2006/05/18 - 2006/05/30
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jetstreamさん
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旅行も中盤となる6日目です
今日はローマからナポリへ移動し、ナポリ民謡で有名な「サンタルチア」で知られるサンタルチア地区を歩き、港からフェリーでカプリ島に渡ります
青の洞窟に入れればいいのですが、こればっかしは海の状態によるそうです
フェリーでナポリに戻り宿泊
そして、翌日5月25日は楽しみにしていた世界遺産「ポンペイ」の見学です
ポンペイの町はローマ帝国の誕生より前の紀元前6世紀ごろに造られました
南から来たギリシャ人、北から来たエトルリア人、古くからいた人々により町の基礎が造られました
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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バスはサンタルチア港に来ました
海の中に浮かんでいるように建つ城は「卵城」と呼ばれているそうです
この小さな島からナポリが始まったといわれています -
ツアーバスを降りて港へ歩いて向かいます
ガラス張りで天井が高いショッピング・アーケード「ガッレリア」を通り抜けます -
町のちょっとした所に彫刻が施されています
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「porto di Napoli」 ナポリの港に来ました
後ろに見えるのが中世の古城「ヌオーヴォ城」です
港から敵が侵攻してくるのを防ぐ重要な城でした -
乗船まで時間があるので港を見学しました
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どこの国にも釣り人はいますね
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丘の上に建つ「サン・テルモ城」
現在は博物館として一般公開されているそうです
乗船時間がきました、約1時間でカプリ島に着きます -
カプリの港マリーナグランデに着くと、小型艇に乗換え「青の洞窟」へ向かいます
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後ろの岸壁に見える洞窟が「青の洞窟」への入口です
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手漕ぎボートで洞窟に入っていくのが見えます
岸壁の人たちは港から陸路でここまで来た観光客です -
我々も海上で小型艇から手漕ぎボートに乗換えます
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ボートが入れる入口は、幅2メートル、高さが1メートルしかなく、
しかも海面が上下するのでその瞬間をボートはすり抜けて洞窟に入ります
なので客は全員仰向けに寝転ばなければなりません -
無事洞窟に入ることができました
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奥に見える明かりはボートが入ってきた“穴”です
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出る時も寝転んで狭い穴をすり抜けます
スリル満点でした -
カプリの港マリーナグランデに戻ってきました
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港を出てツアーバスできたのが、山の中腹にある「ウンベルト1世広場」
ここは昔ながらのカプリの街並みです -
少し坂道を登ってこのレストランで昼食
料理はタコのトマトソース煮でした -
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この後、フェリーでローマに戻ります
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ローマ南部にあるトーレ・デル・グレコに到着
宿泊はホテル「サクラ」です
明日はツアーバスに乗って約20分のポンペイに移動します -
旅の7日目はヴェスヴィオ火山の麓にあった古代都市「ポンペイ」
西暦79年に火山の噴火により地中に埋もれてしまいました -
この広場は「フォロ」(公共広場)で、ポンペイの中心部です
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フォロの周りには政治・経済・宗教などの重要な施設がありました
この遺跡は「ジュピター神殿」
後ろにヴェスヴィオ火山が見えます -
ほとんどの家が崩れていますが、実はポンペイの家はほとんどが2階建てだったそうです
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水道が引かれた「水汲み場」は街の中に40ヵ所以上見つかっています
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大通りには、たくさんの商店が並んでいたそうです
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ここは公衆浴場跡です
目の前の広場で身体を動かし、お風呂で汗を流すのが古代ローマ流だそうです
運動場と建物の浴場が併殺された、現代でいえば「大型スパ施設」でしょうか
右側の建物に奥から順に女湯、男湯がありました -
フリギダリウムという体を冷やすための浴室
水風呂があり最後に火照った体を冷やしたそうです
現代のサウナの入り方と同じですね
運動で汗をかいた後に、この浴場に入ったのでしょうね
サッパリした後でまた運動したかも・・・ -
ポンペイでは建物の屋根がほとんど崩れていますが、ここはアーチ形の屋根のため噴火の堆積物の重みが分散されて崩れなかったそうです
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発掘された生き埋めになった亡骸を石膏で形どったレプリカです
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車道と歩道が分離され歩行者の安全を確保しています
飛び石が並んでいるのは横断歩道です
馬車や荷車は通し、歩行者は雨でも足を水溜まりで濡らすことはありません -
ここの家の玄関の床にモザイクが描かれていました
上流階級の家のようです -
ここは「テルモポリウム」今でいう「大衆食堂」です
肉や魚を食べ、お酒も飲めた場所(立ち食い)です
テイクアウトもできたそうです
当時は釜がある家はまれで、庶民は外食中心だったそうです -
カウンターに丸く空いた穴があります
この大きな穴に容器のカメが入っていて、中には保存された温かい飲み物や食べ物が入っていました
ポンペイではこのような店が180軒ほど見つかっているそうです -
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ここはパン屋の跡
大きな花瓶みたいな物は石臼で、小麦を上の部分の穴から入れます
奴隷がこの石臼を回し小麦を粉にします -
赤レンガの中に石窯があり、ここにパン生地を入れて焼いて作ります
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町は1世紀の古代ローマ人の生きた生活をそのまま残していました
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モザイク壁画が多く残されていました
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壁面にはフレスコ画が描かれていました
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ここにも「テルモポリウム」大衆食堂がありました
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ポンペイが人々の前にその姿を再び現した18世紀半ばから、発掘は現在に至るまで続けられています
この後、アルベロベッロに行きます
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