2022/06/14 - 2022/06/16
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mirilinさん
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この旅行記のスケジュール
2022/06/14
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テレビで「いざいざ奈良」というCMが流れているのを見て、「そうだ京都行こう」にばかり共鳴していないで、もう一つの古都「奈良」にも外国人があふれる前に行かなきゃでしょ!てことで、梅雨空の中、奈良へと向かいました。
卒論が「万葉集」の私は、もともと京都より奈良の方が好きだったはずなのに、最近はどうも新幹線一本で行ける京都にばかり足が向いてしまっていました。奈良さまごめんなさい!
出張のついでにちょっと寄ったりはしていましたが、奈良に泊まってじっくり観光というのは実に半世紀以上ぶり。「いざいざ奈良」のキャッチフレーズにも「大人になって気づく奥深い再発見ができる場所」とありますが、東大寺、興福寺、春日大社などうら若き乙女の頃に訪れていた場所も、年輪刻んだ今行ってみると、当時とは違う感動、気づきがあったりするはず。
今回はいつものように欲張らず、奈良駅周辺だけに絞って、ゆっくりと仏像見たり、世界遺産の寺院を訪れたりして2泊3日の「ディスカバー奈良」をしてきました。
まずは初日と2日目の旅行記です。
初日は雨が降っていたこともあり、ほとんど写真を撮っていなかったので、単独旅行記にはしずらくて、2日目と合体。ということで、逆にちょっとボリューミーなPart1となってしまいましたが、お許しを~
- 旅行の満足度
- 4.5
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え?今回は「いざいざ奈良」ってことなのに、これ京都駅ですよ!って思われちゃいますかね。
いつもは前を素通りしている近鉄京都駅ですが、今回はここから近鉄京都線に乗って奈良に向かいます。
近鉄京都駅は新幹線京都駅中央改札の真向かいにあるので、乗換は迷うことありません。JR改札から近鉄改札は50m足らずです。 -
奈良までは急行でも45分くらいで行けるのですが、旅気分に浸るため、特急で行くことにしました。特急だと35分です。
全席指定ですが、京都までの新幹線の中でネット予約して、チケットレスで乗りました。最近は便利になりましたよね~ -
てことで、あっという間に近鉄奈良駅到着です。
駅では鹿さんと「せんとくん」が迎えてくれます。
せんとくん、懐かしいですよね~。平城遷都1300年記念事業の公式マスコットキャラクターでしたが、当時は気持ち悪いとか言われたりして、ちょっとかわいそうでしたよね。でも、その翌年にはれっきとした奈良県の公式マスコットキャラクターになったようです。近鉄奈良駅 駅
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改札口横には、外国人の方が喜びそうな金色の鹿と五重塔のレリーフがあります。
日本人には奈良に「金」のイメージないですよね…?「青丹によし奈良」ですから。 -
な~んて駅のレリーフに突っ込み入れながら奈良公園方向に歩き出すと、すぐに本物の鹿さんが迎えてくれます。
最初は「第一鹿発見!」なんて喜んでましたが、すぐにうじゃうじゃと現れるので、あっという間に鹿さんはお腹いっぱいになります。 -
鹿さんをあしらいながら、駅から歩くこと15分弱で、今日のお目当て「奈良国立博物館」に到着です。
私はこの洋館建築に興味ありあり。相方はここの「なら仏像館」でたくさんの仏像を見たいとのこと。ついに相方も仏像に興味を持ちだしました。円熟味が増したということにしておきましょう…。奈良国立博物館 美術館・博物館
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「なら仏像館」では飛鳥時代から鎌倉時代までの日本の仏像を中心に、国宝、重要文化財を含む100体近くの仏像を常時展示しており、素晴らしい仏像のオンパレード。でも、写真撮影はNGなのです。
ですが、第6室で特別公開中の「金峯山寺仁王門 金剛力士立像」だけは今年の3月から写真撮影OKになったとのこと。ヤッター!
