2020/03/06 - 2020/03/06
16位(同エリア530件中)
sirokuma123さん
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タイトル写真は「秘儀荘」内の壁画の様子です。
その2はポンペイ考古学公園の後半です。
「悲劇詩人の家」からスタートします。しっかり犬の床モザイクがありました。
次は、悲劇詩人の家から小噴水の家、サッルスティオの家、外科医の住居などを経てエルコラーノ門に着きました。
これから「秘儀荘」に向かいます。
途中のディオメーデの別荘は改修中でした。
「秘儀荘」は一番奥の方にありました。カラフルな壁画がたくさん残っており、思ったより内部は広かったです。ここにもミイラ状態の人物が展示されています。「ディオニュソスの秘儀の壁画」と説明されていた壁画もありました。
エルコラーノ門に戻り、小噴水の家の東にあるファウヌス(牧神)の家の中庭にあった幾何学的な床の模様、牧神像、アレクサンダーモザイク等を見学します。
近くにポピディオ・プリスコのベーカリー(パン家)があり、中央に釜らしきものが残っています。
傷ついた熊の家、シリクスの家、スタビアーネ浴場など通り沿いの遺跡を見ていきます。
ルパナーレ(娼館の遺跡)は、閉まってました。「入場制限と開館時間が早いから注意」との現地の情報を見たのは後のことでした。ちょっと準備不足でした。
だんだん疲れてきて、イシス神殿、メナンドロスの家、体育場跡、ポンペイ円形闘技場を見た頃には限界でした。
閉園時間の案内が流れ始めたのでアボンダンツァ通りを急いでヴィッラ ディ ミステリ駅(ポンペイスカヴィ駅)に戻ります。
ナポリのホテルに戻り翌日は高いイタリア航空の直行便(コロナ関連の帰国便欠航で新規にチケット購入したため)で日本に帰ります。
この後、コロナの世界的な流行で、個人的に海外旅行は完全に止まってしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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その2はフォロ浴場で大失敗した次の遺跡「悲劇詩人の家」からです。横を向いていますが、犬の絵です
悲劇詩人の家 建造物
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エルコラーノ門です。悲劇詩人の家から小噴水の家、サッルスティオの家、外科医の住居などを経て着きました。少し離れた「秘儀荘」に向かいます。
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エルコラーノ門の先にあったディオメーデの別荘は改修中でした。
ディオメデス荘 建造物
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全てが土ばかりでなく、花が咲いている場所も若干ありました。
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これから「秘儀荘」の建物に入っていきます。
秘儀荘 史跡・遺跡
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「秘儀荘」内の壁画ですが、さすがに剥がれている部分が目立ちます。とは言え、色合いはなかなかの素敵です。
秘儀荘 史跡・遺跡
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「秘儀荘」内の展示です。ここにもミイラ状態の人物が展示されています。
秘儀荘 史跡・遺跡
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「秘儀荘」内の説明板です。英語も併記されていますが、暗くて自動翻訳がうまく働かない。
秘儀荘 史跡・遺跡
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「秘儀荘」内の「ディオニュソスの秘儀の壁画」と説明されていたと思う壁画です。
秘儀荘 史跡・遺跡
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「秘儀荘」内の壁画です。見た時に思わず妻と顔を見合わせてしまった「構図」です。
秘儀荘 史跡・遺跡
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エルコラーノ門に戻り、小噴水の家の東にあるファウヌス(牧神)の家の中庭にあった幾何学的な床の模様と牧神像です。
牧神の家 史跡・遺跡
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ファウヌス(牧神)の家はポンペイの中でも広い家だったようです。有名なアレクサンダーモザイクです。
牧神の家 史跡・遺跡
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ポピディオ・プリスコのベーカリー(パン家)です。中央に釜らしきものが残っています。狩猟の家の近くだったと思います。
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「Casa dell'Orso Ferito(傷ついた熊の家)」です。小噴水の家にも似た様なものがあったような記憶です。
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「Casa dell'Orso Ferito(傷ついた熊の家)」です。光が差し込んで分かり難いですが、床に熊の絵があります。パン家の南東です。
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シリクスの家です。スタビアーネ浴場の北西辺りです。壁画が残っています。
