2022/10/28 - 2022/10/28
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gianiさん
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京都と日本海の小浜を結ぶ、通称鯖街道。
かつての幹線道路は、今は時代に取り残されたローカル線。
歴史と文化が色濃く遺されたスポットを巡ります、
熊川宿には、徳川家康や伊藤忠商事、京都の一流料亭など、意外な繋がりが明らかに、、、
一筆書きの地図(位置)情報も参考に。
- 旅行の満足度
- 5.0
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湖西線の近江今津駅から、JRバスが小浜まで通じています。
近江今津駅 駅
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道の駅には、鯖街道ミュージアムが併設。
無料で、コンパクトなボリュームです。道の駅 若狭熊川宿 四季彩館 グルメ・レストラン
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鯖街道
一言で言えば、京の都と若狭国府の小浜を結んだ道路の総称です。
若狭国は、天皇家へ食糧を納める「御食国」の一つで、平安京に遷都されてからは最大の供給国となりました。理由は、都から一番海の近い国だから*。物流路として栄えました。20世紀前半に鯖街道と呼ばれるようになります。
*厳密には難波津の方が近いが、漁獲等も加味して。 -
メインルート
鯖街道には複数のルートがあるが、メインは大原~朽木~熊川を経由する高低差の少ないルートで若狭街道というのが正式名称。京都盆地から熊川まで50km以上直線的なことからわかるように、地質学的には、花折断層に沿ったルート。 -
文化交流
若狭の食材が都の食文化を育み、日本海の小浜港や街道から諸国の万物が都に流入しました。一方の若狭は仏教文化(仏像)等が流入しました。若狭名物の鯖寿司も、京都から伝わりました。 -
熊川宿
鯖街道で一番の賑わいを見せたスポットです。豊臣政権下で浅野長政(長吉)が、国境の軍事拠点を宿場町として整備したのが大きな要因です。
写真は、1589年の免状。太閤検地に伴い、長政が本年貢以外の税や諸役を免除することを再確認した証書。これにより、住民は商業の発展に全力で取り組めました。40戸の小村から200戸の街へ飛躍しました。 -
熊川宿は平地と山の境界でもあり、荷物を積み替える物流拠点でした。イミグレーションも通過しなければなりません。馬による大量輸送を担った馬借、小口荷物の人力輸送(背負い人)でにぎわいました。
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針畑越え
小浜~京都の最短ルートで最古の道でもある。
優秀な背負いは、18里の工程を1日で走り抜けた。 -
古代の鯖街道
若狭国は、都へ海産物を納めた最大の供給元。食品輸送ルートでした。藤原京や平城京で出土した木簡によると、塩はほとんど若狭産。海産物は干すか寿司(発酵)状態で納品。お世辞にも新鮮ではなかった。 -
中世
若狭湾は、大陸文化の玄関口でした。絹織物や陶磁器も、街道を通して運ばれました。何と1409年には、日本初上陸のゾウが歩いた道でもあります。 -
近世
幕府による街道整備のおかげで、スムーズな移動が実現。港で塩を振った鯖は、京に着く頃はちょうどよい塩梅に塩がなじみ、鯖寿司という奇跡の料理も。鮮魚輸送も実現。ウナギなどは、各宿に設けられた生け簀を活用して、生きたまま都へ運ばれた。 -
早速、宿場探検です。
まずは上ノ町地区。
熊川宿は、国が指定した伝統的建築物群保存地区の最古参です。 -
峠に面した宿の端っこには、小浜藩の番所が設置されました。
ここは若狭と近江の国境。通過するには、通行手形が要ります。
関税の徴収も大事な仕事でした。
当初は中ノ町に設置されたので、宿場町が拡大した歴史が読み取れます。 -
街道沿いの大岩(子守り岩)
昔から子供の遊び場ですが、誰もケガをしないという不思議なスポット。
近所の権現様のおかげとか。 -
中条橋(河内川)
上ノ町と中ノ町の境界です。 -
味のある商家が。
実は、伊藤忠商事二代目社長の実家。
逸見竹之助は、伊藤家に養子入りしました。
近江商人の伊藤忠(兵衛商店)に、若狭商人が食い込んでいたとは、、、 -
伝統的建築物群保存地区の景観を守るには、家屋の改装の制限がネックで、地区の住民の理解を得るのが難しかったそうですが、逸見家のリノベが伝統的景観と現代の快適な住居が両立する施工だったので、内部を見学した住民たちが前向きになった経緯があります。
むしこ窓も素敵です。 -
旧熊川村役場
昭和15年築で入口の柱はトスカーナ風。
伊藤竹之助が建てました。
現在、1階は歴史解説と江戸時代以降の史料、
2階は民具を展示。
約30分に及ぶ熊川葛のビデオも視聴させてもらい、良かったです。 -
熊川城
村役場の背後には、山城が。
街道と国境警備の要です。
14世紀に室町幕府直参の沼田氏が築城。
代々幕府管領を務めた細川氏との縁も深く、
細川ガラシャの義母は沼田氏の出自です。
沼田氏は、熊本細川藩の家臣になっています。
1583年に廃城。 -
白石神社
熊川城の居館部分跡地です。
街道に面しているとはいえ、丘の上。
きちんと防衛機能を果たしています。 -
前川
宿場に沿って、真ん前を流れています。
「平成日本の名水100選」に選ばれていますが、
飲用には適さないので悪しからず。前川 名所・史跡
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菱屋(勢馬清兵衛家)
問屋業を営み、付随して馬借が駐在した。町役人も兼ねる。