\(・▽・)/ ワーイ
高さ5メートルのこの巨大な像は、南北朝時代の延元3年(1338)から翌年にかけて南都大仏師康成(こうじょう)によって造られたものだそうです。
すごい迫力ですよね。シックスパックどころではない筋骨隆々としたお姿。当時もこのようなボディービル体形の方っていたんでしょうか? -
どうですか、この血管の浮き出た足の力強さ!(@_@) パチクリ
この博物館には2時間ほどいたのですが、この像以外は建物に至るまで一切写真はNG。なので、写真はこれだけです。建物の装飾の写真撮りたかったなぁ…。玄関まわりの装飾はことのほか素晴らしかったので…。
写真NGは日本の博物館・美術館あるあるですが、なんで日本はだめなんでしょうか。ルーブル美術館だって、ウフィツィ美術館だって、ヴェルサイユ宮殿だって自由に写真撮れるのに…それだけ見学者のマナーが悪いってことなんでしょうか?
0(>_<)0 ウー -
博物館を出ると、雨が降り出しました。
今回の旅はガツガツしないということで、時間はまだ15時でしたが、宿に向かうことにしました。
宿は興福寺のお向かいにあるので、国立博物館から興福寺の境内を横切って行くのが近道。単に横切るだけってのも何なので、南円堂にだけお参りして御朱印頂きました。興福寺 南円堂 寺・神社・教会
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南円堂の御朱印は、御朱印帳にしっかりと書き入れてくださいました。
立派な字ですよね。 -
さて、こちらが今回2泊するホテル「ホテル寧楽」。マンション1棟がホテルになっているタイプのお宿です。とても広々として、とっても快適。
興福寺の真横で、近鉄奈良駅からも商店街を通って5分ちょっとの距離です。
なぜか1泊目はデラックスツインが一人3,150円と激安だったのですが、到着時に延泊を予約したら、一人5,850円と値段が跳ね上がっていました(笑)
まぁ、この立地とこのお部屋で3,150円は何かの間違いだったのかもしれません。OYOホテル 寧楽 奈良 宿・ホテル
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だって、部屋の窓を開ければこの景色ですよ!窓から見えるのは興福寺の五重塔。
いや~感動的です。
興福寺の五重塔は、天平2年(730)興福寺の創建者である藤原不比等(ふひと)の娘光明皇后の発願で建立された日本で2番目に高い古都奈良を象徴する塔。それが目の前なんです! -
夕食は、ホテルから近鉄奈良駅までの間にあるアーケードの東向商店街にある「やまと」さんへ。
大和野菜と串焼き やまと 近鉄奈良店 グルメ・レストラン
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そして、「飛鳥鍋」といういかにもご当地な感じのお鍋を注文。ミルクベースのスープに鶏肉を加えたヘルシーなお料理です。他にも大和野菜を使った小皿料理を頼んだのですが、写真撮り忘れてました。どれもとてもおいしかったですよ。
相方はご当地ビールも注文していました。 -
ホテルに戻り、お風呂上りにベランダでもう一度五重塔とご対面。
嬉しくって、しばらく国宝を独り占めしてました。
どっぷり奈良気分に浸ったところで、おやすみなさ~い。
(-_-) zzz -
さて、2日目です。ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよう
朝食は、昨日近鉄奈良駅前の「柿の葉すし本舗たなか」で買っておいた、奈良名物の柿の葉寿司です。今日も朝から奈良満喫中! -
さて、今日はまるで修学旅行のような奈良のべたな観光地を巡ります。
まずは世界遺産「東大寺」。ホテルからは歩いて10分ちょっとです。
東大寺訪問は、多分4回目かしら…年を重ねてどう感じるのかなぁ東大寺 寺・神社・教会
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大きな南大門が見えてきました。天平創建時の門は平安時代に大風で倒れてしまったので、現在の門は鎌倉時代に作られたものだそうです。
コロナもあるので、人が少ないかと思っていたのですが、修学旅行の学生で溢れています。まぁ、昨年は修学旅行も行けなかったようですから、今年は来られて良かったですよね。 -
南大門では高さ8.4メートルの大きな金剛力士(仁王)像が出迎えてくれます。
鎌倉時代初頭の建仁3年(1203)に運慶や快慶ら仏師たちによってわずか69日間で造像されたものだそうで、国宝です。運慶、快慶って聞くと歴史の教科書思い出しますよね。
こちらは「阿形像」
像の前に網がはられているので、なんかモヤッとした写真になってしまいましたが、衣の流れる様子や、誇張された筋肉などの彫刻の素晴らしさはよくわかります。 -
そしてこちらは「吽形像」
1000年の時を超えて今日も「阿吽」の呼吸で東大寺を守ってくださっています。 -
南大門を抜けると中門が正面に見えます。中門は江戸時代に再建されたものだそうです。
それにしても人がいない!