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スタビアーネ浴場です。公衆浴場の遺跡です。
スタビアーネの浴場 史跡・遺跡
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スタビアーネ浴場です。内部が歩けるように誘導路が出来ていました。
スタビアーネの浴場 史跡・遺跡
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ルパナーレ(娼館の遺跡)でしたが、閉まってました。「入場制限と開館時間が早いから注意」との現地の情報を見たのは後のことでした。
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ルパナーレ(娼館の遺跡)内のフレスコ画の写真が外に貼ってありました。エロティックな壁画の写真は出てませんでした。中に入らないと見れないみたいです。
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イシス神殿です。少し形が分かる建物が出てきました。遺跡の数は無数にあるので、だんだん疲れてきました。
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ポンペイ円形闘技場です。さすがに大きな施設でした。
円形闘技場 史跡・遺跡
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閉園時間の案内が流れ始めたので急いでヴィッラ ディ ミステリ駅(ポンペイスカヴィ駅)に戻ります。アボンダンツァ通りです。両サイドに歩道が付いている通りはポンペイでは珍しいです。
アボンダンツァ通り 散歩・街歩き
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ナポリに戻り、翌日は高い航空券で日本に帰ります。まず、国内線でナポリからローマに移動です。
ナポリ カポディチーノ国際空港 (NAP) 空港
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何とか空港のラウンジに滑り込みです。
フィウミチーノ空港 空港
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ラウンジで軽食です。
フィウミチーノ空港 空港
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この後、コロナで海外旅行が困難になったので、最後の国外での食事となりました。予定を大幅に切り上げたナポリ旅行終了です。以降、海外旅行も止まっています。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- アルカロイド ダリルさん 2022/07/14 15:01:18
- sirokumaさんこんにちわ!
フォロー、イイねをありがとうございます!
ギリギリのポンペイでしたね?
2年前の3月は、毎日、大使館情報を見ながら、砂時計の砂を見ているように、残り少ない海外をタイで噛み締めてました
占い師の先生に出国、帰国日を調べてもらい日本が鎖国する48時間前に成田に滑り込み、あれから2年4ヶ月が過ぎました
ヒヤヒヤなタイミングでしたが、2年半後の来月までコロナが治らないのを予告されていたので、無理やりに行って来ました
旅行記を見てると、あの時のコロナ直前の時間が蘇って来ます! 予定を繰り上げていたのですね? ホアヒン のリゾートホテルでは、ヨーロッパに帰れなくなった白人がたくさんいました
彼らは帰れたのかなぁ? タイエアの帰国便は難民の群れみたいに、駐在者の家族やリタイヤビザの高齢者でいっぱいでした
猖獗を極めていたイタリアからのご無事の帰国を心からお喜びするダリル
- sirokuma123さん からの返信 2022/07/15 22:50:18
- Re: sirokumaさんこんにちわ!
- こんばんは ダリルさん
フォロー感謝です。
皆さんも際どい時期の海外旅行を経験されているので、ある意味安心しました。自分なりには慎重な性格のつもりですが、情報収集力や予見力がないので結果的に冒険してしまってます。
いやはやです。
あの時期のイタリアは北部がヤバくなりかけていたので、もう少し慎重になるべきだったかもしれませんが、ローマ観光時は不安な雰囲気はまるで感じられなかったので、欠航と言うトリガーが無ければナポリで缶詰になるか成田で捕獲されていた可能性があるので、今考えてもヒヤヒヤものです。
とは言え、楽しかったです。ローマは混んでいるし観光地価格だったけど、やはり歴史の重みが違うと言った印象でした。
早く、ヨーロッパに行ける日が戻ってくるのを心待ちにしています。
sirokuma123
-
- アルカロイド ダリルさん 2022/07/14 15:01:15
- sirokumaさんこんにちわ!
フォロー、イイねをありがとうございます!
ギリギリのポンペイでしたね?
2年前の3月は、毎日、大使館情報を見ながら、砂時計の砂を見ているように、残り少ない海外をタイで噛み締めてました
占い師の先生に出国、帰国日を調べてもらい日本が鎖国する48時間前に成田に滑り込み、あれから2年4ヶ月が過ぎました
ヒヤヒヤなタイミングでしたが、2年半後の来月までコロナが治らないのを予告されていたので、無理やりに行って来ました
旅行記を見てると、あの時のコロナ直前の時間が蘇って来ます! 予定を繰り上げていたのですね? ホアヒン のリゾートホテルでは、ヨーロッパに帰れなくなった白人がたくさんいました
彼らは帰れたのかなぁ? タイエアの帰国便は難民の群れみたいに、駐在者の家族やリタイヤビザの高齢者でいっぱいでした
猖獗を極めていたイタリアからのご無事の帰国を心からお喜びするダリル
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