尊股下をこぐり候えばハシカ軽しと申し候(万延2年永代記録帳)」との記述がある。
現在は毎年4月中旬に地元の方々が中心となり「仁王尊股くぐり祭」が開催され、無病息災と健やかな成長を願って多くの子供達が仁王尊の股をくぐっています。
また、股くぐり祭では向かって右側の阿形像の股をくぐります。」 -
左右の壁に掛けられた大きな草鞋。
-
左右の間に安置されるのは県宝の仁王像。
-
山門正面には上波田阿弥陀堂。
阿弥陀堂左に「若返り地蔵尊」が安置されている。
右手に重要文化財「田村堂」と「水沢不動尊」の祠がある。
参道左手には在りし日の若澤寺へと導いた丁石や石仏が安置されている。 -
参道に入り右手に最初に見えてくるのが田村堂。
かつて「信濃日光」と称された若澤寺の諸堂の一つで、当初は厨子として若澤寺建物のなかで収められていました。 -
江戸時代、新しい厨子が作られると、田村将軍を祀る田村堂として建物の外に置かれるようになり、江戸時代末期の絵図「水沢山若澤寺一山之略絵図」にも、境内の最上段(赤丸部分)に田村麻呂神司と描かれています。
若澤寺はここから?南に2㌔程山に入った水沢山?に鎮座していた。
寺伝には天平勝宝年間に行基の草創とされ、大同年中に田村将軍により再興された真言宗の古刹で本尊はは千手観音菩薩。
江戸時代末期には末寺四寺、寺域周囲三里半を持ち金堂・中堂救世殿など七堂伽藍が建ち並んだ。
現在の若澤寺跡には石垣や石仏などの遺構が残るという。 -
堂の内部には県宝の杮葺きの厨子が祀られ、輪違紋や花狭間など手の込んだ装飾が施されている。
若澤寺が明治初年に取り壊された際、この地に移され昭和28年(1953)に重要文化財の指定を受け、昭和40年(1965)に解体修理を受けたといい、今も厨子内部には田村将軍の座像が収められている。 -
「水沢不動尊」祠。
祠の左右には2体の石仏が立てられ、祠の内部にはおっかない形相で剣を持った不動さんの姿がある。 -
上波田阿弥陀堂の額には「水沢若澤寺遺物保存」と記されている。
正面には若澤寺塔頭寺院の西光寺にあったとされる木造阿弥陀如来坐像の姿は見られるが額に書かれた「不動明王画?、仁王尊、由村堂」は確認できなかった。 -
阿弥陀堂左の「若返り地蔵尊」
祈るたびに若返りと健康長寿を保つことが出来るという有難いお地蔵さん。 -
上波田阿弥陀堂周辺の指定文化財の案内板。
-
若澤寺丁石解説。
全部で17基の丁石があり、そのうちの10基が松本市重要文化財に指定されている。 -
これらの丁石や石仏など江戸時代末期の地元の村人や近隣の村人が施主だという。
仁王門の前の一丁(推定)から始まり若澤寺の十八丁まで丁石が立てられていたそうですが、それらは移動されたもの、不明となったものなどあり全ては確認されていないようです。
機会があれば若澤寺跡まで歩いて見たい。
旧西光寺山門
所在地 / ?長野県松本市波田上波田4575-2
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