観光客は修学旅行生ばかりなので、その一団を避けると急に人がいなくなります。
静かに拝観できるのは嬉しいような、心配なような… -
中門には「兜跋毘沙門天」と「持国天」がいらっしゃいます。
四天王のうち、北方を守る「多聞天」が単独で祀られるときは「毘沙門天」と呼ばれるそうですが、写真右の「兜跋毘沙門天」は一般的な毘沙門天とは異なるお姿をしています。三面立という冠を被り、金鎖甲(きんさこう)という、複雑に編み込まれた鎧を着ています。
写真左は、四天王のうち東の方角を守る「持国天」。武神だけに険しいお顔ですね。 -
さて、中門の左横の入り口を入りいよいよ国宝「大仏殿」、東大寺の金堂です。
奈良時代に創建されてから2度戦火で焼失しているので、現在の建物は江戸時代に再建されたものだそうです。再建時は財政難で少し規模が小さくなってしまったそうですが、東西57.012m、南北50.480m、高さ48.742mを誇る現在の大仏殿は、高さや奥行は創建時のままで、世界最大級の木造建造物です。
明治時代と昭和に大規模な修理をしていることもあり、今もとてもきれいですね。 -
大仏殿の前にある八角燈籠は、なんと奈良時代創建のもので、我が国最古最大の鋳銅製灯籠だそうです。もちろん国宝ですが、普通に外に立っています。
8面ある「火袋」というパーツは、東西南北の扉面には獅子が、その他の4面の羽目板面には、音楽を奏でる「音声菩薩」が浮き彫りで表現されています。4面ある羽目板のうち、当初のものが取り付けられているのは、西北面・西南面の2面で、この写真の正面とその左側がオリジナルのままのものです。 -
いよいよ、東大寺のみならず、奈良のシンボル大仏様の登場です。
教科書では盧舎那仏と習いましたよね。
座高は14.98m、顔の長さは4.13m、銅座の高さは3.04mもある大仏の高さは、約18m、重量は約250t、近くによるとものすごい存在感です。
(゜ロ゜) ヒョオォォ! -
聖武天皇が、災害や政変、反乱などが相次ぐ当時の社会不安を、仏法の力によって解消しようと大仏の建造を発願したことにより、東大寺のご本尊として世界最大の金銅仏、盧舎那仏の造営が始まり、天平勝宝4年(752年)に開眼法会が盛大に行われたそうです。その後何度も地震や戦火などで被災していますが、奈良時代から始まり、平安、鎌倉、江戸時代、そして現代へと多くの人の思いをつないで修復され、今も立派なお姿で私たちの前にたたずんでいらっしゃるわけです。
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大仏様は巨大な蓮の花の上に座っていらっしゃるのですが、素材が金属だったことから幾多の戦火を免れ、なんと創建当時のものが残っているそうです。
その花弁には細かな絵が描かれているのですが、これは「梵網経」と「華厳経」の2つの教理が毛彫で刻まれているのだそうです。
宗教には疎いのであまりよくわからないのですが、「華厳経」は「大乗仏教」の経典で、お釈迦様の思想が凝縮された経典として日本の仏教の起源ともいわれているものだそうです。 -
大仏殿には、大仏様以外にもいろいろな仏様がいらっしゃます。
大仏さまの両隣には、「虚空蔵菩薩」と「如意輪観音」が脇侍として座っていらっしゃます。大仏様とは違い木造で、もちろん共に重要文化財です。
大仏さまに向かって左側で、左手を上げていらっしゃるのが「虚空蔵菩薩坐像」。像高は7.1mという大きさで、江戸時代の1752年に完成したものだそうです。
虚空蔵菩薩は無限の知恵を持つとされ、記憶力がアップする功徳があるそうですから、ボケ老人に足を踏み入れた私がしっかりお参りしたのは言うまでもありません。 -
大仏さまに向かって右側で右手を上げていらっしゃるのが「如意輪観音坐像」。像高は7m22cmで、虚空蔵菩薩さまよりもわずかに大きいそうです。造像時期も1738年頃に完成ということで少し早いそうです。
