2022/10/29 - 2022/10/29
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ドクターキムルさん
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道路脇の一角に南足柄市南部土地改良区が建てた「竣工記念碑」(昭和48年(1973年)銘)がある。これが岩原城址の真ん中に道路を通し、その城郭部分を宅地などに造成したことを記念しているのであろう。
しかし、昭和48年(1973年)よりも遥かに古い石碑ばかりだ。中には「大震災…」と読める碑と「愛宕太郎」と書かれた碑、「堅牢地神」が読める。
道路に出るとミカンを収穫して軽トラに積んでいるご夫婦がいたのでこの塚の由来を聞いてみた。
「地元では愛宕様と読んで火伏の神様として信仰されている。」ということだ。そういえば、今年の正月には京都の町民は火除けの神として愛宕山山頂にある愛宕神社まで上って参拝し、町内から頼まれた分のお札をもらって帰るという番組を見た。秋葉神社とともに愛宕神社も火伏の神様として信仰されていることを知った。
「愛宕信仰(あたごしんこう)とは、京都市の愛宕山山頂に鎮座する愛宕神社から発祥した、火防の神に対する神道の信仰である。
愛宕山の愛宕神社は、古くから修験道の道場となり、愛宕山に集まった修験者によって江戸時代中頃から愛宕信仰が日本全国に広められた。中世後期以降、愛宕の神は火伏せに霊験のある神として広く信仰されるようになった。日本全国で「愛宕」を社名につける神社は43都道府県に約1000社ある。特に東北地方に多く分布する。」(ウィキペディア(Wikipedia))とある。
それにしても、廃城から500年余りも過ぎると、城内跡に塚が築かれている姿を目の当たりにした。そもそも江戸時代以降にこうした石碑が建てられた塚が多く出現することになる。
(表紙写真は愛宕様)
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石碑。
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裏に茶畑。「足柄茶は、大正12年(1923年)関東大震災の産業復興策として栽培が始まりました。戦後には神奈川県の産業復興計画で茶の振興が図られ、栽培地域も広がっていきました。そして昭和38年(1963年)に第17回全国茶品評会で一等入賞を果たし、その後も全国茶品評会で上位入賞し、足柄茶のおいしさは広く認められ、人気も高まっています。」(https://honbamon.com/product/04-ashigaracha/index.html)
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山を背に石碑群。
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「大震災紀念」。
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石碑。
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「愛宕太郎」。愛宕様と呼ばれている。
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「堅牢地神」。
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石碑。
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お茶畑。
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山には塔。
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ミカン農家から頂いた早生ミカン2個。
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