年間20万荷駄をこなす一大物流中継点。
店の周りには背負い人も群がり、旺盛な運輸需要に応えました。
現在はリロケーションオフィスとして使用。
パンデミックに順応した最新業態です。 -
家康腰かけの松
沼田氏の供養塔のある古刹、得法寺の境内にあります。
1570年4月(旧暦)、越前朝倉氏討伐に向かう際に当寺に宿泊しました。
このときは浅井長政の裏切りに遭って、命からがら逃走することになるとは露知らず。
オリジナルは枯れて、切株と2代目が存在。 -
村役場沿いまで戻って、休憩します。
葛と鯖寿しの店 まる志ん グルメ・レストラン
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座敷に上がりました。
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古民家という感じです。
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待ち時間も心地良いです。
葛粉を練った蕎麦やうどんもメニューに載ります。 -
葛餅
熊川葛は、頼山陽が吉野葛に勝る味と絶賛した逸品。
希少で、祭りの時に出回るくらいです。
熊川の水は葛を美味しくするので、
熊川で晒した葛は価値があります。 -
松木神社
松木庄左衛門(1624-52)は熊川に隣接する新道村の庄屋で、小浜藩内の年貢減量を何度も嘆願し、入牢・磔刑された義民。昭和10年に彼の徳を讃えるために創建。 -
御蔵屋敷跡
境内は元々、小浜藩(上中郡43村・三方郡18村)の年貢米三万俵を保管する12の蔵がありました。路線バスのルートに沿って琵琶湖沿いに出て、木津から大津までは船便で琵琶湖を下りました。京や大坂の蔵屋敷へ運んで換金したものと思われます。 -
御成道
宿場に並行する北川(現国道沿い)へ通じる路地です。
御倉屋敷と川を結ぶ、年貢米の輸送ルートです。
年貢米の様な重量がある大量輸送は、水運を活用しました。 -
写真は、北川の河口部。
小浜港に注ぐ北川を熊川宿まで遡り、御成道を通って御倉屋敷に納入。
朽木宿までは荷駄(14km)、安曇川を下って琵琶湖沿いの近江木津を経由して大津まで水運、京都までは再び陸運というルートです。大坂まで運ぶ際は、琵琶湖を源流とする淀川を下ります。 -
倉見屋(荻野家住宅)
中ノ町に戻ります。
問屋の一つ。熊川宿最古の建築です。 -
2階は虫籠(むしこ)窓で、端っこには類焼を防ぐ袖壁卯建(うだつ)も。
うだつが上がらないという慣用句の語源です。 -
倉見屋の蔵は、街道に面しています。
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まがり
中ノ町と下新町の境界。
本線がクランク状になっています。
城下町的防衛機能を持たせています。 -
界隈はベンガラ塗装で、良い味を出しています。
人類最古の顔料とも言われ、防腐効果ゆえにも重用されました。
煙抜きのための越し屋根も見られます。 -
熊川宿の特徴を表現する際に添付する写真の撮影スポット。
手前から奥にかけて、建物が段々高くなっています。
手前の家屋は、厨子(つし)二階と呼ばれる2階の壁が低い造り。町人が2階から武士を見下ろすとは、けしからん!という価値観に基づきます。
真ん中の家屋は、本二階と呼ばれる造り。四民平等になり、2階の天井も高くなっています。
奥の家屋も本二階で、現代の快適さを追求した、1階も2階も同じ天井の高さです。 -
村田館
京懐石の老舗料亭「菊乃井」の創業者村田寅吉の生家。
中へ入れます。 -
熊川葛
日本三大葛の一つで、江戸時代から京都で高く評価された品質が自慢です。石灰岩質の土壌および水質が大きく関係しているようです。葛の根掘りは、農閑期の良い副収入でしたが、重労働ゆえに昭和末に激減。伝統の製法を受け継ぐ工場が一軒だけ残ります。葛根湯は疲労回復や風邪に効果があり、地元の常備薬でした。熊川葛は、日本遺産に指定されています。
製法
1.まず葛根を粉砕し、繊維状にします。
2.繊維を冷水に漬けて揉み、でんぷん質を水に溶かします。
3.翌日、底に沈殿したもの以外の上水を捨てます。
4.一日がかりの撹拌・沈殿を平均15セット繰り返すと、アクが抜けて純白のでんぷん質が得られます。以上が水晒し工程。
5.日陰で2か月以上干すと一応の完成。 -
熊川宿から2,3km下ると、国道27号線です。
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名所、瓜割の滝があります。
こちらは正真正銘の日本の名水100選で、入口の湧き水は飲用可能。
普通に美味しかったです。若狭瓜割名水まつり 祭り・イベント
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おまけ
最古のルート針畑越えは、小浜駅手前の東小浜駅付近の遠敷から山中に入ります。奈良時代以降は、ここが若狭国の中心地でした。
街道沿いには、若狭国一之宮の姫神社と彦神社といった1300年超の歴史ある神社、714年開基の神宮寺といった古刹もあります。東小浜駅 駅
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終点の小浜市へ到着。
小浜駅には、100年前の給水塔(蒸気機関車が使用)が残っています。小浜駅 駅
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小浜は食べ物がおいしいです。
ネーミングもローカル。
次(小浜)の旅行記↓
https://4travel.jp/travelogue/11790361おばんざいオバママ グルメ・レストラン
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