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大仏様の脇侍風に2ショットで撮ってみました。虚空菩薩坐像も台座や裳裾の彫刻が見事ですね。大仏様と比べると、お顔が丸ぽちゃで親近感覚えます。
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こちらは大仏殿の北西にいらっしゃる「広目天立像」。「東は持国天、南は増長天、西は広目天、北は多聞天」という方角を護る役割の方々である四天王の一員です。あの大きな大仏様をお守りしているので、この像も5mもある立派なものです。
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そしてこちらが「多聞天立像」。大仏殿北東を守っています。
大仏殿も大仏様だけ見て帰る方が多いので、大仏様の後方にあるこれらの仏像のあたりは人も少なく、ゆっくりじっくり見ることができます。
鎧の細工など素晴らしくて、いつまでも見ていられます。
これこそ「いざいざ奈良」のキャッチフレーズ「大人になって気づく奥深い再発見」なのかもしれません。 -
四天王の残りのお二人「持国天」と「増長天」はなぜか頭部だけしかありません。
写真左側が「持国天」、写真右側が「増長天」です。
なんでこのお二人は頭だけしかないのかはわかりません。 -
広目天像の衣が風でなびいているような姿が気に入って、サイドショットも撮ってみました。
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大仏殿で頂いた御朱印です。
見事な書体ですね。 -
さて、ゆっくり大仏様とその仲間たちを見学したので、次は法華堂へ向かいます。二月堂はそこからの景観も有名で、以前にも行ったことはありますが、法華堂などは記憶にありません。
法華堂には「不空羂索観音立像」という国宝の仏像があるそうで、宝石いっぱいの冠をかぶっていらっしゃるとか。こりゃ絶対見なくっちゃということで、いそいそと参道を進みます。 -
風情ある長い石畳の階段の先に見えるのが法華堂です。
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なんとこの法華堂は、天平5年(733)~天平19年(747)までの創建と考えられている東大寺最古の建物だそうで、国宝とのこと。このお堂で華厳経が日本で初めて講義されたといわれています。
かつては毎年3月にここで法華会が行われたことから「三月堂」とも呼ばれているそうです。 -
こちらがその法華堂(=三月堂)の入り口です。
「不空羂索観音立像」は確かに見ることができましたが、もちろん写真はだめですし、内部がとても暗くて362cmもある大きな観音様の頭上のあたりはよく見えません。
胸前で合掌する左右の手の間に水晶の宝珠(如意宝珠)を潜ませているとか、宝冠には、ガラス玉、ヒスイ、琥珀、真珠、水晶などが2万粒以上も散りばめられている聞いていたので、とても楽しみにしていたのですが、全然わかりませんでした。
拝観料も取って公開しているんですから、もうちょっと何とかならないのでしょうか。曇り空で自然光も弱かったからなのかもしれませんが…。「夕方、西日が差し込んだ荘厳な堂内は息をのむ」とのことなので、機会があったらリベンジしたいと思います。
ちなみに、ここにはコンパクトな空間の中に「不空羂索観音立像」を守る四天王や梵天、帝釈天などもいらっしゃるので、仏像好きにはお勧めです。お天気のいい時に是非。 -
この三月堂の向い側にも小さなお堂があります。なんとこちらは「四月堂」というとか。かつて旧暦の4月に法華経に由来する法華三昧会が行なわれたことから、四月堂と呼ばれているそうです。
東大寺には二月堂だけでなく、三月堂、四月堂もあったんですね!
平安時代の創建らしいですが、現在の建物は江戸時代中期に建てられたもので重要文化財になっています。 -
そしてこちらは、お水取りでも有名な「二月堂」です。「お水取り」は正式には「修二会」と呼ばれる宗教行事で、毎年旧暦2月に行われていたので二月堂と呼ばれています。
天平勝宝4年(752年)に創建されましたが、1667年の修二会で発生した火災で焼失してしまったので、今のお堂はその2年後に再建されたものとのこと。でも、もちろん国宝です。
斜面に突き出した独特の建築様式は、懸造と言うそうですが、何度見ても美しいです。 -
石段を登りきると龍の巻き付く立派な手水舎があります。
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お堂の入り口付近には大きな白い提灯が整然と並んでいます。
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なんか気に入ってしまいました。
明かりが燈ったら、字が浮き出るんでしょうね。 -
回廊を囲む灯篭も見事です。夜ここに火が入った姿も見てみたいです。
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ちょっと和菓子屋さん風ですが、堂々とした奉納額も飾られています。
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一生懸命香炉を支えている姿、けなげです。幾年月支えているのでしょうか…
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回廊からは奈良の街が一望できます。「いざいざ奈良」のCMでも鈴木亮平さんがここから景色見てましたよね。
ちなみに写真左に移っている大きな杉の木は、良弁杉(ろうべんすぎ)といって、「東大寺初代別当の良弁が、幼少時に鷲にさらわれ、木の上に置き去りにされた」という伝説が残っているとか。 -
東大寺の寺院群の瓦屋根の向こうに広がる奈良の街と生駒山や二上山などの奈良盆地の山並みは、ザ・日本の風景って感じですね。青空が欲しいとこですが…
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二月堂は高台にあるので、階段で向かうことになります。私は南側の石段をゼーゼー言いながら登って行きましたが、遠足の小学生は、元気にここ北側の登廊を駆け上がって行きました。
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二月堂を後に、丘を下って行くと鐘楼ヶ丘と呼ばれる場所に立派な鐘楼が現れます。
これは栄西禅師が承元年間(1207~11)に再建したもので、国宝です。 -
梵鐘は、大仏の開眼と同じ年の天平勝宝4年(752年)に鋳造されたといわれており、総高3.86m、口径2.71m、重量26.3tあり、撞木はケヤキ造りで、長さ4.48m、直径30cm、重さ180kg、金具を入れると約200kgもある大きな釣鐘であることから、東大寺では大鐘(おおがね)と呼んでいたそうです。鐘声の振幅が非常に長く、「奈良太郎」と呼ばれ日本3名鐘のひとつだそうです。
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鐘楼の東向かいにある赤いお堂は、もとは地蔵堂といわれた寄棟造の念仏堂で需要文化財に指定されています。
鎌倉時代の建物ですが、錣葺(しころぶき)の屋根は元禄年間に改修されたものと言われているそうです。
御朱印をいただこうとお堂横の小屋?のインターホンを鳴らしたら、御朱印を書いている間にどうぞと地蔵堂の扉を開けてくださって、内部の地蔵菩薩像をゆっくり拝見することができました。嘉禎3年(1237)に仏師康清が造ったもので重要文化財だそうです。 -
慶長10年(1605)に創建された千手堂が、丁度今特別公開中であるということだったので、せっかくだから拝観していくことにしました。
東大寺の中のお堂ですが、広大な東大寺の境内ということもあり、地蔵堂から歩くこと10分のところにあるようです。
こんな風情のある土壁なんかを見ながら歩いて行きます。 -
10分以上歩いた感じもしましたが、何とか千手堂に到着です。
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お堂の中はもちろん写真NG。この写真は、ポスターのお写真をお借りしています。
お堂の中の須弥壇上には、黒漆の春日厨子に入った全身が金泥で覆われた美しい千手観音像が安置されています。観音様もとても美しいのですが、目を見張る美しさだったのが、厨子内部の四面に描かれた壁画。正面には千手観音の眷属である二十八部衆と風神・雷神が、背面には観音の浄土である補陀落山が精緻に描かれているのです。息をのむほどの美しさで、いつまでも見ていられます。
このほかにも、鑑真和上坐像(江戸時代)、愛染明王坐像(鎌倉~南北朝時代)が安置されています。もちろんこの2つも拝見したのですが、私があまりにもこの厨子の前に長くいたので、帰るときにお堂の方に「鑑真様も見ましたか?」と言われてしまいました。 -
東大寺には、シノラーこと、篠原ともえさんがデザインしたご朱印帳があります。表紙生地は色味にこだわり、糸選びから織りまで完全オリジナルだそうです。
表紙は大仏さまで、光背が桜や菊など四季の花になっています。裏表紙は鹿さん。修二会(お水取り)でお坊さんが行の一環として椿の花を造る「花ごしらえ」が添えられています。
持参した御朱印帳が、東大寺でいっぱいになったので、新しい御朱印帳を購入しようと思ったら、ちょっと前に「第101回 ニューヨークADC賞 ブランド・コミュニケーション部門 シルバーキューブ(銀賞)ファッションデザイン部門 ブロンズキューブ(銅賞)」を受賞したと騒がれていたシノラーデザインの御朱印帳があるというので、すぐさま飛びつきました(笑) -
イチオシ
東大寺の見学を終えると、青空が出てきたので、昨日曇天の中写真を撮った奈良国立博物館の「なら仏像館」の建物の写真を再度撮りに行くことにしました。
なら仏像館は、明治27年(1894)に完成した、奈良で最初の本格的西洋建築です。設計は、当時宮内省内匠寮技師であった片山東熊によるもので、フレンチルネサンス高揚期の様式をとっていて、明治時代中期の西洋建築として代表的なものです。昭和44年 (1969)に「旧帝国奈良博物館本館」として重要文化財に指定されました。 -
青空を背景にすると、美しさが増しますね~
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この装飾、大好物です。
コロナ前までは、ヨーロッパに出かけてはこんな装飾いっぱい見られたのに、今は日本の中でそれを感じられる建物見て喜ぶしかなくて…コロナ退散!!祈るしかない。 -
でも、大好物の鉄細工もしっかりあって、なら仏像館なかなかいい仕事しています。
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外国風の消火栓と一緒に写すと、すっかりヨーロッパな感じ。
実際は古都奈良ですけども… -
足元を見ると、こんなマークがちょこちょこあります。
どうやらここで撮ると素敵な写真が撮れるみたいです。
撮ってみたら… -
ジャーン!ちょうどきれいな青空が出てきたこともあって、素敵な写真が撮れましたぁ。
-
イチオシ
素敵な写真も撮れたので、奈良公園を抜けて興福寺の写真も撮りに行こうと歩いていたら、めちゃイケ面な鹿君が、「僕と一緒に国立博物館の写真撮ったらどう?」と言わんばかりのポーズを撮っていたので、お言葉に甘えパチリ。
この旅行記の表紙となる素敵な一枚が撮れました。 -
さて、これは言わずと知れた興福寺の五重塔です。昨日からホテルの窓から何枚も写真撮っているんですが、曇天、雨天、夜空と暗ーい背景ばかりだったので、せっかくの梅雨の晴れ間の青空バックの写真も撮らなくっちゃってことで、パチリ。
興福寺五重塔 寺・神社・教会
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ホテルへの抜け道と化した興福寺境内ですが、五重塔の隣には、国宝の東金堂もあります。
神亀3年(726)聖武天皇が叔母の元正太上天皇の病気全快を願って建立されたものですが、その後5度の被災・再建を繰り返し、現在の建物は室町時代の応永22年(1415)に再建されたものだそうです。十分古いですが…。興福寺東金堂 寺・神社・教会
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そしてこの華やかな色合いの建物が中金堂。興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物で、寺伝では創建者を藤原不比等としています。
以前来た時に、このように美しい建物を見た覚えがなかったのですが、それもそのはず、創建から6回の焼失・再建を繰り返し、この美しいお堂は平成30年(2018)に復元されたものなのだそうです。興福寺 中金堂 寺・神社・教会
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昨日は雨の中の南円堂でしたが、今日は青空の下の…のつもりでしたが、なぜか薄雲が出てしましました(笑)
興福寺 南円堂 寺・神社・教会
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さて、今日のランチは昨日から気になっていた東向き商店街にある「釜粋」さんの讃岐うどんです。
相方はとり天ざる(写真上)、私は「とりちく天ぶっかけ」にしました。
お店の前に出ている見本よりも量が多くて、シニアコンビニはちょいと苦行となりました。蒸し暑くて食欲あまりなかったので、冷たいうどんにしたのに…
でも、お味はとても良かったですよ。麺もシコシコしていて。釜粋 グルメ・レストラン
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満腹のお腹を抱えながら、午後は「ならまち」散策です。
ならまちは世界遺産である元興寺の旧境内を中心とする地域で、江戸時代の末期から明治時代にかけての町家の面影を今に伝える、タイムスリップスポットです。ならまち 名所・史跡
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町のいたるところに、時代を感じる町家が並んでいます。
トイレの看板も、木でできていて、雰囲気壊していません(笑)
あちらこちらの軒先に、赤い布でできた飾りが吊るされているのがとても印象的なのですが、これは「庚申さん」のお使いの申を型どったお守りで、災いを代わりに受けてくださることから「身代わり申」とよばれているものだそうです。 -
道端にこんな石標が突然現れます。どう見ても近くに元興寺はないのですが、まさにここがかつての境内であったことがわかります。
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町家の正面は、日射しや風量の調節に役立つ格子戸があり、外からは中の様子が見えにくい造りになっています。
こちらは登録有形文化財に指定されている「木奥家住宅母屋」で、寛政4年(1792)建設の町家を改修した南側の座敷、中央の文政3年(1820)建設の主棟、北側の増築部からなる風格ある構えの大型町家です。特に主棟は、表屋造として奈良町最古といわれています。 -
このならまちにあるこちらの神社は「御霊神社」。延暦十九年(800年)に桓武天皇の勅命によって創建された神社です。光仁天皇の井上皇后とその御子他戸親王などが御祭神です。
桓武天皇を擁立する藤原百川の策謀により、天皇を呪詛したと疑いをかけられ皇后位を剥奪され、他戸親王も皇太子を廃されて、大和国宇智郡(五條市)に幽閉されたのち宝亀六年(775年)母子ともに薨去されたのですが、その後天変地異が相次ぎ疫病が流行した為、母子の祟りと恐れた桓武天皇は墳墓を改葬して山陵とするなどして手篤く慰霊されたそうです。奈良時代、平安時代の人々は無実の罪を着せられて非業の死を遂げた人の怨みが怨霊となって災いを起こすと恐れられていたとか。
怨霊を丁重にお祀りすれば御霊となり守護してくれる神になるという風に考えるようになったのが御霊信仰の始まりでたそうです。御霊神社 寺・神社・教会
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怨霊を慰めるための神社と聞くと、なんとなくおどろおどろしいですが、美しい紫陽花の咲くきれいな神社です。
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実はこの御霊神社は、とても素敵な御朱印をいっぱい領布していて、以前郵送で頂いたこともあったので、ぜひ実際にお参りに行きたいと思っていたところだったのです。
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どうですか、この美しい切り絵の御朱印。
もはやアートです。 -
そして、こちらがならまちの中心、世界遺産「元興寺」。
蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)が、平城京遷都に伴って平城京内に移転した寺院です。新築移建された当時は、興福寺と南北に接した大伽藍を有していた元興寺ですが、度重なる罹災により姿を消してしまい、元興寺の極一部がここに残っているということです。
ここが入り口の東門ですが、応永年間に東大寺西南院四脚門を移建したものだそうで重要文化財です。元興寺 寺・神社・教会
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元興寺は史跡元興寺極楽坊境内という狭い空間の、旧僧坊遺構である国宝極楽堂(極楽坊本堂)と国宝禅室(極楽坊禅室)が世界遺産に登録されています。
同じ世界遺産でも、東大寺や興福寺などとは比較にならないほど人がいません。知名度もありませんので、やむなしでしょうか… -
東門を入ると目の前に飛び込んでくるのが、国宝「元興寺極楽堂」です。
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極楽堂の前に凛と咲く蓮の花が、とても素敵でした。
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元興寺の境内では極楽堂の南側にある、整然と並べられた石塔、仏塔、仏像が目を引きます。仏像、仏塔が稲田のごとく並ぶ場所なので、「浮図田」と呼ばれている場所なのですが、浮図とは仏陀のことで、文字通り仏陀の田んぼというわけです。
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イチオシ
満開のお花に包まれて、仏さまも幸せそうですね。
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禅室南面(写真左側)と極楽堂西面(写真右柄)の屋根瓦、ちょっと趣がありますよね。なんとこの部分の瓦は、元興寺の源流に当たる法興寺創建当初の軒平瓦が今も使われているのです。
てことは、蘇我馬子や聖徳太子が活躍した飛鳥時代の瓦が今なお現役で禅室や極楽堂の屋根を飾っているのです。その独特の並べ方は一般に「行基葺」と呼ばれていますが、1400年前の瓦が今も使われているなんて、ロマン感じますよね~。私の卒論の主役額田王も仰ぎ見たかも… -
こちらは「極楽坊禅室」。とても簡素な感じですが、構造材は奈良時代以前の古材を多く再利用しているそうで、国宝です。内部の間取りは奈良から鎌倉時代の相貌の面影が良く残っているそうですが、見ることはできませんでした。
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元興寺で書いていただいた御朱印です。
浄土曼荼羅が祀られているので、そのご本尊がかっこよく記されています。 -
ならまち散策を終え、ホテル近くに戻ってきました。
が、まだ16:00前だったので、猿沢の池のほとりのベンチでしばしボーっと古都の雰囲気を満喫しました。猿沢池 名所・史跡
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夕食後、ハタと思い立ち猿沢の池に映る五重塔の写真を一人で撮りに行ってみました。昨年東寺で逆さ五重塔を撮ったのを思い出したんです。
がしかし、池と五重塔の距離が少々あること、少し風も吹いていたこともあり、あまり綺麗に撮れませんでした。そもそもカメラも手持ちですし。とはいえ、お風呂に入った後にわざわざ写真を撮りに行った私に敬意を表し(?)アップしておきます。 -
池に映る五重塔が綺麗に撮れなかったので、興福寺まで行って五重塔のおひざ元でライトアップの写真撮りました。
え?ホテルの部屋からも撮ってたんじゃない?って?
はい、その通り。昨晩ホテルの窓からさんざん撮ったんですが、近くは近くでそれなりにいいんじゃないかと思った次第。
部屋から撮るより迫力ある写真にはなりましたが、夜の興福寺はほとんど人がいなくて、(旧)女子一人ではちょいと薄気味悪かったです。
てことで、2日目はつつがなく終了。明日は最終日で~す。興福寺五重塔 寺・神社・教会
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